第13話 ~起きたら知らない場所ってよくあるやつ~


 眼を醒ますと、そこは会議室だった。

 ……たぶん会議室だ。長机と椅子とホワイトボードくらいしかない。

 その椅子のひとつに、自分は座らされている。

 しかも両腕は後ろに回され、椅子の背にガチリと縛り付けられて…………ということはなかった。

 まるで授業中に居眠りする生徒のような格好で、机に突っ伏していた。

 何時間寝ていたのだろう。枕代わりにしていた腕が、涎ででろんでろんになっている。

 こうなる直前の記憶はある。拉致されたのは明白だ。

 だが誰が? なんのために?

 そのとき、会議室の戸が開かれた。

 驚いて快晴は立ち上がり、身構えた。


「ああ、座ってくれていい」


 入ってきた女は軽く手を上げて快晴を制した。青年が立った理由を勘違いしているのだろうか。


「あなたは……」


 その女に、快晴は見覚えがあった。

 一ヶ月前、テレビで記者団の前に立っていた、対怪獣機構日本支部の司令官だ。

 たしか、明日香あすかだか明後日あさってだかいう名前の…………

 しかし彼女と一緒に入ってきた、もうひとり──背の高い初老の男──は初めて見る。


「見知っていただいているようで光栄だが、改めて自己紹介させてもらおう」


 快晴の正面の席に腰掛け、司令官は胸の名札を指で示した。


「国際対怪獣機構特別機動部隊日本支部作戦司令官、飛鳥あすか京香きょうかだ。名刺は作らない規定なので、これで容赦願おう」


 やけに堅苦しい言葉遣いで女は名乗った。

 むちゃくちゃ長い肩書きを淀みなく言いきったのが凄い。

 長い黒髪に、黒スーツに黒縁眼鏡。司令官と言うよりは、いかにも漫画に出てきそうな管理職といった出で立ちだ。


「そしてこっちが……」


 飛鳥司令の手が、自分の隣にたたずむ男を指す。


「当日本支部の参謀、形梨かたなし格司いたしです。どうぞよろしく」


 明らかに年下の快晴にも丁寧な口調で、男は名を告げた。

 こっちは思いっきり肩書きを省略している。

 表情もにこやかで、司令官と違って柔和だが、どこか腹の内が読めない印象を受ける。怒ったら誰よりも怖いタイプだ、と快晴は勝手に思った。


「あ、どうも……オレ、いや私は────」


「貴志快晴くん、だな」


 司令官の感情の見えない声音が、快晴の言葉を遮った。


「まぁ、立ち話もなんですから、どうぞお座りください」


 二の句が継げないでいる快晴に、形梨参謀が椅子を勧めてくる。


「あ、はい」


 おずおずと、もといた椅子に座り直す。

 が、参謀は相変わらず司令の斜め後ろに佇んだままだった。

 若者の自分が座っていて、親でもおかしくない年輩者が立ったままというのは、やや気が引ける、


「こいつのことは気にするな。どうあっても、この参謀ポジションとやらから、動こうとせんのだ」


 快晴の心のうちを読み取ったように、司令が述べた。

 なるほど、そう言われればアニメや漫画に出てくる参謀キャラの立ち位置っぽい。形梨という男、意外とそういうのが好きなのかもしれない。


「まず、きみには、こちらに招聘しょうへいする手段が少々乱暴になってしまったことを詫びよう」


「あ、え……?」


 快晴は戸惑った。

 あんな形で連行されたのだから、こっちの意志など関係なく「地球の危機」を盾にずんずん話を進められるものだとばかり思っていた。


「しかし、外部できみと交渉してから招く、といういとまも、あまりなかったものでな。アパートの大家が話のわかる御仁であったのは僥倖ぎょうこうだった」


 ずいぶん古風な話し方をする女の人だと快晴は思った。司令官としての威厳を保つためだろうか。

 しかし大家さんがどんな“話”を理解したのかは気になるところだ。


