宇宙人にされた男 十四


 ついに未来を変えた瞬間だったに違いない。

 

 しかしそれほどの感動もなかった。 ――というか、それどころじゃなかった。エルザークは羽交い絞めを振りほどき、俺を背負い投げのような格好で投げ飛ばしたのだ。俺は腰の辺りをしたたか地面に打ちつける羽目になった。


 その一瞬に悲劇は起こった。


 エルザークは光線銃を広瀬曹長の背中めがけて放ったのだ。バシッ!!と凄まじい音がして曹長が前方に吹き飛んだ。一瞬で曹長の背中が焼けただれて、骨までもが見えた。焦げたような異臭がした。


「曹長!」


 俺はありったけのパワーでテレパシーした。俺は死に物狂いでエルザークの光線銃に噛り付いていた。そして火事場の馬鹿力で光線銃をふんだくって、その銃床の部分でエルザークの腹を思い切り突き上げた。

 エルザークが意外なほど簡単に気絶してしまった。腹は急所らしい。子供は泣き叫びながらすっ飛んで逃げてしまった。

 俺はうつぶせになって倒れこんでいる曹長を抱きかかえ、こちらを向かせた。瀕死の重傷だ。


「曹長、広瀬曹長……」


 俺は両膝をついて顔を曹長に近づけた。曹長は薄目を開けて俺を見ていた。力のない眼だ。


「やりましたね曹長! 任務完了です。曹長、地球に帰りましょう。今度こそもと来た地球に帰りましょう」


「ああ、そうだな。でもなあ、目の前がやけに暗いんだ」


 弱々しい曹長らしからぬ声だった。


「そ、曹長」


 宇宙人の俺は泣けなかった。しかし心の中はもう嗚咽に近かった。


「絶対に二人で地球に帰りましょう。曹長は英雄ですよ。きっと幹部に昇進できますよ。そうでしょ、曹長。そうですよねえ」


「ああ、俺たちは任務を果たした。そんなことより、お前は地球に帰れ、おまえの帰りを家族が待っているんだろう。前田博士を探して人間に戻してもらえ、いいな」


「はい、わかっております。しかし自分だけで地球には帰りません。曹長」


「ばか、早く帰れ! すぐここに奴らがやってくるぞ」


「曹長!」


「……俺はもう助からない」


 俺は曹長を抱きかかえたまま走り出した。そりゃ思うように走れなかったけれど、どうしてもそうしたかった。


 遠方に奴らの姿が映った。大勢で追ってくるのがわかった。俺はもう死に物狂いで走っていた。そしてようやく宇宙船にたどり着いた。すぐにハッチを閉め、コックピットに乗り込む。


 俺は時間軸の座標を何度も確かめた。曹長からそのへんの操縦法は伝授してもらってあった。しかしもう猶予などなかった。俺は間髪いれずに推進エンジンをスタートさせた。


 宇宙船が首尾よく離陸する直前に、下のほうから無数の光線が光った。しかし今回は光線だけではなかった。 ミサイルのようなロケットが三機も宇宙船を追従してきた。これは恐怖だ。

 宇宙船のボディは強靭で光線銃を難なく跳ね返したが、ミサイルに追撃されたらどうなるかわからない。おそらく破壊されるだろう。


 俺はもうヤケクソになって、コックピットの水晶みたいな操舵装置をひっぱたいた。もうめちゃくちゃだ。すると次の瞬間宇宙船に物凄いGがかかった。俺の脳が揺れていたと思う。そしてミサイルが着弾する瞬間、宇宙船がウルトラ急加速をした。


 飛んでもない加速だ。あっと言う間に宇宙船は流星みたいになってミサイルを振り切った。この船はよっぽど速いのだろう。さすがアコンダクタの船だと思った。

 

 溜息を何度もついた。やはり俺は死にたくない。地球に帰るんだ。絶対!


