第12話

 屋上に戻ろうかと思っていたが、Nさんはまだまだ遊び足りないらしい。というわけで、散策続行中。

 意気揚々と歩く彼女の隣を、俺は陣取っていた。


「あっ。あそこのわたがし食べてみたいかも」

「まだ食べるんですか? 流石に食べ過ぎなのでは?」

「別腹という言葉を知っているかな? それにまだ成長期だし」

「ただ食いしん坊ってだけですよね、それは」

「食いしん坊とは失礼な。もしかして女の子はビスケット一個でお腹が膨れると思っている系男子?」

「そこまではないですけど……」


「はぁーこれだから」


 呆れたようにNさんは言って、唇を尖らせたまま


「女の子は少食じゃなければならないという風潮が、わたしは嫌いなんだ。宴会の場とか、遠慮しなければならないことってあるじゃん」

「まぁーありますよね。女性が大盛り頼んだら、周りがえええっとなるみたいな」

「そうそう。それなんだよ。それが嫌なんだよねー。わたしね、牛丼屋さんに結構行くんだよ」

「一人で行くんですか?」

「イエスアイドゥー。当たり前だのクラッカーだよ。そもそも牛丼屋さんって一人で行くものじゃないの?」

「ま、牛丼店って、時間に追われるサラリーマンが手軽に食べに行く場所ってイメージがありますよね」

「そうだよねー。家族みんなで牛丼屋さんに行くCMとか見るけど、アレって都市伝説だよねと思うもん」

「店側としてはファミリー層に来てもらいたいんじゃないですか? テーブル席って割と空いてるイメージがあるし」

「なるほどー。お一人様に使われるぐらいなら、複数人で来てる人たちに使われた方が遥かに効率いいもんね」


 現実的問題を突きつけられた。

 カウンターが空いてるのに、テーブル席を使う人もいるし。

 ま、どこに座ろうが客の勝手というのは分かるけど、混んでるときにやられたら溜まったもんじゃないんだよな。


「金銭的問題ではなく、店内のイメージってあるじゃないですか? 女性ってラーメン屋とか牛丼屋ってやっぱり行きにくいじゃないですか? 男性だってケーキ屋さんとか、お洒落なカフェって行きにくいですし。だから、家族向けの宣伝を売って、イメージを変えたいんですよ」


「そうなのかな? わたし、別にどんな場所でも行くんだけどなぁー。普通に『18』と数字の書かれた布切れの中でも」


「マジでそれやめてください。Nさんみたいな美人が入ってきたら、ガチでビックリするんで。ドキドキしちゃうんで」


「えー? やめるわけないじゃん。その反応を見るためだけに入っているんだからさ」

「確信犯だった!!」

「そもそも女性の身体って、何がいいの? お風呂とか入ったときに、鏡でチェックするけど……全然何とも思わない」

「自分の身体を見て興奮してたらそれはそれでやばいですけどね。って、何か牛丼屋さんでの話があったんじゃないですかー?」


「あ、そうだった。あのね、わたしが大盛りを頼むと、店員さんが二回、三回聞き直してくるんだよ。困るよね」

「でも店員の気持ちも分かりますよ。Nさんってスタイルいいし、本当に食べられるのかなと疑問に思うんじゃないですか」

「思うのは勝手だけど、やっぱり嫌じゃない? 女性だからってバカにされてる感じがするんだよー」


 女性という立場ではないから、本当の意味では分かり合うことはできない。でも彼女が言っていることはたしかに理解できた。


 わたがしを頬張るNさんを見ながら、俺はふと思う。


「Nさんって太らないんですか? そんなに食べて」

「太らないね。というか、そもそも体重計乗らないから分からないかも。お腹チェックしてみる?」


 ブラウスの裾を掴んだ彼女はひらりと曲げ、白い肌を露出させた。隠れた部分が見えてしまい、無駄に心臓が高鳴った。


「嬉しい話ですが、見せたがりな女性は嫌いなんですよね」

「注文の多い人だ。パンチラとかは大好きなんだね」

「露骨なエロは嫌なんですよ。ほら、パンツあげるとクラスの女子に差し出されても、被るぐらいですよ」

「被る時点でもう危ないと思うんだけどなー」

「えっ? 逆にパンツ被らないんですかー?」

「女子のパンツって意外と汚いよ。おり——」

「すみません。そんな話は聞きたくありません」


「ごめんごめん」


 Nさんはベロを出して謝ってきた。

 少しは反省しているのかもしれない。

 女性の生理現象に関して気になるけど、詳しくは聞きたくないものだし。ただ、俺は女の子の支えになればいいかなって。


「わたしね、食べても栄養が全て胸部に行くんだよねー」

「今の発言で女性の大半を敵に回しましたよ」

「敵も味方も、全員胸で包み込んであげるから大丈夫」

「胸が大きいと、性格もいいんですね。初めて知りました」

「必ずしもイコール関係じゃないけどね」


 Nさんは首を左右に振った。そして彼女は「例えば、あの子を見てみて」と耳打ちしてきた。


 その視線の先にいるのは、真面目そうな女の子だ。

 滝から流れるような黒い髪。遠目からでも分かる大きな瞳。

 背筋は曲がることを知らず、ビシッとしている。その姿勢に似合うように、表情は凛とし、お上品さを感じるものだ。

 なのにもかかわらず、友達と喋る際には可愛らしい笑顔を浮かべるのだ。ギャップ萌えが素晴らしい。


「アレは絶対に性格が悪い。清楚系ビッチだね」


 ふむふむと頷きながら、Nさんは腕を組んでいる。

 大きな谷間が強調し、目線に困ってしまう。彼女は俺の視線に気づくことなく、ビッチ説を提唱しているが……全く話が入ってこない。


「って、あまりにも失礼ですよ。清楚系ビッチだなんて」

「顔を見れば分かる。女の勘だね」


 ニヤリとNさんが笑みを浮かべてから数秒後——。


 黒髪の少女は近くにいた男子に喋りかけている。ここからは聞こえないけれど、どうやら彼女は男子に何かを奢ってもらおうという魂胆らしい。男子の方は鼻を伸ばして、デレデレしてやがる。そのまま二人は人混みの中へと消えていった。


「あの男子はカモになったんだ。彼女はお金を毟るだけ毟ってやろうと考えているんだよ」

「真相は闇の中ですけど、逆ナンの強さを改めて感じます」

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