第15話 順調さの罠?

 研究棟に入り、緑先輩の部屋の前を通って更に奥へ。

 第2研究室は行き止まりのふたつ手前の部屋だ。

 ノックして扉を開ける。


 清水谷教官はすぐわかった。

 眼鏡に長い茶色の髪の20代後半くらいの若い女性。

 会った事は無いがもう一人の俺の記憶がおぼえている。

 厳密にはおぼえているのはこっちの清水谷教官ではなく、向こうの世界の清水谷教官なのだけれども。


「清水谷教官、失礼します」

 さて交渉だ。

 そう思った時だ。


「魔法研究会の件か?」

 向こうから先に切り出してくれた。

 言い出しを考えるまでも無かったようだ。


「ええ。教官に顧問をお願いしに参りました。向こうの学校と同じように」

「つまり向こうの世界と同じ研究会をこちらにも作りたい、そういう事だな」

「ええ」

 完全にその辺の意図がバレているようだ。


「いいだろう。私の研究にもちょうどいい。ところで人数は何人集まっている?」

 仕方ない。

「すみません。まだ4年生4名しか集まっていません」

「上出来だ。どうせ他に希望者が来るだろうと思っていたんだろう」

 完全に読まれている感じだ。

 でもかまわない。


「ええ」

「それで部屋も向こうと同じ、第2魔法実験室と隣の測定室でいいのか」

「それでお願いします」

「役員とかはどうする」

「その辺は集まってからでいいでしょう」

「そうだな」

 清水谷教官はそう言うとノートパソコンを閉じて立ち上がる。


「千種教官、もし後で私宛に同じような生徒が来たら第二魔法実験室へ行くよう指示してください」

「わかりました」

「なら一緒に行こうだ」


 話が早い、早すぎる。

 何かがひっかかる。

 清水谷教官はこの展開を予期していたのだろうか。

 それとも何か他に目論見があるのだろうか。


 第2魔法実験室はこの第2研究室の隣の隣だ。

 教官は胸につけた認証カードで鍵を開け扉を開く。


「それにしても随分早かったな。確かに来るだろうとは予想していたし来て欲しいとも思っていた。でもまさか最初のアンケート翌日に来るとは思わなかった」

「ちょうど授業が休みになりましたから。それに同じクラスの2人がちょうど魔法研究会を作りたいというので便乗させてもらいました」

 この辺は正直に言う。


「まあお互いの目的は中で話そう、自己紹介も兼ねてな」

 大丈夫かな。

 この急な展開に塩津さんと須崎さんは引いていないだろうか。

 横目で見るとどうも大丈夫そうだ。

 そう思いつつ俺も部屋の中へ。


「取り敢えず座ってくれ。軽く自己紹介と行こうじゃないか」

 教官がそう言うので俺達は手前にある6人掛けのテーブルにつく。


「さて、魔法実践・訓練・研究会へようこそ。とは言ってもまだ発足すらしていないけれどな。

 さて、私は5年の副担任で清水谷静枝という。元々は計算物理屋で、ポスドクでくすぶっていたところここの募集を知って飛びついてきた。今は魔法を理論化した後、計算機を駆使して理論を実証するなんて研究をやっている。なお私自身はエネルギー計測可能な魔法を使う事が出来ない。これは情報量的には記述可能かもしれないが測定する術がないという意味だ。私の魔法は知識という形でしか発動しないからな。


 今の仕事上の不満は魔法を測定するサンプルの少なさと演算用の計算機のトロさだ。一昔前の富岳と同じアーキテクチャのFX700がメインじゃトロくてかなわん。せめて次世代の敷島クラスとまでは行かないが、100エクサフロップス程度のマシンは寄越して欲しい。まあ実際は予算的にも無理だろうというのはわかっているけれどな。何せここを作るだけでも相当な予算が吹っ飛んでいる。