「ちなみに予想しているだろうが、きみの素性はすでに調べさせてもらっている」


 机に置いたファイルから、飛鳥は十数ページほどの冊子を取り出した。


「貴志快晴、二十三歳。甲都市出身。市内の町工場勤務。未婚、ひとり暮らし」


 ときおり冊子の文章に目を通しながら淡々と司令官は語る。それが快晴の個人情報の塊であることは明白だ。


「両親は三年前に他界。それが理由で城弾じょうだん工科大学を中退しているな」


 ぐっ、と快晴はうめき声を呑んだ。

 自動車事故だった。警察からの電話を受けたとき、そして病院で物言わぬ両親に対面したときの、あの目の前が真っ暗になった失意は、まだ脳裏にさまざまと刻まれている。


「ご両親のことは残念でしたが……」


 形梨が言った。


「あの城弾を中退ですか……惜しいですな」


「奨学金だけでは、やっていけませんから。遺産もほとんど残りませんでしたし」


 フウッ、と司令官が小さなため息をついたのが聞こえた。


「これだから日本の大学のシステムは……」


 愚痴といえるものだったが、その言葉に快晴は安心した。

 てっきり「死ぬ気で、バイトでもなんでもすればいいんだ」とでも言われると思っていた。


「話がれたな。きみの経歴はたいした問題ではない。人格は考慮させていただくがな」


「人格……? そもそも、なんでオレ……ボクはここに連れてこられたんです?」


「きみ自身、心当たりはあると思うが?」


 司令の言うとおりだった。

 彼女たちの名札を見、肩書きを聞いたときから、快晴は気付いていた。


「……アーバロン。あれと接触したからですよね」


「それだけではない」


「民間人のボクが修理をしたことですか? 戦闘中に……」


「その節は世話になった、と述べておく」


「あ、どうも」


 まったく感謝されてる気にならない。ヤクザの言う“御礼参り”のような雰囲気だ。


「しかし、きみとの接触が原因となって、少々厄介な問題が発生している」


 さすがにそこまでは分からないよ、と快晴は内心で溜め息をく。


「そういうわけで、我々は問題解決のために、是非ともきみの力を借りたい。というより、貸していただく」


「いただく、って……」


 ずいぶん強引な話だ。快晴には、その問題の中身もまだ教えられていないというのに。


「司令、話を急ぎすぎですぞ」


いているものか」


 参謀にたしなめられても、司令は強硬な姿勢を崩さない。


「状況はどうあれ、彼は自らの意志でアーバロンと我々の活動に首を突っ込んだ。この期に及んで引っ込めようというなら、その首がもげることも覚悟してもらいたいな」


 少しずつ口調が荒々しくなってゆく。これがもともとの性格なのだろうか、と快晴は不安になってきた。


「性急さについては、どうかご勘弁を」


 その快晴に向けて、形梨が言った。


「なにぶん、司令もこの件に関しては、この一ヶ月半、頭を悩ませ続けておられましてな」


「一ヶ月半? それじゃぁ本当に、最初に怪獣が現れたときからずっと……」


 快晴の問いに参謀が頷く。


「ええ。焦るのもむべなるかな、と」


「焦っているわけでは──」


「いかがでしょう。この際……」


 反論しようとした司令官の声を遮って、形梨は提案した。


「まず彼女に逢っていただくというのは」


 ──彼女?

 こんな組織に属してそうな知り合いでもいただろうか。快晴には心当たりがない。


「まさか、それこそ本末転倒というもの。我々に協力する旨を彼に了承させるのが先だろう」


 こっちの“彼”というのは分かる。自分のことだ。


「貴志くんに開示できる情報も限られている現状、こちらの状況を認識してもらうのも困難でしょう。ここで強引に協力を迫るより、実際彼が我々にとっていかに必要かを知ってもらうべきです」


