第26話 テスト期間の週の出来事

 翌日である火曜日の放課後。

 俺達はラウンジの片隅で試験前特訓中。


 勿論俺の試験対策では無い。

 俺は試験の為の勉強はやらない主義だ。

 この学校に入る為に一度だけその原則を破った事があるけれど。

 だからこれは遙香の試験対策。

 つまりはまあ、SNSで遙香に呼び出された訳だ。

 ただ綠先輩のあの台詞があったので、俺としてもちょうど良かった気がする。


「数学と物理、やっぱり最近急に難しくなった気がする。というか習ったおぼえが無い。何かもう元々苦手なのに訳わかんない」

 遙香が駄々こねている。


「習ったおぼえが無ければ今おぼえる! おぼえる事はこれとこれの使い方!」

「むう……でも因数分解の方法、全部おぼえる自信無い」

「最悪やり方がわかればその場で何とかなる。まずはこんな感じでまとめて……」

 遙香はただパターンを記憶させるよりやり方や原理を教えた方が理解するタイプ。

 そして理解力もあるので教えやすい。

 そんな訳で数式の変形からはじめて因数分解、更に解の公式に至る方法をゆっくり解きながら教える。


 途中夕食休憩を含めて教えること約4時間の長丁場の後。

「やっぱりお兄に教わると楽だよね。これで数学と物理はばっちりかな。他の科目より自信あるかも」

 おいおい。

 

「それじゃ次の次の土曜日、約束だからね」

「はいはい」

 何かというと一緒に外出する約束だ。

 途中遙香に、『これ頑張ったらご褒美が欲しい』と約束させられてしまったのだ。

 勉強を教えてかつそんな約束をさせられるなんて、冷静に考えると不合理だが仕方ない。

 妹分の特権みたいなものだ。

 

