第27話 デートの日

「お兄、遅い」


 遙香はそう行って口を尖らす。

 待ち合わせ時間は8時20分寮事務室の前。

 まだ5分前なのけれど。


「でもバスは8時半だろ」

「お兄甘い! テスト期間終了後最初の土曜だよ。下手すればバスにも乗れないよ」


 そんな大げさな。

 そう思いつつ本館前のバス乗り場へ。

 うっ。

 その行列を見た時、俺は遙香の意見が正しいことを知ってしまった。

 まだバスは来ていない。

 でも列がすでに出来ている。


「座れるかどうかはぎりぎりだよね」

「ごめん、俺が甘かった」

 更に後続がぞくぞくとやってくる。

 これでは乗り切れない人も出てきそうだ。

 あまりに多ければ続行便を出してくれるだろうけれども。


 バスがやってきた。

 2台連続でだ。

 どうやら今日は人が多いと判断したようで、最初から続行便をだしてくれた模様。

 列が前へと動き始める。

 来たバスは最初のバスが本来のスクールバス塗装の座席が観光バスと同じ2列シートの奴。

 2台目が一般的な路線バスで行先表示が『貸切』になっているバスだ。

 俺達より前に並んでいる人数を数えると35人。


「最初のバスで座れるかな、これは」

「2台目は座席が少ないから大変だよね」

 

 何とか中程の席に座ることが出来て一安心。

「このバスは全員着席で発車みたいだね」

「後ろのバスは大変だろうな」

 何せこの道、揺れるのだ。

 細いし曲がりくねっているしで。

 すれ違いが出来ないから一方向ずつ通るように信号がついているくらいだし。

 スクールバスは信号が優先して青になるようだけれど。


「それで今日はどういう予定?」

「まずはカラオケかな。最近歌っていないし」

 なんて話しているうちにバスは出発。


 座っていさえすればバスは割とあっさり駅まで着く。

 バスを降りて昔ながらという感じの駅へ到着。

 バスを降りた後、遙香はまわりを見回して不思議そうな顔をする。


「あれ、駅ってこんな感じだったっけ」

「何か変わったか?」


 俺はついこの前来たばかりだからな。

 例の調査の件で。

 そう思ってふと気づいた。


 そう言えば遙香はこっちの世界にはいないのだ。

 遙香がいるのは向こうの世界だけ。

 だから向こうの世界の遙香がこっちの世界に来てしまったら違うのも当然かもしれない。


「どこか調子が悪いとかそういうのは無いか」

「全然。単に何か違うような気がするだけ。何処とははっきり言えないけれど」

 それくらいなら大丈夫だろう。


「なら行くか」

「勿論」

 念の為切符等は俺が買った方がいいだろうな。

 お金が違うと問題になるし。

 ちなみにこの駅は田舎過ぎてカードが使えない。

 それはそれで今の状況では良かったと思う。


「切符は俺が買っておくよ」

「お願い」

 あっさりOKが出てほっとした。

 

 今時駅員さんが確認するタイプの改札口を経由してホームへ。

 ちょうど電車がやってくる。

 元東急の銀色の3両編成だ。


「あれ、何か電車も違和感あるような気がする」


 向こうの世界でのこの電車はどんな電車だったっけな。

 思い出そうとするが思い出せない。

 この辺記憶の融合が進んでいるようだ。


「どんな電車だったっけ」

「それはちゃんとおぼえていないけれど、この銀色のでは無かった気がする」

 たぶん本当にそうなのだろう。

  

 電車に乗って一安心。

 ここからはそんなに差が無い筈だ。

 向こうの世界は魔法が使えるといっても、電気なんかは普通に使っている。

 家の作りも生活パターンも基本的に同じ。

 元々魔法が無い以外は結構似ているのだ。

 だから問題はきっと無い筈。

 電車内の広告とかはきっと違うけれど、そこまで気にはしないだろう。


 電車は無事秩父駅に到着。


「秩父で降りるのは実ははじめてかな。いつもは一駅手前の御花畑で降りていたし」

「東京に出る時はそっちだもんな」

「で、お店はどっちかな」

「こっちだ」


 駅を出て歩く。

「結構大きい神社だね」

「お祭りは結構凄いらしい」

 なんて言いながら無事お店に到着。

 こんな朝早くからカラオケする奴は少ないようでブースは空いていた。

 3時間パックを購入して中へ。


「あれ、カラオケってこんな装置だっけ」

 また遙香の違和感が仕事をしている。

「前は本か、歌い出しを魔法検索するタイプじゃ無かったっけ」

 ちなみに此処にあるのはタブレット方式だ。


「まあ気にせずやろう」

「それもそうだね。久しぶりに外に出たからかな。何かおかしな感じだけれど」


 ◇◇◇


 昼ご飯を近くにあったマックでお昼をたべつつ、ふと遙香は俺に尋ねる。

「それでお兄はどこまで知っているのかな、この違和感の正体」

 

 えっ。

 いきなりのタイミングで言われたので一瞬思考がついていけない。


「例えばお兄、きょう全部払ってくれているでしょ。いつもは3回に1回くらい私が払うのに。それって私にお金を出させないようにしているんじゃないかな。

 ちょっと財布を見せて貰ってもいい?」


 ぎくっ。

 確かにその通りだ。

 どうしようかと思って、そして気づく。

 隠すことも無いだろう。

 俺はポケットから財布を出す。


 遙香は俺から財布を受け取り、千円札を出してまじまじと眺めた。

「そっくりだけれど年号が違うよね。そしてお兄はこの事を知っていたと」

「ああ」

 そこは頷くしかない。


「そしてお兄は何故こうなったか原因を知っている。違うかな?」

「原因までは知らない。こうなる可能性は感じていたけれど」

「そっか。それで私、元の世界に帰れるんだよね」

「学校までは間違いなく」

「それは信じていい」

「絶対とは言えないけれど、多分大丈夫」

「急いで帰ってもゆっくり帰ってもそれは変わらない」

「そのはず」

「そっか」


 遙香は頷いにやりと笑みを浮かべた。


「それじゃ今日はお兄のおごりで遊び放題って訳よね。なら理由その他は後で聞くとしてまずは遊ばないと」

「おいおい待ってくれ」

「でもお兄、この事内緒にしていたよね」

 うーん。

 この手の議論、実は遙香に勝てた事は無いのだ。

 別世界の俺の方も。


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