第9話 決意/抜駆?/覚悟/勉強

◆◆アキラ◆◆


 夜明けの少し前。元々その時間に起きるつもりではあったが、妙な温かさを感じて目が覚めた。

 上掛けをそっと捲ってみると、シアが俺に抱き着いていた。

 あぁ、そうだった。昨日はシアと一緒に寝たんだった。

 俺のシアには体温なんてものはない。自律機械人形オートマタだからな。

 でも、暑い時にはひんやりして気持ちいいし、寒い時も暫く抱き締めていれば

俺の体温が移ってそれなりに温かくなるから、二人の時はいつも一緒に寝ている。

 だが、この優しい人の温もりというのも悪くない。

 出来れば、この温もりを俺のシアにも与えてやりたいな。  


「うぅん…… あれ……? もうあさ……?」


 暫くシアの寝顔を見ていると、シアが目を覚ました。起こしてしまったか。

 髪が長いせいか、寝癖があちこちからぴょんぴょん出ている。これはこれで可愛いな。


「まだ夜明け前だが、今日は早めに動いておきたい。すまないが起きてくれ」

「うん、わかった…… ふあぁ……」


 まだ眠そうなシアの顔を拭いてやる為にハンドタオルを取り出し、氷の弾丸を作った要領で空気中から水を集めて濡らし、水分子に干渉しブラウン運動を速めてお湯にする。レンチン蒸しタオルっぽいのの完成だ。


「ほら、拭いてやるから、大人しくしてろよ?」

「ふあぁ……あったかい……きもちいいよ……」


 優しく丁寧に顔を拭いてから、畳んで目の上に乗せてやると、シアが蕩けそうな声で呟く。うん、蒸しタオル乗せは気持ちいいよな。

 髪の寝癖も蒸しタオルて丁寧に直してやる。


「ほら、綺麗になったぞ。やっぱり美人だな、シアは」

「えへへ♪ アキラにそういわれるの、うれしい♪」


 喜ぶシアが余りに可愛くて、暫く頭を撫でまくった。シアもそれが嬉しいようで、俺のなすがままに撫でられまくっている。

 一頻り撫でて満足した俺が撫でるのを止めると、シアは笑顔で俺の胸に抱きついてきた。


「よし、それじゃあ着替えて宿を出るぞ。今日はまたこっそり街の外へ行くからな」

「どうして?」

「アキラとして街に入り直す為だ。昨日の事を調べる為に、偽って入ってきたからな。友達を説得するには、きちんとしておかないと、話、聞いてもらえないだろう?」

「アキラ、まじめだね?」

「信用や信頼ってヤツは簡単には得られない。普段からコツコツと積み重ねていかないとな。そうしないと、ここぞという時に困った事になるんだ」


 嘘というヤツは、例え相手の為を思って吐いていたとしても足を引っ張られ易い。吐かないで済むならそれが一番だ。

 だが、余計な情報を与えたせいで相手に迷惑が掛かる事もあるし、匙加減が難しいところだ。アイとスノウに何処まで俺の素性を話すべきか……

 着替えた俺達は食堂に向かい朝食を注文した。

 ここのような科学技術があまり発達していない世界では、日が出ている間に仕事をしておく必要がある為、大抵、夜明け前に起きて身支度や食事を済ませ、日の出と共に働き始める事が多い。だから、食堂も早くからやっている。

 逆に、夜は早々に閉めてしまう。仕事を終えた客も食事や酒を済ませたらすぐに帰ってしまうからだ。夜の明かりだってタダじゃない。家で夜遅くまで煌々と明かりを点けていられるのは金持ちくらいだ。

