第13話

「なんだかんだで、全制覇しちゃいましたね」

「ふふ、わたしを誰だと思っているんだい?」

「土下座したら一発ぐらいやらしてくれそうなお姉さん」

「酷いっ! わたしをそんな目で見ていたんだねー。軽蔑だ」

「俺言ってませんでしたっけ? 自分の心には嘘をつきたくない派だって」

「正直なところはいいかもしれないけど、クラスの女の子には絶対に言ったらダメだよ。心優しいお姉さんだけにしときなさい」

「お姉さんだから言えるんですよ」

「信頼されているってことでいいのかな?」


 えへへと照れたようにNさんは笑った。


「屋上に戻りますか?」

「うーん。どうしようー」


 悩んでいるのか、Nさんはパンフレットを開いた。


「今更なんだけど文化祭って二日間あるんだねー」

「一日目はお遊びって感じで、二日目が本番って感じですよ」

「お遊びって……一生懸命頑張ってる人もいるのに」

「二日目にステージ発表があるんですよ。ミスターコンとかミスコンとか。他にも演劇とか音楽演奏とか……ってアレ? あの……Nさん、どうかしましたか?」

「いやぁー懐かしいなーと思って」


 あ、と思い出したかのように感嘆な声を上げて、


「後夜祭って今でもあるのー?」

「ありますけど、生徒以外は参加できませんよ」

「元生徒だから許されるっ!」

「残念ですが、無理ですよ」

「もうぉーケチンボケチンボ!」

「ケチンボと言われても、学校側の意向ですし」


 屋上へと無事帰還。二人だけの空間。

 お昼の時間帯をとっくの昔に過ぎ、夕暮れ時になっていた。


「Nさんのおかげで今日は楽しい一日になりました」

「ふっふっふ、もっとわたしを崇めてもいいんだぜ」

「やっぱり調子に乗るのでやめておきますね」

「それでさぁー明日は何時にここ集合にするー?」


 当然のように明日も彼女は参加するらしい。


「何時に集合って、明日は一般開放されてませんよ」

「えっ……? まじ?」

「マジです。それに、俺も休む予定ですし」

「休む予定って不良だぁ! イケナイ子だ! 先生に言おー」

「アンタは小学生かよ! 何よりも明日は風邪を引く予定ですからね」

「ズル休みはよくないぜ、Cくん」

「ズル休みではありませんよ。歴とした体調不良です」


「仮病のくせに」


 彼女は言って、哀れむような眼差しを向けてきた。


「本当にいいの? 休んでも。学生時代はもう二度と戻ってこないよ」

「説教するつもりですか?」

「説教ではないよ。大人からの忠告。アドバイスだよ」

「学生時代なんてただの通過点に過ぎないんですよ」


「通過点に過ぎないか……そうだね。その通りだね」


 納得したかのように、Nさんは首を縦に振った。


「でも、そんな通過点を何度もやり直したいと思うときが来るんだよ。大人になったら。もっと遊んでたらよかったって」

「学生時代に縋る人間は、現在の自分に満足していないからですよ。過去に束縛されているだけです」


「束縛か……」Nさんは静かに言い、「そうかもしれないね。わたしはずっと過去に囚われているのかもね」


「何かあったんですか?」

「ううん。何にもないよ。ただ学生が羨ましいなぁーって。キミたちってさ、まだまだ若いじゃん。何でもできるじゃん」

「若いって……Nさんだって十分若いですよ」

「残念。わたしはもう若くないの。一般的には若い方かもしれないけど……流石に今から人生やり直すのは無理だよ」

「家賃収入で暮らしているから、十分勝ち組だと思うのですが……」

「もしかして、キミって幸せはお金で買えると思う系?」

「難儀な質問ですね。お金が重要ってことは分かりますよ。もしもお金をいっぱい持ってたら、俺は援助交際しますから」

「胸を張って言わない。そもそも援助交際は危険だよ。捕まってしまうかも」

「十八歳未満だから許されるはずです」

「都合の良い法律を武器にする子供は嫌いだよ、お姉さんは」

「この世は知恵と金なんですよ」


 緑色の芝に寝転んだ俺たち二人は夕焼け空を眺めた。

 東から西へと沈む赤球はいつもよりも染まって見える。


「なんだかこのままだったら寝ちゃいそうだよねー」

「寝たら襲っちゃいますよ」

「襲えるものなら襲ってみれば?」

「できないと思っていたら、痛い目見ますよ?」

「もしもイケナイことしたら警察に突き出すから」

「それだけはやめてください。ごめんなさい。俺が悪かったです」

「Cくんってさ、警察に滅法弱いよねー」

「長いものには巻かれろって言うじゃないですか」

「要するに自分より強いものにはゴマをするタイプなんだー」

「違いますよ。戦略的撤退です」


 強風が吹き荒れた。遠くに見える森林が横に揺れ、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。下心を持った神風にスカートを捲られて、思わず声が出てきてしまったのだろう。


「何だか下の方が騒がしいですねー」

「たしかに……何かあったのかな?」


 二人揃って立ち上がり、フェンス越しに下を覗いてみる。

 生徒たちが集まる先には大きな木板の看板が落ちていた。

 文化祭の売店用らしい。学年と組がペンキで描かれいる。

 ポップ調の看板なのにも関わらず、生徒たちの顔は深刻そうに見える。その理由は明白だ。

 女子生徒が看板の下敷きになっているからだ。

 と言っても、危険な状態ではないらしい。

 女子生徒は何事もなかったかのように立ち上がり、周りの人々に「自分は大丈夫だよー」と身振り手振りで示した。


 しかし、俺の目は誤魔化せない。

 彼女の足はぎこちない動きである。


「あれ多分……捻挫してるな」

「よく分かりますね」

「女の勘だよ」

「女の勘って万能すぎる!」

「まぁーひとまず、女子生徒の命に別状がなくて安心だね」


 それにしても、とNさんは呟き、


「本当イタズラな風だねー。というか、肌寒くなってきた」


 何も言わずに自分の学ランを脱ぎ、俺は彼女の肩に掛ける。


「へぇー優しいところがあったんだぁー。ありがとう」


 Nさんが微笑む姿を見て、俺はもう一度仰向けになった。



 結論から言おう。

 次に俺が気付いた頃には、空は真っ暗になっていた。

 おまけに屋上という封鎖空間には俺以外誰もいなかった。

 まるで、Nさんという存在がいなかったかのように。

 もしかしたらあの美女は全て俺の夢だったのかと思ってしまったが、それは違うと確信することができる。


 残された置き手紙。シャツの胸ポケットに入ったのだ。

 内容は自称怪盗が犯行完了したというお知らせだ。


『キミの学ランは盗ませてもらった。返して欲しければ明日も必ず屋上に来るように! もしも来なければ、学ランは処分する』


 明日も学校に行く理由ができてしまった。別に文化祭が楽しかったわけではない。学ランを返してもらうためだ。


「それにしても神出鬼没な人だなー。何も言わずに帰っちゃうなんてさ」

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