 少し落ち着いたが、敵の星はまだ眼下に見えていた。

 すると星に変化が生じた。一点からオーロラのような白い光が星全体に広がり、やがて星全体を覆いつくした。俺はその光に魅入られながらも、広瀬軍曹の眠るような顔をもう一度凝視していた。


 俺はテレパシーで何度も曹長に呼び掛けていた。


「広瀬曹長、どうか死なないでください! どうか死なないでください! どうか、どうか」


 しかし広瀬曹長の顔は既に土気色に変色していた。呼びかけにも何の反応もなく、もう呼吸もない。俺はなかなか曹長の死を受け入れられなかった。俺自身さえ曹長の死がこんなにも俺に影響をあたえるなんて思わなかった。


 しかし敵の星は爆発するのだろうか? 俺は星の変化の様子を複雑な気分で観察していた。すると光に包まれた星が妙に揺らぎ始め、強い光輝を周りに放出したかと思うと数分後に姿を消した。


 まるで信じられない光景だった。星は消滅したのだろうか。俺にはよくわからなかった。時間経過が俺に冷静さを取り戻させたようで、俺は広瀬曹長の亡骸を冷凍冬眠装置に納めて冷凍させた。地球の地に曹長を埋葬したかった。


 宇宙はもとの静寂を取り戻していた。星一個が消えても宇宙にはなんの影響も無しって訳か……。俺はそんなことを思いながら宇宙を行く孤独なライナーと化していた。

 

 ただ曹長の死が切なくて自分が一体誰だったか時々わからなくなった。

 船の覗き窓に自分の顔が映していると、本当に自分が人間だったのか疑いたくなる衝動が幾度も込み上げてきた。

 敵とはいえ星ごと消滅させてしまった。これで良かったのだろうか。任務を果たした安堵と裏腹に割り切れない想いが俺の胸にあった。


 俺は眠る以外になかった。無事に帰還出来たら家族に再会し、亜紀にプロポーズするつもりだった。

 やがて俺は人工冬眠装置の中に入ったが、五年も眠るのが怖くなった。なんとかしてもう少し早く地球に戻れないだろうか。そう考えた。

 冬眠装置から出てコックピットの水晶みたいな操舵装置を見つめる。故郷の地球を何度も想念していると俺の意識が急に霞んだ、俺は不覚にもそのまま気を失ってしまった。


  ◇ ◇


 意識に白い靄が生じていた。その中に亜紀が立っていた。でも心の片隅の理性がこれは夢なのだと俺に語りかけていた。そんな事はわかっている。と俺は自分自身に反駁するように思った。

 

 亜紀のやさしい視線はどこか儚気で俺を見ているのか見ていないのか、判断さえつきかねてしまう。「――亜紀」と俺は言う。

 

 しかしその声が届かない。歯がゆいと感じる、慌てて俺自身を鏡に映すと怪物である。まるで猛獣のような眼つきで亜紀を睨んでいる。

 ――なんだこりゃ? と俺が思う。これは俺じゃないぞ。


「亜紀……」


 もう一度言う。すると漸く彼女が俺に気づいてこう言った。

「健人、なつかしい人… でもわたし、あなたを待ちきれなかったの。わたしにはもう好きな人が居るし、ごめんね、健人。ごめんね」


 俺はもう、なにがなんだかわからなくて混乱した。


「あなたは宇宙人になったんでしょ、宇宙人としての人生があるのよ。あなたはあなたで幸せをつかんで欲しい…」


「な、なんだって、そ、そんな言い草ってあるもんか!」


 俺は怒鳴っていた。


「ばかな、馬鹿なこと言うな。俺は自分の星を爆破しちまったんだよ! きれいにね。だから俺はもう帰るところなんてあるものか!」


 ――俺は自分の中の強烈なテレパシーで眼を覚ました。


 しゃにむに頭の中の靄を払いのけるように上体を起こした。心のうちに幻影が張り付いている。夢であった事がわかると徐々に心拍数が平常に戻ってきた。


 実に嫌な夢だった。しかし俺には夢を改めて思い返す余裕はなかった。なぜなら、俺の目の前に大きな地球が見えているからだった。瑞々しい青はこの上なく神聖で俺の魂の琴線を撫で上げた。


「帰ってきたんだ! あの時の地球に帰ってきたんだ」


 ハートが高鳴り、俺は心の中で泣いていた。


 しかし、本当にあの時の地球なのだろうか? 一抹の不安が胸をよぎった。時間計が止まっていて動かない。俺にはもう理解不能だ。


 

 とにかく確かめようと思った。それしかない。

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