宇宙人にされた男 十
俺は何度か大きく深呼吸をした。今ここで感情的になっちゃいけないと思った。そして何とか冷静さを取り戻すと、家族の事が心配で堪らなくなった。
それに亜紀のこともだ。それを思うと居ても立ってもいられなくなる。もしかしたら、もう死んでしまったのかもしれない。考えるだけで心が破裂しそうになった。
とにかく安否を確かめなければ気がすまない。あたりまえの事だった。俺は色々考えた末、こうきり出した。
「俺は現時点での都心の状況を知りたいんだ。言い遅れたが俺はエルザークの弟でアコンダクタという者だ。エルザークの直々の命を受けて地球の状況探索に来たんだ」
俺はもう開き直りに近い心境でそう言った。いや、元々俺ってエルザークの弟に化けているんだし。俺にも少しは度胸がついたらしい。
「エルザークって総司令官のエルザークさんか、あの方の弟さん」
「そうだ」
俺は強くテレパシーした。
「あの方に、弟さんがいるのは知っている。あなたがそのアコンダクタさんですか?」
「そうだ、そうだとも。俺がアコンダクタだ」
俺は多少大きな態度の芝居をしていた。
「では、副司令官殿ではありませんか。でもあなたは…… そのう、母星で行方不明になったと聞いておりますが」
「ばか、それは偽の情報だ、そうやって敵を油断させる作戦に決まっているだろうが!」
俺の開き直りのお芝居は堂に入っていたと思う。宇宙人にばかって言えた自分が凄い! 生まれ変わったら役者になろっと。
「これは失礼しました。まさか単身でこのような場所においで願えるなんて、夢にも思っていませんでした」
「これは秘密だ」
「はい。わかりました」
リーダーがかしこまって答えた。なんだか変な気持ちだった。こうも簡単に俺のことを信じてしまう宇宙人達が不可解でもあった。まあでもラッキーだと思った。
「東京を視察したい。協力を頼む」
俺はそうテレパシーした。
「わかりました。探索艇を出しましょう。小型のものがあります。護衛もお付けいたします」
「よし。艇を出してくれ」
「はいっ」
暫らくすると妙な音がして探索艇が俺の目の前に現れた。外からそれが宇宙人を乗せて部屋の中に入ってきたのだ。ちょうどそれはタイヤなしの大型スクーターのような乗り物だった。ホバークラフトのように地上から20センチばかり浮上していた。
前に一人、後ろに二人乗れる白色の乗り物だった。
「これをお使い下さいませ、後に護衛の艇もつけますので」
宇宙人がそれから降りて俺を乗るように促した。
「よし、でも護衛はいらない。この地球人と俺とで行く」
「し、しかし…」
「これは命令だ!」
俺は強くそうテレパシーした。
「はいっ。仰せの通りに」
宇宙人が従った。
その小型探索艇の操縦は意外なほどに簡単だった。考えるだけで操縦が出来てしまう。たぶん操縦者の思考を読み取るのだろう。富士中腹の穴から飛び出た探索艇は富士原始林を潜り抜け、まっすぐに東京に向かった。
中央自動車道を行き、調布インター辺りで麻布飛行場を横に見た。書き忘れていたが俺の家は吉祥寺にある。一刻も早く家の様子を確かめたかった。
ああ、しかし都会の光景は見るも無残だった。
殆どの建物が崩壊し、焼かれ、黒煙が至る所に昇っていた。高速道路はひび割れ欠損し、破壊されていた。
広瀬曹長はもう殆ど無言だったし、顔面蒼白だった。俺だって同じだった。
もう身体が震えて悲しいとか、悔しいとか、そんな生易しい気分ではなかった。
井の頭公園辺りがもう荒地でしかなかった。カップルが別れるという不吉な公園だが、何度も亜紀とデートした思い出深い公園だ。
そして家はなかった。というか何処が家だったのかもわからなかった。あたり一帯は焼き尽くされ、道さえもわからなかった。俺はその辺で艇を止めた。
俺は泣いた。わーわーと狂ったような泣き声をあげた。もしかしたら宇宙人が泣いたのは俺が初めてなのかもしれない。
そのとき初めて俺の胸に言い知れぬ復讐心が湧き上がってきた。許せないと思った。こんなばかな事って、到底許せないと俺は思った。
