第2話「2013 左目 9/11 夜 ~ 2014 左目 9/10 朝」

 ――2013 左目 9/11 夜


 その日クジャクはキングコブラにフられた。

 そしてキングコブラは帰らなかった。


 「パークの外でわたしが待ってるわ。」


 そう言い残して。





 ――2013 左目 9/12 朝


 だからクジャクは孔雀くじゃく茶屋を燃やした。

 フレンズとしてパークに生を受けて一年間。

 キングコブラと過ごした居場所を放火。

 傍から見れば肉体関係を拒まれて逆恨みした酷い雄?

 として見られるならそれでも構わなかった。

 けれどパークのヒトがそう見ることはないだろう。

 ……可哀相に何か辛いことでもあったんだね?

 でなければ美しいクジャクがこんな真似――。


 「もう、ウンザリだ。」


 フィルタリングされなかった本能を認めない幻影毎テクスチャごと

 取り出したナイフで断ち切る。

 長い青髪が地面に落ちる。

 ついでに自分を火事の犠牲者に見せ掛ける。

 ただ偽装死としてはまだ不充分。

 ……尾骶びていにあるクジャクの証明書たる飾り羽。

 躊躇わず切り落とした、つもりが痛かった。

 神経の通っていないけものプラズム。

 それでも自分が持つ唯一の雄としての象徴だった。

 アニマルの美しさとしか見られなくても。


 「だからなんだって言うんだ、ヒトの社会に紛れるには結局邪魔でしかない……。」


 軽く成った身体を残った頭の羽で浮かす。

 しばらく不安定だったが飛ぶには充分だった。

 孔雀茶屋のあった森を抜け海を越える。

 外に行くのはこれで二度目だった。

 一度目は多少動物に戻れば雄に見られるんじゃないか。

 今思えば衝動に任せた逃避は。

 後天的ビースト化もせず陸地まで着いてしまった。

 ……自分は一体なんだ?

 サンドスターが意図した人格からも肉体からも外れ。

 そうパニクり掛けた所を命宿に助けられた。


 「頼ってばかりだな、俺は。」


 でなければ安定して飛ぶこともまま成らない。

 誰もが認める雄に成りたかった。

 気付けば東京、ビルの屋上に降り立った目線は。

 飛び降りのように雑踏を見下ろす。


 『パークの外でわたしが待ってるわ。』


 本当だとすれば遺言に成るしかない。

 ここにいる筈がない待ち人を探しても徒労で。

 何より自分は頼られてない。

 結局今は命宿に頼るしか宛てのない独り身だと。


 「あの!」


 思い出した所で後ろから声を掛けられて。

 そして彼女と出会った、いや再会した。

 イヤでも思い出す似姿。

 青髪で、……それと胸がないことを除けばそこには。


 「初めまして。ワタクシは未来から来ました、キングコブラお母様とクジャクお父様のせがれですわ。」

 「……は?」


 何気ないそんな衝撃が一番の日だった。





 ――2014 左目 9/10 朝


 起床アパート1Rには一人。

 まだ帰ってないらしい。

 テレビを点けるとクジャク特集が流れていた。

 曰く世間がまだ動物のコスプレをしたヒト。

 等とフレンズを見ていた頃から。

 観光大使として知名度に貢献した云々。

 ……世代は違えど当のクジャクの感想は。

 確かにクジャク=フレンズの姿を思うヒトも多くて。

 自分はそのクジャク像を推し付けられたと思うと。

 手放しに初代の功績を誇れなかった。


 「……やるか。」


 切り換えのつもりで言ったものの。

 日課の朝トレはながら見ついでに済んでて。

 メイク一式を取り出し爪を塗る。

 髪と同じ鮮やかな青で目立つように。

 自分でもヒトの雄を目指すにはらしくない習慣。

 ハンナ・Hにも訊かれた際は。


 『まぁある種の代償行為と言った所か、クジャクにとっての雄の象徴はあの飾り羽だったように本能的に着飾らずにはいられなくてな。』


 矛盾したアイデンティティを抱える性。

 それは彼女の今までの生も?


 「未来から来た、か。」


 嘘吐き、昨晩あのあと部屋を飛び出した彼女を思う。

 ……約一年間キングコブラに育てられた。

 自分と会うまでは誰といたのか彼女はそう語った。

 未だに真偽を図りかねていた。


 「パークにいた一年間キングコブラがハンナを育ててたなら俺が知らない筈がない、だから未来から来たってのは一応筋が通る。過去に行けるお守りの話は聞いたことがある、まぁハンナはそれらしき物は持ってなかったが。問題はハンナのいた屋敷がパークの外にあったこと、キングコブラも俺と同じ変異個体だったのか? 或いはキングコブラに扮したヒトに育てられただけとか、それか双子、だとしてもハンナの知るキングコブラ像は俺のとほぼ一致した……。」


 矛盾する因果、それでも彼女は確かに存在する。

 きっと今頃は命宿のバーにでもいるのだろう。

 そうやって追い掛けるのをやめる。

 まだ日課の手入れは残っている。

 爪は塗り終えた、あとは。

 仕事道具を取り出し構える。


 「……手術代の為だ。」


 青い爪に握られた拳銃は黒く収まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る