正しさ、そして別れ

「さーて、何を食うかね、儂はポチトが沢山入ったスープが好きじゃが、トラは?」「………………」

「まだ、ステラの父君の言葉に得心がいかないか?」


 先生とステラの家を出た後、僕らは路地裏をこそこそと再び抜けて、裏門とは別の通りをぶらついていました、しかし僕の気分は晴れません、このままじゃステラは仲直りをすることなく、この街を離れて行ってしまいます、それなのにステラの父さんはそれをまるで正しい事の様に……


「のう、トラ、おまえさん嫌いな食べ物はあるか?」

「え? いきなりなんです?」

「ええから、早く答えるじゃて、飯の前に聞いておくべきじゃろ」

「えっと……ピーマソはきらいなのです、うえってなるのです」

「ほう? しかし、ピーマソは栄養豊富で食べる事が良いとされ、真に正しき事の筈じゃぞ、嫌いだからと食べぬのは正しい事ではないのう」

「う、そ、そうなのですか、で、でも……」

「お主は正しいと知りながらも、今ピーマソを食べる事を嫌悪した、ステラの母君もそういう事なんじゃよ、飯と人と程度こそあれどのう」


 僕は妙に納得してしまいました、先生は程度こそ違えど、人はいくらでも正しいと思っている事を自分の心や魂で否定したり拒否したり嫌悪してしまう事があると言います。


「せんせい、それでは、ただしいことをなすことはいみがないのでしょうか」

「正論を述べる事と正しい行動をするのとはまた別じゃ、正論では誰も救えないかもしれぬが、正しい行動は時に誰かに善き影響を与える。お主が目指すはそんな正義と仁義を貫き通す、言葉ではなく魂で語るそんな男じゃ。それにきっと嬢ちゃんの母君も過去と戦っている最中、いつかは必ず嬢ちゃん達も和解出来るはずじゃ、その時まではお主が嬢ちゃんを守ればよい」

「……おす! むずかしいはなしばかりでおなかがすいてきちゃいました」

「うむ、飯を食うのも修行の一つ、何でも食え、ご馳走してやる」

「おす! ありがとうございます」


 正直、先生の話は難しい話ばかりで半分も分かりません、ですが、あの時弟子にして貰う時に行った様な任侠について少しわかった気がします。とりあえず難しい話はこれまでにして僕と先生は沢山のご飯を食べて帰る事にしました。

 おかげさまで夕飯が食べきれず先生とご飯を食べた事を叱られましたが。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 夏が終わろうとする時期僕はお別れをしなければなりません。

そのお別れの場には僕と先生、それに一台の馬車が停まっており。馬車からステラが降りてきます、今日はステラが別の街に行ってしまう日。僕達はそのお見送りをする事にしました、最初はステラの家まで行こうとしましたが街だと僕は目立ってしまうのでこうして門の外で待ち合わせしました。


「ステラ、きょうまでたのしかったのです」

「うん、わたしも……あのね、わたしたくさんべんきょうしててがみかくね!」

「ぼくもべんきょうしておくのです」

「それとね、えっと……トラくん!」

「なんです?」

 

 ステラはあの家でのお話の後、毎日森に遊びに来てくれて。先生と一緒に遊ぶ事もあったせいか、いつのまにか僕を先生と同じ呼び方をするようになってました。

 目の前で僕を呼んだステラは顔を赤くしてずっともじもじしています、おしっこでしょうか?


「あのね、おおきくなったら、わたしとけっこんしてください!」

「? せんせい、けっこんとはなんでしょうか?」


 先生にけっこんについてを尋ねたら大人の大切な人同士がずっと一緒にいようって約束をする事なのだそうです。なぜかその話をした後に先生は背を向けてました。

 まさか、お別れが寂しくて泣いてるのでしょうか。


「じゃあ、するのです、おおきくなったらぼくはステラとけっこんするのです」

「うん! ぜったい、ぜったいだからね」

「ぜったいのやくそくです」

「す、すまん、儂ちょっと厠に、っかーっかっかっか、こりゃ、まだまだ棺桶を選ぶのは先になりそうじゃて、っくっくっく、はひー」

「あんなにばくしょうしてるせんせい、はじめてみるのです」

「娘に婚約者、嫌だが5歳児の約束だし、いやでもステラは記憶の才能もあったな」


 僕とステラがけっこんの約束をすると、先生は大爆笑しながらおしっこに行くと言ってどこかにいってしまいました、それに馬車ではステラの父さんが何やらぶつぶつ呟いています。変なお二人です。


「それじゃ、いくね、バイバイ、ぜったいまたあおうね!」

「はい! いつかまたあうそのひまで、おげんきでー」


 ステラはこちらを向いて一言お別れの挨拶を行って、馬車に乗り込んでいきます。

ステラが馬車に乗ったのを確認した御者さんは馬に合図を送り出発させました。

 僕はそれが見えなくなるまでずっと手を振り続けます、ずっと……


「トラ、最後までよく泣くのは我慢したな」

「ないたら、おわかれがかなしいことになってしまいますから」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ステラ、最後まで泣かなかったね」

「だって、トラくんにさいごはえがおをみせたかったんだもん」



 そして……

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