宇宙人にされた男 十一


 ――まったくもって不可解で酷い世界だった。


 俺の内面はショックが強すぎたせいか、かえって現実不感症みたいになって何も感じなくなっていた。いっそ宇宙人になってしまったほうが楽だと思えたりもした。


 たぶん俺に身寄りがいなかったらとっくにそうなっていたのかも知れない。俺を支えているものは家族と恋人の亜紀だった。


 彼らが無事なのかどうかが俺の心の大部分を占めていた。人間らしい気持ちというやつなのだろう。亜紀の優しい面影を俺は何度も思い起こした。そうする事によって俺は辛くも人間でありえたのかも知れない。


 

 それは都会を抜けて雑木林に差しかかろうとする手前だった。瓦礫の間に小さな靴を発見した。もちろん人間のものだ。俺は咄嗟にスクーターを停止させた。曹長もそれに気づいたらしい。


 曹長が拾い上げてみるとそれは子供用の運動靴だった。辺りの様子を注意深く観察すると地面に大きなマンホールがあり、当然のように黒い鉄の蓋がその上に乗っていた。


「このマンホールに子供が入ったような靴の脱げかただなあ。それにしてもでかいマンホールだな」

 

 曹長がそう呟いた。


「まさかねえ、でもこんな田舎道にマンホールがあること自体不思議ですね。これほんとにマンホールでしょうかねえ?」


 俺はそうテレパして、そのマンホールの蓋を持ち上げようとした。


 人間なら簡単にはいかないだろうが俺は怪力だ。ところがその蓋はびくとも動かなかった。今度は曹長が傍に転がっていた。丸い鉄骨でそれをこじ開けようとしたが、これも無理だった。

 なんとも妙なマンホールだった。暫らく俺と曹長はそのマンホール付近を観察していたが、どうにもならず諦めてホバースクーターに乗ろうとした時だった。


 ギュィーン!! という音が地の底から響いてきた。


 そしてマンホールの蓋が上に吹き上げられるように勢いよく開いた。俺たちは危険を感じてそこを飛びのいた。


 するとそこに、円柱形の柱のような物が出現した。地上からいきなり三メーター近い柱が生えたようだった。それは質感からいって鋼鉄で、前面に付いていたドアが開いた。


 俺たちは距離を置いて状況を見守っていた。すると円柱の中から野球帽をかぶった少年が現れてあたりをきょろきょろ見回した。でも、すぐに俺たちに気づいて速足で円柱の中に戻ろうとした。


「君! なあ待ってくれ。君と話がしたいんだ!」


 曹長が大きな声で叫んだから、少年はおびえた様子で曹長を振り返った。


「……おじさん誰?」


「怖がらなくてもいい。君の味方だよ。同じ人間じゃないか」


 少年が俺を見た途端に顔が引きつった。怖いに違いない。俺はテレパシーを飛ばした。


「こんな姿をしているけど。自分は人間だよ。宇宙人に化けているんだ。心配ないよ。僕らは味方だ」


 少年がいくらか落ち着きを取り戻したようだったが、まだ怖がっている。無理もない。


「ここに僕の靴が落ちてなかった?」


「ああ、これだね」


 曹長が靴を片手で持って振って見せた。


「そうだ、ありがとう。おじさん」


 少年は薄汚れた顔をしていたが、けっこう愛嬌のある表情をしていた。小学三年生ぐらいだろうか。衣服はぼろぼろだ。


「このマンホールはいったい何なんだい? ねえ、ぼく教えておくれ」


 曹長が言った。


「ここは僕らの地下基地の入り口の一つだよ」


「地下基地? そんなものがあったんだね」


「うん。おじさん地上にいると殺されちゃうよ」


「じゃあ僕らも地下基地に行っていいかな? 話もあるんだ。頼むよ」


 曹長がそう言うと少年は迷ったように答えた。


「おじさんはいいけど、その人は宇宙人だ。宇宙人は敵だよ」


「大丈夫だ。これは飯塚健人君といって人間なんだ。訳があって宇宙人に化けてる」


 少年がしげしげと俺を見上げた。


「本当に人間なの? これが?」


 これって、俺はモノか。


「ほんとに? この人、人間? 証拠ある?」

 

 少年は不審な顔をしたままだ。


「俺はイイズカ・ケントだ! 自分は神に誓って人間なんだ!」

 

 俺は思い切りテレパシーを少年の心のど真ん中にぶつけた。

 

 驚いて少年がたじろいだ。


「……イイズカ。ケントさん」


 少年がそう言った。テレパシーが通じている。


「そうだよ、この人は人間なんだ。家族を探してる」


 曹長が付け加えた。


「わかった。じゃあ、僕と一緒に行こう」


 少年がにっこりしてそう言った。


 俺たちはでかいスクーターを茂みに隠してから、その円柱のエレベーターみたいな物に乗り込んだ。三人で乗るにはすごく窮屈だった。鼓膜がキーンとなった。俺はテレパシー通信なのに不思議だ。


 もの凄い加速感があって俺達三人は地底に吸い込まれていった。ドアが開くと眩しい照明が眼に刺さった。

 大きなフロアが俺たちを迎えた。そこには人間が沢山いた。軍人らしい人間や、技師みたいな人間。科学者風や、様々な人間が混在していた。そのフロアから沢山の通路が伸びていて、多数の部屋に通じていた。大規模な地下基地であった。まるで地底の王国のようだ。


 皆の視線が俺に釘付けになった。当たり前といえば当たり前だ。俺の姿は憎い宇宙人なのだから。銃を俺に向ける人間達が現れた。曹長がありったけの声で叫んだ。


「この者は宇宙人ではありません!」


 俺もあらゆる方向にテレパシーを飛ばした。


「自分は飯塚健人といいます。こんな姿ですが人間なんです!」


 人間達が俺たちの周りに寄ってきた。そら恐ろしい雰囲気だった。リンチにでもあいそうな気配だ。


「みんな。この人達はいい人達だと思うよ。ボスを呼んでくるから…… この人は」


 少年がそう言いかけているうちに低い声が、近くに響いた。


「俺ならここにいる」


 見れば白髪の軍服をきた男がそこに立っていた。恰幅がよく精悍な顔つきをしていた。


「あなた方は何処から来たのです? まだ地上にも人間が生き残っているのですか」


 白髪の男は俺たちをしばらく不審そうに観察してからそう言った。


「いや、残念ながら地上にはたぶん人間はもういないかも知れません。自分達は別の場所からここに来たのです」


「別な場所というと……」


「長い話になります」


 広瀬曹長がそう言った。そのとき俺の胸に妙な感覚が突き抜けた。それは既視感のような不思議な感覚だった。


「私は内田といいます。元は自衛隊員です」


 途端に広瀬曹長の顔から血の気が引くのがわかった。


「あなたは、う、内田陸将ですか……」


「ま、まさか、まさか…… 君は広瀬か」


 俺は確信した。そして気が遠くなるような目眩に襲われた。その白髪の老人はあの、内田陸将に間違いないと思った……。俺は凄く感動した。


 それにしても老け過ぎてはないか。――俺はそう思った。


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