第24話 日曜日の成果

 月曜日6時限目の授業は魔法実技で、火・炎系統を投射する魔法の練習だった。

 今まで存在しなかった学校隅の魔法訓練場でだ。

 いや、あの大型魔獣襲撃の翌々日で既にこれである。

 誰も疑問を持たないのが不思議だ。

 皆、自然に変化を受け入れてしまっているのだろうか。

 そもそも休校のお知らせがいつの間にか消えていたりもするのだけれど。


 こちらの世界では魔獣が出る程度は大した事が無いようだ。

 最初の襲撃で壊れた窓ガラスや2番目の襲撃で崩れた上流側の川岸と道路もいつの間にかなおっていた。

 確かにある程度その手の作業に習熟した魔法使いがいればそんな修理など容易い。

 その事がわかってしまう俺も大分変わってしまっているようだ。


 授業終了後一度教室に戻り、ノートやタブレットパソコン等を鞄に仕舞う。

「川崎、一緒に行く?」

 塩津さんにそう言われてあれっと思う。


「今日から試験準備期間で課外活動は休みだよな」

「うん。だからラウンジか喫茶室で勉強会をしようって」


 今週の木曜日からは試験だ。

 だが俺は試験勉強はしない主義だ。

 試験の前に勉強するよりも試験の後に勉強した方が効率がいい。

 それに皆と一緒に勉強するというのはどうも落ち着かないのだ。

 もしやるとしても一人でやる方が俺自身にはあっている。

 この学校へ来るための勉強も、部屋こそ先輩達と3人でいたけれど、勉強そのものは1人でやっていたし。

 例外は遙香に教える時くらいだ。


「いいや、今日はパスで」

「何か用事があるの?」

「ある訳ないだろ。この学校内どこも試験日程は同じだし」

「ならいいじゃない」

「勉強するのがあまり好きじゃ無い」

「それって誰でもそうだと思う」

「ま、そんな訳で」


 理由にならない理由をつけて教室を一人で出る。

 行き先は研究棟の1階、綠先輩の部屋だ。

 まだ茜先輩が日曜日ハイキングに行った成果を聞いていない。

 それに俺が秩父に行った時の話もしようと思う。

 成果には乏しかったけれど。


 研究棟1階のいつもの扉をノックする。

「どうぞ」

 茜先輩の声だ。

 やはり茜先輩もここにいたか。


 中へ入ると紅茶の香りといつもの風景。

「どうした孝昭。何か面白い事でもあったか」

「授業が随分と変わってましたよ。いきなり魔法実習なんて思いませんでした」 

「それで誰か世界の変化に気づいた奴はいそうか」

「見た感じではいなかったですね。俺と同じでわかりつつ様子を見ているだけかもしれませんが」

「疑問を持たなければスムーズに移行してしまうみたいだな、変化があっても」

 どうも先輩の言うとおりのようだ。


「ところで秩父の街まで行ってきた成果はどうだ?」

 俺が席に座るなり先輩は尋ねてくる。


「残念ですが大した成果は無いですよ。わかったのは此処と秩父の街ではやはり世界の変化が違った事くらいです。秩父の街のネットカフェでブラウジングし場合、此処とはかなり違う結果が出ました。自衛隊の秩父分屯地が出ないとか、この学校が今年の6月に設立という事になっているとか。


 ただ秩父の街の方の世界も変化はしているようです。他の世界の記憶があり魔法が使える人々が出てきた件が、向こうで検索したところ昨年の3月あたりの事になっていました。俺の記憶では今年の3月だった筈ですが。

 あとはこの学校の創立の記録とかも調べてみましたが、全然情報は無かったですね。向こうで出せるデータはここを怪物が襲ってくる前の状態そのままに見えました。それだけです」


「向こうの世界も変化している、ただ変化の具合が此処とは違うか。充分な成果だと思うぞ。それ以上はそう簡単には調べられないだろ」


「それで先輩のハイキングの成果はどうでした?」

「こんな感じだ」

 先輩は紙を広げる。

 プリンタで国土地理院の地図を印刷し、貼り合わせたもののようだ。

 どこの地図かは見てすぐわかった。

 この学校付近の地図だ。


「私がハイキングと称して歩いたのはこの地図のここからここまで。大血川の桔梗塚から上流、東谷を学校前を通って新山沢分岐まで、西谷は天空寺へ続く道の分岐まで。とにかく歩いて調べてみた」

「何を調べたんですか」

「いろいろな」

 先輩は頷く。


「この辺に学校以外の私の知らない施設がどれくらいあるか、まず知りたかったんだ。例えば自衛隊、基地と呼べるような施設は無かった筈だ。自衛隊の研究所なんてのもの世界が変わってから始めて聞いた。だからそれ以外にそれっぽい怪しい施設がないかを歩いてみてみたんだ。この制服姿ならこの辺を歩いていても不審と思われないからな。ただ流石に夏の暑い最中この長袖姿で歩くのはきついな。魔法で冷却しながら歩いたけどさ」


 長袖を着て服の内部を魔法で冷却しながら歩くのは向こうの世界でよくやる夏のテクニックだ。

 慣れれば半袖とかを着るよりも涼しく過ごせる。

 だからもうすぐ真夏なのに学内はこの黒作業服長袖姿が多い。

 まあ防炎処理もあるし丈夫だし制服にもなっているしというのもあるけれど。


「それで何かありましたか?」

「そっちはあまり面白い事は無かったな。違う世界とは言え流石日本だ。隠すまでもなく建物は全部地図に載っていた。航空写真でも隠している部分は何も無かった。つまり街の側から見て、旧校舎や旧寮があり、この臨時施設があり、更に奥に自衛隊の研究所と分屯地がある。そのままだ。

 ただ副産物として面白い事がいくつかわかった。ひとつは一昨日出た化け物についてだ。あれはおそらくこの世界の自衛隊研究所から出てきた代物だ」

 なんだと。


「何故わかりました」

「川の上流側へ向かって歩いてみれば一発だ。道の補修跡や河原のえぐれ具合、両側の樹木の様子を見ればな。何せ化け物、大きくて重そうだからな。女子寮の前から痕跡を辿った結果、自衛隊研究所の大型施設のところで痕跡が無くなっていた。しかも施設の塀のその部分が補修されたばかりの状態だったよ。だからあの施設からやってきたのはほぼ間違いない。何処で調達したかは別としてさ」

 そうか。

 そういう基本的なところを見るのも重要だったな。


「ならこの事態に自衛隊が一枚噛んでいる可能性は高いと」

「そういう事だ」

 なるほど。


 ところでちょっと疑問に思う事がある。

「そんな場所なのに自衛隊施設の前を通ったりして怪しまれませんでしたか?」

「あの黒い作業服のおかげだな。特に何も問題は無かった」

 確かにこの黒い作業服というか戦闘服、生徒以外に教官や研究者も着用しているからな。

 仲間だと思われたのだろうか。

 この道沿いには学校と研究施設、自衛隊しか無いし。

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