9話 鬼ごっこしましょ、そうしましょ


 ナデテは全裸に剥かれ、半泣きで再戦を申し出た。要するに逆に捕まって退治されてしまったのだ。

 ルーナとリリアンが再戦を受けたので、ナデテは目を瞑って10秒数えた。


「今度こそ! 偉大なる夜の覇者である妾の力を見せつけてやるのじゃぁ!」


 偉そうに言ったが、ナデテは全裸である。

 そして城の一階を捜索するが、ルーナたちは見つからない。

 二階を探そうと階段を上ったところで、罠にかかってすっ転んだ。足下にロープがピンと張られていたのだ。


 ロープは何かに結ばれていたわけではなく、ルーナとリリアンが左右で引っ張っていた。

 ルーナとリリアンはナデテが転んだのを確認して、ナデテに襲いかかる。

 そしてあっという間にナデテを縛り上げた。


「あうぅぅ! お股が痛いのじゃぁ! なぜにお股に縄を通す必要があるのじゃぁ! 拘束するだけなら、これいらんじゃろぉぉぉ!」


 ルーナたちはナデテをキツく拘束していた。


「暴れれば暴れるほど」ルーナが言う。「食い込んで痛いから、大人しくせざるを得ないの。モニカ直伝、人間を確実に拘束する縛り方だよ」


 実はかなりいやらしい縛り方なのだが、当然ルーナもリリアンも気付いていない。


「あたしらも、今でこそサッと縛れるようになったけどさぁ」リリアンが遠い目で言う。「かなり練習したんだぜ? あたしら同士でもやったし、モニカのことも何度か縛って指導してもらったんだ。大変だったんだぞ」


 モニカの指導は、それはそれは厳しかった。


 いわく、「縛り方が甘いです」いわく、「そんな緩い縛りでは誰も拘束できません」いわく、「やる気あるんですか?」そして極めつけはキレ気味の「もっとキツく縛ってください!! 遠慮はいりません!!」など。


「モニカは何でも真面目だから、本当大変だったよねぇ」ルーナが言う。「でもそのおかげで、私たちは生け捕りもできるようになったの。モニカに感謝だね。戻ったら何か、モニカにお礼したいなぁ」


「お、いいな。あたしも一緒にお礼する!」


 2人は感謝の気持ちでいっぱいだった。


「いいから解いてくれんか? そして再戦じゃぁぁ!!」


 廊下に転がされたナデテが言った。


「やだー。なーちゃん弱いもん。訓練にならないよ(ヴァンパイアって上位の魔物だったと思うけど、個体差が結構あるって図鑑に書いてたなぁ、そういえば)」


「正直、ロープに引っかかると思ってなかったしな、あたしら(試しにやってみよう的なノリだったんだぞ?)」

「……先に血をくれたら、妾、本気出せるのじゃ」


 ナデテがウルウルした上目遣いで2人を見た。


(やだ、可愛い)

(ああん、ナデテって結構、可愛いじゃん)


 2人はニヤニヤしてから、ナデテの前にしゃがみ込む。


「じゃあ、私の先にあげるね」


 ルーナが右腕の袖をまくって、ナデテの口元に持って行った。

 ちなみに、ルーナとリリアンが天使ではなく人間であることは、昨夜のうちに説明している。


「あたしらに勝ったら、あたしの血もあげるぞ」


 リリアンが言った。

 ナデテはルーナの腕にカプッと可愛らしく噛み付いた。


「んっ、ちょっと痛い……けど……あれ? なんか、気持ちいいよリリちゃん……」


 ルーナの顔が蕩ける。


「気持ちいいのか!? どんな風に!? てか噛まれてるのになんで!?」


 そこまで言った時点で、リリアンは魔物図鑑の記載を思い出した。

 ヴァンパイアは血を吸う時、相手に苦痛を与えないように快感物質を送り込む。それ目当てで、自ら進んでヴァンパイアに血を与える人間もいる。


「最初痛かったけど……痛気持ちよくなって……それから、だんだん気持ちいいに変わる……(これ、気を付けないと癖になりそう。魔物図鑑にも書いてあったよね、確か。普通に忘れてたなぁ)」


 ルーナがアヘ顔を晒してビクビクと小さく痙攣している。


(ああああああ! ルーナが見たことない表情してるぅぅぅぅ!! 可愛い!! ちょっと変顔っぽいけど可愛い!! ルーナ変顔天使!!)