 音楽が流れ始めた。

 午後6時55分、厚生館の2階以上が閉まる5分前だ。


「それじゃ行くか」

「うん」

 一緒に部屋を出て階段を降り、渡り廊下へ。


「それにしてもお兄と出かけるのって久しぶりだよね」


 確かにそうだな。

 21世紀日本側の俺としては4年振り。

 水瓶座時代の俺としてなら春休み以来だ。


「でも秩父じゃ大した店無いぞ。かと言って池袋は遠いし、熊谷や川越じゃ中途半端だし」

「この前お兄が行った店でいいよ。カラオケも久しぶりにやってみたいし、ダーツもどんな物かやってみたい」

「俺もダーツはやった事無いぞ」

「だからいいんじゃない。はじめて同士なら酷いスコアでも恥ずかしくないし」


 それなら服とかアクセサリ売り場で長時間待たされる事も無いからいいか。

 春休みに池袋でそんな目に遭ったもう一人の俺の記憶を思い出す。

 あれはなかなかの苦行だったからな。

 その可能性が無いだけで気分は楽だ。

 ただ……


「俺はあまりカラオケのレパートリー無いぞ」

「無いから練習するのにちょうどいいよね」

 うーむ。

 少し予習をしておく必要があるかもしれない。


「それじゃお兄またね、おやすみなさい」

「おやすみ」

 寮1階の廊下で遙香と別れる。

 女子寮はこの先の建物、男子寮はこの上だから。


 ◇◇◇


 結局試験前日まで遙香の試験対策に付き合って、そして本日は木曜日。

 つまりは試験第1日目だ。

 本日の試験は数学Ⅰと国語総合、それに政治経済。

 割と得意な科目ばかりだったので手応えは悪くない。

 それでも寮に帰って見直しをしようと思ったらSNSメッセージが来た。

 今度は茜先輩からだ。

 場所はいつもの綠先輩の研究室ではない。

 学校の外れ、魔法訓練場だ。


 魔法練習場は基本的に放課後は解放されている。

 まさかテスト期間にここに来ている生徒はいないだろう。

 そう思ったのだが実際に来てみると攻撃魔法の射座3箇所につき1人くらいは生徒がいる。

 練習場の射座は20箇所だから、6~7人はいるという事か。

 やたら派手な攻撃魔法を撃ちまくっている男子はひょっとしたら鬱憤晴らしかもしれない。

 今日のテストに失敗したとかの理由で。


 茜先輩は一番奥の射座にいた。

「やあ孝昭、来たか」

「試験期間中にここで何をしているんですか」

「どうせ孝昭も試験勉強はしないクチだろ。だから問題無い」

 なお茜先輩もそのタイプだ。


「それはそうと何をやっているんですか?」

「見た通り、魔法の特訓だ」

 そう言われても困る。


「確か魔法で目立たないつもりじゃなかったですか」

「世界が変わったからな。こっちの私は魔法実技の優等生らしい。だから今のこの世界で実力を隠す必要は無いようだ」


 ちなみにこの辺の会話は秘話魔法を使っている。

 この中等学校では1年生の時に習得する簡単な魔法で、要は対象以外には聞こえないように話せる魔法だ。

 

「だとしたら余計今、練習する必要は無いでしょう」

「この意識の私が練習する事には意味があるような気がしてさ」

 凶悪な風魔法で的の先の崖をえぐって、そして先輩は答える。


「向こうの私の記憶がある状態でなら私もこの程度の魔法は使える。でも21世紀日本の記憶がメインの私がこの魔法を使えるように練習しておぼえておく事にはそれなりの意味もあるような気がするんだ」


 その台詞の意味を少し考える。


「つまりまた魔法が使えない元の世界に戻る可能性があると」

「それも可能性のひとつだな」


「綠先輩の魔法ですか」

「いや、単なる私の勘だ」


 茜先輩はそう言った後、もう一発魔法を放つ。

 超高温だが極細の熱線が的の鋼鉄にすっと穴を開けた。

 

「あとはやれる時にやれる事をやっておこうというだけだな。後で悔いるから後悔なのだが、出来ればそんな事はしたくない。そんな訳で少し孝昭もやってみないか。それに結構爽快だぞ、本気で魔法を放つのも。こんな風に」

 今度は火球魔法ファイアボールだ。

 火の玉が的の半分を破壊した。

 極とか獄とかつかない普通の火球魔法ファイアボールの癖になかなかの威力だ。

 確かにかなり魔力を込めているな、これは。


 今までの授業の時は威力を加減しコントロールする事を主体にやっていた。

 21世紀日本にいた俺の意識は本気で魔法を放つなんて事をまだ試していない。

 この機会に試しておくのも悪くないだろう。


「なら隣の射座いいですか」

「ああ。どうせ空いている」


 それなら最初から本気で撃ってみるか。

 目を瞑り呼吸を整える。

 体内の魔力の流れを意識して増大させ、目を開ける。

 目標は先程茜先輩が壊した鋼鉄製の的の残骸だ。

高電圧球ライトニングボルト


 俺の魔法は鋼鉄製残骸の一部を瞬時に崩した。

 だが完全に崩れたのはせいぜい3割程度。

「いきなり得意技か。でもまだまだ威力が甘いな」

 確かに茜先輩の魔法の威力には及ばない。

 しかしそれはあくまで現状でだ。


「そのうち抜かして見せますよ。それじゃ次は氷魔法、極寒地獄コキュートス!」

 極低温の氷の壁が壊れた的の位置にそそり立つ。


「なら崩してくれる。火球魔法ファイアボール

 氷にサッカーボール程度の穴が空いた。

 だがそこで先輩の火球は消滅する。


極火球魔法コア・ファイアボールでなくただの火球魔法ファイアボールで消そうとはなめられたもんですね」

「抜かせ!」

 結局俺は夕食前、魔力の限界近くまで茜先輩と魔法の放ち合いをしてしまったのだった。

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