第16話

「Cくんってさ、進学と就職どっちなの?」

「Nさん。俺の人生は、その二択ではありません」

「おっ、やっぱり何か考えてるわけだ。流石だね」

「はい。もちろん、専業主夫なのでお嫁さん探しです」

「前言撤回。Cくんは何も考えてない。現実見てない」

「まぁーそうですよね。俺みたいな男を好きになってくれる女性なんているわけ……」


 落ち込む俺の肩に、Nさんが手を置いてくれた。


「大丈夫だよ。絶対にCくんを想ってくれる人もいるよ」

「そうですよね。ここにいますよね?」

「ここに……?」

「はい。Nさんは俺のことが好きですよね?」

「捻くれてるところとか物凄く好きだけど、恋愛感情的な好きでは決してないよ」

「知ってますか? 好きとは変換可能なわけですよ」

「友達だと思っていたけど、告白されて恋愛感情的な意味で見てしまうようになったみたいな。少女漫画にありがちな設定だよね」

「そうそう、それです。俺はそれを狙ってますよ」

「あのーちょっとこっちを見ないで。それにキメ顔だし」


「あー逆に、Nさんは進学と就職どっちですか?」

「一応進学だよ。途中でやめたけど」

「どうしてやめたんですか?」

「女優を目指したということもあるけど、これでいいのかなーと思ってしまったわけ。大学を卒業してどっかの会社に就職してーみたいなことを考えてたら、わたしこれで幸せなのかなってさ」

「Nさんらしい生き方っすよね。適当で」

「適当とは失礼な」

「適当と言っても、ふさわしいって意味ですよ」

「文章を読んで適当な選択肢を選べの方かよ!」


「あーそれでどうして家賃収入マスターに?」

「女優を諦めた頃かなぁー。自分に向いてないなって思ってたら、親が倒れちゃったんだ。で、わたし一人ぼっちになったわけ。残ったのは親の遺産。元から親がアパート経営してて、それを引き継ぐ形で……まぁー今の生活になったんだよね」

「意外とNさんってお嬢様?」

「お嬢様とかじゃないよ。一般ピーポー」


 ま、わたしの話はどうでもいいの、とNさんは呟いて、


「それでCくんはどうするの? キミの人生はこれからでしょ? しっかりと考えないとダメだよ」

「……正直何も考えてないんですよね。やりたいこととか特にないし」

「まーそれはそうだよね。実際わたしだって夢とか見つけてなかったし。漠然とあれあれになりたいーと思っても、大抵夢って叶わないことが多いし。でも、お金がないと暮らせないぜ?」

「そうなんですよね。俺って普通の人間みたいに生きていけるとは到底思えないですし。それなら、もう自分一人で生き抜く術を見つけるしかないなって」

「レッツ、サバイバル生活ってわけだね」

「そこまでしますかー! フリーで働くって話ですよ!」

「フリーで働くって大変だぜ?」

「大変ですけど、人間関係がないだけましです」

「フリーで働くからこそ、人間関係が重要なのに……」


「夢がないなら、とりあえず進学しとけというのは嫌なんですよね」

「どうしてー? 行けばいいじゃん。楽しいよー」

「楽しそうだなーと思うけど、どうせ俺ぼっちだし」

「あ……そっか。でも新たな出会いがあるかも。人間関係リセットできるし。人生は何度だってやり直せるよ」

「将来的に就職できるとは思えないし、それなら技術力を付けた方がいいかなって。あと、四年間も大学に通えるかなーと」

「単位認定とか地味に面倒だし。わたしも途中でうんざりしたことある。ま、退学した身だけどね。それでも学歴って大切だぜ。就職の際には絶対重要!!」

「別に有名企業で働きたいわけじゃないし。地方に残ろうかなーと思ってるぐらいですよ。ってか、俺は人が多いところは苦手なので。人混みに酔いそうです」

「人が多いからこそ、Cくんみたいな人間でも馴染めると思うんだけどなー」


 高校三年生。

 クラスメイトたちは受験に専念している。

 それにも関わらず、俺は一人だけ立ち止まったままだ。

 これから先どうやって生きていけばいいのか分からない。

 でもどうすればいいのか、全く分からないのだ。


「正直な話、進学というのも酷な話だけどね。将来の選択を後回しにしてるだけだし。元から自分の夢や目標がある人は別だけど、大抵の人は無難に就職する人生を歩むからねー。まぁーこれが普通の生き方なんだろうけど、Cくんは嫌なんでしょ?」


「普通に生きるってのが難しいんです、俺にとっては。本当なら普通に生きたいと思うんですけど……遅刻欠席を繰り返してますし。俺だってやめたいと思ってるんですけど……」


「分かる分かる。意志の問題という面も大きいけど、身体が上手く動かせないんだよねー。むかーしの話なんだけどね、オーディションに出たことがあるの。自分の番が回ってきて、いつものように演技をしようと思った。けれど……できなかったんだ、あはは。審査員は訝しい瞳で、わたしをじっくり見てくる。でも、わたしは声も出なかった。ただ立ち尽くしてしまったの。結果はもちろん不合格。その後も挑戦してみたんだけど……やっぱりダメだった」


 だからさ、とNさんは優しい口調で言った。


「諦めも肝心だよね、人生は。その代わりに新たな生き方を見つけないとね」

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