第14話 ~人はそれをラッキーなんたらと呼ぶ~


 ──ゴォ……?


 ロボットが声を発した(本来なら語末に疑問符など付くはずがないが、快晴にはあるように感じられた)。

 輝く眼が快晴を見下ろして、しばらくの沈黙があった。


(オレのこと……忘れたかな……?)


 ロボットなら、要らない記録が消去されることもあるだろう。

 快晴がそう思った、次の瞬間だった。


 ──ゴゥゥンンンン!


 格納庫を震わせるほどの大声をあげて、アーバンロンが動き出した。

 ハンガーと身体を固定していたフックが千切れ、メンテ用ロボアームが弾け、吊られていた外装が大きく揺れた。

 ガンガンと耳障りな金属音が庫内に反響する。

 耳を塞ぐ快晴の目の前で、アーバロンは両手でボディを隠し、背を向けてしゃがみ込んだ。


(え、なに? なに?)


 快晴には何が起こっているのか分からない。

 だが、あえて例えるなら、このアーバンロンの動きはまるで……


「あー! ちょっと! 困りますよ!」


 突然、白衣の少女が快晴の方へ走ってきた。漫画みたいな丸眼鏡が印象的だ。

 今まで気付かなかったが、アーバンロンの足下には巨大なパソコンを載せた作業台があり、彼女はそこにいたらしい。

 この子が、形梨の言っていた〝彼女〟だろうか。どうにも自分と関係があるようには思えないが……


「あ! あなたは噂の……気炎万丈きえんばんじょうさん!」


「貴志快晴です……」


「あ、これはどうもスミマセン! それより、どうやってここ入ったんですか!?」


「え? いや、連れて来られて気付いたら……」


 司令たちの方に振り向いた快晴だったが──


(ええー?)


 誰もいなかった。


「とにかく! 彼女が恥ずかしがってるので、こっちへ!」


 と言うなり、少女は快晴の手を取ってズルズルと引きずるように部屋の一角を目指した。

 そちらにもエレベーターが一機あり、どうやら上の部屋へと続いているらしい。

 それにしても、この少女が言った“彼女”とは、一体誰なのだろう……

 放り込まれたエレベーターで、押し流されるように上へと昇る。

 扉が開くと、そこは資料棚やコンピューターが詰め込まれた研究室だった。大学でよく見たなぁ、と快晴は束の間、懐かしい思い出に浸る。


「ここでしばらくお待ちください、ねっ!」


 ねっ、と言うのと同時に、少女は部屋の窓にブラインドを下ろした。見えていた格納庫内の様子が、鉄のカーテンに閉ざされる。


「覗き見厳禁ですよ! あと、この部屋のなかのものを勝手にいじるのも!」


 有無を言わさぬ勢いで捲し立てると、少女はエレベーターで下に戻っていった。

 ほどなくして、隠された窓の外からガインガインと、機械の動くド派手な音が響いてきた。

 ロボットが動いたせいで中断してした作業を、なんとか再開させているのだろう。


 色々と気になることだらけだが、いま下手に考えても意味が無いだろう。快晴はとりあえず部屋の中を見回した。

 すぐに分かったのは、この部屋がアーバンロンのすべてを知り尽くしているということだった。

 壁が書類棚とコンピューターで埋められているだけではない。

 天井を仰ぎ見れば、そこにはアーバンロンの全身図がデカデカと貼り出されていたのだ(しかも右半身は内部メカを描いたものだ)。

 快晴も見たロケットパンチの解説図をはじめ、多岐にわたる兵器の説明も絵付きで掲載されている。まるでロボット大図鑑だ。

 じっくりと眺めたいところだが、さすがに首が疲れてきた(だいたい、なぜ天井などに貼ったのか)。


 顔を下ろした快晴は、書類が無造作に散らばるデスクを見た。

 飲みかけのコーヒーが入ったマグカップには、人気ロボットアニメ『奇道戦鬼きどうせんき 巌荼羅ガンダラ』のおどろおどろしい顔面がデカデカとプリントされている。いつぞやアニメショップで限定販売されていたやつだ。

 『巌荼羅』シリーズは快晴も大好きで、動画配信サイトやレンタルビデオで全作品を制覇している。

 巨大ロボ“戦鬼”を駆って繰り広げられる凄惨な戦争描写とリアルな人間模様は当時、新たなロボットブームとスプラッタブームを巻き起こし、アニメ監督である武飛野ぶっとびの黄泉行よみゆき氏のキャリアのなかでも最大の一作となった。


 巌荼羅とは別に、机の隅にディスプレイされたフィギュアが目に留まった。

 こっちは全身真っ赤な、ずんぐりむっくりのロボットだ。

 これはどういうロボットなのか、快晴には分からない。旧世代の特撮ヒーローなのだろう。快晴から見ればお世辞にも格好いいとは言えないが、独特のを持っているなとは思った。


