十一話 考察

「正義のヒーロー参上!」


 振り返ると、ノンが後ろに立っていた。手を振ってのんきな笑顔を見せている。


「ヒーローって……急になんだ」僕は椅子の背もたれに背を預けて訊く。

「いや、俺じゃなくてお前がさ。今朝の任務で子ども助けたんだろ?」

「ああ……」


 僕は今朝の任務を思い出す。そこで一人の少年を救出したのだった。たしか、エステラという名前だ。


「んで、どうよ」


 隣の席にノンが座った。頬杖をついて、こちらを見ている。


「何がだ?」

「昔自分がしてもらったことを誰かにするのってさ」

「……べつに。僕は残念ながら人助けのために軍に入ったわけじゃないからな。それに、僕はアフェット隊長みたいにはなれないよ」


 十年前に僕を救ってくれた恩人は、今は特化討伐部隊の一番隊隊長を務めている。それがアフェット隊長だ。彼が救い出してくれなければ、僕は十年前の燃え盛る故郷の村でイデアに殺されていただろう。

 玄の国へ行くことを手伝ってくれたのも隊長だった。僕の故郷は玄の国とは離れたべつの国の領土にある村だった。本来ならその国の孤児院にでも入ることになっていただろう。でも、隊長は僕の意志を尊重してくれた。僕の気持ちを汲んで、納得できる方法を探すことを許してくれた。本当に、隊長には頭が上がらない。

 僕が軍に入った理由の一つが、その恩返し。最も大きな理由は、イデアへの復讐。そんな僕が特化討伐部隊への入隊適性を持っていたのは、ある種の運命のように感じられた。

 けれどもやはり、僕はアフェット隊長のような強さも優しさも持ち合わせていない。今朝のように少年を助けることができても、僕にはそれくらいのことしかできていない。間違っても正義のヒーローなどとは言えない。

 ノンは少し呆れたような顔をする。


「はぁ〜素直じゃねーな、倫は。嬉しいなら嬉しいって言えよ」

「嬉しいとか……そんな前向きな感情になれるかよ」

「ふーん?助けた少年にお礼言われて、嬉しそうにしてたって聞いたけどな〜」

「……リアンか」余計なことを言いふらすな。「まあ……少しは、そう思ったかもな」

「うんうん、俺らはイデア殲滅だけが仕事じゃないし、誰かを助けるってのは良いことなんだぜ」


 人差し指を振って、まるで生徒に教えを説くような仕草だ。それが似合わなくて、思わず失笑する。


「なんでちょっと上から目線なんだよ。お前僕と同期だろうが」苦笑しながら、ノンの腕を肘で小突いた。

「おい、それを言ったらリアンなんて俺らより一個下だぞ!訓練生の頃、あいつにどんだけダメ出しされたか……いや今もされてるけど」天を仰ぎながら、苦い思い出に顔をしかめている。

「それは僕も同じだ。いや、僕の場合は中等部の頃から……」と昔話に花が咲きそうになったところで我に返る。「待て、僕はお前と思い出話をするためにここに来たわけじゃないぞ」


 手元の記録に目を落とす。確認しておきたい部分はおおよそ読み終わっていたから、あとは考えをまとめるだけだが。


「それ、特殊型イデアの出現記録か。何か気になることでもあったか?」

「何言ってるんだ、今朝の詳細な報告をしたのはお前だろう。気になることだらけだったぞ」

「ああ、あの特殊型の能力な。あれは驚いた」腕を組んで、思い出すような表情で首を傾げている。「うちの隊長が言ってたけど……あの手のやつってさ、十年前の災禍で玄の国に出現したやつなんだろ?」

「そうみたいだな。この記録だと、当時の特化討伐部隊に倒されたとあるが……再生能力を持っていたわけだから、倒せていなかったってことだ」

「それってさ、その時は今朝みたくすぐに再生しなかったってことだろ?なんでそんなこと……あいつら、知能とかあんのかな」

「ある……と僕は思う。そうじゃなかったら、この厳重に守られてる玄の国に現れることなんてできない」

「警備がずっと見回りしてるし、敵襲があればすぐに部隊が出動するし。いくら強くても多少は頭使わないと、中にまで攻め込めないよな」

「……いや、そうじゃなくて。十年前はこっちの都市部の中で出現した、と読み取れるんだ。この記録だと」

「はぁ?」ノンは素っ頓狂な声を上げた。「外部から侵入したわけじゃないってことか?どうやったらそんなことできるんだよ」

「さあ……後にも先にも、そんなことがあったのはこの十年前の事件だけだ。ただこれは、外部からの侵入の形跡を見つけられていないだけ、という可能性もある」


 記録をめくる。十年前の日付がついた項目だけ、分厚い。添えられた写真に写る異形の怪物は、今朝見た姿とまったく同じだ。


「この国って、あの総統が作った強力な魔術結界で覆われてるんだろ?どうやったら内部に侵入できるんだ?」


 ノンの言う通り、この国は総統が作り上げた巨大な結界の中にある。それは壁ではなく箱のようなもので、地中や上空からでは容易にイデアは入り込むことができない。そのため、結界付近には頻繁にイデアが出現している。ほとんどは雑魚なので、僕らが駆け付ける前に警備部隊や通常部隊が処理する。こうして守りを固めているからこそ、この国はイデアという脅威を前にしながら、文明を発展させることができたのだ。


