宇宙人にされた男 九


 俺たちは再び銀色の鈍い光沢を放つ楕円形のカプセル、人工冬眠装置の中で眠った。もちろん個々に眠れるように出来ている。曹長と添い寝なんてぞっとしない。


 5年も眠るのかと思うと気が重かったが、考えてみると肉体年齢は殆ど変わらないはずだし、5年も眠った実感がないのだからどうという事もない。ただ時間だけが無情に経過するのがちょつと恐怖だ。


 ――やがて俺は眼を覚ました。


 やはりめまいに襲われたが俺は装置からふらりと起き上がった。

 俺はまた妙な感覚に襲われた。俺は元々宇宙人ではなかったのかという奇妙な気持ちだ。デジャブのような変な錯覚だった。


 このままずっと宇宙人でいたら仕舞いに俺は身も心も宇宙人になっちまうかもしれない。そうしたら家族に会っても分からないかもしれない。そんなことを考える。


 目前には青い天体、地球の神々しい姿が俺のどでかい目に映っていた。


 ついに帰ってきたのだ。宇宙人の追っ手は我々を捕らえられなかったんだ。隣のカプセルで曹長も薄目を開けていた。


「やりましたよ! 地球に帰ってきた」


 俺は心の中で叫んでいた。曹長もさすがにちょっと眠そうだが嬉しそうな顔をしていた。


 しかし、時間計を見て俺は首をかしげた。時間経過が十二時間なのだ。ありえない話だった。行きは五年で帰りは十二時間なんて……。

 

 曹長も計器を覗きこんで不思議そうな表情を浮かべていた。


「おかしいですね。きっと時計の故障ですよ、広瀬曹長」


 俺はテレパシーした。


「そんな訳はない」


 曹長が言った。


「まあ、そんな事はこの際どうでもいいですよ。こうして地球に帰ったんだから」


「おかしい…」


 広瀬曹長はそういったが目の前の現実を受け入れないわけには行かなかった。


「とにかく基地に帰ろう、交信して着陸するんだ」


「はい」


 しかし奇妙な事がおこった。地球と交信できないのだ。地上に電波を飛ばしても、何も返ってこないし、不思議な沈黙が宇宙空間を支配していた。


 宇宙船は降りるに降りられず、地球の軌道をただ回る羽目になっていた。


「何処でもいいから降りましょう。曹長、自分は前田博士に会いたいのです。自分は人間に戻りたい。金も名誉も自分にはもうどうでもいいんです。それより早く家族に会いたい」


「ああ、わかってるさ。仕方がないから海にでも落ちるか」


 広瀬曹長が諦めたようにそう言った時だった。

 

 後方の覗き窓から、なにか煌くようなものが見え、それがグングンと大きくなっていった。星のようにも見えたが輪郭がはっきりしてくると、それが宇宙船だとわかった。


 残念ながらそれは地球の物ではなかった。


「やあ、兄弟こんなところで何をしてんだい?」


 その強力なテレパシーは俺の頭の中でやかましいほど明確に響き渡った。



「兄弟?」


 俺は驚いて広瀬曹長の顔を覗きこんでいた。


「今の聞きました?」


 俺は曹長にテレパシーしていた。


「今のってなんだ?」


 曹長が不思議そうな顔をした。どうやら声は俺にしか聞こえないらしい。


「よう、兄弟。ずいぶん旧式な船に乗りやがって! さてはあんた金持ちのクラシックシップの収集家なんだろう。きっとそうだろうな。でなかったら今時そんな船に乗っているわけがない。しかも新品みたいにぴかぴかじゃないか」


「……」


 俺は無闇に返答せず、相手が何者なのか確かめようと思った。


「それに、人間を連れてる。そいつぁ奴隷かい? モルモットかな、まさか親友じゃないだろうな」


 そいつは話の内容から言って宇宙人に違いなかった。しかしどうしてここに宇宙人がいて、しかも訳のわからない事を話しかけてくるのか、俺には皆目見当もつかなかった。ずっと無言でいると怪しまれると思った俺はこうテレパシーを送り返した。


