第22話 見たい現実

「変化したのは今朝、あの怪物を倒した直後から徐々に。人によって違う」

「綠先輩はすぐ気づいたんですか?」

 先輩は小さく頷く。

「それも私の魔法の属性」

 なるほど。

 

「それじゃ今後どうなるかもわかりますか」

 綠先輩は首を横に振る。

「更に近づくのは確か。でもその後は見えない」

 そうなのか。


 遙香に会えるのは確かに嬉しい。

 でも俺は遙香が死んだ世界を知っている。

 死んだ遙香を知っている。

 あいつがいなくなってしまうのは可哀想すぎる。


 今はわかる。

 以前綠先輩にこの部屋で思い出させられるまでの間。

 俺は遙香の事を忘れていたように、意識していなかったようだった。

 でも俺の心の底には常にあいつがいた。

 俺の相方としてのあいつがいた。

 だから彼女が欲しいとも感じなかったのだろう。

 冗談とわかっていても茜先輩が迫った時に強く反応してしまったのだろう。


 でも俺はそれでいいと思う。

 俺にはあの遙香がいる。

 今でも。


「さて、これからどうする?」

 茜先輩に言われてふっと我にかえる。

 

「明日11時55分のバスで秩父の街へ行ってみようと思います。此処以外の場所がどうなっているか、自分の目で確かめたくて」

 そう言ってふと思いついて綠先輩に尋ねる。


「綠先輩は世界が変わっている状態が、ここの外でも同じかわかりますか?」

「わからない」

 綠先輩は首を横に振る。


「でも他はここほど変わっていない。あくまで予想」

 俺もそう思う。

 あくまで勘だけれども。


「向こうの世界に近い人間が集まっている分だけ、此処が他の場所より影響を受けやすくなっている可能性が高い。だからこそ此処のような人里離れた場所に集めたって事もあるだろうけれどな」

 でもそれならばだ。


「それじゃこうなる事は最初から予想の範囲内だったんですか。計画を立てた連中にとっては」

「そうとも限らない。それにこの件については21世紀日本の側だけで考えても正確にはわからないだろう。むしろ向こうの世界側から仕掛けたんじゃないかと今は思っている。あるいはどっちも仕掛けた結果、原因と結果が世界の変化によりわからなくなっているなんて可能性すらある。本当のところは不明だがな」 

 

 仕掛けた、か。

「つまりこの事態は誰かが企んだ事だと考えているんですか」

「世界が近づいた事も誰かがした事か、それとも世界が近づいた事はそういった意思とかと関係なく起こったか、それはわからない。わからない事だらけさ。情報が足りなすぎる。

 ただどうせならこの状態を楽しまないとな。現実と別世界を舞台とした壮大な謎解きゲームとしてさ」


「過激な発想ですね」

「そう思おうと思うまいと事態は進んでいく。なら楽しまなければ損だ」

 そういう考え方もある訳か。

 ふと前の学校にいた内海の事を思い出す。

 あいつように何でも面白い方から考える奴なら、この事態を楽しめるだろうか。

 確かに茜先輩の言うとおり、そう思おうと思うまいと事態は進むのだけれども。


「その辺の考え方はとにかくとしてだ。とりあえず明日出かけるというのはいい案だと思う。他はどれくらい変わっているのか変わっていないのか。しっかり見てきてくれ。何せこの中にいると入手できる情報すら変化しているだろうからな」

 俺は頷いて、そして尋ねる。


「茜先輩はどうするつもりですか?」

「ちょっとハイキングをしてこようと思う」

 また意外な単語が出てきた。


「ハイキングですか?」

「つまりはまあ、この学校のまわりを調べてみるつもりだ。山の中だからハイキングと呼ばせて貰った」

 なるほど。

 しかし……


「危なくないですか。魔獣とかが出るかもしれないですよ」

「実はその辺の知識も記憶にあるんだ、今の私にはな」

 先輩はそう言ってにやりとする。


「魔獣の記憶もあるし、ついでに言うと攻撃魔法なんて記憶もある。悪いが今の私なら今朝の怪物のような大物が出ない限り問題無い筈だ」

 

 ちょっと待った茜先輩!


「どんな危険な魔法を持っているんですか」

「詳細は省略。それを伝えると孝昭の現実が変化するかもしれないからな。でもまあそんな訳で私の心配はいらない」


 どこまで信用していいのかは正直俺にはよくわからない。

 向こうの世界の俺の記憶を辿ってもだ。

 でも茜先輩がそこまで言うなら信用するしか無いだろう。

 本当に危険なら綠先輩が止めるだろうし。


「調べる必要があるかは不明。調べようと調べまいと事態は進む」

「でもどうせなら自分がどうなっているかわかった方が楽しいじゃないか。それにそういった事象を観測する事がまた世界を動かすかもしれない」

 観測する事が世界を動かすか。


「量子論ですか?」

「そんな微小領域の話じゃないさ。

 茜先輩のいつもににやりとした表情が出る。


「今は世界が変化している状態だ。私と孝昭の把握している現実すらおそらく違っているんじゃないかと思う。だからこそ私の現実とやらを私なりにしっかり受け止めるとともに招き寄せてやる必要があると思うんだ。そういった努力は無駄かもしれないけれど無意味じゃ無い。あくまで私の勘だけれどさ。

 そんな訳で私は私が見たい現実を捕まえるために私が出来る事をやるつもりだ」


 茜先輩は自分が見たい現実を捕まえるために調べる訳か。

 ならばだ。

 俺はどんな現実を見たいのだろう。

 どんな現実が欲しいのだろう。

 

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