「結界を破られた、とか」絶対にありえない、と思いながら口にしてみた。

「うーん、何百年も破られなかったのに……そんなことあるかなあ」

「無いだろうな。結界を介さずに通れるのは、軍用兵器や軍事関係の車両が通るために開けられた四方の門だが……これもチェックが厳しい場所だし、常に人が見張っているからな」

「ああ、あのゲートって結界がないのか。でもさ、イデアが不可視状態だったら簡単に入れちまうんじゃねーの?」


 イデアは出現する前は不可視状態という、こちらに干渉できない状態にあると言われている。僕らが戦闘時に扱う魔術陣や、この国を守る魔術結界は、不可視状態のイデアに対しても有効だ。

 無効化するためには実体化して、それらを操る術者と直接対峙し、術を解除させるか殺すしかないだろう。結界を作った軍の総統は、最強の術者と言われている。それも、何百年も前からだ。ある人は神と称して崇め、ある人は化け物だと言って畏怖する。無論、総統は今でも生きている。

 僕は軍用ゲートを抜け道として使えるか思案した。そして大切なことを一つ思い出す。


「いや、仮に入れたとしても、ゲートを囲む浄星石の影響で可視化されるはずだ」

「浄星石?」

「……僕たちの武器の原材料だ」

「ああ!そういやそんな名前だったな」


 特化討伐部隊のみが扱う武器は浄星石という特別な原材料で作り出される。その武器を扱うには適性が必要とされ、それがパスできなければ特化討伐部隊員になることはできない。

 浄星石というのは、ふつうの扱いをする分には何の問題もない。目に見えない穢れを吸い取って、清浄にしてくれる。これがイデアにとって非常に有効なのだ。

 だが、浄星石は武器として扱うと、吸い取った穢れを使用者に逆流させてしまうことがある。その逆流現象が必ず起きない、と判断された者だけがその武器を扱うことが許されるのだ。


「ゲートもこっそり通れないなら……マジでどうやって入ったんだ?」

「わからないな。それこそ、何か知恵をつけたのかもしれない」


一旦仕切り直すように記録を閉じる。


「それで、ノンは何しにこんなところまで来たんだ?」


 見た限りでは、本を持っているわけでもなく、閲覧解除キーも持っていないようだ。というか、この男がプライベートな時間に活字を読んでいるところなどほとんど見たことがない。せいぜい、高等部の頃や入隊試験前に慌てて勉強していた時くらいか。


「そうだった!」


 ノンは勢いよく立ち上がった。ガタン、と椅子が大きな音を立てる。……人の少ない時間でよかった。


「アフェット隊長が第一作戦室へ来いってさ。俺と倫とリアンに」


それはつまり招集命令じゃないか。何のんきに話してるんだ!


「なんだと?それを早く言え!」


 今朝の任務で通信機の不調があったので、図書館に来る前にメンテナンスのため技術部に預けていたのだ。それでアフェット隊長は、ノンに伝言を頼んだのだろう。


「いや、17時までの間に来てくれればいいって言われたから。緊急だったら放送で呼ばれるし」

「今何時だ」


 図書館の壁にかかっている時計に目をやる。ちょうど16時になるというところだった。


「さっさと行くぞ」


 そう言って立ち上がり、僕は閉じた記録から解除キーを離す。再び記録には制限がかかった。


「え?もう行くのか。まだ16時だぞ」

「17時までの間ならいつでも行っていいんだろ?なら僕はもう行く」

「えー?真面目だなあ……じゃ、リアン連れて行くの手伝えよ」


 本棚に記録を戻して鍵を返却し、図書館の出口へ向かう。


「リアンはどこにいる?」

「さあな。あいつ通信でないんだよ」

「多分……あそこだな」場所の見当はつく。

「だな」


 ノンはやれやれ、と言った風に肩をすくめる。捜すのを手伝え、ではなく連れて行くのを手伝え、と言ったあたり彼もリアンの居場所については聞くまでもなく分かっていたのだろう。

 そして僕たちは、リアンがいるであろう場所へと揃って歩き出した。

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