不万能人

 これが一番楽だと思った。

 画面の向こうでたくさんの記者に囲まれて尚、平然とそう言い切る相良の姿を見つめていた。天は二物を与えずと言うが、三物も四物も与えているよなぁ、と世の理不尽さに思いを馳せる。

 神とは、いつの時代も依怙贔屓が酷いものと相場が決まっているのだ。


 相良万理はその名の通り、何でも出来る天才だった。よくある努力の天才などではなく、完全に天賦の才。何となくで始めた楽器の類は揃いも揃ってコンクールの賞をかっさらっていったし、暇潰しにと描いた絵は馬鹿みたいな値段がついた。しかも芸術方面だけでなくスポーツも万能で、色んな方面のプロから引っ張りだこ。その上勉強も良くできるものだから、全国模試の上位など朝飯前というとんでもない人間である。それで顔も良いというのだから、神はどこまでも贔屓をしたいものらしい。

 ここまでくると最早アンチなど消え失せそうなものだが、如何せん相良は面倒くさがりで、口が悪かった。

 口が悪いと言ったが相手を悪く言うだとかそういうことではなく、正確には、他人の気持ちを推し量ることが出来ないという意味である。それ故、相良が口を開けば凄まじいヘイトが集まった。

 冒頭の発言もそうだ。

 あれは、相良が突然始めたチェスと将棋と囲碁を同時に行うという嘘みたいな対戦方法に対して、記者が意図を問うた際の答えである。もごもごと口内炎を舌で弄りながら戻ってきた本人曰く「一日中拘束されるのは有意義ではないし、疲れるので早く休息をとりたい。だから、楽をできる方法を考えた」ということらしい。流石に相手のプロ達が可哀想になってくる。

 何年も努力して手に入れたいと願った称号を、ぽっと出の生意気な、いわゆるクソガキにコテンパンにされて持っていかれるのだ。しかもその称号を大事にするならまだしも、相良は本当に何となくでしか生きていないからすぐに興味をなくしてしまう。彼に対する恨み辛みは、心中察するに余りあるものだといえるだろう。

 努力をしている人間全てを無意識に嘲笑ってしまう相良万理は、本当は人間では無いのかもしれないとつい考えてしまう。もしそうだとしたら相当タチの悪い生物だなと思った。なにしろ何でもできて顔もいいものだから、あのメフィストフェレスでさえも勝てないだろう。欲しいものは全て自力で手に入れられる相手など、どうやって誘惑しろというのだ。あの悪気のない口の悪さに自信をなくし、肩を落として帰る姿がまざまざと浮かんだ。

 相良の口の悪さは今に始まったことではなく、世間の注目が集まる前から幼馴染である俺に対して、遺憾無く発揮されていた。例えば「平均を下回るとこれとこれが出来なくなるのか、勉強になる」や「弓野、その方法は効率も悪いし最終的に上手くいかなくなる。こっちにした方がいい」など、挙げればキリがない。と言うかあんな化け物が幼馴染で良くグレなかったものだと自分を褒めたいくらいだ。ただ、俺の心はこれ以上ないくらいに折れていて、自分には取り柄など何もないと悩んだ時期もあった。だが悩んでいてもどうしようもないことに気がついたのも、相良の存在があったからだった。

 相良万理は何でも出来る。その代わりに対人関係は最悪で、人間としての生活も破綻していた。怪我をしても気が付かないことが多いし、ぼんやりしていて服が鼻血で染まっていたこともあった。おかげで欠点の無い人間などいないと気がつくことができたし、あの相良の世話役を務められているということが、意外にも自己肯定感に繋がっていた。

 心を折られた相手に心を慰められているというのはなんともまぁ皮肉な話であるが、相良の傍はたとえ心が折られたとしても居心地が良かった。口は悪いが、幼馴染という特別な枠で大切にしてくれていたからだろう。

 俺にとっても相良は特別な存在だった。俺の世界は相良中心で回っている。初めて会ったあの春の日からずっと、だ。

 カラン、と麦茶の中の氷が溶けて小さく音を立てる。再生していたはずの番組はいつの間にか終わっていて、いい加減に現実逃避はやめなければと思い出に浸っていた思考を引き上げた。

 確かに相良万理は天才だった。それも、特別神に愛された天才だった。

 相良が死んで、もう二年になる。白血病だった。急速に進んだその病気に勝てずに、相良は呆気なく死んだ。神というものは、気に入った人間を手元に置いておこうと早死させるらしい。やはり神は依怙贔屓が好きで、世の中は理不尽だなと思う。悪魔の代名詞メフィストフェレスでさえも誘惑できない万能人は、神の采配一つで命を落とした。相良の人生はまるで映画やドラマの世界のようで、いくら月日を重ねても現実感が薄れていくだけだった。もう一度再生ボタンを押したはずの追悼番組が蝉の声にかき消されて霞む。

 また、相良のいない明日がくる。

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