第8話 転生/捜査
◇◇シア◇◇
船内の案内の最後に
「メラ、ミウより申請。シア・フジミヤにゲスト権限でのブリッジブロック入室許可」
『了解しました、マスター・ミウ。シア・フジミヤ、レベル・ゲストでの入室を許可。どうぞお入り下さい』
「ありがとう、メラ。さ、シア、入って」
「お邪魔、します」
扉の向こうはもう一枚扉。所謂
「うふふ♪ 『場所、間違えてない?』って顔ね、シア? ウィスタリアⅢ型艦船は、
私の顔色を読んだのか、アリシアが解説してくれる。なるほど。船に何かあっても、
それにしても、アリシアも私の表情分かるんだ……ちょっと嬉しい。
二人に案内され
「想像は付くと思うけど、正面が
"身体再精製機構"。Refined-Body-Sysytemの頭文字を取ってRBS。精神をデータ化して量子コンピューターで記憶。遺伝子情報より身体を再精製して、その身体に
そう、RBSを使えば、私もアキラと同じ身体になれる。
ただ、機械の身体である私には遺伝子情報はない。その為、強化再精製体を作るには、何処からか調達してこなければならない。ミウにでもお願いすれば
何処かに、私と同じ容姿の人間、落ちていないかな?
そんな事を頭の片隅で考えながら、ミウの案内に意識を向ける。
「それで、ここが
台形の部屋の床に半ば埋まるようにして、台形の頂点にそれぞれ1つずつと手前の真ん中に1つ、計5つの席がある。それぞれへの通路は確保されているけど、部屋自体がかなり狭い。もっとも、広ければいいというものでもないけれど。
今は停泊中だからか、船長席以外には誰もいない。そして、船長席にはコウさんではなく、知らない女の人が……違う、"人"じゃない。この場所で私のセンサーが検知している生体反応はミウとアリシアのものだけ。つまり、目の前の女性は、私と同じ……
「ねぇ、ミウ。船長席に座っているのは……」
「あ、気付いた? 彼女はメラク。コウがアキラさんから教えてもらった、貴女に関する技術を応用して作り上げた、私たちのサポート用
「お初にお目に掛かります。貴女が私達の祖、シア様ですね。お目に掛かれて光栄です。"
優雅に席を立ち、流暢に挨拶してきたメラク。その動きに機械っぽさは微塵も感じられない。センサーからの情報がなければ
「初めまして。シア、です。よろしく、お願いします」
私の方が余程たどたどしい……これじゃ、RBSで身体をもらったところで……
「大丈夫だよ! 私も最初は大変だったけど、何とかなったもの! 大変だったのは、主にコウだけどね……」
落ち込んだ私の顔色に気付いて、ミウが慰めてくれる。そうか、ミウも最初は"人"じゃなかったんだった。"人間らしい"という事について教えてもらえる恰好の先生が傍にいる!
「ミウ先生、よろしく、お願いします」
「せ、先生?! え~~と! 私より適任の人に代わってもらうね! リィエ! リィエ!」
急に焦ったように大声を出して他の人の名前を呼び出した。リィエさん……? さっきミウが言っていた、コウさんの奥様で、まだ会った事のない人だろうか? でも、近くにある生体反応は、ミウとアリシアのものだけ。どういう事?
「んもう! ミウ! "先生"って呼ばれて恥ずかしいからって、いきなり変わられても困るわよ! あ、シア、驚かせてごめんなさい。私が皆と同じコウの妻で、
「……どうしたの、ミウ?」
急にミウの口調が変わって、自分の事をリーエロッテさんだと言い出した。ミウ、壊れた? 頭を右ななめ45°から叩けば直るかな?
「ちょっと! 指先揃えて斜め上に振り上げるの止めなさい! 壊れた訳じゃないから! 私はミウの中にいる前世の人格。ミウは私の転生体という事ね。私はコウと共にRBSを開発した者の1人よ。だから、貴女に人の身体を学んでもらう先生にはうってつけという訳。分かってもらえたかしら?」
「……アキラは、コウさんの、生まれ変わり、ですけど、コウさんの、人格なんて、ありません、よ?」
「それは私とミウが特別だっただけでね。アリシアも私の転生体だけど、私の記憶を受け継いではいても、私の人格まではいないわ。そうよね? アリシア」
「そうなのよ。だから子供の頃は『変な夢だなぁ~』って思ってた程度だったわ。記憶の意味が分かったのは、コウに出会ってからね。それから色々あったけれど、今こうしてみんなとコウの妻としていられるのだから満足よ。って、そんな話じゃなかったわよね?」
「話を戻されちゃったわ。まぁ、そういう訳で、一つの身体をミウと私で共用してるの。という事で、改めてよろしくね、シア♪」
「よろしく、お願いします、リィエ」
「それじゃ、お昼を食べてから、まずは、生体についての勉強ね。」
「はい。リィエ先生、よろしく、お願いします」
生命を越えて結ばれ続ける愛と絆。私も頭部を破壊されたら転生する事が出来るのだろうか?
