第18話 可能性を探して


「本当にごめんなさい。私達は手助けしてあげることはできないの……」

 というユラの言葉に、

(それって……もう……)

 ミリエルは次の言葉を思い浮かべることさえ恐ろしかった。


「手助けしてもらえない理由を聞かせてもらえますか?」

 リトがユラの目をまっすぐに見て言った。

「そうね、ちゃんと説明しなければいけないわね」

 ユラが居住まいを正すようにして言った。


「今この世界が直面している【裂け目の災厄】のような、いわゆる異なる宇宙同士の争いは、些細なことも含めれば珍しいことではないの」

「と言っても、人間の尺度にすれば、多くても数千年に一度じゃがの」

 ユラとノルが説明を始めた。


「かつて、とある宇宙の意志同士が直接関与した争いがあって、それぞれの宇宙が持つ力を限界までまでぶつけ合ったの」

「そうしたらの、負けた方の宇宙は消滅してしまい、勝った宇宙も消滅こそしなかったが、生命活動が全くない死んだ宇宙になってしまったのじゃ」

「そういう事があったので、もし宇宙同士の争いがあっても宇宙の意志は直接関与はしない、ということが約束事のようになったの」


「その約束事は必ず守られるのですか?」 

 ミリエルが聞いた。

くだんの争い以降は破られたことは無いと思うわ」

 ユラが答える。


「もし、それを破ったら……?」

 リトが聞くと、

「すぐさま相手の宇宙の意志から報復攻撃をされるじゃろうな」

 ノルがそう答えてユラを見ると、彼女が頷いて言った。

「私とノルはこの宇宙の意志の一部だから、もし私達があなた達に直接手助けをしたら、相手の宇宙の意思も迷わずに手を出してくるわ」


「でも、相手の宇宙そのものが滅びかけていたとしたら、約束事なんて無視して宇宙の意志が直接手を出してくる、なんていうこともあるんじゃないですか?」

 と、リトが聞いた。


「そうね、十分に有り得ると思うわ。」

「で、さっきのドカンってやつがとんでもない威力じゃったから、もしかしたらと思ったが……」

「そうではなかったわ。上にも確認したしね。ただ今後は相手がどう出てくるか分からないわね」 

「うむ、相手さんの宇宙がもうたないって状況だとすると、見境なく攻撃してくるやもしれんの」

 ノルは眉間にシワを寄せて、

「あっちの宇宙の意志は正常な判断ができなくなってるのかのう……」

 嘆かわしいといった表情で言った。


「それで、私達は勝てるのでしょうか?」

 ミリエルは率直に聞いた。

 それに対してユラは言葉を選ぶように言った。

「勝てる、と言いたいところなのだけれど……正直なところ確実に勝てるとは言えないわ」

 ユラの表情は苦渋に満ちていた。

「儂らもできる限りのことはするつもりじゃ。とはいえできることは限られとるがの……」

 ノルも暗い表情で言った。


「そうそう、リビちゃんにも協力してもらえるよう伝えてあるわ」

 思い出したようにユラが付け加えた。

「リビさんが!」

 精霊術に長けているリビの名を聞いてミリエルの顔にやや喜色が戻った。

「ええ。精霊の協力が得られれば大きな助けになるしね」

 ユラも表情に明るさを戻して言った。


「そういえば、リビさんは大丈夫だったのですか?」

 リトが聞いた。

「ええ、多少の被害はあったみたいだけど、窓ガラスが割れるとか。でも彼女たちもお家も無事だったようよ」


「「よかったぁ……」」

 ミリエルとリトが溜めていた息を吐き出しながら同時に言った。

「どうやら、今度の衝撃はこの谷の周辺の狭い範囲だけみたいね」

 ユラが言うと、

「うむ……もしかするとじゃが、お前さん達二人を狙って仕掛けたとも考えられるのう」

 ノルがミリエルとリトを見て言った。

「そうね、前回の時は相手もあなた達の力を見くびっていたのかもしれないわね。簡単に押し切れると思っていたのに予想外の抵抗を受けて一旦引かざるを得なかった」

 ユラが言った。


「でも、俺たちもギリギリでしたよ。正直死ぬかと思いました」

 リトが先の戦いを思い出して身震いしながら言った。

「それは相手も同じだと思うわ」

「だからこそ、お主等を直接狙って少しでも打撃を与えようって魂胆だったんじゃろの」

「そして今度は短期で決着をつけるつもりのようね」

「うむ……」


「そうすると、次の裂け目が開くのは……」 

 ミリエルが空を見上げながら不安そうに言った。

「まだ、目に見える兆候はないけれど……」

 ユラも空を見上げながら言った。


「あれほどの衝撃から考えたら、遅くとも二日後、早ければ明日の真昼頃に開き始めてもおかしくはないわ」

「じゃのう。早めに準備しておくに越したことはないじゃろ」

 ノルが言った。


 少し考えてからリトが聞いた。

「もし、前のように押し返せなかったらどうなりますか?」

 彼の問いかけにユラとノルは顔を見合わせた。

「……裂け目が一気に開いて大量の瘴気とともに魔族が大挙して侵攻してくるでしょう」

 ユラの言葉にノルが重々しく頷いた。


 重苦しい空気が流れた。


(そんな事になったら……もうこの世界は……)

 瘴気渦巻く世界で、大挙する魔族と絶望的な戦いを続ける人々の姿がミリエルの脳裏に浮かんだ。


 リトを見ると、彼はやや下を向き、地面をじっと見つめていた。

 その表情は真剣そのものだったが、不思議と悲観的な様子には見えなかった。

 真剣にこの先のことを、そして勝つための作戦を考えている、そうミリエルには見えた。


(リトは悲観していない……ましてや絶望なんて……)

