第13話 修業の始まり

「そうしたら、まずは創造の魔法をやってみましょうか」

 ユラが言った。

「創造の魔法?」

 ミリエルにとっては初めて聞く魔法だ。

「ええ、そうよ。あなたはとても高い魔力を持っているけど、魔力の使い方に無駄があるわ」

 ユラにそう言われてミリエルは思い返してみた。

「言われてみると……はい……続けて魔法を使うと一気に疲れてしまいます」


「そうでしょう?」

 ユラはミリエルの答えにうなずいて続けた。

「創造は魔力の繊細なコントロールが必要だから魔力の無駄を最小限に抑える勘所かんどころを掴むのに最適なの、それに……」

「それに……?」

「何と言っても何かを創るというのは楽しいしね」

 ユラが子供のような笑顔を見せるとミリエルもつられて無邪気な笑顔になった。


「まずは、そうねぇ……全く何もないところから作るのはさすがにすぐには難しいから……」

 ユラはそう言いながらソファの脇の棚から一枚の両掌りょうてのひらを並べたほどの大きさの布を手にとってミリエルに渡した。

「それは木綿の生地きじよ。まずはその生地を大きくしてみましょう」

「大きく……ですか?」


「そうよ。普段あなたが魔法を使うときのように周りから力を集めて、その力を生地に少しずつ注ぎ込むようにしてみなさい。その時に頭の中で生地が大きくなった姿を思い浮かべるの」

 ミリエルはユラが説明してくれた言葉を必死に理解しようとした。


(力を集めて……生地に注ぎ込むように……)

 生地を持つミリエルの手がほのかに光りだした。

(生地が大きくなった姿を……)

 目をつむって大きくなった生地を思い浮かべた。


 すると、ミリエルの手から生地へ力が流れていくのを感じた。

 そして目を開けて生地を見てみると、少しではあるが生地が大きくなったように見えた。


「うん、初めてにしては上出来よ」

 ユラが、満足気まんぞくげに言った。

「最初のうちは場所によって質感がバラバラの生地が出来上がってしまうでしょうけれど、何度も繰り返せば、生地ごとの組成の違いを理解して感じることができるようになって、均一な生地を作れるようになるわ」

「はい」

「しばらくはこの魔法を中心にやっていきましょう。小屋の中よりも外のほうが力を集めやすいかもしれないわね。お天気も良いし、お庭のベンチでやってみましょう」


 ユラとミリエルが外に出ると、晴れ渡った初夏の谷はとても気持ちがよかった。

 谷と言っても幅は広く、山に挟まれた草原という表現がしっくりくる。

 比較的幅が狭い小屋のところでも反対側までは歩いて30分はかかりそうで、場所によっては3、4時間のところもあるようだ。


 向こうの方ではリトがノルに稽古をつけてもらっているのが見える。


 谷には様々な動物もいて、小屋のすぐそばにまで来ることも珍しくない。

 狐や狸、鹿や兎。

 雲雀ひばりすずめつばめ、鷹などもやってくる。


 今もユラの頭上を雲雀が円を描いて飛んでいる。

 ユラが手を掲げると雲雀は降下してきてユラの手に止まって忙しくさえずった。

 そんな雲雀にユラは、子供の話を聞く母親のような優しい眼差しを向けている。

「あら、そうなの。よかったわねぇ」

 とユラは声に出して雲雀に応えている。


「鳥と話ができるのですか!?」

 鳥に話しかけるユラに驚いてミリエルが言った。

「ええ、もちろんよ」

 雲雀を見ながらユラが答えた。


「もちろん……?あの……私にもできるのでしょうか……?」

 俄然がぜん興味が湧いてきて、ミリエルはユラに聞いた。

「あなたならできると思うわよ。鳥のさえずりを鳴き声ではなくてだと思って耳を傾けてご覧なさい」

 ユラに言われて、ミリエルは雲雀のさえずりに注意を向けた。


 ピュルピュルーーピュルルピュルルーー!


(……話し声……話し声……)


『ユラ、ユラ、タネ、イッパイ!』


「あ……!」

「ね、聞こえたでしょう?」


 しばらくミリエルは雲雀の話に耳を傾けていたが、彼が話すのは餌となる種や虫、巣と雛鳥のことの繰り返しだった。

 なのでミリエルは程なくして飽きてしまった。

「うふふ、鳥のお話はこんなものよ。谷には他にも色んな鳥がいるからおりを見て聴いてみるといいわ」


 ミリエルは雲雀から注意を戻し、生地の作業に取りかかった。


 周囲から力を集めて生地に注ぎ込む――

 工程自体は複雑ではないのだが、集めた力を均等に広げていくのが難しかった。


 生まれ持った資質なのか、あるいは予言の力によって授けられたものなのか、ミリエルは非常に高い魔力を備えている。

 そのうえ、初めて本格的に魔法を行使したのが先の裂け目の大魔を退ける戦いだったためか、ミリエルにとって魔法といえば全力で「ぶっぱなす」のが当たり前になっていた。


 だが、今やろうとしている創造の魔法ではそのやり方では上手くいかなかった。

 木綿の生地に向かって魔力を「ぶっ放す」とそこの繊維の密度がとてつもなく密になってしまい、木綿の生地が硬い板のようになってしまうのだ。


(もっと少しずつ……)

