第5話 魔女の庵

 リビと名乗った魔女は、ミリエルとリトの返事を待たずに森の奥へと歩み始めた。その様子はまるで、二人に拒まれる可能性などはなから考えていないかのようであった。


 そんなリビを疑わしく思いながらも、ミリエルとリトは魔女の後について歩き始めた。

 彼女の有無を言わさない雰囲気に流されてしまったということもあったが、とにかく今は二人とも疲れ果てていた。

 なので、彼女が住処に案内してくれるというのなら、お言葉に甘えてしまおうという気持ちになっていたのかもしれない。


「あの、リビさんって言ったよな。さっき俺たちのことを……その……」

 リトが後ろから魔女に話しかけた。


「ああ、あなた達を月の賢者と太陽の勇者と呼んだことですか?」

 前を歩くリビが肩越しに振り返って問い返した。


「そう、それなんだけど……」

「その呼び名は私達と周囲の極小数の者以外は知らないと思っていたのだが」

 言い淀んだリトの後をついでミリエルが言った。


「その辺の話は私の家に着いたらゆっくり話しましょう。長い話になると思いますし、あなたたちも疲れているでしょう。食事の用意も出来ているので」

 リビはそう言いながら微笑んだ。

「「……」」

 ミリエルとリトは何も言わずにお互いを見た。

 返す言葉が見つからなかったというのもあるが、リビの「食事の用意」という言葉が深く心に突き刺さり、

((機嫌を損ないたくない……!))

 という気持ちが湧き上がってきたことが大きく影響していた。


 森の小道をしばらく行くと、周囲を木々に囲まれた空き地にひっそりとたたずんでいるといった雰囲気の小屋に辿り着いた。

 煙突からは煙がたなびいており、近づいていくと料理をする良い匂いが漂ってきた。


「う〜ん、ちょうどいい具合に煮えたところみたいですねぇ」

 鼻をひくつかせながらリビが言った。


「うおぉーーこれはたまらん……!」

 リトが盛大に腹を鳴らしながら小声で言った。

「そ、そうだな……」

 ミリエルは腹筋に持てる力のすべてを注ぎ込み、鋼の精神力で腹が鳴りそうになるのを必死でこらえている。

(集中、集中だ……!)


 リビは扉に歩いていきながら家の中に声をかけた。

「シエルーー、今帰りましたよーー」

 リビの呼びかけに応えて、ドアが内側から開いてエプロン姿の少女が現れた。

 肩まで伸ばした濃紺色の髪は艷やかで光の加減で紫色にも見える。

 瞳は深い青色で、伏し目がちな表情と相まってやや冷たい印象を見る者に与える。

「お帰りなさいませ、お師匠様」

「ただいま」

 シエルと呼ばれた少女は、軽くお辞儀をしながら静かな落ち着きのある声で言った。

 見た感じは十四、五歳歳に見えるが、話し方や立ち居振る舞いは立派な大人のそれと同様かそれ以上だった。

 そのため、彼女にお師匠様と呼ばれたリビよりも大人びた印象を、見る者に与えている。

 リビは笑顔で応えながら後ろからくるミリエルとリトを指して言った。

「お客様をお連れしましたよ」

 シエルと呼ばれた少女がミリエルとリトに挨拶する。

「いらっしゃいませ。ようこそおいでくださいました」

 シエルはミリエルとリトに挨拶した。


 リビが扉の前に立ち止まって手招きしていた。

「さあ、入って下さい」


 小屋は扉を入ってすぐが食堂になっており、大きめのテーブルには四人分の席が用意されていた。中央の籠にはおそらく焼き立てであろう、拳ほどの大きさのパンが山盛りにされている。


 リビが指し示した席にミリエルとリトが座ると、シエルが大きめの皿に盛られたシチューを置いた。

「色々とお話もしたいのだけれど、まずは召し上がって下さい。シエルの絶品シチューが冷めてしまいますので」


 冷静に考えれば、初めての土地で初対面の人物にいきなり招待されて食事を振る舞われるなどということは滅多にあることではないし、当然のことながら怪しいと疑って然るべきなのだが、ミリエルもリトもここ数日は過酷な時を過ごして来た上に温かい食事というものから遠ざかっていた。

 精霊の木の実でしのいでいたとはいえ空腹感、というよりは温かい食事への飢餓感が頂点に達していた。なので、考えがそこまで至らなかったとしても責めることはできないだろう。


「「いただきます!」」

 二人は同時にスプーンを手にして美味しそうな匂いを漂わせているシチューを食べ始めた。


 シチューは鶏肉と数種の根菜とキノコのクリームシチューで、適度にスパイスが効いていて、いくらでも食べられそうだった。


「美味い!美味い!!美味い!!!」

 リトは幸せいっぱいの顔でシチューを頬張った。

「ええ、本当に美味しい!」

 ミリエルも彼女にしては珍しく熱のこもった感想を述べた。


「そうでしょう、そうでしょう。焼き立てのパンも召し上がれ。」

 リビは嬉しそうに二人にパンを勧めた。

 淹れたてのお茶を静かに二人のカップに注いでいたシエルも心なしか顔をほころばせていた。


 シエルの絶品シチューをひとしきり食べ、腹具合も落ち着いてきて香り高いお茶をいただく頃になると、リビがゆっくりと話し始めた。


「まずはお二人にお礼を申し上げさせてください。【裂け目】を閉じ大魔を押し返していただき本当にありがとうございました」

 リビは二人に頭を下げ、隣に座っていたシエルもリビにならって頭を下げた。

「いやいや、そんなかっこいもんじゃなくて、正直なところ俺達も無我夢中で……」

 リトが頭をかきながら照れくさそうに言った。

「ええ、押し返したというよりは……とにかく全力でぶつかっていったら敵が頃合いを見て引いていった、というのが率直な感想なんです」

 ミリエルもリト同様に多少恥じ入るような表情で言った。


 二人にしてみれば、いつの間にか手にしていた予言書に浮かび上がる言葉のままに仕方なく行動してきただけで、英雄的な意志を持って大魔に立ち向かったなどとは露ほども思っていなかった。

 なので、このように称賛されるとかえって申し訳なく思ってしまうのだった。


 リビの感謝の言葉に素直に応えた二人だったが、ふと出会ったときにも感じた疑問が再びミリエルに湧いてきた。

「あの、リビさん?私達が月の賢者と太陽の勇者と呼ばれていることをなぜ知っているのですか?【裂け目】を閉じたこともどうやって知ったのですか?」


 いささか不躾なミリエルの問いかけに、優しげに二人を見ているリビの目がいたずらっぽく光ったように見えた。 


「そうですね。では、そのへんのことからお話をしましょうか」 


 リビが悠然と答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る