第3話「2013 右目 9/10 夕 ~ 2014 左目 9/9 朝」

 ――2013 右目 9/10 夕


 『外に出ては駄目。』


 母であるキングコブラに言われたのを思い出したのは。

 自然に塗れた田園を貫く一本道でのこと。

 出た切っ掛けは屋敷の塀に降りた一羽の孔雀だった。

 動物図鑑の知識はあれど初めての実物。

 ……改めて考えると可笑しな話。

 自覚がなかったとはいえただの孔雀に対して。

 自分はフレンズ型セルリアンそれも唯一の雄型が。

 の鳥に惹かれた訳は外への憧れもあった。


 『昨年9/11に東京で起きた毒ガステロからもうすぐ一年――。』


 内容はよく分からなかったが。

 今朝テレビで流れた東京の街並み。

 けれどそこはこのまま道を歩いた先にある場所?

 外に飛んだ孔雀は既に見失っている。


 「?」


 でも帰る決め手に成ったのは視線だった。

 誰もいない筈の西日の原風景で見られている感覚。

 誰とも知れぬ異物を認識した時。

 自分も世界にとって異物だと気付いた。

 場違いな青髪に、男物ではないゴスロリ。

 屋敷で母と二人きりの時は抱かなかった居心地の悪さ。


 「ならお屋敷に帰れば解消することでございますわ。」


 母の教えの通り。

 そう、この服も言葉使いも母に教えられた物。

 それに従っていれば絶対――。

 そして初家出から戻った自分を母はぶった。


 「どうして私の言うことを聞かなかったの!」


 話し掛ければ教えてくれるそれ以外は。

 上の空に一日を送る母の珍しい感情。

 でも教えを破った結果と考えれば唐突でもない。

 だから自分は笑んだ。

 この日常が永遠に続く物だと信じて疑わず。

 その笑みを見た母がどう思うか考えもせず。





 ――2014 左目 9/9 朝


 メインストリートの裏手には蛇が住む。

 立ち並ぶオフィスビルで隔てた裏通りは。

 表通りよりは少ないがヒト通りは一通り見られる。

 けれど棘がある。

 それは道端の浮浪者であったり客引きゴロツキ。

 そんなヒト達がハンナ・Hに道を空けていた。

 その行き着けが連中でさえ近付かないバーである以上。

 店先には“茗粥”とだけある店名と。

 看板娘代わりの黒服ようじんぼうが両脇に立つ。

 曰く東京で最も怖ろしい蛇の住処、とされるが。


 「いつもご苦労様ですわ。」


 気安く挨拶を掛ける自分。

 対する相手はというと身体検査もせず通してくれる。

 余程クジャク親子がお気に入りらしい店主兼。

 彼の雇主はバーカウンターでテレビをいていた。


 「ん、あぁいらっしゃいハンナ。」


 柔らかで中性的な声だった。

 それでいて大胆に露出されたチャイナドレスに。

 着るに値する豊満な肉体。

 けれど何より目を惹くのは目を覆う蛇柄の目隠し。

 蛇の所以たるその柄は帮主ボスの血を引く証。

 改めて彼が凄いヒトに助けられたと思うばかり。


 「今日もお邪魔させていただきますわ、命宿さん。」


 とはいえチャイニーズマフィアの傍ら趣味のバー。

 と本人直々の証言は得ているので遠慮なく。


 「それでいきなりですが命宿さん、明後日はなんの日か分かりますでしょうか?」

 「明後日? うーん、なんだろう。」


 唐突な投げ掛けにも関わらず考えてくれる。

 かと思いきや手首のウェアラブル端末に向かって。


 「ラッキー、明後日はなんの日かな?」

 『明後日ハ8/27、ジェラートノ日ダヨ。』

 「もう、ズルですし明後日は9/11ですわ。大丈夫ですの、それ?」

 「あはは……、もう十年以上前にパークのヒトから貰った物だからね。」


 そう言えば昔家族とパークに旅行したとか。

 この緑がかった髪はその時以来だとかなんとやら。


 「そうそう9/11だったね、成る程クジャクの誕生日だ。」

 「あら、ちゃんと憶えてるじゃありませんの。」

 「勿論、クジャクことならなんでも知ってるよ。察するにクジャクの誕生日プレゼントの相談、といった所かな。」

 「えぇ、お父様には日頃の感謝を。」

 「と言いつつ、いつも通りあたしからクジャクの話が聞きたいだけじゃないの?」

 「だってお父様はワタクシには自分のことを話したがらないんですもの、命宿さんにはパーク時代のことは話しておきながら。」


 図らずも嫉妬混じりな言葉尻。

 命宿とは彼に紹介されてかれこれ一年。

 セルリアンの自分でも芽生える感情の一つ二つ。

 ……肉体的に彼を魅了しているに違いないし。


 「誕生日と言えば君に訊きたいことがあったよ。」

 「なんですの?」

 「ずっと気に成ってたんだけど、君はなんの輝きで生まれたフレンズ型セルリアンなのかなって。」


 でも命宿のことはまだまだ分からないもので。


 「ワタクシは誰の輝きも奪っておりませんわよ?」


 不思議なことを訊くものだから。

 そのまま答えたら不思議な顔をされた。


 「輝きを奪ってない? 確かに君らセルリアンはなんにでも成れるけど。複雑な物や特にヒト・フレンズの姿をコピーするには輝きを頼る必要がある筈だよ、少なくともあたしが見たのはそうだった。」

 「では逆にお尋ねしますが、輝きを奪っていないセルリアンはどのような姿を取っておりますか?」


 ゾウリムシ・ミカヅキetc.

 所謂いわゆるバクテリアであり単細胞生物。


 「そして複雑なようでフレンズの元に成ったヒトも、元を辿れば一つの細胞に行き着きますわ。」

 「まさか君は受精卵をコピーして、ヒトと同じように細胞分裂してその姿に成った訳……?」

 「ただ輝きに頼らない成形はやはり無理があるようでして、ワタクシの命はもってあと二年と言った所ですわ。」


 あっさりと告げたそれは日常を否定する未来。

 なのに自分が憂慮しなかったのは。

 永遠に続く物なんてないと知ったから。

 なら命宿はどうして?

 思う所がありげな表情は先程のテレビか。

 ――先月パークに家族旅行中の少年に起きた悲劇。

 セルリアンの襲撃そして友達のサーバルの自己犠牲。

 センセーショナルに語られる内容に。

 命宿のように重ねる過去は自分にはなかった。

 だから補うように彼の共通の話題を求めた。


 「それより今はお父様の話ですわ。」

 「……うんそうだね、今日は君のお母さんとクジャクの馴れ初めを話そっか。」


 それが今の自分の日常だった。

 そして今日限りでもあった。

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