 結構なボリュームのある朝食を済ませ、荷物を持って俺達は宿を出た。通りにはそこそこ人通りがある。仕事に出掛ける人達だろう。

 さて、何処かで路地に入って、隠蔽ステルスしてさっさと街を出たいが……尾行されてるな。

 よし、シアの訓練に使わせて貰おう。

 俺は手を繋いで歩いているシアに、周りに聞き取れない程度の声で指示を出す。


「シア、普通に歩きながら聞いてくれ。まず、センサリングしてみろ」

「うん、わかった。"センサリング"」


 シアに探知させると同時に、俺もシアの画像を共有表示する。


「シア、丸の真ん中から少し下、2つの点が俺達を追い掛けているのが分かるか?」

「ぼくたち、おいかけられてる?」

「そうだ。だから、次の路地を右に入って、更にその先を左に曲がって、付いてきている奴等を巻くぞ。これから行く先に人がいないか確かめてくれ」


 センサーの使い方の訓練だ。


「うん。え~と、このてんはいえのなか……このてんはずっとむこう……いくとこには、だれもいないよ?」

「よしよし、上出来上出来。可愛いだけじゃなく賢いな、シアは。俺は可愛くて賢いシアが大好きだぞ」

「やった! ぼくもアキラだいすき!」


 傍目には、楽しそうに会話しながら歩いている兄妹にしか見えない……筈だ。

 自然な感じで路地に入って、次の角を左に曲がる。その先は店の裏口、つまり、行き止まりだ。

 角を曲がって追っ手からの視線が途切れた瞬間に、シアを抱き寄せて隠蔽ステルスを発動。俺達は姿を眩ました。ここは商品搬入の為か、通路幅が広い。脇に退いてやれば追っ手と接触する事もない。


「いない!? どこに行きやがった!?」

「クソッ! 折角の上玉だったのに! まだ遠くに行ってないはずだ!」


 追っ手の男2人は十字路の辺りを暫くウロウロしてから、入って来たのとは別の方向へ走り去っていった。会話の内容からすると、シアを拐って、愛玩奴隷として売っ払うつもりだったな?


「シア、美人も大変だな。これだとどちらにしても、少し鍛える必要があるか」

「アキラがまもってくれるよね?」

「傍に居る時ならな。だが、何時も傍に居られるとは限らないし、傍に居たら居たで危険な時もある。だから、色々訓練していこう。何、そんじょそこらの冒険者程度じゃ敵わないくらい強くしてやるからな」

「わかった! ぼく、がんばる!」

「いい娘だ。それじゃ、このまま街の外へ飛ぶぞ。しっかり掴まってろ」

「うん!」


 右手でシアを抱き上げると、シアは俺の首に手を回してきた。昨日は横抱きにされていただけだったが、今日は嬉しそうに笑顔で抱き着いている。どうやら信頼してくれたようだ。この笑顔を曇らせないようにしないとな。

 決意も新たに、俺はシアと共に空へと舞い上がった。


△△アイ△△


 夜明けの少し前、私は目を覚ました。部屋の水桶で顔を洗って意識をはっきりさせる。

 さて、どうしようか?

 昨日べろんべろんだったスノウはきっとまだ寝てる。


 そうだ! 今からアキラを迎えにいこう!


