第30話 ご褒美

本日の異世界攻略を終え、喫煙スペースに戻った。

外は夕暮れ、時計を見ると午後5時前。

いやー、1日働いたって感じ!


…働いたんだよな?

今日、俺のレベル上げって感じだったけど。

まぁ、異世界攻略課だし、異世界攻略してれば仕事になるんだろう。

深く考えないようにしよっと。


「少し早いが、黒石君もどうだ?」


一服しているとさっきまで端末を操作していたシン兄さんが、銀色の缶を差し出してくる。


「えっ、ここで飲んでもいいんですか?」


支部長から攻略課はノルマさえ達成すれば働くのも休むのも自由だと聞いているが、職場で酒は大丈夫なの?


「神界は酒に緩いぞ?ここで宴会でも始めたら怒られるがな。ビールの一本、二本くらいなら特に問題はない。それに仕事終わりに一服しながら飲むのが、俺の習慣なんだ。1人で飲み始めるのも悪いしな。無理にとは言わんが」


なるほど、アル中に優しい世界だ。


「そういうことなら、ぜひ!」


シン兄さんから冷えた銀色の缶を受け取り、蓋を開ける。

麦の香りがアル中の心を沸き立たせる。


「それじゃ黒石君、改めて今日はお疲れさん。乾杯!」


「お疲れ様でした!乾杯!」


冷えたビールが五臓六腑に染み渡る。

超ドォラァーイ!!


「お、飲んでるって事は攻略終わった感じ?お疲れ様。あっ、シンさんもお疲れ様です」


「お疲れ、アヤネさん」


肩を叩かれ振り向くと、そこにはマイ女神のニアたんがいた。

麦、タバコ、汗、おっさん臭の中に突如出現した女性特有の甘い香り。

とっても良いスメルがするよ。

ずっとムサイ筋肉とおっさんの二人きりで攻略してたもんだから、堪らないね。

その匂いが主にどこから出てるのか気になるので、クンカクンカしてもよろしいか?


「お疲れー!さっき攻略終わって帰って来たんだよ!ニアも引き継ぎとか終わったの?」


「あたしは後少しかかるかな。どこ攻略してきたのさ?初日だし、難易度簡単なとことかっしょ?」


初日なのに、難易度簡単をすっ飛ばされてんだよ俺。

まぁ、なんだかんだでクリアできたしいいけど。


「いんや、難易度簡単じゃなくて普通のとこだったけど、なんとか攻略できたかな。仮想戦士、爆弾男、戦華の異世界に行ってきたぞ」


「は?…あー、チート持ってれば最初から難易度普通のとこ選べるのか。あたし達が今行ける異世界、確認してなかったわ。システムもどんな基準でそこ判断してんだろーね。でもシンさんが一緒とはいえ、ペーペーのあんたがよく怪我もしないで帰ってこれたね」


「ま、余裕ですわ。頑張った使徒に、ご褒美くれてもいいんだよ?」


体を使ったご褒美とかどう?

ペットの犬を褒めるように全身を撫で撫ですると、忠誠心もアップしてお得だと思います。


「余裕って…新米使徒のくせに生意気な。いくらあんたのスキルでも難易度普通の攻略とか、ほとんどシンさんの活躍っしょ。怪我してないのも、守ってもらってたからじゃないの?ご褒美とかありえな……。あ、そっか…そういう事になるよね…」


神妙な顔でこちらに近づくニアたん。

え、マジにご褒美?

でも主に攻略したのがシンさんだって、誤解してるっぽくなかった?


「え、ニア?へ?」


ハグされた。

俺の胸に顔を埋めて、ギュッてな感じよ。

マジか、マジでご褒美か。

クンカクンカタイム、スタート。

タバコの煙が邪魔だわ、クソ!


つーかこれ、抱き返していいのかな?

よし、手に持っているビールとタバコをシン兄さんに預かってもらおう。

シン兄さんならこの甘い雰囲気を壊さないように、アイコンタクトだけで察してくれるはず。


「チッ!!」


舌打ちと左手の中指が返答のようだ。

無念。

右手の缶が完全に握り潰されてるのが怖いね。


クンカしてハァハァする事、数秒。

ニアのお口が開く、胸が吐息で温かい。


「…周りに気を使って無理に元気だしてるなら、無理しなくていいからね。私も昔同期と一緒に異世界クリアしてさ、頑張ったのに私だけ神力貰えなかった事が、結構あったからさ。なんとなくわかるんだよね、そういう雰囲気。悔しいのに、無理に明るく振る舞うっていうか…キツいよね。コウは私の使徒なんだし、落ち込んだらちゃんと慰めてあげるから。1人で悩んじゃ駄目だからね」


昔の自分に俺を重ねているのだろうか?

