第19話 対決に向けて
シエル主導のもと、ミリエルたちは小屋の残骸を薪にしてお湯を沸かしてお茶を淹れ、比較的大きい状態で残っていた板をテーブル代わりにしてお茶とお菓子を並べた。
「そういえば……」
お茶の準備をしながらミリエルが思い出したように言った。
「なにか?」
リビが聞いた。
「私達、まだ昼食を食べてませんでした」
「あらあら、それはいけませんね。お食事もたっぷりありますから、しっかりと食べてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ミリエルはにこやかに微笑んで礼を言った。
リトが用意した昼食は手付かずで花の窪地の側に置いたままだった。
(あの状況だから仕方ないけれど……後で取りにいこう……潰れてしまってるだろうけど)
ミリエルはリトが作る料理が好きだった。
彼が作る料理は特別凝ったものではなく、短時間でサッと作れるものがほとんどだ。
今日持っていった弁当も、パンに野菜と燻製肉の薄切りとチーズを挟んだものと、レモンを絞った果汁を水で割ってハチミツを入れた飲み物だった。
(切って挟むだけなら私でも……)
とミリエルも手伝ったのだが、リトが作るものとミリエルのそれとは見た目も味も違うのだった。
おそらく、具材の切り方や下味の付け方、バターやソースの塗り方やその量など、ミリエルがそれほど気にかけていない細かい部分が違うのだろうと思うのだが、具体的にどこがどう違うのかが彼女には分からなかった。
(今度教えてもらおう……そうすれば……)
と考えたところでミリエルはハッとした。
(そうだ……そのためには必ず勝たないと……)
先程のリトの様子やノルとのやり取りを見た感じでは、リトには考えがあって、勝機も見えているのではないかとミリエルには思えた。
戦いにおいてリトは天性の感の鋭さを持っている。
対してミリエルは賢いがゆえに理論的に予測して技を繰り出そうとする傾向にあった。
なのでその通り進んだときは相手に大きな打撃をあたえられるが、予想と違った時の微調整的なことが少々苦手だった。
一方リトは、その時々の戦況を肌で感じて技を繰り出し、状況次第では一旦引いたりと、臨機応変な対応をする、まさに戦闘の天才なのだ。
そんなリトが真剣に考え作戦を練っている。
(大丈夫だ……きっと大丈夫)
ミリエルは自分の心に言い聞かせた。
「――――さん、ミリエルさん?」
リビが呼ぶ声にミリエルはハッとした。
「あ……ごめんなさい、つい考え事をしてしまって……」
慌てて答えるミリエル。
「いいえ。さあ、いただきましょう」
とにこやかに答えるリビ。
「はい」
ミリエルも笑顔で答えて即席の食卓についた。
まだリトとノルは戻ってくる様子がなかったが、
「始めていましょう。二人も
というユラの言葉でお茶会が始まった。
このような状況だったので話が弾むとまではいかなかったものの、ユラを中心に控えめなおしゃべりが始まった。
「宇宙っていうのはね、まずは生命を育くむために存在するの。
「そして、その育んだ生命に知性が宿ることを望んでいるのよ」
「望んでいる……のですか?宇宙が?」
ミリエルが疑問を呈した。
「そうよ。生命に知性が宿って進化繁栄していけば、その経験が蓄積されて宇宙の意思もその分成長できるから。
「言うならば、生命がどのように進化していくのかを宇宙自身も楽しみにしている、といったところかしらね。
「だから、生命活動が無くなった宇宙には存在する意味がなくなってしまうのよ」
「壮大すぎて私には難しいです」
リビがやや困惑顔で言った。
ミリエルにとっても『宇宙』という言葉自体つい最近知ったばかりで、理解が追いつかなかった。
「そうねえ……まあ、とにかく、生命のために宇宙はあるのであって、宇宙のために生命があるなんてことは絶対に無いし、あってはならないことなの」
真剣な眼差しで皆を見ながらユラが言うと、ミリエル達三人が頷いた。
「なのに、今回相手は多くの生命を犠牲にしているのですね。本来守るべき生命なのに……」
ミリエルの声は悲しげだった。
「ええ、とても悲しいことだし許されないことでもあるわ」
ユラが言った。
その後も静かに話を続けていると、ノルとリトが戻ってきた。
「おかえりなさい」
ユラが二人を迎えた。
「さあ、どうぞこちらへ。お茶もお料理もお菓子もたっぷりありますからね」
とリビが美味しそうなものが並ぶ臨時食卓へと二人を導いた。
「おおーー美味そうですねーー!昼を食べられなかったから、もう腹が減って死にそうですよ」
リトが賑やかに答えながら席につき、早速貪るように食べ始めた。
一方のノルは、
「おーおー、あんたがリビちゃんでこっちはシエルちゃんかい。うんうん、二人ともべっぴんさんじゃ、べっぴんさんじゃ!」
と、相変わらずの調子でリビとシエルに話しかけている。
(リトはノル様とどういう話をしただろう?)
シエルが
二人ともいつも通りの明るさなのが、彼女には却って不自然に思えてしまう。
(私の考えすぎか……?)