 門は日の出と共に開けられる。門の傍で夜営していた人達はそろそろ並び始める。アキラは夜目も利きそうだったから、人の動きを見て、早めに並んでいるかもしれない。


 これは断じて抜け駆けではない。

 私にはアキラに相談しなければならない事があるのだ。

 だから、断じて抜け駆けではない。

 大切な事なので二度言ってみた。


 そうとなれば、さっさと着替えて出掛けよう。スノウがトイレに起きて来ないとも限らないし。

 部屋着を脱いで、手早く外着に着替える。そして、ローブを着ようとして少し悩む。街の外へ行くとはいえ、門の目の前だ。冒険用の装備ななくてもいい気がするが……

 いや、ちゃんと着ていこう。冒険者にとって冒険用装備は正装と同じ。恩人を迎えに行くのにだらしない格好はどうかと思う。

 私はいつも通りの装備を身に付け、部屋の扉を少し開けて廊下を確認する。大丈夫、スノウはまだ起きてきていない。

 抜き足差し足してると逆に目立つから、普通にスノウの部屋の前を通り過ぎて階下へと向かう。

 朝食は……外でいいかな。暢気に食事してるとスノウが起きてきそうだし。


「おやじさん、出掛けますね」

「はいよ! 早いな、嬢ちゃん! スノウの嬢ちゃんは?」

「まだ寝てますよ。飲み過ぎなんですよ、スノウは」

「で、嬢ちゃんだけ出掛けるのか? はは~ん! さては、男だな?」

「そそそ、そんな事、ないですよ?! ちょっと用事があるだけです!!」

「ははは! 頑張ってな!」

「だから! 違います!! もう!!」


 宿の主人に誂われながら、私は宿を出て北門へと向かった。途中、中央広場で何か買おっと。


◆◆アキラ◆◆


「これでよしっと」

「えへへ♪ アキラといっしょ♪ うれしい♪」


 街の外に出た俺とシアは、昨日シアを水浴びさせた川の畔に来ていた。髪の染料を落とす為だ。

 俺は元の赤髪に戻しただけだ。

 そして、シアの髪色をどうしようかと悩んでいると、俺の髪色を見たシアが「おなじがいい!!」と言い出したので、赤色に染めてやった。

 良い!

 俺のシアの銀髪ショートもとても魅力的だが、同じ顔で赤髪ロングも魅力的だ!

 折角なので、髪型も変えてやろう。

 後頭部の少し上で結って、ポニテにしてみる。

 良い!!

 赤髪ポニテ美少女、良い!!

 大切な事なので二度言っておく。

 今度、俺のシアもポニテに出来るようにしてやろう。銀髪ポニテ美少女も絶対に可愛い!!

 ゲフンゲフン……少し興奮してしまった……

 当のシアはと言うと、ハーフスクリーンで俺からのカメラ映像を見て、上機嫌で俺の周りをぐるぐると回っている。頭の後ろの赤い尻尾がぴょこぴょこ揺れるのがいたく気に入ったようだ。


「よし、それじゃ、北門に戻るぞ。早めに並んでおかないと街に入るのが遅くなるからな」

「ねぇアキラ! アキラのつけてくれた、マ、マ、マズイ? すごいね! まだおひさまでてないのに、まわりやアキラ、はっきりみえる!」

「マイズ、な。そうだろう? それに……」


 言葉を切ると同時に左腕でシアを抱き寄せ、右手にRライフルを実体化。弾速を亜音速に、弾種をFMJに設定、引き金を絞る。


バシュン!


「ギャン!」


 茂みから飛び掛かろうとしていた野犬の眉間を撃ち抜いた。


「困った奴らの接近にも気付ける。シア、外に出たらセンサリングは常にしておくんだ。危ないからな」

「うん、わかった! それでアキラ! それなに!? なんかかっこいい!」


 シアの目がRライフルに釘付けになっている。ポメラニアンがもう一匹増える予感……

 ポメ化しそうなシアを抱きかかえて走り出す。野犬が一匹で彷徨いている訳がない。


「これは"銃"という種類の武器だ。中が筒になっていて、そこから金属の弾を飛ばして攻撃するんだ」

「ぼくにもできる?」

「こいつはちょっと難しいかな。冒険者のお姉さんでもふらついてたし」

「そっか……」


 話の間にも野犬共がガウガウと襲ってくるが、バシュバシュと撃ち倒していく。

 確かに、銃が使えればシアが自分の身を護るにも役に立つ。だが、Rライフルは威力がある分反動がきつい。俺が片手で簡単に撃てるのは強化再精製体の膂力があってこそだ。普通の人間では弾速1000mps(=秒速1000m)での射撃など、片手どころか両手持ちでも立ち撃ちはほぼ無理だ。例え弾速を亜音速に落としたとしても、取り回しを考えると素人が簡単に扱えるものじゃない。せめて拳銃ハンドガンがあれば……

 ん? 待てよ? 確か装備に……

 相変わらずワンコ共をシューティングしながら、量子化されてる装備を検索する。ワンコ共を撃つのに目視しておく必要はない。システムを戦闘モードにする必要もない。そんなヤワな鍛え方はしていないからな。そうでないと"アイツ"を倒す事など到底不可能だからだ。