「ぷはー!」


 ナデテがルーナの腕から口を離した。


「力が漲ってくるのじゃぁぁ!! 美少女の血は最高じゃぁぁぁ!! ふんっ!」


 ナデテが力を込めると、縄が弾け飛んだ。

 その様子に、ルーナとリリアンはビックリした。

 ああ、これが、上位の魔物の本来の力なのだ。


「なんて質のいい血!! 蛇ばっかり食っておるとは思えぬ!! 素晴らしい!! 妾、本来の力が戻ったのじゃあ!! 10秒数えるから早く逃げるのじゃぁ! ふはははは!! ちょっと痛めつけてしまうかもしれんが、ご愛嬌じゃ!!」


 ナデテは割と長いこと人間の血を飲んでいなかった。

 ヴァンパイアは血を飲まないと徐々に身体能力や魔力が低下する。そういう種族なのだ。

 生命を維持するだけなら、人間と同じ食事で十分。だけれど、強さを維持するには血が必要なのだ。



「あのメスブタがぁぁぁぁぁぁ!!」クリスが叫んだ。「あたくしのルーナにアヘ顔させましたわねぇぇぇぇぇ!! ぶっ叩く!! 泣くまでぶっ叩きますわ!! 百叩きですわぁぁぁ!!」


 クリスは棒鞭を振り回しながら言った。


「ちょ、クリちゃんやめて!」魔女が慌ててベッドから下りる。「危ない、危ないから(てゆーか、クリスってアヘ顔とか分かるのね。そういうのは無知なのかと思ってたわ。って、18歳のおばさんなのだから、性的なことに興味ないわけないわよねー。カマトトぶってるだけってことね。ふぅん……部屋にエロ本とかありそうね。今度探してみましょ!)」



「はーっはっはっは!! 固有属性・冥、攻撃魔法【死神の鎌】!」


 ナデテが右手を掲げると、そこに巨大な魔力の鎌が現れる。刃の部分も柄の部分も、不安定な形をした漆黒の魔力だ。

 原理としてはルーナの【暗黒剣】と同じだ。魔力を武器の形で顕現させる魔法。

 ただ、ルーナの【暗黒剣】とは比べものにならないぐらい、膨大な魔力が込められている。


「ほーれ! ほーれ! 出てこないと城ごと破壊するのじゃぁぁ!」


 ナデテが鎌を一振りするごとに、黒い衝撃波が発生して遠距離の壁を破壊する。


(ちょ、調子に乗るなぁぁぁ!)


 物陰に隠れているルーナは、少しイラッとしていた。


(ちょっと痛めつけるって言うか、普通に当たったらケガするじゃん! もう怒った! 【天使降臨】!)


 リリアンは隠れたまま天使だけをナデテの真後ろに顕現させた。

 天使が光の剣でナデテを攻撃しようとする。

 しかし、それよりも遙かに速くナデテが鎌を振って天使を破壊した。


「ほーう。光属性か。ルーナかの? しかし、固有属性の妾には敵わんじゃろう!! はーっはっはっはっ!」


 ナデテは割と調子に乗るタイプである。

 高らかに笑うナデテのすぐ前に、ルーナが移動していた。

 ルーナは完全に気配を遮断している。

 そして漆黒の剣を振ろうとしていた。


「はっ?」


 その姿を確認したナデテが、少し焦りながら距離を取った。 


「惜しいっ!」


 ルーナは空振りしたあと、右手の【暗黒剣】を消した。


「ちょ、ちょっと待つのじゃ! 妾、退治されないって話じゃなかったか!? 今、割と普通に妾、危なかったのじゃ!」


「そっちがメチャクチャするからでしょ!」


 ルーナはちょっと怒った風に言った。


「お城が崩れたらどうすんだよ! 鬼ごっこって言ったじゃん! 捕まえるのが目的! なんでお城壊してんだよ!」


 リリアンも出てきた。


「ご、ごめんなのじゃ……。全力出したの久しぶりで、その、歯止めが……」


 ナデテは鎌を消して、シュンと項垂れた。


「本当、しっかりしてよなーちゃん」ルーナが笑顔で言う。「危うく叩き潰すところだったよ?」


「ちょっと分からせてやるからこっちこい」


 リリアンが言うと、ナデテはビクビクしながらリリアンの方へと歩み寄った。

 そして。

 ルーナとリリアンはナデテを縛り上げた。


「はい、また私たちが勝ったぁ!」

「ヴァンパイアの本気も大したことないな!」


 ルーナとリリアンが笑顔で言ったので、ナデテはポカーンと呆けた。


「お城壊しちゃダメ、って私言ってないし。私のお城でもないし、壊したきゃ壊してもいいよ?」

「あたし怒ったフリしただけだし。作戦だぞ。(普通に戦ったら勝てそうになかったし)」


 ニコニコしている2人を見て、ナデテはやっと状況を理解した。


「じゃあ、怒ってないのかの?」

「「怒ってないよ! 作戦だし!」」


 2人は笑いながらナデテをくすぐった。

 ナデテは泣き笑いしながら、2人が怒ってなくて良かった、と思った。


(2人はもう、大切な友達なのじゃ。まぁ、普通に妾は騙されたわけじゃが!!)

 

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