「やあ兄弟、あんたこそ良くここまで来れたじゃないか、この人間は俺のペットさ、従順でよく働くから飼ってるんだ」


「まったく物好きな奴だぜ、そんなもんがペットなのかい。どうせ仕舞いには殺して喰っちまうんだろうけどな」


「ところでここは地球なんだろ、地球だよな」


 俺はコミカルに言ったつもりだったが相手の反応が怖かった。


「なにをいってる? あんたは随分冗談の好きな奴なんだな、当たりだよ。ここは地球でした」


 相手の口調も冗談みたいで、俺には何がどうなっているのかさっぱりわからなかった。


「地球に降りたいんだ。どこに降りたらいいか、教えてくれないか」


 俺はそう伝えた。


「何処に? 笑わせるやつだなあ。好きだよ、そういう冗談は」


「長い間、俺は宇宙にいたんだ。久しぶりなんだよ、地球は」


「どこでも降りられるさ。その宇宙船は故障している訳じゃないんだろ」


「ああ、別に」


「だったら好きな場所に降りればいい。悪いが俺はこれからちょっと星に帰るところなんだ。縁があったら又会おうじゃないか、兄弟!」


「わかった、ありがとう兄弟」


 そういうテレパシーを残して宇宙船は急加速して宇宙の果てに消えていった。


「どうした? どういう話だ、飯塚」


 心配そうな曹長。俺のテレパシーは曹長に聞こえていたが、宇宙人のテレパシーは曹長には届かなかったらしい。 


「とにかく降りましょう曹長、降りればたぶん事情がわかります」


 俺はへんな予感を覚えながら、そう伝えた……。




 宇宙船は大気圏に突入した時、爆発したような轟音を四方に放ったが、急速に減速するのに成功した。そして丸焦げになったかと思われた船体も、かすり傷一つ、焼け痕一つ残ってはいなかった。

 やはり宇宙人のテクノロジーは凄いと俺は改めて思った。降りたところはもちろん日本で、秘密基地のある富士の裾野に違いなかった。

 俺と曹長はその辺りの林に中に降り立っていた。やはりここは地球なのだという安堵感が俺の胸の内にあった。


 林の中に宇宙船を隠し、俺たちは懸命に自衛隊の秘密基地を探した。しかしそれらしい入り口が中々見つからなかった。俺は辺りにテレパシーを飛ばしたりしながら、記憶を辿ってようやく泥に埋まった基地の入り口を見つけた。

 泥をよけると小さなトンネルのようなアーチ状の入り口が現れた。恐る恐る俺たちはその中に足を踏み入れた。


 途端に焦げたような臭気が鼻をついた。


「なにか妙だな。なんだろうこの臭いは」


 広瀬曹長がそう言った。なおも奥に進んで行き、俺たちは心臓が引きちぎれるほどのショックを味わう羽目となった。


 薄暗い迷路のような洞窟の先に人骨を発見したのだ。それも無残に散乱している。焼け焦げた軍服を着た人間の死体があちこちに無造作に転がっているのだ。


「こりゃ、酷い。ここで爆発があったんだ。しかしなぜ死体がそのままなんだ」


 曹長は険しい軍人のような顔をして俺にそう言った。


「こりゃ、事故じゃないぞ。やられたんだ。攻撃されたんだよ」


「ま、まさか宇宙人に…… ですか?」


「ああ、そうらしい」


「基地の人は死んだんですか。全部?」


「さあ、わからん」


 俺は前田博士になんとしても会いたかった。


「確かめましょう。曹長、基地の中を確かめましょう」


「そうだな。おまえなら宇宙人に遭遇しても大丈夫だ。もし宇宙人が現れたら、俺は捕虜だと言ってとぼけろ」


「はい」


 俺は答えて道を進んだ。重い分厚い鋼鉄のドアがひしゃげていた。壊れたドアを通過して中に入る。まるでお化け屋敷に入る心境だった。

 ひっそりと静まり返った通路を通り、俺たちは会議室の前で立ち止まった。見おぼえが少しある場所だ。心臓は早鐘を打ち鳴らす一方だ。


 いろんな想像が俺の心に湧き上がった。

 もしかしたら俺たちがコールドスリープしている間に基地は宇宙人に攻撃されていたのかもしれない。基地だけじゃなく主要都市が攻撃されていたらどうしよう。こうなるとその責任は俺たちにあるのかもしれないと思えた。


