第6話 魔女の庵 2

「さて、どこから話したらいいでしょうか…」

 リビは少しの間思案した後、思い出すようにゆっくりと語り始めた。


「私は幼い頃から一人で空想にふける、おとなしくて少し変わった子供でした」

 リビは虚空を見つめるように視線を上に向けて話し始めた。


「天気の良い日は家の近くの林や森を一人で歩きながら、ここには精霊さんがたくさんいて楽しくおしゃべりをしてるのかしら、とか、迷い込んだ人間に他愛もないいたずらをしたりしてるのかしら、などと想像していたのです。

 そんなある日、小さくて羽の生えた人が飛んでいるのに出くわしたのです。それが精霊さんとの出会いでした。

 それ以来私は一日のほとんどの時間を精霊さんと過ごすようになりました」

 ここまで話すと、リビはお茶お手にした。


「私の生まれ故郷は、精霊の加護を受けていると言われる森と接していたのですが、実際に精霊を見たという人はいませんでした」

 精霊というものに親しみを感じて育ったミリエルが疑問を口にした。


「ええ、ほとんどの人には見えないようです。なので、私が周囲の者に”精霊と出会った“という話をしても誰も信じてはくれませんでした」

 幼い頃の苦い記憶が蘇ったのか、リビの穏やかな笑みが心なしか曇ったように見えた。


 この世界ではミリエルの故郷の村だけでなく広く精霊の存在は信じられていたが、それは実体のある存在としてではなく、目に見えない魂のような存在としてであった。

 なので、精霊を見た、出会った、という話は眉唾ものとして受け取られらてしまうのが現実だった。

 ましてや“精霊と話をした”などとと周囲に話せば「精神状態が危ういのではないか」と疑われ、人によってはそういう者とは距離を取ろうとするだろう。


 一時いっとき沈んだ表情になったリビであったがすぐに穏やかな笑顔に戻って話を続けた。


「そうして精霊さんと過ごすうちにだんだんと彼らと意志の疎通ができるようになってきました。精霊さんは人の言葉を理解することができますが、人間のように話すことはできません。

 こちらの問いかけに対していくつかの声音と表情で意志を伝えながら、なんと言いますか、イメージを直接頭の中に送ってくるのです」


「イメージを送ってくる?」

「ええ、正しい表現ではないかもしれませんが……言葉にするとその言い方がしっくりくるのです」

 ミリエルの疑問にリビが答えた。


「精霊が送ってきたイメージを言葉にして返し、それが正しいかどうかを返ってきた精霊の表情や声音から判断するという手順で会話をします」


「それはまた、なんと言うか……その……手間がかかりますね」

 婉曲えんきょくな言い回しが苦手なリトが苦労して遠回しに言った。


「あはは、そうですね。今思えば面倒くさいことをやっていましたね」

 リトの意図をそれと察したリビがおおらかに答えた。


「ですが、その時は精霊さんとお話ができるということが嬉しくて仕方なかったので、苦労とも面倒とも思いませんでした」


「すみません、余計なことを言いました」

 横に座っているミリエルに脚を蹴られてリトが謝った。


「いえ、とんでもない。こうやってお話ができてとても楽しいです」

 リビが輝くような笑顔で言った。


「あ、いや……俺との話が楽しいだなんて、あはは」

 リトが顔を赤らめながらシドロモドロになったところに再びミリエルの蹴りが入った。


(いてっ、今度はなんだよ!)

 ミリエルを睨みながらヒソヒソ声でリトが言った。

 が、ミリエルは不機嫌そうにそっぽを向いただけであった。


 納得いかない顔のリトであったが、リビはそれに気づいたのかどうか、一瞥をくれはしたが又話を続けた。


「精霊さんは自然とともに生きている、というよりは自然そのものと言っていい存在です。なので植物の生育を司っている側面がありまして、私も精霊さんの手を借りてお花や野菜を育てたりしていました。

 そうすると私が育てたものは通常のものよりも格段に生育が速く、野菜は味も良かったので私は喜んで家族にそれを伝えました。家族も喜んでくれるだろうと思っていたのですが……」

 そこでリビは言い淀んだ。


「そうではなかったのですか?」

 ミリエルが意外に思ったような口調で聞いた。


「ええ、実のところ気味悪がられてしまいまして……精霊さんの力を借りたなどと言ってしまったのがいけなかったようで」

 リビはその時を思い出して、悲しげな表情で言った。


「それは……悲しいですね……私の故郷の村であれば称賛の的どころか崇め奉られてしまうこと間違いなしです!」

 リビの、精霊と意志の疎通ができる能力を羨ましい思いで聞いていたミリエルは、柄にもなく語気が強くなってしまった。


「ありがとうございます」

 心なしか目を潤ませてリビが言った。

「いつかあなたの故郷にお伺いしたいですね、月の賢者さん、とお呼びしてよろしいかしら?」


「「はっ!」」

 この時になって初めて、ミリエルとリトはまだ名乗っていないことを思い出した。


「大変失礼しました!ミリエルと申します!」

「リトです、よろしくーー!」


 恐縮するミリエルに対してリトは陽気に軽く挨拶した。

 すかさず鋭い視線を飛ばしてくるミリエルを見てリトは素早く蹴りに対する防御姿勢をとった。


 そんな二人を見てリビが言った。

「うふふ、お二人は仲がいいのですね。幼馴染みでらっしゃるの?」


「いえ、ひと月ほど前に会ったばかりです」

 ミリエルが答えた。


「ひと月前?とてもそうは見えませんね」

 リビはかなり驚いたようだった。


「そうでしょう?会ったその日から俺達は意気投合してましたからね。赤い糸で結ばれた運命の出会いなんだって俺は言ってるん……いてっ、いてぇって、ミリエル」

 調子に乗って話すリトの脚にミリエルが二発、三発と蹴りを入れた。


 じゃれ合う二人をリビが面白がるように見ていたところへ、シエルがお茶と焼菓子を持ってきた。


「さあ、お菓子とお茶をどうぞ。シエルはお菓子もとっても美味しく作ってくれるのです」


「わぁ、美味しそう!」

 たった今リトに蹴りを入れまくっていた事などすっかり忘れたかのように、ミリエルはいつもよりワンオクターブ高い声で歓喜の声を上げた。


「うう……菓子なんていつぶりだろう」

 一方のリトはミリエルに攻撃された脚をさすりながらも、歓喜の涙を流している。


「そういえば、シエルさんはリビさんをお師匠様とお呼びになっていましたけど」

 ミリエルが思い出してリビに聞いた。


「ああ、そうですね。それには少し説明が必要かもしれません」

 その言葉に応えるようにシエルが横に座ると、彼女に優しい眼差しを向けながらリビは話し始めた。

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