第29話 状況説明開始

 ふと思う。

 遙香を綠先輩と会わせてみようかと。


「なら会ってみるか、緑先輩に」

「えっ」

 もちろん会わせる理由もある。


「多分この世界の状況について、教えてくれそうな中では一番詳しい人だと思う」

 次点は清水谷教官か、茜先輩か。

 教官の方が知っている事は多いだろうけれど、俺達に教えていい事は限られるだろうから同点で。


「でも迷惑じゃないかな」

「SNSで連絡を取って、向こうがいいと言えば問題ないだろう」

「でも会った事無いし、先輩だし」

「問題ないさ。茜先輩の友達だし、茜先輩より静かな分むしろ楽だと思う」

 春香は向こうの世界の茜先輩とは仲が悪くない。

 だからこう言えば大丈夫かなと思ったのだ。


「うーん、なら向こうが良いと言ったら」

「わかった」

 早速スマホを取り出してメッセージを打ち込む。

『突然で失礼します。孝昭です。突然ですが本日6日午後4時半頃、先輩のところに妹分の遙香と話を聞きに行っていいでしょうか』

 これだけ書いて送る。


 返答はすぐ来た。

『このメッセージを見せて時間と場所、私の名前を遙香さんが認識できたら問題無い。認識出来なければ乞連絡。6日午後4時半、研究棟1階103号室、久間緑。なお『久間緑』と名札を部屋の入口に貼っておく。来て名札が確認出来なければ入らずにSNSで連絡』


 ううむ、どういう意味だろう。

 意味がわからないがとりあえず言われた通り、メッセージを画面に出したまま遙香に渡す。


「何か意味がわからないけれど、このメッセージで時間と場所、先輩の名前が読めるか遙香に試してみてくれだってさ」

 遙香はスマホの画面を見る。


「普通に読めていると思うよ。6日午後4時半、研究棟1階103号室。名字はきゅうまさんかな、ひさまさんかな、名前は綠さん。名札のあたりも読めるよ」

「わかった。ちなみにこれはくまと読む」

「うう……でもそういう読み方の意味じゃないよね、きっと」

「ああ」

 

 とりあえず返信で、

『普通に読めました。それでは午後4時半、宜しくお願いします。今は外から学校へ帰る途中です』

と打ち返しておく。


 またすぐ返信が来た。

『私と遙香さんは同じ流れに存在しない。本来は出会えない筈。会えるかどうかをメッセージを読めるかどうかで確認した。待っている』

 これも遙香に見せてみる。


「これってつまり、私がいる世界には綠先輩はいなくて、綠先輩がいる魔法がない世界には私がいないって事なのかな」

「かもな」

 この辺正直に返答する事を俺は避けた。

 詳しく話してしまうと、どうしてもこちらの世界の遙香の死について触れなければならなくなるから。


「ならあとは綠先輩と一緒の時に聞けばいいか」

「だな」

 正直ほっとした。

 俺では言いにくい事がそこそこあるから。

 たとえば遙香が死んだこととか。

 今の俺の人格がこの遙香の知っている俺より、知らない俺の方メインだとか。


 駅で止まっていた電車が再び動き出した。

 次が終点の三峰口駅だ。


 ◇◇◇


 一度、男子寮入口で別れ、16時20分に再度寮の前で待ち合わせ。

「綠先輩ってどんな人?」

「小柄で本来は物静かな先輩だよ」

「それで何で生徒なのに研究室なんて持っているの?」

「特殊な魔法を持っている関係だって聞いた」

 そんな事を話しながら研究棟へ向かう。


 いつもの部屋の入口には『103号室 久間綠』と印字された紙が貼ってあった。

 綠先輩が言った通りだな。

 問題は無いようだ。

 俺は扉をノックする。


「どうぞ」

 茜先輩の声だ。

 今日も此処にいた模様。

 それとも俺達が来るという話を聞いてやってきたのだろうか。

 そう思いつつ扉を開ける。


「失礼します」

 遙香がやや緊張気味の声でそう告げた。

 彼女にとってははじめての部屋だしな。

 俺にとってはいつも通りだから気にしないけれど。


 既に俺達用らしい紅茶が入っている席へ。

「どうもはじめまして。お兄、川崎孝昭の従姉妹で3年生の川崎遙香と申します」


「そんな緊張しなくていいぞ」

 これは茜先輩だ。

「綠は私の小学校以来の友人だしさ。まあ気を楽にしてくれ」

 どうもこの場は茜先輩が仕切るつもりのようだ。

 まあいつもの事なのだけれども。


「遙香は今日、秩父へ行ったんだよな。どうだった、違いはあったか?」

「秩父の街に出たのは始めてだったので。でもお金が違うし、電車もカラオケの曲も違いました」

 先輩2人はうんうんと頷く。


「つまり遙香は21世紀の日本に行くことは出来た訳か」

「その21世紀の日本というのが、もう一つの記憶にある世界なんですか?」


 茜先輩は頷く。


「遙香の視点ならその台詞は正しい。私と孝昭の視点で言えば記憶にあるうちの片方だと言えるだろう。どっちが主でどっちが従かは別として。そして綠から見れば、この事態になるまで住んでいた世界となる訳だ。

 2つの世界が混じっているという話は孝昭から聞いたか?」


「ええ」

 遙香は頷く。

「でも私には実感が無くて。この学校にいる時は何も感じなかったのに、駅まで行ったらもう違う世界だって言われてもよくわからないです」


「まあそうだよな。そんな訳でわかっている事から説明しようと思う。

 まずは遙香にとっては違う世界から、この状態になるまでどんな経緯があったかについてだ。これはあくまで21世紀日本の私から見た視点だけれどな」


 そう言って茜先輩は話し始める。

 春休み、突如別の記憶が出来て、魔法が使えるようになった処から……

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