 検索リストの最後の辺りに目的の装備を見つけた。この2つなら、膂力の低いシアでも使える筈だ。勿論、訓練は必要だが。


「シア、お前でも使えそうな武器がある。練習してみるか?」

「ほんと!? やる!!」


 Rライフルを量子化して、別の武器を実体化させる。全長約30cm。拳銃ハンドガンよりは短機関銃サブマシンガンのサイズだが、重さは1kgもない拳銃ハンドガンレベル。


「シア、こいつを持てるか? ここを右手で握るんだ。片手で難しいなら、ここを左手で持ってもいい」

「ん~と、こう?」

「そうだ。使用者登録。生体反応認証。よしシア、"マイズ・スマートリンク・PLG-06A1"と言ってみろ」

「うん! "マイズ・スマートリンク・PLG-06A1"。あ、すみっこになにかでたよ?」


 シアに説明している間にもワンコ共が襲ってきているが、シアを抱きかかえたままでも、ワンコ程度なら足が使えれば簡単に撃退出来る。今も、蹴り飛ばしてやったら、「ギャインッ!」とか鳴いて吹っ飛んでるし。


「シア、"システム・戦闘コンバットモード"、だ。それでその銃が使える。銃をワンコ共に向けてみな」

「うん! "システム・戦闘コンバットモード"! あっ! まるとバッテンがでた!」

「そのバッテンの真ん中をワンコに合わせて、右手の人差し指でこの短い棒、トリガーを引くと、ワンコをやっつけられるぞ」

「わかった! やってみる!」


 それにしても、いやにしつこいな。普通なら、野犬なんて、半分もやられたら尻尾巻いて逃げ出すが、10数匹が4、5匹になっているのに、逃げ出すどころか襲い掛かってくる。

 これは何かあるな?

 まぁいい。放置しておく訳にもいかないから、シアの訓練の的になってもらおう。


「むむむ! えいっ!」


ドサッ!


 シアがトリガーを引くと、一瞬だけシアとワンコの間に蒼い光の線が見えたかと思った次の瞬間、頭に風穴の開いたワンコが地面に崩れ落ちた。そして辺りにオゾン臭が漂う。

 シアに渡したのは収束型光子投射銃パルスレーザーガン(以後PLガンと呼称)。単波長光を1ns(ナノ秒)の間に収束させて放つ銃だ。空気を電離させる程の高出力で、命中させやすいのに反動も殆どない。特に生体相手には効果が高く、銃自体が軽いので取り回しもいい。シアじゃなくても使いやすい武器だ。

 じゃあ何で俺が使わなかったのかって?

 そりゃあ、Rライフルの方が汎用性が高いからな。弾種を変えれば様々な状況に対応出来る。

 それに、レーザーは避けにくい代わりに防御しやすい。鏡面装甲や対ビームコーティング等であっさり無効化出来てしまう。だから、俺の場合にはお蔵入りになっていた訳だ。


「わわっ!? どうなったの? ぼくがやっつけた?」

「上手いじゃないか、シア! 残りもやっつけてくれるか?」

「うん! がんばる! えいっ! えいっ! えいっ!」


 それにしてもシアの奴凄いな。俺が抱えて動いているにも拘わらず、全て頭撃ちヘッドショットか。こりゃあ、天賦の才があるな。俺のシアも近接戦闘よりは射撃戦闘の方が得意だから、その多元存在ドッペルゲンガーであるこのシアもそうなのだろう。

 だが、才能があるからといって上手くいくとは限らないのが実戦だ。


「ガルルルルッ! ガアッ!!」

「ひっ!?」


 最後の1匹になっても、何故か逃げずに、死に物狂いで襲い掛かってくる野犬の、その凄絶な殺気に当てられ、シアの動きが固まる。そして野犬はそのままシア目掛けて飛び掛かってきた。

 このままだと野犬の牙がシアの首筋に突き立ってしまう。だが、そんな事を許す俺じゃない。空いている右手を握り締め、引き付けてから野犬の頭を殴り飛ばす。脳漿と血反吐を撒き散らせながら吹き飛ぶ野犬。

 最後の相手を倒し、安全を確保出来た思った瞬間、それは起こった。

 

「ぐっ!」


 振り切った右前腕に、一瞬だけ焼けるような痛みが走った。確認すると、前腕ののほぼ真ん中に直径約1cm、PLガンの口径と同じくらいの大きさの風穴が開いていた。右手を動かそうとすると、親指、人差し指、中指が動かない。抱えていたシアを降ろして左手で触ってみるが感覚もない。これは、正中神経をピンポイントで焼き切られてしまったな。


