第18話

 体育館に無事到着。

 ごった返すほどの生徒の数に、俺は圧倒されていた。

 と言うか、もう酔いそうだ。


 Nさんはイカ焼きやら焼きそばやら(たこ焼きだけではまだまだ物足りないと言って購入した)を手に持ち、キョロキョロと椅子をお探し中のようだ。


 ところが、空席は見つからなかった。


「Nさんが悪いんですよ。色々と買いこんだから」

「腹が減ったら戦はできぬ、ということわざを知らないのかな?」

「戦って……別に今から何かするわけじゃあるまいし」


 このまま立ってステージ発表を見るのは、嫌な話だ。


「Nさん。上に行きましょう!」

「お、いいねー。気が合う。高みの見物してやろうぜ」


 体育館の上に登るのは原則禁止。何か物を落とした際に、下にいる人に当たる可能性があるからだと聞いたことがある。


 でも、そんなこと俺たち二人には関係のない話だ。


 体育館の上に行く階段には、テープが貼られていた。

 それでもお構いなしに俺たちは突き進む。


「ちなみにこの場所って何と言うか知ってるー?」

「体育館の上。二階。通路。スモールロード?」

「知恵を振り絞ったけど残念。ハズレです」


 答えはねー、とドヤ顔気味にNさんは言った。


「キャットウォークだぜ」

「初めて知りました。無駄な知識ですね」

「無駄な知識とは失礼だな。ちなみにアダルトメーカーの名前でもあるよ」

「余計すぎる知識ですよ! ってか、Nさんって見るんですか?」

「女性が見てはいけないという決まりでもあるのかい?」

「ち、違いますけど……男性だけが見るイメージが」

「ならば問題です。三大欲求を答えてください」


「食欲、睡眠欲、性欲ですよね。ふっ、簡単ですね」

「それなら簡単な話じゃない? 男性がお腹空くように、女性もお腹が空くし。眠たくなるのは当たり前じゃん。それなのに……どうして性欲がないって思ったの?」


 説教を受けるハメになってしまった。

 でも勉強になった。女性にも性欲はあるのか。


「セックスやりたい人、この指とまーれってしたら……クラスメイトの女の子も何人かは握ってくれますかね?」

「指じゃなくて、腕を握ってくれると思うよ。金属の輪が」

「手錠じゃないですか!」

「よかったね。Cくんの進路が決まったじゃん。お勤めご苦労様です」


 二人並んで壁に寄り掛かるように座った。


「誰にも見られてないので少し距離を置いてもいいのでは?」

「えーだって肌寒いじゃんー」

「分かりましたよ。俺も学ランをつか——」

「風邪引いたらどうするのさ。受験するかもなんでしょ?」

「まだ進路は考え中ですけどね」

「それならなおさら、学ランは借りれません」

「俺としては、女性に風邪を引かせる方ができませんよ」


 カッコつけて、俺は彼女の肩に学ランを羽織らせる。

 むううぅーと唇を尖らせた彼女は俺の方にさらに近づく。

 マスカットの香りと、ソースの香ばしい匂いが漂って来た。


「こ、これなら問題ないでしょ? 二人とも納得の解決法だ」


 彼女が取った行動は、一緒に学ランを着るというものだ。

 かなり近付かないと二人で着るのは不可能。

 ゆえに、互いの身体を密着させているわけだ。肌を通して、熱が伝わってくる。あまり意識してなかったが、先程までよりもNさんが熱くなった気がする。


「Nさん……顔赤いですよ」

「風邪気味かも。Cくんだって赤いぞ。人のことを言えない」

「一生治らない病を患ってしまったんで」


 恋という名の、俺には到底似合わない病気をね。

 文化祭が終われば、もう会えなくなるって分かってるのに。

 どうせ、俺の気持ちが彼女に届くはずもないのにさ。


 本当バカだなー、俺。恋ってのはただの妄想だってのに。


「Nさん……これ以上俺を病に犯すのはやめてください」


 彼女は何も答えなかった。

 ただイカ焼きを無心に食べて、ステージに夢中のようだ。


 ほらな……所詮は、俺ってこんなものなんだよな。


「学ランをさっと渡してくれたのはカッコよかったよ。お姉さん的に、ポイント高い」


 照れるのを隠しながら小さな声でNさんが言った。

 たったそれだけなのに、俺の心は小躍りしてしまう。

 やれやれ……どうやら俺のは重症らしい。

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