第11話 新たな予言は……

 育みの小屋にミリエルとリトの叫び声が響き渡る少し前……。


 ミリエルはユラが案内してくれた部屋に入ると、左の壁側にある小振りな丸いテーブルの上にロウソク立てと予言書を置き、反対側の壁につけて置かれているベッド脇の椅子に腰掛けた。


 大きめの窓から見える夜空には満月近くまで育った月が浮かんでいた。

 そして、その月明かりが大きめの窓から差し込んで部屋を明るくしている。

 立ち込める蜜蝋のロウソクの香りは甘く柔らかく、部屋を照らす月明かりと相まって幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 しばらくそうして静かに月を眺めながら、ミリエルはユラとの話を思い返していた。


(今夜あたり新しい予言が……)


 ミリエルは立ち上がって椅子を窓際に動かし、テーブルに置いていた月の予言書を手に取ると椅子に戻って月明かりで予言書を読み始めた。


 最も新しいページまで開いていったが、まだ新しい予言は現れてはいなかった。


(新たな災厄のことが出てくるのだろうか……)


 さきの戦いはからくも、本当に辛くも押し返すことができたが、次も押し返す事ができるだろうか……そんな思いがミリエルの頭から離れない。


(大魔に押し切られてしまうんじゃないだろうか……)


 そして、この世界は悪魔のような存在が溢れかえる魔境と化してしまうのではないだろうか。


(そんな恐ろしい未来が予言書に出てきたら……)


 背筋に冷たいものを感じたミリエルは開いていた予言書を閉じ、夜空に浮かぶ月を眺めた。


(子供の頃から、よくこうやって月を眺めていたな……)

 だから月の賢者なんぞに選ばれたのだろうか、などと冗談めかしたことを考えていると、膝の上に載せていた予言書がほのかに光りだした。


(……?)

 こんなことは初めてだった。

 今までは、次にどうすればいいのか知りたいときに予言書を開き、それに応えるように予言の文字が浮かび上がってくるというのがつねだった。


 不思議に思いながらミリエルは予言書を開き最新のページまでめくった。


『導き手の教えのもと、月の賢者と太陽の勇者は技を磨き、力を蓄え、知恵を深くして、来るべき災厄に備えなければならない』


(『導き手』とはユラ様とノル様のことか……)

 ミリエルが考えていると次の予言が浮かび上がってきた。


『しかし、裂け目の災厄をしんに終わらせるには天の子の顕現を待たねばならない』


(天の子……?)


 ミリエルが初めて聞く言葉だ。


(顕現……ということは今はまだいないということか……)


 ミリエルが考えをめぐらしていると、また次の予言が浮かび上がってきた。


『天の子は…………』


「ええええーーーー!?」 


 新たな予言の文言を読んだミリエルは、恐らく彼女の人生で最大であろう絶叫をした。


 その一瞬ののち

「ええええーーーー!?」


 隣の部屋からリトの絶叫が聞こえてきた。


 ミリエルは一旦予言書を閉じ、目を瞑って深呼吸をし、心を鎮めて改めて予言を読んだ。


(読み間違いじゃない……)


 予言書にはこう書かれていた。


『天の子は、月の賢者と太陽の勇者の子として顕現し、この世界の希望となるであろう』


 すると、隣のリトの部屋のドアが乱暴に開けられ、廊下をドタバタと走る音がした。


 ミリエルが予言書から顔を上げると、いきなりドアが開かれた。


「ミリエル!この予言……」

 リトがドアを開けて部屋に足を踏み入れながら言った。


 ミリエルはリトに最後まで言わさずに、

「いきなりドアを開けるなぁーーーー!!」

 と、空気弾を見舞った。


「ぐおぉっ!」


 ミリエルの空気弾をまともに胸に食らったリトはドアの向こうの廊下の壁まで飛ばされた。


 ミリエルは大股でドアに歩み寄り大きな音を立ててドアを閉めると、かんぬきをかけて外側から開かないようにし、閉じたドアに背をもたれかけ、そしてがっくりとうなだれた。


(なんということだ……) 


 月の賢者と太陽の勇者の子……。

 その言葉の意味するところはひとつしかない。

 ミリエルは両手で顔を覆った。

 顔が火照っているのが覆った手を伝わって感じられた。


 翌朝、ミリエルは日の出から随分と経ってから目を覚ました。

 昨夜は新たな予言のことが頭から離れず、中々寝付くことができなかったのだ。


 彼女はベッドから起きてローブを羽織り、ドアの脇の壁に掛けてある鏡に自分の顔を映した。


(ひどい顔……)