「はっ、はっ、はっ…… あ…… アキラ、それ……」


 野犬の殺気に怯えていたシアが我に返り、俺の腕の傷に気付いた。聡いシアの顔色が見る見るうちに青くなる。

 普段なら対ビームコーティングされているアンダーアーマーのアームプロテクターが覆っているから、パルスレーザーくらいで怪我をしたりはしない。だが、変装でシアの髪色を変える時に少し邪魔だったので外していたのが災いした形だ。


「大丈夫だ。この程度で死にはしない。治るまで少し不便なだけだ。俺も少し不用心過ぎたし急ぎ過ぎた。お前のせいじゃないさ」

「ごめんなさい!! アキラ!! ごめんなさい!!」


 握っていたPLガンを放り出し、感覚のない俺の右手を両手で握って大粒の涙を零すシア。その頭を無事な左手で優しく撫でてやる。


「大丈夫だから、な? だけどこれで分かった筈だ。戦いは怖い。そして、強い力は使い方を間違えると自分の大切なものまで傷つけてしまう。俺と一緒に来ると、この怖さともずっと付き合わなければならなくなる。だからよく考えてくれ。お前が答えを出すまで、ちゃんと居てやるから」

「……。 うん……わかった……」


 実を言うと、こうなる事を俺は知っていた。俺の持つこれから起こりうる全ての可能性を視る特殊能力、"未来視フューチャーサイト"。幾つか視えた未来の中で、俺はこの未来を選んだ。人が生きるには大なり小なり覚悟がいる。それをシアに教える為に。俺の右腕はその為の授業料だ。


「それじゃシア、包帯を巻くのを手伝ってくれ。流石に、腕に向こう側が見える穴が開いたままで街に行くのは、な?」

「! うん、わかった! ぼくがやる!!」


 本当は動く薬指と小指を使えば一人でも巻けるんだが、シアの罪悪感を薄める為にもシアにやってもらおう。

 程なくして治療を終えた俺達は街の北門へと向かった。お客さんも来ているようだしな。


◇◇シア◇◇


「は~い、みんな~! 席に着いて~! 授業始めるわよ~!」

「先生。私一人、だけなので、"みんな"じゃない、です」

「ノリよノリ。それじゃ、始めましょうか」

「よろしく、お願いします」


 ここはウィスタリアⅢの作戦会議室ブリーフィングルーム作戦会議室ブリーフィングルームとは言っても、あまり会議で使われる事はないらしい。私はそこで、中身がリィエさんなミウからの講義を受けている。


「それじゃ、シア。貴女は生体、つまり、生物になる事を望んでいるけど、じゃあ、そもそも生物って何か答えられるかしら? 貴女は生物?」

「私は、生物ではないと、思います」

「どうして?」


 どうして? って、私はアキラが一から作ってくれた自律機械人形オートマタ。だから、機械で出来ている。生物は、もっと柔らかい。


「私の身体は、機械、だから」

「でも、"金属生命体"というのも存在しているわ。ミウがこの身体になる前は"珪素結晶生命体"だったし。どちらもれっきとした生物よ。貴女との違いは何だと思う?」


 わからない…… 素材の違いではないなら、生物の条件とは何だろう?


「わかりません。教えて下さい」

「素直でよろしい。生物・生命の定義は3つ又は4つよ。それを全て満たしていないと生物・生命とは呼べないわ。逆に、その定義を満たしていれば、素材は何であれ生物・生命よ」

「その、定義、というのは?」

「まず、外せない3つの定義が、自己増殖、自己代謝、自己確立よ。これに、自己進化を加えて4つという考え方をする事もあるわ」

「自己増殖、自己代謝、自己確立、自己進化……」


 言葉通りの意味なら、私に足りないのは……


「この定義を貴女に当て嵌めて説明しましょうか。まずは自己確立。"外界と自分を隔てて自己の存在を確立させているか?" これは言うまでもなく貴女に当て嵌まっているわ。でないと、誰も貴女を認識出来ないもの」

「そうですね。分かります」


 自己が確立していなければ、そもそも誰かに触れたり触れられたり出来ないのだから、これは当たり前だ。


「次に自己代謝。貴女はCリアクターで活動エネルギーを得ているわね。時間の流れを活動エネルギーに変換している訳だから、代謝と言えるわ。私達が呼吸で酸素を取り入れるのと同じだと考えられるからね」