クリア報酬を貰えなかった過去が、ニアにはかなりキツかったと思われる。

完全に誤解してますね。

どうすんだこれ。

優しさが痛いんだけど。


困った時のシン兄さん、アイコンタクトで助けを求める。

今度は通るはずっ…!


無言で頷く頼れる兄さん。

信じてたよ、兄さんならこの状況を打ち破れるはず!


「アヤネさん。そいつ1人で全部攻略したし、神力貰ってっから。その優しさはただのご褒美にしかなってねーよ。今そいつ、ニヤニヤしながらアヤネさんの頭の匂い嗅いで、喜んでるぜ」


「…へ?」


俺から離れ、きょとんとした顔を見せるニア。

素の兄さん、その説明はストレートすぎやしないだろうか。


だが、そのくらいの説明ならまだ許容範囲。

ニアの評価もちょっとスケベな奴で済むだろう。

若干元気な部分の詳細な説明は無かったからな。

今回はズボンの左ポケットにタバコの箱を収納している。

横から見てるシン兄さんには元気50%程度の膨らみなら分かるまい。

こっちがニアにバレなければ、どうということはないのだよ!


「くっ…!変態!!」


はい、ビンタ。

変態認定。

まぁ、こうなるのは予想できていたさ。

たとえシン兄さんの説明にズボンの膨らみが含まれていなくても、正面にいるニアにはバレるわな。

でも今回は勘違いして欲求不満のおっさんに抱きついてきた、ニアも悪いと思います。

抱き返されてグリグリされてても、おかしくなかったよ?


「シンさん!本当にこの変態が1人で攻略したんですか!?」


「ああ、本当だ。俺は助言したくらいだな。手助けどころか、攻略の邪魔をしてしまったしな。変態だが素晴らしい力を持った使徒だな!変態だがな!ハッハッハ!」


おう、兄さん。

人がビンタされたのに、いい笑顔で笑ってんじゃあないよ。

あんたもロリから筋肉までイケる、変態だろうが。


「…恥ずい…変態なんかに優しくするんじゃなかった…」


しゃがみこみ、両手で顔を隠すニア。

耳真っ赤だよ、かわヨ。

このままではなんだか可哀想なので俺もしゃがんで話しかける。


「ニア、ありがと。今回は落ち込んでなかったけど、元気でたわ!落ち込んでそうに見えたらまたハグッとしてくれよ!」


「うっさい…もぅやらないし…」


えー、定期的に落ち込んだふりしていこうと思ってたのに。


「黒石君、明日からの予定を決めるのにちょうどいい。君の部屋にアヤネさんも誘ったらどうだ?勿論アヤネさんの分も俺が奢ろう」


「え?なんで変態の部屋?キモそう…」


変態の部屋ではあるけどさ、昨日泊まっただけだしまだキモそうな物は一切置いてからね。

あ、昨日まで履いてたパンツはキモいだろうな。

ずっと履いてたから刺激的な臭いがするし。

風呂場に隠しておこう。


「これから俺の部屋で今日の打ち上げする予定だったんだよ。シン兄さんがどこかで奢ってくれるって言ってくれたんだけど、外で酒飲むにはちょっと疲れたからさ。俺の部屋でショップの物をって事になったわけ。これから三人で行動するんだし、ニアも来なよ。先輩の奢りなんだし」


「そっか、明日からあたしも黒制服だもんね…あれ?でも男子寮に女入って怒られない?」


「男子寮は女子寮より緩いから問題はない。そもそもエリート部屋なら家族が一緒に住んでも問題ないからな。許可もすぐおりる」


だから1人で住むには広かったわけね、納得。


「ニア、一緒に住む?最初はニアの部屋に俺を住ませようとしてたんだし」


「ヤだ。アレは緊急避難的なやつ。お金貯まったら別に暮らす考えだったし。それにあたしも部屋の準備ができたら、エリート部屋に引っ越し決まってるから」


「だよねー。んで、どうする?今日ニアも来る?」


ニアが来るなら、疲れていてもお酒が進みそうだ。

男同士のサシ飲みも悪くはないんだけどね。

やっぱ華がないと盛り上がりに欠ける。

話題も広がるし。


「仕事終わり次第行くよ。終わったら端末に連絡するから。シンさん、ご馳走になります」


「ああ、ではまた後でな」


「ニアー、お仕事頑張れよー。楽しみに待ってるからな!」


仕事の残っているニアと別れ、シンさんと男子寮へ向かった。












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