第25話 俺と、もうひとりの俺

 茜先輩の話はまだ続く。

「あとは植生だな。この辺はもともとヒノキの人工林と、シオジやサワグルミの落葉広葉樹林だった筈だ。その辺注意して歩いてみたらやっぱりだ。この学校と自衛隊の分屯地を中心にほぼ500メートルの範囲だけ、樹木の種類が変わっていた」

 そういう部分の違いもあるのか。


「よくわかりましたね」

「広葉樹林はなくなっていた。針葉樹もモミとかエゾマツとかに似た木ばかりだ。つまり向こうの世界はここより少しばかり寒いのだろう。もしくはこれも植林なのかもしれんがな」


「つまりその500メートルの範囲だけ、特に変化しているという訳ですか」

「ああ。そしてその中心がこの学校と自衛隊分屯地だという事もな。なおどっちがより中心かはわからなかった。一応植生の範囲の中心も求めてみたんだが、どうも学校施設や自衛隊施設の間くらいになるようだ。どっちも変化の中心と言ってもいいかもしれない」

 流石だなと思う。

 俺が秩父に行って調べた以上に先輩は有効な調査が出来たようだ。


 しかし……ふと思ってしまう。

 こういった調査で何かがわかったとして、何が変わって何が出来るのだろうと。

 調べても調べなくても、此処で起こる事態は変わらないだろう。

 なら俺が秩父へ行った事も、先輩の調べた結果もはたして意味があるのだろうか。

 そう考えても仕方ないとはわかっているけれど


「あまり考えても面白くはならないぞ」

 茜先輩がまるで俺の今考えていた事が見えるかのように、そんな事を言う。


「今回孝昭が調べた事も私が調べた事も、いざという時には役に立つ可能性はある。今後更に変化する場所が広がるか減るかとか、この前みたいな怪獣に襲われても最大500メートル逃げれば何とかなる可能性があるとか。この変化した世界から脱出したいと思った時は、最悪実家に逃げ帰ればどうにかなるだろうなんて事だってわかったしな。この学校のある場所以外はそれほど変化していないだろうからな。

 でも私はそんな実利的な目的の為に私は調べたんじゃない。単にこの事態について知りたいから調べただけだ。役に立つかとは別の話さ。私達がすべき事はこの事態を解決する事じゃ無い。楽しむ事だ」


 なるほどな。

 茜先輩は正しい。

 俺が秩父に行った理由も単に知りたいからだった筈だ。


「でも孝昭は他にした方がいい事があるかもしれない」

 不意に綠先輩がそんな事を言う。


「何ですかそれは」

「孝昭も茜も世界が変化しても本来は問題無い。どちらの世界の記憶も持っているから。私も問題無い。魔法でどちらの世界も知る事が出来るから」

 綠先輩はそう言って俺の方を見る。

 どういう事だろう。


 ちょっと考えて、そして気づいた。

 遙香だ。

 あいつは小学校5年以降の、21世紀日本の知識を持っていない。

 21世紀日本には遙香は既にいないから。


 そう言えば遙香は言っていた。

 最近数学が異常に難しくなった気がして、って。

 他にも不自由な面があるかもしれない。

 そして遙香のサポートはきっと俺の役目だ。


 そこまで考えたところでふと思う。

「そう言えば向こうの世界の俺はいったい何をやっているんだろう。ここに遙香がいる以上、向こうの世界の俺も存在している筈なのにさ」


「説明が難しい。水瓶座時代の孝昭も21世紀の孝昭も私の目の前にいる」

 どういう事だろう。

 意味がわからない。

 でも綠先輩にはその辺わかっているようだ。

 

「どちらの孝昭も此処にいる。でも21世紀の孝昭は21世紀の孝昭としてしか目の前の現実を受け取れない。水瓶座時代の孝昭も同じ。同じ身体で同じ行動をしているけれど、見ている世界、受け取る現実がそれぞれ違う」


「でもそれだと、違う判断をして別の行動をするなんて時はどうなるんですか」


「どっちも独自に世界を観察し、独自に判断し、独自に行動している。でも結果的にする行動は同じ。それがこの混じった世界での状態」

 考えると面倒な状態になりそうだ。

 しかも微妙に納得がいかなかったりする。

 でも整理して考えて、とりあえず自分がどうすればいいかはなんとなくわかった。


「俺はこの場所に1人で、他の俺の事を気にしなくてもいい。そう思えばとりあえずはいいんですか」

「結果的にはそう」

 そういう事か。


「わかりました。ありがとうございます」

 綠先輩は頷いてくれた。


「でもそれだと人ごとというか、意識ごとに世界が違うという事にならないか」

 今度は茜先輩が綠先輩に尋ねる。

 先程の話については茜先輩も初耳だったようだ。


「その通り」

「それじゃ私と孝昭が見ている世界も本当は違うのか」

「意識とはそんなもの」


「なら自分の意識と同じ世界を他人も見ていると思うのは幻想か」

「そう信じればいい。信じれば幻想でなくなる」


「なら意識とは本来は永遠に孤独なのか」 

「信じる事ができなければ」

 

「クオリアとか、ジョン・ロックの『人間知性論』みたいなものか。哲学だな」

「でも信じている限り、共有できると私は思っている」 


 難しい話をしているなと思って、ふと気づく。

 ひょっとしてこれは俺に聞かせているのかもしれないなと。

 あとで今の先輩達の台詞を検索しておこう。

 何か参考になる時があるかもしれないから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る