「なるほど。確かにそうですね」


 私は呼吸や食事を必要としないが、時流を遮断される事になれば活動出来なくなる。確かに、人間の呼吸と同じかもしれない。


「で、次は自己進化。貴女も最初は、ただ命令を実行するだけの自律機械人形オートマタだったけど、様々な経験を経てアキラさんや他の人を思いやったり出来るようになった。その成長は精神的な進化と言っていいわ。頭の中が成長しないお馬鹿な奴と比べたら、貴女の方が余程人間らしいもの。貴女は、貴女自身と、貴女を生み出し育てたアキラさんを誇りなさい」

「ありがとうございます」


 私自身よりもアキラを誉められた事の方が嬉しい。アキラが、私を私として育ててくれたからこそ、私はここに存在してるのだから。


「そして最後が自己増殖。貴女にとってはこれが一番問題よね。貴女は貴女の中で、貴女の形質を受け継ぐものを産み出せない。だから、貴女は生物・生命ではないの。そして貴女は生物・生命になる事を望んでいる。アキラさんと貴女の形質を受け継いだ子孫を残したいと思っているのよね?」

「はい。その通り、です。だから、アキラや、皆さんと同じ、強化再精製体リフボディの身体が欲しい、です」


 私の言葉に、リィエさんは深く頷いてくれた。"大丈夫。貴女の気持ちはちゃんと分かってるから。"そう言われたようなその頷きに、私はとても安心感を覚えた。


「さて、それじゃ、その定義を踏まえた上で、生体の特徴と注意点を勉強していきましょう。それは貴女とアキラさんにとってとても大切な事だからね」

「はい。先生」


 一生懸命勉強しないと!


MISSION ”身体を手に入れろ” CONTINUED


▲▲スノウ▲▲


「う゛う゛う゛う゛う゛……あ゛た゛ま゛い゛た゛い゛……」


 昨日、ロイド達の無事を祝ってささやかながら酒宴を催したけど、調子に乗って飲み過ぎたわ……

 ベッドの脇の小さなテーブルに置いてある水差しから温い水をカップに入れて一気に飲み干す。


「ぷふぁ~! まずい~! もういっぱい~!」


 オジサン臭い事をのたまいながらもう一杯水を飲むと、ようやく頭痛が落ち着いてきた。

 窓の鎧戸の隙間から差し込む光から考えると、既に日は結構高い。

 昨日の夜はアイが部屋に放り込んでくれたんだろうから、汗臭い身体も拭かず寝ちゃったわ。今日はアキラに会うんだから、身支度整えないとね!

 これまた温くなった水桶にアキラから貰ったタオルを浸してよく濯ぐ。このタオル、ほんと手触りいいわぁ~!

 下着も全部脱いで上から順に拭いてゆく。特に女性の大切な部分はしっかり丁寧に。だって……もしかしたら……アキラと……ムフフフフ♡

 さぁ、勝負下着を穿いて、服もいつもよりちょっとセクシーなのを身に着けて、後はアキラからの連絡を待つだけよ!

 さて、準備も出来た事だし、アイも呼んで食事でもして待ってようかな。

 部屋を出て隣のアイの部屋へ。


トントントン


「アイ~、いる~?」


 返事がない。買い物にでも出掛けたのかしら? いないならしょうがないわね。

 アタシは階段を降り、食堂に向かった。


「おはよ、おやじさん♪ 日替わり定食1人前お願いね~♪ ところで、アイ、見なかった?」

「『おはよ』って、もう昼前だぞ? アイの嬢ちゃんは、日の出前には出掛けたぞ? ありゃあ、間違いなく"男"だな」


 ガタッ!!

 座りかけたイスを蹴倒して立ち上がる。


「おやじさん! 注文キャンセルで! アタシも出掛けてくるわ!!」

「お、おいおい、嬢ちゃん!」


 宿のおやじさんの声も耳に入らず、アタシは北門へと駆け出した。

 アイめ! 抜け駆けしてくれちゃってぇーー!!

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