 寝不足で目が充血し顔色も悪く見える。

 ミリエルは鏡の下にある洗面器の水で顔を洗い、麻布で顔を拭いてもう一度鏡を見た。


(あまり変わらないか……)


 そう思いながらミリエルは部屋を出て食堂へ向かった。

 ミリエル以外の3人は既に食堂に来ていた。


「おはよう、ミリエル」

 ユラが穏やかな笑顔で挨拶した。

「おはようございます、ユラ様……」

 ミリエルはそう静かに応えるとノルを見た。

「おはようございます、ノル様……」

「ああ、おはよう」 

 ノルも静かに返してきた。 


「すみません……寝過ごしてしまいました」

 ミリエルはユラに向かって頭を下げた。

「あら、いいのよ。昨日までずっと大変続きだったんだもの。ゆっくり体を休めてね」

 ユラの優しく暖かい笑顔と言葉にミリエルは心も体も洗われるようだった。


「ミリエル……おはよう」

 リトが、彼にしては珍しく、静かで控えめな様子で言った。


「……おはよう」

 リトの目を見ずにミリエルが応えた。

 リトは何かを言おうとして口を開いたが、何も言えずに口を閉じた。


「さあさあ、朝食にしましょう」 

 どことなく気まずい雰囲気を変えようとするかのように、ユラが明るく言った。


 朝食が済むと、

「それじゃ、それぞれ修行をしましょうか」

 ユラが言うと、

「よし、外に行くぞ坊主。まずは軽く組手でもやってみようかの」

「うん、じいちゃん」

 ノルの後からドアに向かいながらリトはちらっとミリエルに視線を送った。

 が、ミリエルはリトを見ようとしなかった。


「ミリエルは私とね。魔力の扱い方の話でもしましょうか」

「はい、ユラ様」

 うつむき加減でミリエルが応えた。


 ノルとリトが外に出たことを確認すると、ユラは壁際のソファに移動して腰掛けた。

「ミリエル、こちらにいらっしゃい」

 ユラに呼ばれてミリエルはソファに腰掛けるユラの前に立った。

 ユラは自分の横をぽんぽんと手で叩いて座るようにミリエルを促した。


 促されて、ミリエルはユラの横に座った。

「何か話したいことがあるんじゃない?」

 ユラはそう言いながらミリエルの肩に腕を回してミリエルの目を見た。


 ユラの目は優しく限りない慈愛に満ちていて、ミリエルの全てを包み受け入れてくれるであろうことを確信させてくれる、そんな目だった。


「……ユラ様……私……」

 そこまで言うとミリエルの目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちてきた。

「……」

 そして、ユラの胸に顔を預けて、声を押し殺して嗚咽した。

 ユラはしばらくの間そんなミリエルの頭を優しく撫でた。 


「新しい予言のことね?」

 しばらくしてからユラが聞くと、

「……」

 顔を埋めたまま黙ってミリエルが頷いた。

「私に聞きたいことはある?」

 ユラが言うと、

「……あの……」

 嗚咽混じりにミリエルが話し始めた。


「あの予言は……やはり……その……私と……リトの……」

 そこまで言うとミリエルの口は硬直してしまった。

「ええ、そうよ。あなたとリトの子が天の子になるということよ」

 ユラがそう言うとミリエルはより深くユラの胸に顔を埋めた。


「そうね……今のところはね」

「……今のところは?」

 ユラの言葉を聞いてミリエルはハッと顔を上げてユラを見た。


「そう、今現在、月の賢者はあなたで太陽の勇者はリトだから」

 そう言うユラの言葉を頭で反芻してからミリエルが聞いた。

「ということは、私達とは別の人たちが天の子の親になることも……」

「ええ、可能性としてはあり得るわ」

 そう聞いてミリエルの気持ちは少し落ち着いてきて、顔をユラの胸から離した。

「そうね……いい機会だから予言のことを少し詳しく話してみましょう」


 涙に濡れたミリエルの顔を見て、ユラはエプロンのポケットからハンカチを取り出してミリエルの顔を拭いた。

 ミリエルは幼い子供のようにユラのされるがままになっていた。

 そしてユラに顔を拭いてもらうと、はにかむような愛らしい笑顔を見せた。

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