出奔、大いなる運命の始まり
「準備は出来たか……」
自分の部屋で荷物を纏める、と言ってもその荷物のなんとも軽い物で。
先生から渡された、数冊の大陸の歴史と地理について書かれた教本。身体が成長した際の筋力トレーニングについての本、母さんが具現化で作ると有用だろうと思った物の構造を書いた本、そこまでの厚みでなく、軽い物だ。そして……
「こうして腰に差せるようになったんだな」
かつては背中に背負わなければ引きずってしまっていた、先生から譲って貰った刀と呼ばれる一振りの武器、今ではこうして本来の差す場所である腰に下げれる。
僕も成長したと言う事か、まあ正直家一軒程の値打ち物を腰に差していると思うとどうにも逆に落ち着かないと言う気もするが、さてと、外に出るか。
「おう、準備は出来たな、ティグレ、時間はあんまりないからな、ここからメリエルは遠い、乗合馬車だと2週間以上はかかるな」
「ぶっちゃけ間に合う? 確か、試験受付締め切りって3月2週の末までだよね」
外では既に父さんと母さんそれに先生が待っていた。僕は日付を気にして父さんに声をかける、ちなみに現在2月末、普通だったら間に合わない。
「そこは俺に案がある、任せろい」
父さんの案か、何だか不安になってしまう。
「ティグレ、これお弁当、今日中に食べる様にね……頑張ってね」
「うん、母さん」
母さんから一つの包みを渡される、おそらく母さん手作りのパンだろうか。父さんにも同じ物を渡している、これは大切に食べなければな。きっとしばらくの間食べる事は出来ないであろうから。
「トラよ、とうとう出発の日じゃな」
「押忍! 今日までありがとうございました!」
「これよりは返事は、はいに戻すように、お主に足りぬは後は実践と経験じゃ励め」
「押忍!」
先生から最後の助言を受ける、そっか、押忍じゃ通じないよな、気を付けないと。ただでさえ黒髪は偏見もある、口には気を付けないとな。
「よし、まずは街で近くの村までの乗合馬車を探すぞ、ついて来い」
「わかったよ、父さん」
「……ああ、待ってくれ、トラよ」
「なんですか?」
「ちょっと待ってくれ…………よし、刀を抜き、振るって見せてくれ」
「え?」
母さんは家の事をする為に、一足先に家の中へ入って行った、父さんが街の裏門に向けて既に歩き始めた所に先生に声をかけられる。刀が抜けない様に固定していた紐を解かれ、抜いて振るって見せろと言われた。
「いきなりですね……それじゃ、いきます…………っ! なんだ、軽いぞ」
「うむ、今まで見た中で一番良き振りであった、その感覚、忘れるでないぞ」
抜いた刀はかつて子供の時に振ろうとした時と比べて、軽かった、いや軽いなんてものではない、まるで本当に持っているのか、本当はこの刀を掴み握っていないのではと錯覚するほど重さを感じない。かろうじて柄の感触が僕が刀を持っている事を認識させてくれた。
刀から僕に振られるのを待っていたと言わんばかりに振るえと語り掛けて来た様な気がした。その直感に従い刀を振るってみる、普段振るう木刀等とは比べられない速さでそれは振り下ろせた。自分でも感じることの出来る今までに感じた事の無い程の出来の振り下ろしだった。
先生も今まで見て来た素振りで一番だと、その感覚を忘れない様にと言う。
忘れたくてもこの感覚は一生忘れる事の出来ない気がする、この刀は不思議だ。
元々は先生の物であった筈なのに、ずっと前から僕の手に渡る事が決まっていたのではなかろうか、そう思わせる程、僕に合っていた。
「先生、この刀、本当にありがとうございます、一生の宝物とします」
「うむ……刀がその役目を終える日まで、どうかその手に」
「???」
「ティグレー! 置いてくぞ」
「ま、待ってくれよ、父さん、それでは、先生、行って参ります!」
父さんが遠くの方から呼んできている、このまま置いてかれてしまったら学園に辿りつく事すらままならない、それは由々しき事態だ、急がなきゃ!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アスランよ、剣は儂の愛弟子を選んだ、とうとう動き出すようじゃ、儂らの生きた古きときに封じられた大いなる運命が」
この若虎の出奔は、大いなる運命を動かす小さな一歩である。老龍は願う。
「トラよ、その力で、どうかいつの日か、儂の友の悲願を」
ただ、この一歩からなる大いなる運命の歯車が、次に回るのはまだまだ先の話。
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