十話 玄の国

 玄の国は、軍を中心とした先進国だ。

 軍事開発によって生み出された技術の応用によって、この国はノエスティラという世界で魔術的科学的を問わず、最も技術的に進歩している。電球やラジオ、蓄音機など電気系の家庭用製品の普及も始まりつつあり、街中での移動手段として燃料消費により動く路面電車なども走っている。魔石を燃料として動くものや、自動展開する魔術式との組み合わせで動くものも少なくないが、完全に電気のみで動く物も少しずつ増えてきている。

 そんな活気と先進技術に溢れた街であるため、当然ながら人も多い。軍の関連施設はもちろんのこと、この国の発達した教育機関への入学希望者や稼ぎのために働く者、店を開きたい者、単に大陸で一番の都会だからという理由で住む者もいる。

 しかし、人が多い場所は危険だ。イデアという怪物の餌食が、まさにその生きる者たちなのだから。

 この国ではその脅威から民衆を守るため、都心部から周辺の居住区まで、軍の警備隊が交代で常に見回りをしている。そしてイデアの発生が確認されれば、中心部に位置する軍の本部塔へ真っ先に連絡が入り、待機している特化討伐部隊の出動が要請される。

 少数精鋭である特化討伐部隊は、通常の機動部隊や警備部隊とは違い、普段は各々の決めたサイクルで活動している。つまり、出動要請があるまでは各自好きに過ごしているということだ。月に一度の戦闘訓練を兼ねた試験と適性検査さえパスすれば、除名処分を受けることはない。無論、過度な問題行動を起こせば何かしらの罰を食らうことになるのだが、滅多にない話だ。

 年中、要請があればいつ何時でも任務にあたらなければならないのが、特化討伐部隊だ。自由時間の間に訓練をする者もいれば、寝て過ごす者や街で遊ぶ者もいる。


 かくいう僕も、任務を終え、報告などを済ませて昼頃まで休んだ後、街でちょっとした用事を済ませてから軍付属の図書館へ来ていた。

 勉学に励みに来たわけではない。今朝の任務のことで少し気になることがあったので、それを確かめるために来た。目当ては過去のイデアに関する軍事記録だ。訓練生だった頃とは違い、今の自分には蔵書物の閲覧制限が存在しないので、一般人の立ち入りが制限されている書庫にも入ることができる。

 受付で閲覧希望の書棚番号を伝えて、機密漏洩防止のための制限魔術を解除する鍵を受け取る。鍵といっても、形状は栞のようなもので、それを閲覧制限された書物へ近づけるとページが開くようになっている。


「さて……どこにあったか」


 棚に並ぶ過去の軍事記録の中から、イデアに関するものだけをまとめたものを探す。一番奥の棚に固めて置かれていた。その中からさらに特殊型に絞ってまとめられたものがあったので、それを持って近くの空いた席へ座る。人が少ない時間帯だったので場所は選び放題だった。

 鍵をかざして制限を解除する。ページをめくると、古い紙の匂いがした。

 ペラペラと手早くページをめくり、記録の日付を見ていると、なんだか途方もない気分になってしまった。


「……もうすぐ星歴千年か」


 この世界の歴史が始まってから、あと数ヶ月で千年が経つ。そんなにも長い間、この世界はイデアと戦ってきた。勝っているとは言い難い。むしろじわじわと負けている。

 十年前、この国だけでなく同時多発的に複数の国や地域が、イデアによる災禍に見舞われた。歴史的に見ても非常に大きな災禍だった。僕の故郷もイデアの襲撃に遭い、僕以外は生き残らなかった。

 この時、特化討伐部隊は壊滅状態に陥り、半数以上の隊員が死亡、又は脱隊を余儀なくされるほどの大怪我を負った。しかし、その犠牲によって守られたものは多かったのだろう。民間人への被害は想定よりもはるかに少なく済んだと言われている。

 だが、特化討伐部隊の被害は甚大だった。人員補充がままならず、しばらく活動ができなくなっていた。特殊な条件をクリアした上でしか在籍できない部隊なのだから当然だ。おかげで十年経った今でも、元いた人数の半数にも満たない。僕やリアン、ノンの三人に至っては、まだ正式配属されてから半年も経っていないのだ。

 元々、少数精鋭部隊として一隊あたりの人数は四〜六人程度、分隊数は十まであったらしい。さらに昔はその倍以上の隊員がいたという。それが今では一部隊に二人程度しかいない。もはや部隊を分割する意味すら無くなっていて、形骸化してしまっている。実際、今朝の任務のように何番隊所属か、など関係なく、各々任務にあたっている状態だ。

 特化討伐部隊は迅速にイデアに対処するため、通常部隊と共に大陸に点在する各地の支部へ派遣される。今玄の国にいるのは、一番隊から三番隊。人数にして六人……今の状態で十年前のような襲撃が起これば、部隊は全滅してしまうかもしれない。玄の国の防衛力を考慮し、今は国外の支部に優先して人数を割り当てられているので、そちらを呼び出せば多少は戦力の増強になるだろう。だが、それもやはり十年前のように複数箇所で襲撃を受けた場合のことを考えると容易にすべきことではない。

 そんな状況のせいか、軍に所属できる最低年齢の引き下げも検討されているらしい。来年、順調に僕らの後輩が増えてくれれば良いのだが……


 この先、僕らは……この世界はどうなるのだろう。そんな漠然とした不安に駆られる。

 ……せめてあの方法が使えれば……僕らのような部隊さえ必要無くなるのだが。もう御伽話としてしか扱われなくなっているような方法だ。そもそもやろうと思ってやれることでもない。


「はぁ……」


 そうして勝手に後ろ向きな気持ちになっていると、それとは真逆の快活な声が飛んできた。

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