MISSION ”身体を手に入れろ” CONTINUED
◆◆アキラ◆◆
「はぐっ! むしゃむしゃ! んっぐっ!」
「遠慮せずに食えとは言ったが、慌てて食えとは言ってないぞ?」
物凄い勢いで食べ物を頬張るシア。うん、未来視使わなくても分かる。この後は当然……
「む~~~~~~っ!?」
喉に食べ物を詰まらせたシアが、なだからな胸をドンドンと叩く。ま、そうなるわな。
「ほら、これ飲め」
「んぐっ! んぐっ! んぐっ! ぷはぁ~!」
水代わりの薄い葡萄酒が入った木のカップをシアに渡すと、一気に飲み干して一心地つく。
「金ももう払ってあるし、誰も取らないからゆっくり食え。俺もちゃんと居てやるから」
「うん! はぐはぐ……」
とてもいい返事をしてから、どでかいソーセージにフォークを突き刺して噛り付くシア。お腹が、中に1人入っているくらい膨れている。俺は無実だ! あ、いや、飯を食わしたという意味では犯人か?
余程腹を空かせてたんだなぁ…… そのシアの食いっぷりを見ながら、俺もソーセージの1本にフォークを突き刺す。ここのソーセージは具に血を混ぜないタイプのようだ。あれはあれで美味しいんだが、クセが強いからな。こちらの方が万人受けするだろう。
「ふはぁ~! しあわせ~! ぼく、おなかいっぱい~!」
膨れ上がったお腹を、その小ぶりな手で擦りながら、幸せそうな表情を、浮かべるシア。周りから、犯罪者を見るような視線が突き刺さってくる。おいこら、俺はお前達が考えてるような事は一切していないからな!
「さて、飯も食ったし、部屋に行くか」
「うん! いっしょにねようね、アキラ!」
チクチクを通り越してドスドスと表現した方がいい視線を背中に突き刺されつつ、階段を上がって当てがわれた部屋へと向かい、扉を開ける。
「わぁ! ベッド、おおきいねぇ~!」
「……。 俺、2人部屋とは言ったが、ベッドまで
宿屋のオヤジめ。シアは妹だと説明した筈だが、似てないところから邪推しやがったな?
今のシアは俺と同じ黒髪だ。俺のシアと同じ綺麗な銀髪を染めるのは口惜しかったが、手配されていると困るから染めたのだ。
で、同じ黒髪だから妹という設定にして宿に入ったのだが、少々無理があったか?
シアは大きなベッドが気に入ったのか、ブーツも上着も脱がずにベッドに飛び込みゴロゴロと転がっている。
「ほら、シア。ブーツと上着を脱いで、上着を畳んで、枕元に置いてからからベッドに入れ。疲れてるだろうから、今日は早く寝ろ。俺はちょっと出掛けてくるから」
「えっ?!」
さっきまで嬉しそうに転がっていたシアが、俺の言葉を聞いてベッドから飛び起きたかと思うと、何処にそんな力があるんだと思うくらい強く、俺に抱きついた。
「イヤッ! いかないでアキラ!」
「おいおい、俺にだって用事くらいあるんだ。ちゃんと帰ってくるから、安心して寝てろ」
「ひとりはイヤ!!」
まぁ、あんな目にあった後だから仕方ないとは思うが、ロイドとかいう奴らの企みを探る事も急務だし、さて、どうしたものか……
「おねがい! ぼく、アキラとずっといっしょがいい!!」
「あっ……」
俺はシアの背中に腕を回して抱き返した。
この娘はスノウやアイとは違う。彼女達は自分で生きていく事が出来る。今回、事態が彼女達の手に余っていたようだから助力しただけだ。
だがシアは、まだ自分の力だけで生きていく事は出来ない。それを許してくれる程この世界は甘くない事はスノウ達の事で分かっている。俺のシアに似ていたから咄嗟に助けてしまったが、助けた事でこの娘の人生を変えてしまった。なら、それに対して俺は責任を取らなければならない。そしてそれは、彼女の望むものでなければならない。
今、彼女は「俺と一緒にいたい」と言った。だがそれは、俺の全てを見ていない状態での事だ。俺が別の世界から来ていて、化物と言っていい相手と何百年も戦い続けていて、俺自身もその化物と同じだと知ってなお、同じ言葉が言えるだろうか?