「責を課すのではなく、義を説けと?」


「貴志くんは誠実な青年とお見受けします。義あればこそ、責も解していただけるかと」


 悪い気はしないが、あまりそういうことを本人の目の前で言わないで欲しいものだ。背筋がむず痒くなる。

 それにしても、自分のことを話されているのに内容が欠片も見えてこないうえに、口調も堅すぎてついてゆけない。


「誠実……か」


 飛鳥が手元の資料に眼を落とす。一体、自分のなにを見ているのか。むず痒い背に、今度は冷や汗が湧く。

 すると、司令は耳のインカムに手を当てた。


「飛鳥だ。客人を第二格納庫まで案内しろ。目隠しでな」


「え? え?」


 自分がイエスともノーとも言わないうちに、話が決まってしまった。

 たちまち扉が開かれ、アパートで見たようなブラックメンが二人、すすすーっとと滑るように快晴のもとへとやってきた。

 そして厚手の黒布を取り出すや、快晴の頭に被せた。

 まったくもって淀みのない、慣れた動きだった。


(えええ? 待ってどういうこと?)


 よりいっそう混乱する快晴の両手は後ろに回され、カチリ、という音とともに鉄の輪で繋がれたのであった。

 背を押されて歩かされ──と思いきや、力強い腕に持ち上げられ、快晴の身体は真横になっていた。

 二人組の肩に担がれているのだ。

 そのまま、エッサホイサと運ばれてゆく。


「え、ちょ……え? ボクは丸太ですかぁ!?」


「目隠しをして歩いて貰うより、その方がずっと安全で早いだろうが」


「たしかに!」


 納得してしまった。

 足音の響き方からして、ここは廊下だろうか。自分たち以外にも何人かいる気配がする。

 すれ違う音、立ち止まったのか消える音、そして話し声……


「あッ、彼、アーバロン助けた子じゃない?」


「そうそう、今朝連れて来られたらしいけど、なんで担がれてんだろ?」


 間違いない。今の自分の醜態、この施設の職員たちにバッチリ見られている。


「あれ? 彼が噂の王子様?」


「みたいね。でも、手錠に目隠し付きじゃ、プリンスっていうかプリズナーって感じ?」


 下手な駄洒落はやめなしゃれ。


「馬に担がれてるんじゃ、白馬を駆るどころか、まるで市中引き回しの刑ね」


 だれがウマいこと言えと。

 しかし「王子様」とはどういうことか、快晴には思い当たる節がない。

 ひょっとして自分のことではないのかも。自意識過剰、油断大敵。

 いずれにせよ、この体勢、恥ずかしすぎる。いっそアパートのときと同じように、眠らせるなりしてから運んで欲しかった。

 いや、こうなったら気絶していることにしよう。セルフ気絶だ。そう、フリだけでも……


「貴志くん、今から乗るエレベーターを降りたらすぐ着きますので、あと少しの辛抱をお願いしますね」


 話しかけないでください参謀さん! ボクは今、羞恥に耐える自己防衛の真っ最中なんです!

 と心で喚きつつも、


「あ、はい……」


 と返事をしてしまう快晴だった。

 やがて、エレベーターに乗ったというのがブラックメンを通して感じられた。フワッと来る浮遊感で、下に向かっていると分かる。

 それが十秒ほど続いたところではこは止まった。

 エレベーターの外に出たところで、快晴は下ろされた。

 直立させられて、視界と腕が自由になる。


 そこは格納庫だった。広さはサッカーコートふたつ分くらいだろうか。高さはゆうに百メートルあるように見える。

 そして、快晴が出てきたエレベーターとは反対側、部屋の最奥に、それはいた。

 三色に彩られた巨大な鉄の戦士。

 だが、その鮮やかな装甲は今、ほとんど剥がされて、ワイヤークレーンでそこかしこに吊されている。

 巨体を支えるハンガーから伸びた何十本という細長いロボットアームが、剥き出しになった内部メカを撫でるようにあくせく動き回っていた。メンテナンス中なのだろう。

 それでも見間違えはしない、上に登った脚、差し出された手、見つめ合った眼……


「アーバロン!」


 快晴は思わず叫んでいた。そして、あの日のように全力で駆け寄ってゆく。

 司令や参謀が自分を止めないのが少し気になったが、あのロボットと再会できた喜びの前では些末な謎だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る