誇り高き獣の名

「学園か……」


 先生の言葉を聞いたその日の夜、僕は一通の手紙を見て呟く。これは先生が稽古の終わりに渡した手紙と言う名の推薦状である。


「センって偽名だったのか」


 推薦状には自身の名前とその身分を書くわけだが、名前の所にはセンとは書かれておらず、コジロウ・ヤナギと書かれていた、これが本来の名前なのだろう、そして。


「五段冒険者それにヤナギ流武術開祖……超がつく実力者じゃないか」


 この五段冒険者の意味はかなり凄い冒険者だと言う事である、貴族が民間に冒険者の雇用を認め始めた時、強さまた信用、信頼のおけるものであるかの証明や指標となる何某かを作って欲しいという話から出来た冒険者等級および段位。


 等級は下は10上は1まである、これはぶっちゃけ普通にすれば上げるのは簡単だ。

依頼を毎日受け続けて、犯罪経歴や迷惑行為の報告などが無ければ、成人男性ならばせいぜい2〜3ヶ月もあれば1級は簡単だ。難しいのは段位の方。


 こちらは初段から大体十段くらいまであるんだったかな? こちらは完全に強さの指標で、魔物の討伐や護衛依頼で賊と戦闘した報告をした回数で決まる。

 ただ、戦えばいいってものでもなく、実力に見合った魔物か等でも決まるそうだ。

それゆえに上げるのはかなり難しい、所謂ベテランとされるもので三段もあれば優秀と言われる程、ちなみに父さんが丁度その三段の冒険者である、ベテランと言うには若いが、ただ、若いにしてはかなり冒険者としての活動期間は長いらしい。


 そして流派、こちらは三段以上でその領地もしくは首都の冒険者の宿で流派認可状という物を取得しなければ名乗る事が出来ない、名乗るにしても厳しい審査が必要。

 父さんも何度か弓術の流派を出そうとしたが、断念したほど。

 

「ただものではないとは思ってたけど、ここまでとは、それが何で僕なんだ」

「ティグレ、入っていいかしら?」

「母さん? いいよ」


 推薦状を封筒にしまいながら、一人呟いていると、扉の方から母さんの声が聞こえて来たので、招き入れる、もう夕飯も食べ終えたし風呂も入ったけど。


「セン様から受け取った封筒を見てたの?」

「推薦状だった、それもメリエル学園、これ一通でも行ける程の身分持ってたよ」

「そう……ティグレは、学園に行きたい?」

「いいよ、学費だって馬鹿にならない、先生は僕ならメリエル学園にだって行ける筈だっていうけど、試験は厳しい、それに内陸ではまだ、黒髪は偏見で見られる」

「…………ティグレならいけるわよ、だって、あなたはだもの」


 トラ……先生もそう呼ぶ、かつてはこの大陸にも存在していたと言う伝説の獣。

その牙は岩すら噛み砕き、その爪は大木も切り裂くという逸話がある。

 転じて、強い存在や畏怖すべき存在をトラと呼ぶ時があるが、何で僕が……

子供の頃からの疑問だった、何故、トラなのだろうと。名前負けも大概だ。

 僕は母さんならそれを知ってるのではと聞いてみた


「貴方の名前のティグレはね、この大陸の古い言葉でトラを意味するの、この大陸でトラがまだ伝説じゃなかった時の、それこそ、この国以前の失われた言葉」

「そうだったのか、先生は知ってたんだろうな、随分と昔話の好きな人だから」


 なんでも僕が生まれる数か月前、父さんは珍しく発掘された遺跡への出向が命じられて調査に赴いたそうで。その時見た壁画に書かれたトラの姿に感銘を受けたとか。

 ただ、その壁画があったのは南東の密林地帯のそばで呑み込まれるように消えて。

それを目撃したのは父さんだけだとか。


「それで、お腹の子の名前はトラって名付けようって言ったの、ただ伝説の獣の名前をそのままだなんて、委縮してしまうでしょう、だから古い言葉を使ったの」

「……そんな名前を貰ったってのに才能を持たず生まれきて……ごめん」


 僕は大層な名前を持って多くの期待を受けて生まれて来たんだろう、なのに僕は何も才能が無い、先生から教わった武術だって、きっと才能がある物が覚えればもっと有意義に扱うことの出来る力に決まってるのに。段々、自分の存在が厭になって来た

 大きな期待に応えられなくてごめんなさい、もっと僕が才能があれば……誰にも何を言われる事の無い強さがあれば……


「寂しい顔をしないで、誰がなんて言ったって、貴方は私達の大切な自慢の子供。

ねぇティグレ、学費なんて気にしなくていい、試験だってセン様が太鼓判を押してるいけるわ、やってみなさい、駄目でも私はいつだってあなたの事を胸を張って言える

自慢の息子だって」


 母さんに強く抱きしめられた、僕はいつの間にか顔を俯かせて母さんに毎日させていた寂しい顔をしていたようだ、母さんはどんな僕であっても、自慢の息子であると言ってくれる、その期待に僕は答えれるかな。


「僕に出来るかな?」

「出来るわ、貴方はトラ、恐れ知らずの伝説の獣のように、誇りと侠気をもって強くあろうとする、才能なんかに負けない、強い魂を持つ、私の大切な息子」

「僕、やってみるよ、メリエル学園に行ってみるよ」


 決めた、僕は名前に負けない、虎になる。




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