 ミリエルは半ば絶望しかけていた自分を恥じた。

 そして、リトに抱きかかえられた時に感じた安心感が再びミリエルの心に広がっていった。


(リトがいてくれれば何も心配ない……)

 ミリエルの気持ちが隣りのユラに伝わったのか(もしかしたら心を読まれたのかもしれないが)ユラはミリエルの肩にそっと腕を回して抱き寄せた。


「なあ、じいちゃん」

 しばらく考えた後、リトが言った。

「なんじゃ?」

「ちょっと考えたことがあって、作戦ていうか……そんな感じのことなんだけど、相談させてもらってもいいか?」

「よかろう。ここはしっかりと作戦を考えておかんとな」

「ありがとう、じいちゃん」

 いつものカラッとした笑顔でリトが言った。


「そうしたら、私達はお茶をれられるかやってみましょうか?もうすぐリビちゃんたちも来てくれそうだから」

 肩を抱いているミリエルの顔を覗き込みながらユラが言った。

「はい……ユラ様」

 顔を上げて、小さく微笑んでミリエルが答えた。


 ノルとリトは森の中へ、と言っても谷周辺のほとんどの木はなぎ倒されてしまっているが、歩いて入っていった。


「リトには何か考えがあるみたいね」

 ノルとリトを見送りながらユラが言った。

「そう……みたいですね」

 ミリエルはそう答えながらユラを見た。

 ミリエルも同じことを考えてはいたが、ユラの口調には何かしら含みのようなものを感じられたからだ。


「彼は決断をしようとしているのかもしれないわ」

「決断?」

「ええ」

 相変わらず視線は森の、二人が歩いて行った方角に向けたままでユラが言った。


「読めるのですか?リトの……その……心が」

 ミリエルが聞くと、

「ある程度はね。でも、まだ彼自身も考えがまとまってはいないみたいね」

「そうなんですか……」


 確かに、真剣に何かを考えているようだったのはミリエルも気づいていた。

(何を……どんな決断をしようとしているのだろう……?)


「あなたも、決断をしなければいけないかもしれないわ」

「えっ?」

 思わず声が大きくなってしまったミリエル。

「リトはね、常にあなたのことを中心に物事を考えているの」

「私のことを……」

「そうよ。彼の中ではこの世界の命運よりもあなたが大事なの」

「世界の命運より……」

 思わず口に手を当ててしまうミリエル。

「そもそも、さっきの衝撃が来る前は二人で何をしていたのかしら?」

「あ……!」


(そうだった……あの時)

 リトはミリエルのためにと窪地一面に花を咲かせてくれた。

 そして、彼女の目の前で枯れてしまった花を再度咲かせて贈ろうとしてくれた。

 

「彼はね、あなたが不幸になるようなことは絶対にすまいと心に決めているわ、ただそれは……」

「それは……?」

「あくまでもリトが考える基準での不幸ということだけれども」

「……おっしゃってる意味がよくわかりません……」

「リトが正しいと思う事が必ずしもあなたが望むことではない、と言えば分かるかしら?」

「……分かる……気もします」

 なんともミリエルらしくない曖昧な答えになってしまった。

「その時になればきっと分かるわ」

「そうでしょうか……?」

「ええ、何と言ってもあなた達は選ばれた二人なんですもの」

 ユラの言い方はすでに何かが見えているようだった。


 やがてリビとシエルが馬に荷車を引かせて来てくれた。

 二人とも小屋の惨状を見て驚愕した。

「ここまで酷いことになっていたなんて……」

「ええ……」

 リビとシエルが顔面を蒼白にして言った。


「リビちゃん、シエルちゃん、来てくれてありがとうね」

 ユラが明るい笑顔で二人を迎えた。

「いいえ、とんでもありません。私達にできることでしたら何でもさせていただきます」

 リビがおおらかに答え、シエルがちょこんとお辞儀をした。


「リビさん、シエルさん、お久しぶりです」

 ミリエルが深くお辞儀をして挨拶をした。

「ミリエルさん、お久しぶりです。春先以来ですわね」

 そう言いながらリビは周囲を見回した。

「リトさんはどちらかしら?」

「リトはノル様と二人で相談事をしています。これからの対処の仕方だと思いますが……」

 そう、ミリエルが言うと、

「ノル様?」

 とリビが聞き返してきた。


「そうそう、私達はユラとノルって名乗っているの」

 ユラが付け加えた。

「そうだったんですね。今まではお声を聞くだけでしたから……と言ってもノル様?のお声は聞いたことありませんけれど……」

 リビが言うと、

じきに戻ってくると思うわ。そうすれば嫌というほど聞けるわよ」

 と、ユラがおどけた顔で言った。

 それを聞いたリビとシエルは、

「「うふふ……」」

 と、可笑おかしそうに笑った。


「お菓子とお茶の用意をしてきたのですが、お湯は沸かせますか?」

 シエルが周囲を見ながらテキパキとした様子で聞いた。

「薪ならこのとおり、たくさんあるわよ」

 と、ユラが芝居がかった仕草で小屋の残骸を手で指し示しながら言った。


「そうですね。早速支度を始めます」

 と、シエルは真面目な顔を心持ちほころばせながら準備に取り掛かった。

 ミリエルも手伝おうと立ち上がりながら森の方を見た。


(リトは何をしようとしているのだろう……)


 そしてユラが言っていた『決断』という言葉がミリエルの心を捉えて離さなかった。


(リトと私の決断……)


 その言葉が意味するところは何なのか。

 捕まえられそうで捕まえられないもどかしさに、落ち着かない気持ちになるミリエルだった。


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