第17話 夕べの会食

 翌日夕方。

 SNSで茜先輩から会食のお知らせが入った。

 自分の分の弁当を買って午後5時半に緑先輩の研究室へ来いという。

 そんな訳で本部棟1階の廊下を突っ切って研究棟を目指す。


 ちなみに購入してきたのは唐揚げ弁当。

 売店で売っている中では量と値段のパフォーマンスがいい一品である。

 ほかにパック牛乳500ミリリットルとサラダも購入。

 もうすぐ来月の奨学金分がチャージされるので、ちょい贅沢に買ってしまった。


 緑先輩の部屋の扉をノックする。

「どうぞ」

 この声は茜先輩だ。

 既に到着していたようだ。

 扉を開けるとやはり茜先輩が既についていた。

 部屋の主である緑先輩は当然在室中。


「遅いぞ孝昭」

「まだ時間前ですよ」

 そう言いながら適当な場所に陣取る。


「それじゃ食べるとするか。」

 茜先輩は海苔鮭弁当、緑先輩は幕の内弁当だ。

 あとはいつもの紅茶が俺の分を含め既にはいっている。


 いちおういただきますと言ってから食べ始める。

「ところで今日は何の会食ですか?」

「孝昭が先頭に立って魔法の研究会を作ったと聞いたからな。そのお祝いだ」

 おい先輩情報が早すぎるぞ。

 まだ学校は休校中なのにだ。 


「どこから聞いたんですか、その事を」

「副担任の静枝ちゃんからだ。今日の昼、厚生棟ですれ違った時、『お前の後輩は我が軍門に降ったぞ』と勝ち誇ったように言ってきた」


 なんなんだよ清水谷先生は。

 まあ性格がそういう感じなのだろう。

 確かにそんな事を言いそうな気もする。


「予想外だったな。孝昭はもう少し用心深いかと思っていたのだが」

「でも茜先輩も魔法の能力を隠しているってバレていますよ」

「それくらいは仕方ない。何せ静枝ちゃんの魔法は嘘発見器だからな」

「よくご存じですね」

「本人がそう言っていた」

 なるほど。


「第1研究室は魔法が存在した場合の社会的影響を研究する研究室。第2研究室が原理や応用を調べる研究室だ。つまり魔法と正面切って付き合うという意味では正しい相手だがな。

 でも孝昭はその辺を睨みつつもあえて最初は様子を伺うだけにすると思っていたのだが」

「この部屋をくれたのも清水谷先生。魔法の原理研究の実質的な中心の1人」


 確かに本来ならそうするところだろう。

 遙香に会うという目的が無ければだけれども。

 会ってどうするというのはまだ考えていない。

 単に会いたいと思っただけだ。


 実際は会っても話もあまりしないかもしれない。

 しかも俺の知っていた遙香と会える可能性がある遙香は別人だ。

 正確には遙香でさえなくハルカだ。

 でもそうわかっていても会いたいという気持ちが止められない。

 我ながらどうしようもないなと思うけれども。


「本当は何故そんならしくない行動をとったのか問い詰めるところだけれどな。まあ目的を聞いても答える気が無ければ答えないだろう。だから今は不問にしておこう」

「ありがとうございます」


「それで研究会では何をやったんだ? 今日も活動をしたんだろう」

「ええ」


 本日、休校中にも関わらず更に入会希望者が3人程入ってきた。

 5年生1人、4年が小倉さんと下田さんの2人。

 まだ遙香は入ってきていない。

 まだ世界がそこまで近づいていないのだろう。

 でも世界が近づけば、いずれ……

 そう期待している。


「今日は3人ほど新しく入ってきました。なので全員の魔法を測定して、あとは魔法の発動法について情報交換をした形です」

「何か参考になる事はあったか?」

「今のところ特に」


 俺自身は魔法そのものについてはそこまで研究しようという意欲は無い。

 確かに使えれば便利だろうけれど。

 でももう一人の俺の知識や今日の研究会での話を聞く限り、使えるからといって画期的に便利になるような魔法は無かった気がする。

 空を飛べるとか遠隔移動テレポーテーション出来るというなら話は変わるけれど。


「強いて言えば魔法を発動すると微弱な重力波が観察されるという、清水谷先生の観測結果ですかね。魔法の発動は空間を歪ませる可能性があると。もっとも魔法が歪ませるのか、他の世界の力である魔法を使うから歪むのかはまだわからんと言っていましたが」


「その辺ざっくばらんなのは静枝ちゃんのいいところだな。でも教師陣全員が静枝ちゃんのようだとは思わない方がいい」

「以後気をつけますよ」

「よしよし」

 多分今日の会食は俺に『充分気をつけろよ』と言いたかっただけなのだろう。

 口調はともかく茜先輩も緑先輩もかなり面倒見はいい方だ。

 その辺はこの学校へ来るまでの間で充分わかっている。


 さて、他の話題でも振るとするか。

「この部屋は魔法を抑えると聞いたけれど、どんな仕組みになっているんですか?」

「向こうの世界の魔法陣を記憶している人がいたらしい。この研究棟の1階はその魔法陣を壁や天井の各所に配置して全体的に魔法が通じにくくしてあるそうだ。魔法陣は壁や床に埋め込まれていて直接は見えないようになっているらしいけれどな」

 なるほど。


「それじゃ緑先輩はこの部屋で暮らしているんですか?」

「シャワー浴びる時だけ寮に帰る」

「授業中なんかも大分ましになったそうだぞ。魔法を抑える方法以外に薬も処方して貰ったそうだ」

 薬もあるわけか。


 あとついでに聞いてみる。

「あと緑先輩はレポートを毎回書かされていると聞きましたけれど」


「予知出来た事を箇条書きで書いて先生に送るだけ。最近はせいぜい数行程度」

「でも昨日の怪獣騒ぎ、あれは前日には予知できていたからな。それを聞いて慌てて孝昭にSNSメッセージを入れた訳だ。発現可能性はわからないと緑は言っていたけれど念の為な」

「あれは助かりました。思い切り窓際の席でしたし」

 逃げられなかったから机で防護したのだけれど、そのおかげで怪我しないで済んだ訳だ。

 そう思うと感謝しか無い。


「さて、遅くなったが本日ここに読んだ理由だ。明日はカーテンを閉めて窓際から離れていろ。出来れば何かあるまで寮の自室を出るな。多分午前中には終わると思うから朝食と昼食は帰りに買い込んでいけ」

 なんだって。


「また怪物が襲ってくるんですか?」

「今度はもっと大きい」

「だそうだ」

 茜先輩は肩をすくめる。


「それほど被害は出ないとも予知している。でも万が一があるからな。用心するにこしたことはない」

「わかりました。ありがとうございます」

 そう言って、ふと思いついたので聞いてみる。


「今の注意の件、他の人にも流していいですか」

「いいけれどあまり大々的には広めるなよ」

「了解です」

 確か塩津さん、ベッドを窓際まで移動させたとか言っていたからな。

 寝るときに外を見るのが好きだとか言って。

 万が一、ベッドに寝ていてガラス片を浴びたら酷い事になる。

 だから一応注意をしておこう。

 宛先は確か名簿に校内SNSの番号を書いてあった筈だ。

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