5話 苗床とか妊娠とか掟とか


 魔女は全裸で美少女たちを見ていた。


「ふぅ……」


 魔女はベッドの上に転がって、遠くを映し出す水晶玉を眺めている。

 水晶玉はベッドの上に浮かんでいて、ルーナとリリアンの現在の姿を写していた。


「美少女たちがくすぐりあって、そのあと近距離で見つめ合うとか……。わたしを殺しに来てるとしか思えないわ。覗きしてるの、バレてるのかしら?」


 もちろんバレてはいない。

 魔女はとりあえず、トロトロになった右手を拭く。

 右手は自分の一部というよりも友達、いや、恋人に近い。

 魔女が美少女たちを見ながら何をしていたかは、もちろん秘密だ。

 魔女はベッドを降りて服を着る。いつもの紫の服だ。すごくダサい、日陰者の服。だけど魔女は気にしていない。

 というか、変だと思っていない。ファッションのセンスが壊滅的なのだ。


「さぁてと、わたしが大好きな2人のために用意した試練、ちゃぁんと乗り越えてよね?」


 魔女は意地悪く笑いながら水晶玉を見詰めた。


「あ、違うのよ? わたしは、2人が大好きだから、その、冒険者になりたい2人のために用意したのよ? いじめじゃないのよ?」


 誰も聞いていないのだが、魔女は必死に言い訳していた。

 美少女に嫌われたくないという思いが強すぎるのだ。


「冒険者たるもの、突発的な事態にも対処しないといけないわ。それに、大丈夫よ、苗床になる2人も綺麗……じゃなくて、大丈夫、危なかったらすぐ助けに行くわ」


 ゴクリ、と魔女が唾を飲む。


(あれ? もしこれピンチを助けたらわたし、好かれちゃうんじゃないの? 自作自演だけど)


 魔女の頭の中のルーナは「魔女さん大好き、妊娠させてぇ」と甘い声を出して感謝している。

 魔女の頭の中のリリアンは「魔女さんには敵わないな、ほら、あたしを好きにしてくれよ」と照れながら感謝している。



「リリちゃん妊娠してみたい?」

「ほえぇ!? いきなり!? 待ってルーナ! あたし、いつかはルーナの子供産みたいけど、今はまだ心の準備が!」


 リリアンが顔を真っ赤に染めて、ブルブルと震えた。

 手を繋いでいるので、リリアンの震えがルーナにも伝わった。

 ちなみに洞窟は見つからなかった。

 2人はキョロキョロと歩き回ったけれど、それらしき場所はなかった。

 よって、早めに洞窟捜索を切り上げて、湧き水の近くの木の根に戻っている最中。

 途中で鹿や鳥などの動物を発見。でも今日は狩らない。

 これから木の根に基地を作るのだ。

 2人は水筒だけ首から提げて、リュックや弓は置いてきた。荷物になるからだ。一応、念のため短剣は装備している。


「聞いただけだよ? 今、リリちゃんを妊娠させるなんて言ってないよ?(リリちゃんかーわーいーい!)」


 ルーナはリリアンの反応が楽しいだろうな、と思って妊娠の話を出したのだ。

 別に魔女と思考が似ているわけではない。


「そそそ、そうだったな! ははっ! そうそう、あたしの勘違い! でもいつかは、ほら、ルーナが妊娠させてくれるだろ!?」


 リリアンは以前から、何度もルーナのお嫁さんになりたいとか、結婚したいとか言っている。

 ルーナも気持ちはほとんど同じだ。


「うん、でも私もお嫁さんになりたいよ? リリちゃんの」

「そ、それってあたしがルーナを妊娠させていいってこと!?」


 リリアンが聞くと、ルーナは唇をリリアンの耳元に持って行く。


「どう思う?」


 甘ったるい声でルーナが言って、リリアンは気が変になりそうだった。


(あたし! ルーナを押し倒してくすぐってやりたい衝動に駆られてるぅぅ!! ルーナが悪いんだからな! あたしを挑発するから!)