 なお年齢は不詳で配偶者もその予定も無し。趣味は仕事。以上だ」


 相当にぶっちゃけた自己紹介が来た。

 清水谷教官ってこんな人だったのか。

 記憶とは微妙に違う気がする。

 でも仕方ない。

 俺も自己紹介するとするか。


「それじゃ俺。川崎孝昭、4年生。出身は栃葉城とちばらき県。不得意科目は英語と古文、得意科目は数学と物理と地理。こんなところかな」


「ほう、栃葉城とちばらき出身か。ひょっとして久間や二宮と同じ学校か?」

 清水谷教官が俺の方を見る。


「そうです」

「なるほどな」

 教官はにやりと笑った。


「塩津彩です。4年生で出身は東京。得意科目は英語と古文で苦手なのは数学です。よろしくお願いします」

「OK,じゃ次」

「須崎知佳、4年生です。出身は千葉県、得意科目は英語で苦手なのは地理です。よろしくお願いします」


「OK,わかった」

 教官は頷く。


「それでまずは質問だが、この魔法実践・訓練・研究会で何をしたい? もしくは何を求めている? 私はより多くの魔法発動のサンプルを取って理論にする事が目的だ。ただその測定を通じて魔法の威力の向上等にある程度のアドバイスは出来ると思う。そういう意味ではWIN-WINな関係でやっていける筈だ。

 さて、川崎君は何か別の目的がありそうだから最後にしよう。まずは塩津から、今現在使える魔法とこの研究会でどうしたいか、率直なところを教えてくれ」


「私が今使えるのは風を起こす魔法と、火を着ける魔法です。まずはこれらの魔法の他にどんな魔法を自分で使えるか、使えるならどれくらいまで使えるのかを調べたいです」


「なるほど。取り敢えず威力を調べるのは隣の測定室で出来る筈だ。もしその気ならこの後すぐにやってみよう。さて、次は須崎」


「私はやはり火を着ける魔法です。他に火を操る魔法も使えるようですけれど、試す場所が無くて。やりたい事は塩津さんと同じで他にどんな魔法を使えるか、限界はどれくらいか、もっと多くの魔法を覚えられるか試したいです」


「わかった。これも隣の測定室案件だな」

 教官は頷いて、そして俺の方を見る。


「さて川崎。お前はきっと今の2人のような普通の理由では無いだろう。わざわざ向こうと同じ研究会を作ろうと思った理由は何だ。それを含めて話して貰おう」


 正直に話をしようか一瞬迷う。

 でも従姉妹とは言え女の子目当てというのは誤解されそうだ。

 いや、誤解ではないかもしれないところが微妙と言うべきか。

 そんな訳で俺はあくまで表向きの理由で通そうと決意した。


「俺は炎を出す、水を少量出す、見た物の温度を変化させる魔法を使えます。この研究会の話を先生に持ち込んだのは、その方が確実に魔法の研究会を立ち上げられると思ったからです」


「持ち魔法の方はその通りのようだな。だが理由はギルティと私の魔法は判断している。でもいいだろう。どうせ正直に話すとは思っていない」


「どういう事ですか」

 須崎さんの問いに教官は誰かと似たニヤリとした笑みを浮かべる。


「川崎の先輩2人が私のクラスにいる。どちらも一筋縄ではいかない奴でさ。片方は私以上に知識や予知に特化した魔法使いだ。ただどうも魔法をあえて全力で使っていないように見える。

 もう片方は君達とおなじような魔法使いだが能力が多分とんでもない。でも明らかに魔法の能力を隠している。

 ちなみに私の勘というのは私の魔法だ。私は直感という形で物事を判断する魔法を持っている。ただいわゆる勘程度でしかわからないのが欠点だ。その辺川崎の先輩の片方に色々ご教授願いたいとも思っているのだが無口でね。最小限の事しか教えてくれなかったりする。

 そんな訳で川崎もやはり一筋縄ではいかない奴のようだ。でもまあ、日本やこの学校、私達に対する敵意とかそういうものではない事も勘でわかる。だからお互い協力し合えれば文句はいわない。とりあえずはそういうスタンスで行こうと思った訳だ。いいな川崎」


 なるほど。

 厳しいなと一瞬思って、そして次の瞬間気づいた。

 教官自身の魔法については話す必要が無かった筈だ。

 先輩達に対する考え等もあえて言わなくても済んだ筈だ。

 そこまで教えてくれるという事は、つまりは……

「なかなか教官、フェアですね。そこまで話してくれるなんて」


 教官は頷く。

「その方がお互い楽だ。さて、それでは早速だがお互いの希望と実利の為、能力測定と行こう。隣の測定室の機械は現在日本で此処だけにしかない魔法のエネルギーを測定する装置だ。私が設計したんだけれどさ」

 教官が立ち上がって、歩き始めた。

 俺達も慌ててその後に続く。

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