 そう自分に言い聞かせながら何度も繰り返すミリエルだったが、中々上手くいかず、つい焦れったくなって「ぶっぱな」してしまうのであった。


 実のところリトに空気弾をお見舞いする時も、ミリエルは案外手加減はしていない。

(リトは頑丈だから……勇者だし……)

 と作業を止めてふと思いにふけって頬が緩んでいる自分に気づくと、ハッとして慌てて練習に戻るミリエルだった。


 そうこうしているうちに、あっという間に太陽が真上に来て昼時になり、ノルとリトも小屋に戻ってきた。


 バター付きパンと燻製肉とミルクという簡単な昼食を取りながら、リトはノルと力の使い方について真剣に話していた。


 リトが戻ってきたとき、ミリエルは敢えて彼とは目を合わせず声もかけなかった。

 ユラと話したおかげで朝方の途方に暮れて消沈した気持ちは薄れて、ほとんど気にならないようになってはいたが、前のように屈託なくリトと話すという気持ちにはまだなれなかった。


 リトはノルと話しながらも時折チラッとミリエルの様子を伺うように視線を向けるのだが、ミリエルはわざとそっぽを向くような態度をとった。


 ミリエルの気持ちを代弁するとしたら、正直なところ彼女はリトに対して怒っているわけではなかった。

 そもそも、今回の予言に関してリトには何ら責められるべきことはないのだから。


 ただ、自分達の気持ちをすっ飛ばして2人の未来を決めつけた予言に対する納得のいかなさを、リトにぶつけているだけなのだ。


 出会ってからずっとミリエルに好意を示してきたリト。

 ミリエルがつれない態度をとっても笑い飛ばしてきたリト。

 ミリエルに少しでも危険が及ぶと思えば大げさなくらいに心配をするリト。

 そのうえ今は何ら彼に責任がないことでミリエルに無視を決め込まれている。


(……可哀想なリト……)

 そんなふうに思いを巡らしているとミリエルは可笑おかしくなってみがこぼれそうになるのであった。


 そして、午後も日暮れまで修行し夕食時になった。

「食事は俺に任せてくれ」

 とリトが料理人を買って出た。

 彼は貯蔵室をひと通り見て、調理場にあるスパイスなどの調味料を確認すると、手際よく調理を始めた。


 程なく出てきたのは、スパイスを効かせた豚肉とキャベツとキノコの煮込みスープとパンという、簡単ながらボリュームたっぷりのメニューだった。


「あら、上手ねぇ、リト」

 ユラが驚いて言うと、リトはやや照れながら言った。

「親父の店を手伝ってた時に賄いで出してくれてた料理なんだ。リビさんが使ってた赤いソースがあればもう一段味に深みが増すと思うんだけど」

「ああ、あれね。あのソース自体はないけれど、元になってる野菜なら貯蔵室にあったはずよ」

 ユラがそう言うと、

「ホントですか!?」

と、リトは嬉しそうに答えた。

「ええ。後で教えてあげるわ」

 そう言いながらユラはミリエルを見て言った。

「ねえ、ミリエル、美味しいわよね、このスープ」

「……はい」

 ミリエルは控えめに言った。


 実のところ、

(……すごく美味しい……!)

 そう思ったミリエルだったが、何故か素直にそう言えない心持ちだった。


「ほんに美味いのぉーー」

 とノルはジョッキ片手にリトの料理に舌鼓を打ちながら、横目でミリエルを見た。

 どうやらノルも微妙な空気を和ませようとしているらしい。


 リトの料理で和やかな夕餉ゆうげにはなったが、ミリエルは大人しいままで終わった。


 その夜、ベットに入るとミリエルは今日一日のことを思い返した。

(色々あったけど……良い日だったな……)

 そう思いながらも、やはり頭に浮かんでくるのは予言のことだった。


 考えてみれば、リトだって新たな予言で衝撃を受けているだろう。

 いつもミリエルに好意を示してくれるリト。

 だが、ミリエルと一緒になる、となると話は違ってくるのではないか?

 そう思った瞬間、ミリエルは背筋に冷たいものを感じた。


(……そんなことが……)

 あるだろうか。

 いや、無いと考えることのほうがかえって不自然なのではないだろうか。


 リトだってまだ19歳だ。ミリエルにいくばくかの好意を持っているとしても生涯の伴侶とまでは考えてはいない、少なくとも今のところは、と考えるのが自然なのではないか。


(私だって昨日までは考えてもみなかった……)

 だが、くだんの予言が表れてからは……。


 リトがいない人生。

 そういう未来もあり得るのかもしれない。

 この新たな不安が頭をじわじわと侵食していくのを感じながら、眠れない夜を過ごすミリエルだった。

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