宇宙人にされた男 十三
富士の樹海に着くまで俺と曹長は一言も会話を交わさなかった。
荒野みたいな風景を眺めながらホバースクーターを走らせ、迷う事もなく俺達は船を隠した樹海に辿り着いた。宇宙人の記憶力はたいしたものだ。人間でいた時の俺は方向音痴だったから、ここに戻ってなんて来られなかったろう。
夢中で船に乗り込むと真っ先に曹長が燃料を確認した。
「大丈夫だ、まだ燃料はある。来た航路をそのまま帰れば過去に戻れるだろう、進路は船のデータベースに残っているはずだ。もし失敗したらこの船ごと敵の星に体当たりしてやる。もちろん爆弾を起動させてからな」
曹長の目が異様な光を帯びていた。やっぱり友達にはなれないかも。
俺は正直かなり厄介な事態になったと思っていた。でも、怖いけどやらないわけには行かなかった。
俺はコックピットに乗り込みながら、こう曹長にテレパシーした。
「つかぬ事をおききしますが、曹長のご家族はどうなったのですか?」
俺は曹長の家族の事が前々から気になっていた。でもそれを中々訊けないでいたがどうしても訊いてみたくなった。
「俺は孤児だ。家族なんていねえ。それに俺は独身だ」
わっ! と思った。訊いてはいけない事をきいてしまったようだ。
「そんなことより、飯塚、敵の星に戻るぞ!気持ちを引き締めろ、いいか、俺たちが未来を変えるんだ」
曹長は男らしかった。俺はこの時、本当に曹長を兄貴みたいに感じた。コックピットの水晶のような計器類を曹長がいじり始めた。 曹長は水晶占い師か?
既に船はゆっくりと上昇を開始していた。すぐに二人の身体に信じられないほどの重力が圧し掛かかった。覗き窓の外に星々が弾けるように下方に流れた。
俺はもう気を失いそうだった。気持ちがぶっ飛んで、一瞬ここがどこかも忘れそうになった。しばらくして大気圏から出ると曹長がこう言った。
「冬眠なんて必要ない。片道十二時間で敵の星に着くはずだ!」
「そういうことですね」
俺はその言葉に同意した。曹長は缶詰めを開けてカンパンと一緒に貪るように食べていた。俺も何だか腹が減っていたから船内を物色しているうちに、コックピットの奥の棚に黄色いボトルカプセルがあるのを発見した。
俺はそれが宇宙人の食料だと直感した。折り畳みの管が付いていたから、俺はそれを夢中でチューチュー吸った。絶対家族と亜紀には見せたくない場面だ。食事がすむと曹長は席のシートを思い切り倒した。
「飯塚、少し休もう。お前だって疲れたろう」
「そうですね」
俺はテレパシーを返したがほとんど眠れなかった。
暗黒の宇宙を行くとやがてワープホールのような渦巻を通過した。宇宙船がひどく揺れたがそれはすぐに治まってくれ、目の前に緑の星が見えて来た。船の時間計は十二時間経過していた。ただし未来にではなく過去にだ。
こうなると宇宙船は宇宙空間を移動したというより時間軸を遡ったと理解したほうがよさそうだった。船はまさにタイムマシンになっていた。だからたぶん振出しに戻ったのだろう。俺はそう思った。
俺たちは星には交信しなかった。この前、星に降り立った時、奴らに好印象を与えなかったから当たり前の話だ。
俺達は知らぬ間にステーションゲートの付近に誘導されていた。まさか奴らのトラクタービームに引き寄せられたとも思えない。たぶん宇宙船が半ば自動的にここに誘導したのだろう。
だから曹長も俺も焦った。もっと安全な場所に着陸したかったのに。
「ここは座標からして最初に俺たちがこの星に降りたった場所の近くだ」
曹長がのぞき窓から外を眺めてそう言った。
「曹長、もしここが宇宙人たちに追われて、二人が宇宙船で飛び立った場所だとしたら、まだ宇宙人が外に沢山いるのではないですか? もしあの時の時間に戻ったとしたら」
「それはわからん。たしかあの時は薄暗かったが、今は結構明るいから時間的にどうなっているのかさっぱりわからない。だが、誰も外にはいないようだし、ここで何とかするしかないぞ。任務を遂行するんだ」
曹長が強い口調で言った。
「なんだか寂しい場所ですね」
俺も外を眺めて曹長にテレパシーした。
「外に出るぞ。今更躊躇しても始まらない」
俺も腹を決めて装置を担いで外に出る。曹長は自動小銃をいつの間にか肩に担いでいた。
「ここは俺たちが宇宙パトロールとかいう、でかい宇宙人に最後にあった場所だ。ここで俺はやられた」
歩きながら曹長がそう言った。
「そうだ。そうです。気絶した曹長と装置を担いで自分は船に走ったのです」
俺たちは五分も歩かないうちに適当な砂地に装置を埋め込もうとした。埋めてさえしまえば起動はリモコンでも出来る。
ちょうどその時だ、俺の肩を小突くものがいた。見れば小さな宇宙人だった。身の丈は俺の腰ぐらいしかない。そう、それは宇宙人の子供らしかった。
無邪気な顔をして俺を見上げている。残虐な宇宙人といえどもやはり、子供は可愛らしかった。
「ダダディ、アブブブ」
その子はそう言った。それはテレパシーでもなんでもなかった。幼児はまだ、テレパシーが使えないのかもしれない。幼児言葉みたいで、様子を見ていた曹長が当然警戒した。
