ママ

 懐かれた。雛の如く「かあさん、かあさん」と後をついてくる。屍者が現れて怖がっても自分で逃げようとするし、消耗品やお菓子をあげるからと荷物運びや書類整理を頼めば積極的にやってくれる。顔色が冴えず痩せているが元来の容貌は整っており、声もイケボ、中身は素直。雛が嫌いで仕方ない人間は珍しいだろう。

 ピタリと歩みを停めた夜空を(中身が)六歳児は覗き込むように背を屈めて、泣きそうに端整な顔を歪めた。見返りを求めない好意はむず痒い。底なし沼のような色香を宿した水色の瞳が潤む。


「かあさん、おれのこと、きらいになった……?」


 実に悲しげな様子で言うので困る。悲しく切なげで、表情に庇護欲を煽られた淡島は忽ち「うちがママになっちゃる」という気分になったが、どうにか踏み止まった。至近距離まで近づかれると、月光のスキンシップを思い出して反撃体勢に入りかけたが、身を僅かに捩って誤魔化した。

 精神が子供返りしていても極稀に年相応な行動に出るので、夜空は必死に頭を冷やさなければいけなかった。淡島が書いた物も読んで理解しているようだし、真っ当な治療を受けられれば外見年齢と精神年齢が釣り合っていくだろう。この状況下では無理な話だが。

 そっと彼の手が夜空に伸ばされるたび、本来自分とそう年が離れていない異性オスだという事を実感し、首の後ろと背筋が泡立つ。慌てて避けると、ずぶ濡れの仔犬のような顔をするので、否応なく抱き締めたくなるのを耐えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家に帰りたい(10/13更新) 狂言巡 @k-meguri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