 他になにか、面白いものはないだろうかと見渡して、快晴は壁の一点を見つめた。

 棚の間になんとか収まるそれは、普通の絵画だった。それが逆に、この部屋のなかでは浮いて見える。

 中世の人物とおぼしい男がベッドに寝ており、何人もの女達がその周囲にひざまづいている。

 ハーレムの絵だろうか。しかし華やかさはない。した男の姿に活気はなく、女達はみないちように悲しげだ。

 間違いない。これは“死”を描いている。


「はー、たいへんだったー!」


 ドアが開いて、少女が戻ってきた。

 少女だけではなかった。司令と参謀も一緒だ。いままでどこに隠れていたのだろう。


京香きょうかさんも形梨かたなしさんも突然すぎます。半分パニック状態だったじゃないですか。暴れ出してたらどうするつもりだったんです?」


「だから私はこれこそ性急だと言ったんだ……」


「彼女の性質からして、暴れるというのは考えにくかったもので。百聞は一見にしかずとも言いますしな」


 無罪を主張する司令に対して、参謀は飄々ひょうひょうと自論で受け流す。


「しかし、あそこまでとは……ああ、貴志くん、アーバロンとの再会はいかがでした?」


 人のことを放り出しておいて平然としている。この参謀、柔和なようでいて、実はいちばん危ない人なのではないか。


「いや、どうだもなにも……アーバロン、どうしたんです?」


 まったくもって快晴にはそう訊ねるしかない。

 とはいえ、先ほどのアーバロンの挙動に見覚えがないわけではない。

 そう、初めての戦闘が終わったあと、なぜか廃墟の影に隠れて快晴から逃げようとした、あの姿が妙に重なるのだ。


「そりゃぁ、想い人にお風呂を覗かれたんですから、恥ずかしくって顔も合わせられないに決まってます」


 腕を組み、膨れっ面になって少女は言った。


「お風呂?」


「あ、申し遅れました。私、アーバロンの技術主任のもり美麻みまといいます」


 うって変わって胸の名札を示してくる。参謀もそうだが、ここにはマイペースな人が多いらしい。


「え、主任さん……?」


「こう見えて、あなたより年上ですので、くれぐれも子供扱いしないでくださいね」


 えへん、とばかりに腰に手を当てて胸を張る。


(ごめんなさい、中学生くらいだと思ってました)


 快晴は心の中で謝っておくことにした。


「あの、それで、お風呂って……オレ、覗き、しちゃったんですか?」


「ロボットにとって、定期チェックは人間のお風呂と同じでしょ?」


「え、ロボット? アーバロン……のこと、ですよね?」


 繋がらない。快晴のなかで、今までの話がぜんぜん繋がらない。


「ひょっとして、気付いてないです? あれだけのことがあって?」


「美麻、残念だが彼は女性との交際歴がない」


「うっそー、でも納得ー」


 余計なお世話だよ! と快晴は心の中で叫ぶ。


「え、男性とは?」


「ありませんよ!」


 さすがに声に出た。


「はぁ……」


 技術主任が溜め息を吐いて、首を振る。


大器晩成たいきばんせいさん」


「貴志快晴です」


「ああ、スミマセン。アーバロンに問題が発生しているというのは、司令からお聞きかと思います。あなたは、最近のアーバロンの様子を、テレビなどでご覧になったことは?」


「ええ、いつも……観てます」


「なにか、お気付きの点はありませんか?」


 そういえば、と快晴は、まさにここへ来る直前に感じていたアーバロンの挙動不審について、三人に話した。


「さすがにそれは分かったようで、なによりです。お察しの通り、それは件の問題に関係しています」


 なにか馬鹿にされてる気がする快晴だったが、おとなしく話を聴くことにした。


「快晴さん、あなたの仰るとおり、アーバロンはわざと怪獣の攻撃を受けることがあります。この行動は当初、私達にとっても謎でしたが、彼女のバックアップメモリーを分析した結果、私達はある結論に達しました」


 また“彼女”だ。快晴は首をかしげる。

 それがアーバロンのことだとは薄々感づいていたが、なぜ、あえて女性代名詞なのだろう。

 その答えは、ほどなく快晴に突き付けられることとなる。


「アーバロンは、自分が傷つけば、あなたがまた現れるんじゃないか、そう思っているんです」


「……え?」


 そんな、ボタンを押せば餌が出てくるみたいな、パブロフの犬じゃないんだから。

 だいたい、ロボットなのになんて非合理的な考えなのだろう。


「戦闘後に周囲を見回すのも、反射的にあなたを探してしまうからです。彼女のバックアップメモリーを分析した結果、私達はそう結論づけました」


「ちょっと待ってください。なんでアーバロンが俺を探してるんです? しかも、自分を傷つけてまで……ッ!」


「まだ解からんのか、このニブチン」


 司令の罵倒が飛んでくる。

 ひどい言われようだ。しかも、言い回しがどこか古くさい。


「快晴さん、アーバロンはですね──」


 あ、やっとまともに名前呼んでくれた、などと思う間もなく、美麻の次のひと言は快晴の頭脳をストップさせた。


「アーバロンは、あなたに恋をしてしまったのです」

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ARBARON ~恋人はスーパーロボット~ 南部鞍人 @Kurahito_Nambu

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