「おい、子供なんかにかまうなよ。速やかに装置を砂に埋めろ」
曹長は俺をせかせた。
「ダダディ」
でも、その子がそう繰り返したから、作業に集中出来ない。「ダダディ……」
――もしかしてお父さんって意味か? 俺が不意に思い当たった途端、
「おい、アコンダクタか!」
いきなり太い声がして、振り返るとなんとそこにはあのエルザークが立っていた。
俺は心身ともに硬直してしまった。
「エルザーク、どうして又こんなところにいるのですか?」
俺は無意識のうちにテレパシーを飛ばしていた。
「通報が入ったんだよ。 宇宙パトロールが何者かに倒され、お前が宇宙船に乗って飛び立ったという通報だ。俺はそれを確かめに来た」
「そうでしたか、お疲れ様です」
俺はすこしとぼけてみた。
「おまえはなんでこんなところにいる? 宇宙船で飛び立って、またここに帰って来たのか! どういうつもりなんだ」
俺は返答に困った。
「……」
曹長は無言だ。口を真一文字に引き結んだまま思案に暮れている。
「それにその地球人は拘束されていない。どういうことだ?」
曹長を睨むエルザークの顔は結構怖かった。並の者なら既に気絶しているかもしれない。
「色々と事情があるのです。エルザーク」
「そこの今お前が砂に埋め込もうとしたものはいったい何だ?」
「……」
困った。言い逃れも何もできそうになかった。
「ところでエルザーク、その子供は?」
俺は巧みに話しをすり替えた。もちろんテレパシーで二人は会話している。
「これは俺の子だ。どしても付いて来たいらしいので連れてきた」
「これ、アコンダクタじゃない!」
子供がそうテレパシーした。 テレパシーも使えたのだ。 どうやら、俺がアコンダクタじゃない。と言ったらしい。
いきなりその子が俺の脚を蹴り上げた。ちくんとした痛みが脚に走った。その子は尚も俺を容赦なく蹴っ飛ばしてきた。
「敵だ、これ、こんちくしょう!」
さすがに宇宙人の子供だった。戦闘的で気が荒い。どうやら直感的に俺が偽者だと悟ったらしかった。その子は本気で俺に向かってきた。
「やめなさい! こら」
エルザークが一喝してようやくその子がおとなしくなった。
「アコンダクタ、まだ質問に答えていないぞ。なぜ人間嫌いなお前が、拘束もしない人間と一緒にいるんだ。まるで仲良しじゃないか、説明しろ、アコンダクタ!」
俺は答えが見つからず、じっと黙ったまま何もできなくなっていた……。
「実は自分は人間なんだと言ったらどうします?」
まるで糸が切れたみたいに俺はそうテレパシーした。と、エルザークが凄く不機嫌な顔をした。その瞬間、広瀬曹長が肩にかけた自動小銃を驚異的なスピードで連射した。弾丸はエルザークの肩の辺りに炸裂した。
「ヌ、ヌアーーーーーッ!」
エルザークが大声をだした。テレパシーでもなんでもなく、叫び声以外の何ものでもなかった。
「キーーーーッ!」
と次いで子供が叫んだ。大昔のショッカーみたいだ。
エルザークは一瞬バランスを崩して倒れそうになったが、倒れなかった。それどころか背中に背負った光線銃を広瀬曹長に向かって放ったのだ。恐るべき宇宙人の体力だった。
光の束が曹長の身体を間一髪掠めた。俺は瞬時にエルザークの後ろに回りこみ、エルザークを羽交い絞めにしていた。このままだと曹長が撃たれると思ったからだ。
「こいつ気でも違ったか! 放せ!」
エルザークが凄まじい形相をして怒鳴った。
「曹長、自分がこうしている間に装置を起動させてください!」
俺も必死に叫んでいた。
「アコンダクタ! お前まさか本当に人間なのか」
エルザークが俺の眼を覗き込んだ。
「そ、そうなんだな! とすると本物のアコンダクタはどうした! お前が殺したのか」
「殺したりしないさ! 彼は衰弱して死んだんだ。自分だって好き好んでこんな事はしたくないさ、でも未来の地球は君たちに滅ぼされたんだ。自分の家族も、恋人も君たちにみんな殺されたんだ!」
「なにを言い出す! この人間の屑野郎が」
エルザークは眼を剥いていた。肩から黄色い血が流れていた。
「前田博士もお前達に殺されたんだ! だから未来を変えるんだ」
俺は極めて感傷的、かつ感情的な人間になっていた。
「君たちと戦うなんて本当は嫌だ。でも君たちは好戦的だ。だから人類は正当防衛で戦うんだ。自分は戦いなんか嫌いだ、大ッ嫌いだ! でも仕方がないんだ!」
エルザークにはたぶん全く意味がわからなかったと思うが、渋い顔をして話を聞いていた。その時には曹長が装置のところに走って、装置から突き出たレバーを回した。
装置が起動して先端から回転する掘削カッターが飛び出してきた。
異様な轟音を装置が上げ始め、爆弾は吸い込まれるように地下に沈み込んで行った。
ついにやった。とにかく任務は遂行されたのだ!
――俺は半ばべそをかきながらそう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます