準備のいい父、そして……
「本当、父さんって準備がいいよね」
「日頃の行いだな」
「……いい訳じゃないのにな」
「一言余計だ」
入学の日が差し迫った、とある日の午後、僕は小さな部屋で荷物を整理していた。
ここは冒険者の宿の一室、ただ先日まで泊まっていた部屋とは違い。
「冒険者の宿って賃貸もしてたんだね」
「昔は俺も使ったもんだよ、それと身元保証人についてはハンナさんがやってくれるそうだから心配するなってさ」
「まぁ、貴族や商家の子息令嬢に囲まれる学生寮より居心地はよさそうだね、ハンナさん、随分と人が好いな」
「仕事あんまし無いから、話し相手か構う相手が欲しかったんじゃねーの」
一人用のベッドに最低限の家具が置かれた一人で済むには十分だが物が増えてしまえば手狭になるであろう部屋。ここは冒険者の宿がしている業務の一つ賃貸で借りる事の出来る一番安い部屋である。冒険者の中にはその街を拠点にして暮らす冒険者もいる、そう言う人は大抵、一軒家なりその街で部屋か家を借りるが、そう言った当ての無い人向けには冒険者の宿は一時的な賃貸をしている。
それは首都にあるこの冒険者の宿も例外ではない、まぁこの宿の賃貸のサービスを首都で利用したのは僕だけくらいなものらしいとは。ここの宿の副亭主である僕達の宿泊の受付やこの宿で下宿する際の保証人になってくれた、ハンナさんの言葉だ。
「さてと、荷物はこれで全部かな、まさか制服がタダなんてね」
「昔の伝手ってのは頼るもんだな」
最後にクローゼットに学園の制服をひっかける、これは新品ではなく父さんが古い友人を訪ねて、そこの息子さんから譲って貰った物だ、少々袖が長いが、繕えば問題は無さそうだ。
「荷物の整理も部屋の移動も全部終わったな、それじゃ」
「うん、行くんだね」
「ネイコに報告しないとだしな」
最後の確認を済ませると父さんと僕は部屋を出る、既に今朝のうちに宿代を支払い部屋を引き払っている、つまり今日、父さんとは。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お別れだな、まぁティグレの事だ、何も心配はしていないよ」
「信頼してくれるんだね」
「そりゃ、自慢の息子の一人だからな、うちの子は俺に似ないで、レオンは真っすぐだし、サーバルは頭も冴えてて、ティグレは努力を惜しまない子に育ってくれた。父としてはそんな息子娘達を持てて嬉しいよ」
父さんとの別れはそこまでしんみりした物にはならなかった、兄さんと姉さんの話を少しだけしたりする、父さんは仕事で忙しくて僕達の事は見ていないと思った時もあるが、ちゃんと見てるんだな。
「学園では友達が出来るといいな、まぁ、ティグレらしくしてれば大丈夫だろ」
「僕らしく?」
「そうだ、努力を惜しまない、そういう奴の周りに引っ張ってくれる奴、背中を押す奴、一緒に肩並べて歩いてくれる奴、応援する奴ってもんが出来るもんさ」
父さんは最後、友達だけじゃなくて癒してくれる彼女がいてもいいなと付け加える
それはお金持ちのご令嬢様ばかりの学園で無理という話ではなかろうか。
「そっか、僕頑張るよ、彼女以外は」
「まぁお前は頑張り過ぎだけどな、もうちょい力を抜けるとこで抜け」
「そう?」
「そうだよ、常に全力疾走してちゃ、息が切れちまう、適度に足を止めて休め」
僕の答えに父さんはそう答える、僕は才能も無いし立ち止まるだなんてしていれば追いつかれてしまう気がして、立ち止まるのは……
「怖いな、置いてかれてしまいそうで」
「大丈夫だ、父さんが置いてかない、母さんだってな、お前を一人にはしないぜ」
「父さん……ありがとう」
「よせやい……それじゃ、行くわ」
父さんは僕の最後の御礼の言葉を聞いてから引き取った馬へ乗り、手綱を引く。
そうすれば、馬は嘶き、門から出発していく、僕はその姿が見えなくなるまで門の前に立ち続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます