第17話

 制服デートというのは心躍るものがある。

 屋上を後にした俺とNさんは仲良く腕を組み、校内を巡回するのであった。

 一体アレはどこの生徒だという視線がNさんに集まる。


「ちょっと……Nさん。これはやりすぎなのでは?」


 押し当たる柔らかく温かい感触。高鳴る鼓動。

 彼女が息をする度に弾む円球には、俺の反骨心も大人しくなってしまう。流石は女性の魔力とは恐ろしいものだ。


「バカップルっぷりを見せないとバレちゃうかもしれないでしょ?」

「逆に目立ってますって。こんなイチャイチャしてたら」

「二人だけの世界に入ってると思われてた方が相手にされないかなって」

「SNSでバカップル降臨してると拡散されるかも」

「盗撮は犯罪だとお姉さんがしっかりと教えてあげる」

「不法侵入で、逆にNさんが説教食らうハメになりそうですが」


「ま、何はともあれ……」彼女は目を細めて「あの……さっきから当たっているんですけど」

「当たっているんじゃなくて、そっちが当ててきているんでしょうがぁ! この痴女!」

「痴女ってなんだい。お姉さんを公共の場で変態扱いとは良い度胸じゃないか」


 それから小時間二人で言い争った。

 どちらが悪いのか結論は出なかった。


 Nさんは息切れしながら、

「学生というのは疲れるものだねー」


 余程疲れたのか、自分の膝に手を付いている。

 どれだけ体力ないんだ、この人。


「若さが足りないからですよ」

「二十四歳をおばさん扱いとは……」


 睨まれてしまう。

 自分のことを若くないとか言ってたくせに。


「なら、運動不足では? 実際俺も結構疲れました」

「疲れたという言い方が癪に障るなぁー。それはわたしのセリフだよ、全く」


 拗ねた子供みたいに彼女は目線を逸らしてしまう。


「今日は俺が奢りますよ。昨日奢ってもらったので」

「ありがとう。喜んで奢らせてもらうね」


 すっかり機嫌を直してくれたようだ。気が早いな。


「あのーNさん。遠慮という言葉を知ってますか? 何より年下に気を遣ってもらうって恥ずかしいことですよ」

「何を言ってるんだい? 世界はわたし中心で成り立っているんだぜ!」

「自己中かよ!」

「自己中で何が悪い? わたしの人生だ。わたしがセンターに立つのが当たり前だろ?」

「まぁーそれはそうかもしれませんけど……」


 なんだよ、この謎の説得力は。


「本日も全部の店を回ろうぜぇ! まずはあの店からだ!」

「一般的な学生のお財布事情を知ってますか?」

「Cくんの場合は友好関係にお金がかからない。つまりは、そこそこお金持ちのはずなんだけど」


 名推理だ。全て当てっていた。

 友達がいれば一緒にマック行こーとかなるのかもしれないが、俺には皆無。ま、金銭的余裕があるのは良い話だ。


「はいはい。分かりましたよ。でも今日も半分個ですから」

「分かったよ。もちろんだよ。だって、わたしたちはカップルなんだろ?」

「期間限定カップルですけどね。今日一日限りの」



 午前部に回れる飲食店には全て回り終わった。

 底無しの胃袋——ブラックホールをお持ちのNさんも大満足してくれたらしい。まだまだ食べ足りないと言ってるけども。


「今からステージの発表を見に行きませんか?」

「おおぉ、良いね。その前にたこ焼き買ってくる」

「結構食べますよね……」

「人生とは、食べることなんだぜ」

「ま、食べないと生きていけませんからね」


 早歩きでNさんはたこ焼きを買いに行ってしまう。

 一人取り残された俺は、じっと待つことにした。


「私は絶対に出るからぁ! 誰が何と言っても!?」


 女性特有の金切り声を聞き、俺は後ろを振り向く。

 そこにいたのは、昨日Nさんが『清楚系ビッチ』呼ばわりした長い黒髪の女子生徒。


 彼女の周りには男女入り混じる生徒たちもいて、何か言い争っているようだ。もしかして痴話喧嘩か、などと考えていたが、どうやら違うようだ。


「無理だよ。だって——」


 話を聞く限りでは、彼女たちは演劇部なのらしい。

 で、黒髪の女の子は今年の文化祭で主役を務めるのだと。

 しかし、昨日起きた不意の事故——屋外に設営された露天の看板が落ちてきて、足を負傷してしまったらしい。


 屋上から見たときには女子生徒が怪我したことしか分からなかった。被害に遭ったのは、清楚系ビッチちゃんだとさ。


 可哀想な話だ。ま、俺には関係ない話だけどさ。


「お待たせぇー。たこ焼き買ってきたぜぇー」


 満面の笑みを浮かべて、Nさんは戻ってきた。


「どうやらあちらの方々は揉めてるみたいだねー」


 興味無さそうに呟きながら、プラスチックの容器を開け、つまようじを器用に扱って、Nさんはたこ焼きをぽいっと口に含んだ。


「うううぅー。あっつあっつだよぉー。ううー焼きたて最高ー!! ほらほらCくんも食べていいよ」

「俺、猫舌なんです」


「なら……」


 そういって、Nさんはたこ焼きを口元へと運び、ふぅーふぅーと冷ましてくれた。母親のような優しさに俺はドキッとしてしまう。


「よぉ〜し。食べていいよー」


 たこ焼きを向けられてしまうが、俺は動かない。


「たこ焼きは嫌いー?」

「好きですけど……恥ずかしいって言いますかね」

「恥ずかしがることはないでしょう。カップルでしょ?」

「それでも恥ずかしいものは、恥ずかしいんです!」

「け、健気な男子だ。女々しいと言った方がいいかもしれない。彼女が必死にお願いしてるのに……」


 シクシクと涙を流すフリをしてしまった。

 うわぁー超面倒なパターンだ。男たちの危険な眼差しもビシバシ来てるし。最悪だな、これは。


「分かりましたよ。あ、あくまでも、彼女のお願いだからですよ。し、仕方、なくですからね」


 ほおが熱くなりながらも、俺はパクリと食べた。


 そんな俺の姿をニヤニヤと眺めるNさんは、


「Cくんってツンデレさんだよねー」

「ツンデレではありませんよ」


 目を大きく見開き、Nさんの白い手がこちらに伸びてくる。


「え、ええ……あ、あの……Nさん?」

「ちょっと待って。動かないで」


 この展開って、もしかしてキスですか? キスでしょ? キスだよね?

 目を瞑ってバッチコイーと身構えていたけど、あら残念。

 口のすぐ横を触れられるだけだった。


「はい。取れたよー、ソース」


 言葉通り、Nさんの人差し指にはお好みソースが付いていた。

 そのままソースの付いた指先を口元に運んだ彼女は、ペロリと舐めてしまう。


「うーん。やっぱりソースって美味しいよねー」


 何の動揺もなく、愉快げに話すNさんを見て、俺はこの人には敵わないと改めて思ってしまった。


 やっぱり年上の女性って強いな。大人の余裕がある。

 こっちは色々と考え込んでしまうのに……。

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