ひと通り食事が終わり落ち着いた頃リトが皆に向かって言った。
「裂け目との対決に向けて役割を決めておいたほうがいいと思うんだ」
「うむ」
ノルも同意した。
「ミリエルには風の魔法、と言えばいいのか?空気を操って裂け目から湧き出してくる瘴気を押さえてもらいたい」
「分かった」
「魔族共も押さえてもらえればなおいいが、完全に阻むというところまでは難しいだろうから、出てきた奴らは俺が片っ端からぶった斬る」
「でも、それだと……」
ミリエルは先の戦いで彼女の両親の死の原因ともなった魔族の放つ臭気が心配だった。
「ああ、分かってる。奴らが放つ臭気とか諸々の毒気は、リビさん……」
そう言ってリトはリビを見た。
「はい」
リビが真剣な表情で答えた。
「精霊さんたちに抑えきれなかった瘴気や毒気の浄化をしていただきたいんです。お願いできますか?」
「はい、もちろんです」
リビがにこやかに答えた。
「浄化は精霊さんたちが最も得意とするところですから、きっと喜んでお手伝いしてくださると思います」
「ありがとうございます」
リトは深々とリビに頭を下げた。
「そうそう」
とリビが思い出したように言った。
「先ほどの……えっと、なんと言えばいいのでしょう?」
「衝撃……ですか?」
ミリエルが言った。
「あ、そうですね……衝撃……まさにそのとおりですね!」
とリビが感心して言った。
「で、その衝撃でリトさんもミリエルさんもかなり体に打撃を受けたのではないですか?」
「さすがにあれはキツかったですね」
「そうですね……はい」
リトとミリエルが答える。
「では、精霊さんにお二人を癒やしてもらいましょう」
と、言いながらリビは立ち上がって、両手を胸の前で組んで目を閉じて祈った。
すると、リビの周りに無数の光の粒が、豆粒ほどの大きさのものからこぶし大のものまで、色も白、黄色、赤、など様々な色の光の粒が集まってきた。
(これが精霊……!)
もちろん、ミリエルは精霊の存在を信じていたし、その恩恵も間接的とはいえ実感していた。
だが、こうしてその存在を実際に目にするのは初めてだった。
「精霊のみなさん、どうかお二人を癒やしてあげてください」
リビが顔を上げて瞑っていた目を開き、静かながらよく通る声で歌うように言った。
すると、リビの周りに集まっていた精霊がミリエルとリトがいる方に漂ってきた。
そして、二人を取り囲むようにして暖かい光で包みこんだ。
「これは……!」
あんなに弱っていたミリエルの身体にみるみる力が蘇ってきた。
「すげぇ……!」
リトも回復を実感しているようだ。
「ありがとうございます、リビさん!」
ミリエルが感激しながらリビに言った。
「いいえ、やってくださったのは精霊さんで私はほんのお手伝いをしただけですから」
リビが控えめに言った。
「もう何が来ても大丈夫!かかってこいやぁーーって感じですよ!」
リトが大袈裟に言った。
「うふふ……」
リビが控えめながら嬉しそうに笑った。
「今回の戦いの一番の目的は敵を押し返して、裂け目を閉じることだ」
精霊の癒やしで元気になったリトが言った。
「裂け目を閉じるにはどうすればいい?」
ミリエルが問うた。
「これは推測なんだが……」
そう言いながらリトはノルを見た。
ノルが頷く。
「裂け目の維持には魔力が必要なんだと思う。魔力を注ぎ続けていないと裂け目は閉じてしまう」
「ということは……」
ミリエルが言うと、
「そうだ、裂け目に魔力を供給している奴を倒せば裂け目は閉じる、という理屈になる」
「でも、その魔力の供給が単独でなされているとは限らないんじゃないか?複数かあるいは大人数で供給していると考えるほうが自然に思えるが」
「そうだな、俺もそう思う。だから、状況次第では魔族共を誘き出すことも考えなきゃならないかもしれない」
真剣な顔でリトが言った。
「誘き出す……て、危険だろう!」
ミリエルの語気が荒くなる。
「確かに危険だ、でも、予め予想していれば対応もできる」
リトが答える。
「だが……」
ミリエルが
(そうなったらリトの負担が……)
大きくなりすぎる、そう思うとミリエルは不安で仕方なかった。
「出てきた敵は俺が全部ぶった斬る。俺を信じて任せてくれ、ミリエル」
そう言ってリトはしっかりとミリエルの目を見た。
「わ……分かった……」
リトの真摯な眼差しにドキリとしたミリエルが小さく答えた。
そんなミリエルに大きな笑顔を返すリト。
そんな様子を微笑みながら見ていたユラが、周囲の空を見ながら言った。
「今のところは裂け目が開く兆候は無いみたいね」
ということで、潰れてしまった小屋を直そうということになった。
「そういえば、この小屋って、やっぱじいちゃんが作ったのか?」
リトが聞いた。
「ああ、そうじゃよ」
「一人だと結構時間もかかったよな」
リトが聞くと、
「そうでもないぞよ。お主が花を咲かせたのと同じ要領じゃよ。まあ、でっかい分、大変といえば大変じゃがな」
