第12話 予言が示すもの

 ユラはミリエルが落ち着いたのを見て話し始めた。


「予言の言葉は絶対の確定事項というわけではないの。その時時ときどきで起こる可能性が最も高い出来事があらわされて、それに対する心構えや対処法を示してくれるものなの。

 今のところは予言書に表されたとおりに出来事が起こっているけれど、この先も必ずそうなるとは断定はできないわ」


 するとミリエルが聞いた。

「そうしたら、もし私が天の子の……その……親になることを拒んだらどうなるのでしょう?」

「もしそうなったら、あなたは月の賢者ではなくなってしまうでしょうね」

「そうしたらリトは……」

「彼も太陽の勇者ではなくなってしまうわ。予言書もあなた達の前から消えてしまう。そして……」

「そして……?」

「新たな月の賢者と太陽の勇者が選ばれて、あなた達はそれぞれの人生を歩むことになるでしょう」


 ユラの話はミリエルの心が軽くなってしかるべき内容だった。

 何よりも月の賢者という、太陽の勇者と並んで恐らくこの世界で一番の重責を担わなくて済むのだ。

 そして、ミリエルとリトが天の子の親に、ということも恐らく起こり得ないということになる。


(そうだ……そうすれば思い悩むこともなくなる……はずだ)


 しかし、月の賢者ではなくなったミリエルと太陽の勇者ではなくなったリトの、次の目的は一体何になるのだろうか?


(いや……目的も何もそもそも行動を共にする必要自体が無くなるではないか……)


 リトと行動を共にする必要が無くなる……。

 そう考えるとミリエルはにわかに落ち着かない気持ちになってきた。

 そうやって、口をつぐんで考え込むミリエルの眉間にはいつの間にかしわが刻まれていた。


「ほらほら、ミリエル。そんなにしかめっ面でいたら眉間の皺が取れなくなってしまうわよ」

 ユラにそう言われて、ハッとするミリエルだった。


 そしてミリエルは、ふと思いついたことをユラに訊ねた。

「仮の話ですけれど……リトが太陽の勇者のままで、私とは別の新しい月の賢者が現れる、ということはあり得るのでしょうか……?」

 ミリエルが聞くとユラは、

「絶対に無い、とまでは言えないけれど……まあ、まず無いでしょうね」

 と、ユラは言うと、少し間をおいてから続けた。


「あなたとリトが選ばれたのは、単なる偶然ではないの。今この世界であなた達が月の賢者と太陽の勇者に最も相応ふさわしいふたりだから選ばれたのよ。

 年齢や能力的なことはもちろん、お互いの心のあり方やも含めてね」

 ユラは『相性』という言葉を強調した(ようにミリエルには聞こえた)。


「予言の立場からすればあなたはリトがいてこその月の賢者だし、リトもあなたがいてこその太陽の勇者なの」


(リトがいてこその……)


「とは言っても、あなた達の気持ちからすれば、今回の予言は突然すぎるというのも十分に分かるわ」

 そう言いながらユラは考えをまとめるように視線を上げた。


「実を言うとね、私とノルは、今回の天の子の予言はもう少し先になるだろうと思っていたの」

 ユラが言うと、

「えっ……それはどういうことですか……?」

 と、ユラの意外な発言にミリエルは驚いた。

「具体的な予言は、と言ったほうがいいかしらね。今回は多少匂わす程度の内容になるだろうと思っていたのよ。そうね……『月の賢者と太陽の勇者のもとに天の子が現れるであろう』という感じかしらね」 


「そうだったんですね……そういう内容なら私もあんなに動転は……」

 後半は独り言のようにミリエルは言った。

「そうよね、そうすれば心の準備ができて、あなたもいきなりリトに冷たく当たったりすることもなかったものね」

「ええ……そうすれば私もリトと落ち着いて話し合うことも……」

「でしょう?リトはもちろんだけど、あなただってリトのことを憎からず思ってるんだもの」

「ええ、私だってリトを憎からず……」

 そこまで言ってミリエルはハッとして硬直した。

「あ、いえ、そうではなくて……」

 慌てて否定するミリエル。

「あら、違うの?」

 ユラがミリエルの目を覗き込むようにして言った。


「いえ、違うというとかではなくて……私は……リトを、その……特別どうこうではなく……」

 ミリエルはしどろもどろになり、色白の顔を真っ赤にして言いつくろおうとした。


「じゃあ、違わないのね?」 

 とユラが促す。

「えぇと……その……」

 がその先は言葉にならずミリエルは口をパクパクさせるばかりだった。


 そんなミリエルを見てユラは、

「ああ、ミリエル!」

 そう言いながらミリエルを優しく抱きしめた。


「ゆ……ユラ様の……いじわる……」

 図らずも自らの気持ちを、それまで自分でもはっきりとは自覚できていなかったリトに対する自分の気持ちを認識させられることとなったミリエルは、ユラの胸に真っ赤になった顔を埋めて言った。


「ミリエル?」

「……はい」

 答えるミリエルの声はまさに消え入るようだった。

「今のこの場でのお話はリトはもちろんノルにも感知できないようにしてるわ。だから自分の気持ちに正直になっていいのよ」

 ミリエルの頭を優しく撫でながらユラが言った。

「……はい」

 と、ミリエルは答えたが。

(それでも……やっぱり恥ずかしい……!)


「それにリトもノルから予言のことを聞かされているはずよ。予言は絶対的な確定事項ではないってね」

 そう言ってからユラは少し考えて。


「そうね……『いい気になってるとミリエルちゃんにそっぽを向かれて相手にされなくなっちまうぞ』くらいのことは言われてるんじゃないかしら?」

 とノルの話し方を真似してユラが面白そうに言った。


 それを聞いたミリエルは、彼女にしては珍しく声を出して笑った。


「ね?ちょっとくらいなら焦らしてやってもいいんじゃないかしら」

 と、ミリエルにウインクをしながらユラは言った。


「はい……!」

 心の重しが取れたミリエルは笑顔で答えた。


「それじゃ、これからは日々修業よ。それと……」

「それと……?」

 ミリエルが問うとユラは言った。

「リト対策も練っていかなきゃね」

「…………!」

 ユラの言葉にミリエルはまた顔を紅潮させてしまうのだった。 


 自分には無縁だと決めつけていた感情の存在に大きく戸惑うミリエル。

 たが、その感情がこれからの日々を彩り豊かにしてくれるかもしれない。

 そう考えると、ミリエルは自然と表情が柔らかくなっていくのを感じるのだった。

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