「――これはもう絶望だな」
そう曹長が低い声で言った。
「ええ、あまりに酷い。悪夢をみるようです」
俺はすっかり意気消沈してそうテレパした。
「こうなったら、自爆テロでもして死んでしまおうか」
ぼそっと広瀬曹長が恐ろしい言葉を吐いた。
「待ってください。まだ人間がどこかにいるかも知れません。なんとか探しましょう」
「そうだな、もう少し、様子を見るか」
曹長がそう言ったので俺は艇を再び発信させた。そして俺は東京の中心部へ向かった。六本木ヒルズはまるで大きな刀で切られたように真っ二つに切断されていたし、何より驚いたのはスカイツリーが飴細工のようにねじ曲がり、先端が蝶結びにされていた事だ。見るも情けない姿だし、屈辱的な眺めだった。
まさに人類をあざ笑うかのような宇宙人の所業だ。しかしスカイツリーをじっと見つめていた曹長が俺にこんな事を質問してきた。
「飯塚、ところで今何年だ?」
「はっ? 今年ですか」
「ああ、そうだ」
「えーっと、往復で10年だから今は2030年ですか」
「だよなあ、あれを見ろ」
曹長が指差すスカイツリーの横にビルがあり、そこに架けられた横断幕に『こんにちは、2040年』と描かれてあった……。
焼け焦げたその文字を見たが俺は最初何も感じなかった。しかし広瀬曹長はなぜか不思議そうにそれを見つめていた。
「おかしいな、なぜ2040年なんだ。我々が地球を出発したのは2020年だから、仮に往復10年かかったとしても、今は2030年だろう。それに帰りの時間は十二時間しか経っていないと計器が示している。どういうことだろう。計器が正確だと仮定すれば5年と12時間しか経っていないのだから、今は2025年でなければおかしい。そうだろう」
「でもあれは何かの広告か宣伝の類だから今年の年号だかはっきりわかりませんよ」
「いや、周りに初日の出と松飾りのイラスト付きだ。あれは今年の年号だ」
俺は暫らく、ぽかーんと口を開けていた。(ごめん、口は開かない)
「そうかもしれません。そうなるとおかしいですねえ。ここへの帰りがもし十二時間だったとしたら、今は確かに2025年ですねえ。確かにおかしい」
俺もその時、初めてなんだかおかしいと思った。
「時間計が狂ったのでしょうか?」
「そんなわけはない。精密機器の時間計はそんなに簡単には狂わないし、壊れない」
「じゃあ、どういう事ですか?」
曹長はちょっと蒼ざめた顔をしていた。
「――わからん」
曹長はしばらく考え込むように両腕を組んで焼け跡を行ったり来たりしていた。
「どういう事でしょう?」
俺がそうテレパすると、曹長が口を開いた。
「ここは十二時間で帰れる地球ということさ」
「意味がわかりません。曹長」
俺は聞き直した。
「ここは十二時間で帰れてしまった地球で、我々の来た片道五年かかる地球ではないという事だ。そういう可能性がある」
「はあっ?」
曹長の言う事は、とても難解で俺には理解できなかった。
「この地球をもっとよく調べよう。それしかない」
「という事は曹長…… ここは地球に似ているけど、似て非なる地球なんですか?」
「そういう可能性があるんだ」
「まるでSFみたいですね」
俺はとぼけた顔でそうテレパシーを飛ばした。
俺たちは探査艇で荒れ果てた東京を飛び回った。殆どの人間が無残に焼け死んでいた。川には黒こげの死体が累々として浮かび、道端には墨のように干乾びた屍が散乱していた。
まさに地獄のような惨状だった。子供の頃白黒の写真で戦時下の東京を見たことがあるが、その記憶とこの現状がダブって見える。
だが真実を確かめるには生きた人間に接触して、その人間の口からこの地球について聞き出すのが手っ取り早いと俺は思った。
「都会に人間は残っていなくても地方には人間がまだ生存している可能性がある」
曹長がそう言った。
俺はタイヤなしの大型スクーターに曹長を乗せ、八王子方面に進路を取っていた。
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