第7話 精霊と謎の声

「私が生まれ育った地方では、魔女は精霊を使役して人々に害悪をなす存在と古くから言い伝えられていて、多くの人がそれを信じています」

 リビはミリエルとリトを交互に見たあとで、ゆっくりと話し始めた。


「なので、私が精霊と意思の疎通ができるということが知れ渡ると、私が魔女なのではという噂が広まってしまって、私だけでなく家族も周囲の人から気味悪がられるようになってきたのですが……」

と、そこで言葉を止めると、リビはは隣りにいるシエルを見て、

「そんな中、このシエルだけは違ったのです」

 と、隣りにいるシエルを見て微笑んだ。


「シエルは私の家に通いでお手伝いで来てくれていました。

ある日、私が精霊と意思疎通ができると話すと深く興味を持ってくれたのです。

そうなると、私も聞いてもらえることが嬉しくてなってきて、シエルに色々と話すようになりました」

 リビが親しみを込めてシエルのことを話すのを聞いて、感情を表に出さないタイプに見えるシエルも心なしかうつむき加減で微笑んだ。


「そうしているうちにシエルは私のことを師匠と呼んでくれるようになったのです」

「リビ様は精霊と交信することができる偉大な魔法使いでらっしゃいます。私はそのような方に少しでも近づきたいと思っています」

 シエルは真剣そのもので、そしてリビへの尊敬を顔いっぱいに表しながら言った。


「とは言っても、私が教えてあげられることなどほとんど無いのですけど……」

 熱のこもったシエルの言葉を聞いて、リビは恥じ入るように苦笑いをしていった。


「いえ、精霊と交信ができるなんて本当に素晴らしいことだと思います!」

 ミリエルが力強く言うと、シエルが激しく同意といったていでぶんぶんと首を縦に振った。


「シエルさんは精霊と交信ができるのですか?」

 ミリエルが尋ねると、シエルは首を横に振りながら答えた。


「いいえ、私は交信というほどのことはできません。精霊様のお力をお借りしたいときにお願いをします。初めのうちは聞き届けていただけませんでしたが、回を重ねていくうちに少しずつ聞き届けていただけるようになってきました」

「聞き届けて……?」

「はい、薬草を教えてくださったり、茸や野菜に毒がないかなどを光って示してくださるのです」

「私の故郷の村にもいました、そういうことができる人。その人も実際に精霊と意思の疎通ができたりするわけではないと話していましたね」


「やっぱリビさんは特別なんすかね」

 女性三人が話すのを聞いていたリトがふと思いついたという感じで言った。

「特別なのかどうかはわからないとですが……」

 そこまで言ってリビは言いよどんだ。


「なにか気になることでもあるのですか?」

 そんなリビの様子を見て不思議に思ったミリエルが問いかけた。


「ええ……」

どうやら他人には話しづらいたぐいのことらしく、リビは慎重に言葉を選ぶように続けた。

「こんなことを言うと頭がおかしいと思われてしまうかもしれないのですが……私は予言者らしいのです」


「予言者らしい?」

 まるで他人事のようなリビの言い方にミリエルが疑問を挟んだ。

「ええ、実を言うとですね……」

 リビは何か重大なことを打ち明けるかのような様子であった。


「なんというか……その……声が聞こえるんです……私」

 そう言うとリビは、とてつもない重大事を思い切って告げたかのように、ギュッと目を瞑って下を向いた。


「「声が聞こえる?」」

 案の定、ミリエルとリトが驚いて同時に反応した。

「変でしょう……?こんな話シエル以外には話したことはないのです。ただでさえ魔女だなんだと白い目で見られていましたので……」

 そう話しながら、リビは恥じ入るように縮こまった。


「いえ、変だなんてとんでもない。そんなこと言ったら……」

 ミリエルは自分にも聞こえる謎の声のことを話そうとした。

すると、

「あ、俺にもたまに聞こえますよ」

 何も特別なことでもなんでもないといった様子でリトが言った。


「「えっ?」」

 今度はミリエルとリビが同時に声を上げた。


「な、なんで今まで言わなかったのだ!」

 全く持って思いもよらなかったことに、ミリエルの声もつい大きくなってしまった。


「いや……まあ、そのうちに話そうとは思っていたんだけど……」

 思いの外激しいミリエルの反応に戸惑いながらリトが言った。


「その声はリトさんに話しかけてくるのですか?」

 いち早く驚きから立ち直ったリビがリトに聞いた。


「いや、話しかけてくるんじゃなくて、ただ声が……かけ声みたいなのが聞こえるだけなんだけど……」

 リビとミリエルを交互に見ながらリトが言った。


「かけ声?」

 ミリエルは、謎の女性の声を思い浮かべていたので、「かけ声」というリトの言葉が彼女の驚きを倍加させた。


「『うおぉぉー』とか『っしゃぁーー』とか戦闘中に聞こえたぞ」

「それはかけ声というか叫び声ではないのか……?」

「そうなんだよなぁ……」

 顎を擦るような仕草をしながら答えるリトがふと思い出したように付け加えた。

「……そういえば『うほぉぉー』ってのも聞こえたな……おっさんぽい声で」


「う、うほー?戦闘中にそんな声が聞こたのか?」

 ミリエルが不審げに問い返した。


「いや、戦闘中じゃなくて、荒野でミリエルが空を飛んで降りてくるときにローブが……」

 不審げだったミリエルの表情がみるみるうちに険悪になっていった。

「……ローブがどうしたって……?」

 氷の眼差しのミリエルの手にはすでに魔力が充填されている。


「あ……いや、その……やっぱ俺の勘違いだったかもーーアハハハー……」

 ミリエルの危険な反応に、リトは脂汗をかきながら咄嗟とっさにごまかした。


「リトさんに聞こえるのは男性の声なんですね。もしかしたらミリエルさんにも聞こえるのですか」

 そんな二人のやりとりを笑いをこらえながら見ていたリビが言った。


「私は……」

 リトの話を聞いたあとであっても、まだミリエルは謎の女性の声のことを話すことを躊躇していた。


『いいのよ』


 内なる声を聞いてミリエルがはっとした。

すると、同時にリビも鋭く反応するのが見えた。

「え……?もしかして……」

 というミリエルの問いに、

「はい……私にも聞こえました……」

 リビも驚いた表情で言った。


「私はミリエルさんと同じ声を聞いていたのですね……と言っても私に話しかけてくるときはもう少しいかめしい感じでしたが……」

 リトとシエルには聞こえていないようで、二人はキョトンとした表情をしている。


『うふふ……』


 今度は、二人の頭の中に面白がるような笑い声が聞え、それを聞いたミリエルとリビは再び顔を見合わせた。

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