試験受付
「ま、間に合いそうだな」
「本当、焦りに焦ったよね」
冒険者の宿で手早く荷物を下ろし終えた、僕と父さんは上層にある学園へ目指して全力疾走をして、その前に立っている、ここまで実に大小多くの坂を登って来た。
おそらく、侵攻等があった際は、この坂道は思わぬ難所となる事であろう。
学園はそんな上層にある海岸に沿って設立されている。この上層には学園以外は。
所謂高級住宅街や他の領地の貴族の別邸等のある、田舎者丸出しの二人には場違いな雰囲気を纏う場所だ、汗をかいて息を切らしていれば猶更だ。
「よし、受付の場所はこっちだったかな? 行くぞ」
「父さん、学園に入った事あるの?」
「メリエルは一応な……すいません――」
父さんは学園のどこに何があるかを知っているのか、息を整え終わると僕について来るように言ってからどんどん先へと進んでいき、受験の受付をするであろう事務室にはすぐに辿り着き、父さんは僕の受付をするべく、外から事務員に話しかけられる窓から事務員であろう女性に声をかけていた。
「…………申し訳ございません、当学園の受験申し込みは昨日まででして」
「なにっ!? 受付は例年通りなら、今週末までの筈だろう、どうしてだ?」
「例年通りでしたら、その通りでしたが、今年は受験者が多数でして、募集を早めに打ち切る様にと」
「おいおい、ま、まだ試験は始まってないんだろ、ならさ、一人くらいならさ」
「申し訳ございません」
事務員の女性は僕の事を一瞥した、ああ、この眼は子供の頃の僕と母を見た目だ僕達の様な黒髪を心底嫌う人の目だ。父さんはそれに気づいていないようだが。
受付の女性に食い下がるも、事務的な返事に歯噛みしている。
このまま、受験も出来ず帰らなければならないのは癪だが、どうにかする方法は。
「お待ちください」
「あ? どちら様だ?」
僕らが帰ろうとしたその時、事務室の部屋に誰かが入って来て声をかけて来た。
耳がはっきり出るまで短く切り揃えた女性にしては珍しい髪形をしている、髪の色は日に照らせば鮮やかな色身を見せると思われるプラチナブロンド、同じ色の瞳をした狐の様な細目は怜悧な印象を与える。彼女もこの学校の教員かそれとも事務員か。
「私この学校の教員をしております、クーデ・レデスと申します、どうやら事務員にまで通達が行き届いておらず勘違いさせていたようなので、お声をかけさせていただきました、こちらの不手際とはいえ申し訳ございません」
「どういう事だ?」
「今年の受験者が多数なのは事実ですが、受付に関しては例年通り行われております事務員さん、このお方にも受験用紙を準備してくださいませ」
「……かしこまりました」
「ふぅ、よかったぜ、なぁ、ティグレ」
「ああ、本当だよ、クーデさん、ありがとうございます」
「いえ、我が学園は学問を志す者であれば、出自、経歴、身分そして容姿問わず広く門を開く事と言うのが理事長もとい大公様のお考えでございますので」
どうやら、この学園の教師のようだ、そしてこちらを見て、頭を下げて謝罪をする
僕はやっぱりかと思った、何せ、クーデさんの言葉に一瞬女性が顔を顰めたからだ。
さだめし黒髪憎しと言った所か、御伽噺を未だ信じている事については迷信、俗説は時に的を射ている時があるのだから一概に滑稽だとは笑いたくても笑えない物だ。
父さんは女性が顔を顰めたのは見えていなかったのか。ただ受験を僕に受けさせる事が出来るという事に心底安堵していた。ただ、クーデさんの方はなんとなく理解はしていたようで、最後の大公様のご意向の部分は用紙を準備している女性に向けての一言だったのだろう、大公様と聞けば、大抵の公国民は震えるに決まってる。
事実、父さんへ用紙をわたす際のどうぞの声が強張っていた気がする。
書かなければいけない用紙は二つのようで、ペンを借りて早速書かせて貰う。
「一つはこの場でお名前とお住まいの方を、合否に関する通知書等は記入していただいたお住まいに届くようになっております」
住まいの方は宿泊している冒険者の宿に宿泊している事を書いておく、ここにデミクスの街と書けば、合否の通知書はそちらに届いてしまう事となる、そうなれば合否を確認したくても出来ないだろう、クーデさんにも父さんを通してその事を伝えればそれで構わないと了承を得れた。
「もう一つの方は受験当日に回収しますので、それまでにお書き頂いて当日お持ちになっていらしてください、それでは当日をお待ちしております」
「おう、本当に助かったぜクーデさん、じゃあな!」
「今日はありがとうございました、失礼します」
こうして、僕は一悶着を起こしながらも受験の申し込みを終えるのであった。
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(偶然だけど事務室に用事があってよかった、通達していた筈なのに)
(多分あの子の黒髪よね、今日だけじゃなくて今まで沢山苦労して来たのかも)
(それに用紙を渡してくれた時のあの手の平、なんらかの武術の練習で出来たタコ)
(素人目で見ても努力して来たって分かる程に沢山潰して出来た分厚い物だった)
(本当、この年頃の男の子は勿論女の子も、皆本当にキラキラしてて素敵よね)
(全員褒めてあげたいし、本当はこの学園で勉強も教えてあげたい)
「はぁ……辛い」
クーデ・レデス、子供が好きで好きでしょうがなくて、そんな子供達の夢や将来を応援したいが為に教員の道を選んだ新米教師22歳、彼氏募集中の心の声であった。
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