と、ノルが答えた。
「あの要領か、なるほど……」
(花のこと、ノル様も知っているのか……)
きっとリトはノルに教えてもらいながら何度も練習をしたのだろうから当たり前といえば当たり前の事なのだが、
(なんだか、少し恥ずかしい……)
と、思ってしまうミリエルだった。
リトは、足元に散らばっている小屋の残骸の一つを拾い上げて力を込めていった。
すると残骸が光りながら大きくなってゆき、一枚の細長い板になった。
「こんな感じか……」
「ある程度集めてからやったほうが効率が良いのではないか?」
ミリエルが提案した。
「あ……そうだな!」
ということで皆で小屋の残骸を集めて、ある程度元の形に近づけるように配置した。
そして、リトが残骸に力を注ぎこみ始めた。
ミリエルも周囲から力を集め、布地を創造した時のことを思い出しながら、集めた力をリトのそれに合わせて注ぎ込んでいく。
こうして、二人は小屋を修復していった。
基本的に地味な作業の積み重ねなのだが、思いの
「こんなもんでいいか!とりあえずは雨風が
と、リトは脂汗を流しながら言い、空虚な笑い声を響かせた。
(さては、飽きたな……)
ミリエルは心の中でくすりと笑った。
実を言えばミリエルも少々飽き始めてきていたのだが。
「まあ、こんなもんじゃろう」
ノルが言った。
「そうね、まあ、いいでしょう」
ユラも、渋々ながらといった口調でいった。
「では、あるものを見繕って夕食の支度をしましょう」
リビが言うと、シエルは頷いて荷車の荷物から具材を運び出し、ミリエルとリトも荷下ろしを手伝った。
野菜などを運び出しながら、リトがミリエルに彼にしては珍しく小さな声で囁いた。
「ミリエル、後で……夕食の後で、またさっきの花の窪地に行かないか?」
(……!)
それを聞いた瞬間、ミリエルの体に電流のように緊張が走った。
(これは……!)
「あ……ああ……構わない」
何とか答えたミリエルだったが、緊張のせいかリトの目を見ることはできなかった。
そんなミリエルにリトは、
「ありがとう」
と、穏やかに言った。
意外なほど素直なリトの返答に、ミリエルはハッとしたようにリトを見た。
彼は夕方の陽射しで金髪を赤く輝かせ、穏やかな表情でミリエルを見つめていた。
そんなリトを見て、ミリエルは
(そんなに真っ直ぐ見られたら……)
先ほどの衝撃で中断してしまった話の続きだろうか。
リトはあの後、何をミリエルに伝えようとしていたのか。
あれこれと期待をしてしまう自分に却って
(落ち着け……私!)
多くを期待しすぎるのは、リトに負担をかけてしまうし、何よりもミリエル自身恥ずかしかった。
(いつも通り……平常心で)
そう、心に言い聞かせるミリエルだった。
(平常心だ、平常心……)
とはいえ、ここ最近は色々とあって中々平常心でいられることもなかったと気づくミリエル。
(そうだ、今はそれどころではない……明日には裂け目と対決しなければならないのだから)
リトもきっとそのことで頭がいっぱいだろう。
(私とのことを考えてる余裕などないはずだ……)
ミリエルはそう自分に言い聞かせた。
夕食は、リトとシエルが手早く調えてくれたものを、直したての小屋の中で食べた。
(掘っ立て小屋と言う言葉がぴったりだな……)
とりあえず壁と屋根だけ作った、といった
(今度の災厄を押し返したら、もっとしっかりしたものを造ろう……リトと一緒に)
そう思いながらリトを見ると、彼もミリエルを見ていた。
ミリエルが軽く頷くとリトも頷き返してきた。
「えっと……さっきの窪地のところに、その……荷物とか置きっぱなしにしてきちゃったから取りに行ってこようかと思うんだミリエルと」
後半は不自然に早口になりながらリトがユラとノルに向かって言った。
「……」
ミリエルも何か言おうとしたが言葉に詰まってしまった。
「ええ、行ってらっしゃい」
ユラは二人を見ること無くごく自然に言った。
「うむ、行って来い」
ノルも同様に、いつの間にか手にしていたジョッキを軽く
「行ってきます……」
色々と聞かれるだろうと思っていたのだろう、ユラとノルの反応が予想外に軽かったことに拍子抜けしたリトが戸惑いがちに言った。
(よかった……)
理由を聞かれたりしたらどうしようと思っていたミリエルは内心ホッとしていた。
「じゃ、行こうか」
今度は目配せではなく声に出してリトが言った。
「ああ……」
ミリエルも平然を装って答えながら立ち上がった。
リビとシエルを見ると、リビが呼び出したのであろう小さな精霊を間にして真剣に話し込んでいた。
見たところミリエルとリトの動向には気付いてはいないようだ。
こうして、二人で即席に修繕した小屋から出て、ミリエルとリトは月明かりを頼りに花の窪地にゆっくりと歩いていった。
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