自己紹介

「……よーし、全員いるな、雑談を止めて前を向くように」


 僕らにそう呼びかけたのはクアードさんだった。そしてクアードさんは教壇を間に挟み僕達の前に立ち、僕らに一礼をすると。


「まずは入学おめでとう、俺はこのクラスの担任になるクアード・リンガルだ、受け持っている科目は融通語、まだまだ発展途上の科目ではある為、不便な思いをする事もあると思うが、授業内容については鋭意努力していくつもりだ、よろしく」


 クアードさん、いや彼の事もまた先生と呼ぶべきなのか、クアード先生はその自己紹介を終えると次は生徒にも自己紹介をして貰おうと言い始め、扉に近い物から順番に自己紹介が始まる。最初は彼女。


「キャサリン・メリエルと申します、将来は外国との外交に関わりたく思い融通語を学べる学園へ入学を決めました、私は名前の通り大公の娘ではありますが、この学園ではそうではなく、一人の学友として接して頂ければと思います、どうかよろしく」


 姫様は所作一つとっても丁寧かつ美しい、立てば芍薬の如く背筋は真っすぐ。座れば牡丹の如く目を引く華やかさ、さだめて歩く姿は白百合の様に楚々として清らかな事であろう。姫様がどう思おうと、態度を崩せそうも無い気品だ、さて姫様が自己紹介を終えて席につけば、次は隣の女性だ。


「マグノリア・ハイマン、我が家は軍人家系、私も軍に所属する事を将来の道の一つとして考えている。女性だてらに武芸などと笑う奴がいようと、私は自分の力を信じ邁進するのみだ、よろしく」


 姫様の隣の少女は随分と志高い女性と言った所か、エドガー君ほどでは無いが多少日に焼けた肌をした深紅色のショートヘア―の少女。女性ながらに軍人を目指すか。

 昨今は軍にも極わずかであるが女性の軍人はいた筈だし珍しい事ではあるが不可能な事ではないのだろう。しかしあれだな自己紹介では自分の志を述べる必要があるのかな? さてお次は。


「はーい! ラティナ・クーエルでーす! 将来の夢は料理人! それも海外の食材も使って料理できるくらい凄い料理人! そのためには融通語を習って海外の食材の事を聞いたり出来る様になりたくて、学園に入学してきました!」


 一人ずつ志を言う流れが完全に出来ていると言った感じだ、クアード先生も三人の自己紹介に力強く頷いているし、志……か。さて、次はベリアム君か。


「どうも、ベリアム・ドイルです、あー、領地を継ぐとは決めてますが、領地を継いだ時に何を為すかはまだ決めておらず、それは学園で勉学を積み、明確にしていこうと思います、そんな訳で、よろしくお願いします」


 そうか彼は子爵家の長男、特に問題が無ければ領地を父から譲り受けそこの運営を任される立場だ、彼にはまだその受け継いだ土地で何をするか、何が出来るかの明確な展望は見えていないか、だとしても既にその志だけで立派と言えるが。

 次はエドガー君か、確か彼は……


「では、俺の番だ! エドガー・ファーブル、未来の歴史の教科書に偉大な昆虫学者として載る予定の者だ! 俺は海外の昆虫も記した図鑑を作る事を目標としている!

これから共に机を並べる者として切磋琢磨し合えればと思う! 以上だ!」


 これもまた大層な夢と言えるだろう、世界一の昆虫図鑑等と言う代物を作るのには人間の一生だけで足りるとは思えないが、彼は本気で為そうとしている、その情熱がどのように実を結ぶかは知らないが応援はしよう、僕の技の多くにも虫の名前を踏襲している物があるので親近感があるのだ。さて、お次は再びドア側の席に戻り、姫様の後ろの子からの様だ。


「は、初めまして、メリア・カマンベールです、え、えと、その……才能に植物学と育成があるから、その……植物とかに関われたらなって思ってます、よろしくお願いしま……す」


 なんとも消え入りそうな声の自己紹介だ耳を澄まさないと聞き取るのが難しい程だ

背は小さく、このクラスでもっとも小柄と言えよう、薄い茶髪の髪を後頭部の少し上で束ねたポニーテール姿の少女、猫背気味で自信なさげに立っている。

 僕はそんな彼女に恐れる必要も無いのに関わらず怯えを見せる姿が森の中で時たま見かけた小動物を思い出した。さだめし気の弱い子なのだろう、自己紹介が終わった後は席に付いて体を小さく丸めてしまった。対して次の子は対照的で。


「初めましてサラナ・アードラーです、ゆくゆくはアードラー家の当主を名乗る事を目標としています、主要な都市が沿岸部にあり貿易に積極的と言う事も最近は大公様からの覚えもよく、今後も外国との外交で重要な領地として発展させていければと思います。その為にも、学園で融通語と多くの教養を身に着けたく思います、どうか先生方にはご指導ご鞭撻の程、ご学友の皆様方とは互いに切磋琢磨し合えればと」


 本当に同い年なのかと問いたい程にしっかりとした子である、僕もよくよく父さんに、お前は子供っぽくねーよなぁ、と言われるが、さだめし父さんがこの場にいたら本当に10歳と彼女に尋ねる事は間違いなかろう。髪色は曇天を思わせる物で、眼鏡の奥から覗くその目つきは猛禽の如く鋭い物だ。睨まれたらたちまち身を強張らせてしまいそうだ。彼女もまた姫様同様気を抜けない相手になりそうだ。

 さて、残るは。


「初めましてよりも、お久しぶりの方が多いですわね、フレデリカ・ハニートです。皆様、とても素晴らしい夢と志をお持ちで感心致します、ですがまだまだ道を定めるには私は早いと思っておりまして、それらしい事を言えませんわ、この学園の生活と皆様との交流で目指す道を見つけれたらと思います、どうか、よしなに」


 最後の三人となった、フレデリカさん、うん、普通はそういう物だ、ベリアム君やフレデリカさんの様な人が一般的に決まっている。僕等まだ10歳だからね。

 さて、ステラはどうなのだろうか。


「ステラ・シャンプーです、将来は……お嫁さん、かな、よろしくお願いします」


 なんともまぁ、可愛らしい夢である、まぁ女性の幸せの一例に挙げられる物としては代表的な代物だ、まぁ女性は家庭に入る物と言う考えは公国では前時代的と言われ

久しくないのだが。個人で思う分には立派な夢と言えるだろう、さてと。


「あー、ティグレです、えと将来は、なんか誰かの役に立てる様な人、そんな感じの事を漠然と考えています、よろしくお願いします」


 最後は僕、立ち上がったと同時に全員の視線がこちらに向く、そこには憎し怖しで僕を睨む人はおらず、自己紹介を聞いて僕がどの様な人物かを知ろうとする好奇の目だけが向けられていた。それぞれ自己紹介を聞いた程度ではどんな人物かは知り得ないが。少なくとも僕をどうにかしようという人たちでは無さそうだ。

 そう安心しながら、僕の挨拶で全員の自己紹介が終わるのであった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る