 あの装置を起動させていればもしかして、こんな風にならなかったのかも……。



 会議室から明かりが射していた。誰かいるみたいだ。曹長が銃を取り出したが、まずいと思って俺は曹長に銃を仕舞わせた。到底二人では勝ち目がない。

 ノックもせず中に入ると宇宙人が数人いた、すくなくとも七~八人はいただろう。会議室の円卓をかこんで座っている、


「よう、どうした? 見慣れない面だな」


 宇宙人の一人が俺を見てそうテレパシーしてきた……。


「やあ…」


 俺は咄嗟にそう答えたがその後が続かなかった。


「なんだ。人間なんか連れやがって。どういうつもりだ?」


「こいつは、俺の奴隷だよ、召使いといったところだ」


 宇宙人達が顔を見合わせると俺は心臓がズキンとした。まずかったのか。


「皆殺しにしろという命令だったろ」


「だが、こいつは特別だ。なにかと役に立つんだ」


「どんな風に?」


 俺は困った。俺はつっこみに弱いんだ。どう答えていいかわからない。その時曹長が口を開いた。


「自分は、人間の世界の事情を良く知ってるし、スパイなんだ。今度この基地の攻撃だって自分が裏で糸を引いたんだ。だから上手く事が運んだのさ」


「……」


 宇宙人たちが又、顔を見合わせた。


「そうとも、こいつの情報でこの基地がわかったんだ。そんな事も君たちは知らないのか」


 俺は本当に怖かったがお芝居をした。三流芝居だったに違いない。


「そうかい。そりゃ知らなかったぜ。人間にもこんなずる賢い奴がいたか。自分の仲間を売って命拾いをしたって訳か」


 リーダーらしい宇宙人がそう言った。


 俺は内心ほっとしていた。とりあえず、広瀬曹長は殺されずに済みそうだ。


「まあ座れ、どこの部隊の者か知らないが、もうすぐ人類はおしまいだ。白旗を振って降参するだろう」


 またまた俺は心臓にズキンときた。いやズキズキンーンとズキンの自乗倍だった。今こいつら何といった? 人類はおしまい? もしかしてもう地球を征服してしまった? ような口ぶりじゃないか。


 俺は暫らく白痴のような宇宙人なっていたかもしれない。もしそうなら夢も希望もないじゃないか。あんまりだ。命辛々宇宙人の星から脱出して来たというのに地球はもう宇宙人の手におちたとでも言うのか? 酷い、酷いわ。(俺はおねえか)


 俺は暫らく呆然としていたが博士の事を思い出した。


「ところで、この基地に前田博士という天才博士はいなかったかな。そいつを俺は探しているんだ」


 宇宙人たちが前田博士と言う名に微妙に反応したみたいだった。


「ああ、たしかそんな奴がいたな。老いぼれだ」


「そ、そうか。そいつはどうした?」


「むろん殺した。肺の中に圧縮空気を送り込み続けたら爆発したよ。風船みたいに膨らんで爆死だ。見ものだったぜ」


 俺はもう開いた口が塞がらなかった。いや、今の俺の口は開かない。吸うだけ(チュー・チュー) しかし、なんという残酷なやつらだろう。


 俺はバッタリ倒れこみたかった。俺はこのままずっと宇宙人なのか?

 そ、そんな! すねてやる。死んでやる。泣きたくても涙が出なかった……。


 ちっくしょー!! かなり遅れて頭に血が上った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る