 リリアンは木の根に戻ったらルーナを押し倒そうと心に誓った。

 今はまだ歩いている途中だし、危ないからやらない。


「そうだ!」ルーナが閃いた、という風に言った。「今度、2人で妊娠させてやるぅ、って言いながら魔女さんを押し倒してくすぐろうよ!」


「お、いいね。魔女さんクールだから、爆笑してるとこ見たいな」

「あと、うちのお姉ちゃんにもやろう?」

「それは嫌だ」

「なんで?」


「お尻叩かれるから」リリアンが思い出しながら言う。「あたし、よその子なのに容赦なく叩くんだぜ、あの姉様」


「大丈夫だよ。最近ではお姉ちゃんの手の方が痛いみたいだし」ルーナが笑う。「お姉ちゃんすぐ怒るから、むしろ怒らせたくなるんだよね!」


「……あ、あたしはちょっと、その……うん、怖いから姉様は遠慮しとく……」

「つまんなーい」


 ルーナが唇を尖らせる。


「だって、またルーナの前でわんわん泣かされるの嫌だし……」


「それ9歳の時でしょー? 今は私たちの防御力も上がってるから平気だよー? ってゆーか、むしろ2人でお姉ちゃん押し倒してくすぐったあと、裸にひん剥いて叩き返しちゃう?」


「ルーナって時々、すんごい凶暴性を見せつけてくるよな!! 野獣ルーナ!!(自分の姉を裸に剥く理由って何だぁぁぁぁ!? 聞きたいけど、聞いちゃいけない気もするぜ!)」


「がおー! ルーナちゃんはいつだって好戦的なのだぁぁ!!」


 見た目だけならリリアンの方が好戦的な雰囲気だが、実際は違う。

 リリアンはどちらかと言うと、あくまでどちらかと言えばだが、慎重だ。世間一般的には全然慎重ではないけれど、ルーナと比べると比較的、という意味。

 反面、ルーナは大胆。大人しそうな雰囲気とは裏腹に、積極的で好戦的。


「そして、やられたらやり返すのだぁ!」ルーナが言う。「いつか私はお姉ちゃんのお尻を3400回叩く!」


「普段どんだけ叩かれてんだよ!?」


 リリアンが驚いて言った。


「百叩き34回分だけだよ? 本当はもっと多いけど、回数が少ないやつは忘れちゃったから」


 てへっ、とルーナ。

 つまり、かなり悪いこと、姉がガチで怒るという意味で悪いことを34回はやっているのだ。

 しかしそれは姉の尺度であり、ルーナの尺度ではない。ルーナの中では別に悪いことじゃない。

 ルーナにはルーナの掟がある。

 人を殺さないという一般的なものから、食事目的か自衛目的でなければ動物も昆虫も殺さないとか、そういうの。

 あと、将来は誰が何と言おうと、リリアンと結婚する。


「ルーナのお転婆っぷりには、あたしも時々驚くけど、姉様は驚きの連続だろうなぁ」


 リリアンがしみじみと言った。


「えへへ。私は驚きの宝箱」


「あうぅ、中身はあたしが独占したいのにぃ(姉様はまさか、あたしのライバルか!? だったらやはり、ルーナに協力して今のうちに抹殺……じゃなかった立場を分からせておいた方がいいな!)」


 2人がニコニコと、あるいはイチャイチャと話していると、いつの間にか湧き水の近くまで戻っていた。

 そして2人は我が目を疑った。

 2人がかまどを作った場所の前に、ゴブリンが立っていた。

 ゴブリンはルーナたちより少し背が低い。

 リュックの中身が散乱している。誰もいないと思っていたので、2人はそこにリュックを置いて行ったのだ。


(え? 魔物? なんで?)ルーナは少し混乱した。(魔女さん、魔物はいないって……え? 1匹だけ? 仲間はいない?)


(ゴブリン!? なんでいるんだ!?)リリアンも軽く混乱。(魔女さんのやつ、下見ちゃんとしなかったのか!? 魔物いないって言ってたのに!)


 2人は混乱しながらも、お互いの手を離した。

 ゴブリンという魔物のことを、2人はよく知っている。

 というか、魔物図鑑は暗記している。

 ゴブリン――あまり強くない。下位の魔物と呼ばれている。知能は低いが、棍棒などの武器を使用する。

 そして厄介なことに、あまり強くないと言っても鍛えていない人間よりは強い。敏捷性や腕力の話。少なくとも、ルーナより腕相撲は強いはず。


(てゆーか、ゴブリンって人間の女の子を妊娠させるんだよね? 私はリリちゃんの子供しか産まないんだからね?)

(確か、こいつらって、苗床だっけ? 女の子を拉致して、子供を産み付けるんだよな? クソ、あたしはルーナの子供しかいらねーぞ!)


 そんなことを考えながら、2人は短剣を手に持った。

 

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