正直、シアと同じ顔の彼女に拒絶されるのはかなりキツイが、事実を隠して彼女を受け入れたところで、彼女を幸せにしてやる事は出来ない。覚悟を決めて、彼女に真実を告げよう。よしんばそれが他の誰かに知れて、国とかから追われる事になっても、俺がこの世界から去れば済む話だ。出来ればそれまでに、彼女に生きる為の力を付けさせてやりたいが……
俺はシアの肩に手を置き、少し彼女の身体を離してから膝を折り、彼女と目線を合わせた。
「シア。君みたいな美人にそう言ってもらえるのは男として嬉しい。だが、俺はまだ君に、俺の事を何も話していない。だから、今から本当の俺の事を話す。もしそれを聞いても気持ちが変わらないなら、俺は君を一緒に連れていく。気持ちが変わったとしても、別の街に連れて行って、君が生きられるように何とかする。だから、聞いてくれるか?」
「うん。おしえて? アキラのこと」
俺はシアをベッドに連れて行きその縁に座らせ、自分もその横に座る。彼女の方に顔を向けると、彼女も俺を見上げていた。人の目を見て話す。そして聞く。互いの気持ちを伝える為には当たり前の事。
俺は
話を終えた時、シアは涙を流していた。
「アキラ、かわいそう…… かえるところ、ないんだね……」
シアは他人の為に泣ける娘か。いい娘だな。そういえば、俺のシアも結構お人好しだ。困っている他人を放っておけない。まぁ、そう育てたのは俺なんだが。
「俺の為に泣いてくれるのか…… 優しいな、シアは」
シアの頭を優しく撫で、それからハンドタオルを取り出して、涙に濡れているシアの顔を拭いてやる。そして、俺からハンドタオルを受け取ると、
ブーーッ!
あ、こいつ、ハンドタオルで鼻をかみやがった!? まぁ、後で洗えば済む話か。
「それで、どうする? お前から見れば、俺は化け物と言って差し支えない身体だ。はっきり言って、俺に付いてきても、普通の幸せなんてあり得ない。俺としては、何処かで里親を捜して、普通に暮らした方が幸せになれると思うぞ?」
「……アキラは、まちのそとにいる、こわいのみたいに、おそったりするの?」
「俺の力は、倒すべき相手にしか振るわない。それは、この身体になった時に決めた、絶対に守らなければならない誓いだ。無闇やたらに力を振るえば、本当に大切なものまで壊してしまうからな。だから、魔物みたいに誰かれ構わず襲ったりしないさ」
「そう…… ちょっと、かんがえてもいい?」
「勿論だ。ちょっとと言わず、しっかり考えるんだ。さっきも言ったが、シアがどう選んでも、悪くないようにするから」
「うん、わかった。ありがと、アキラ」
歳以上に利口だな。だが、そうでないと貧民街じゃ生きていけないだろう。って、そういえば、シアの歳、聞いてないな。これで成人とかだったら、ある意味笑える。
「でだ、俺が今出掛けないと、こっちで友達になった人達が困った事になりそうなんだ。だから……」
「アキラといっしょにいっちゃ、ダメ?」
「多分、"まちのそとのこわいの"をやっつけに行かないといけなくなりそうなんだよ。怖いの、嫌だろ?」
「でも! ひとりもこわいの!」
うーーん、どうしたらいいものか…… そうだ、あれをシアに貸すか。俺は量子化を解除して、手元にヘッドギアのような物を出してみせた。何もない所から突然現れた物にシアが目を丸くする。
Multi-purpose・Infomation・Support・Equipment、多目的情報支援装備、
「じゃあ、シア。君にいい物を貸そう。これを着けていれば、俺と離れていても話が出来るし、俺が見ているものと同じものを見られる。後、100m……4軒先の宿屋くらいまでなら、見えなくても中に何人居るか分かるんだ。それなら怖くないだろう? 今日のところはこれで我慢してくれると俺も助かる。どうだ?」
「! すごいね! うん、わかった! ぼく、ここでまってる!」
「いい娘だ、シア。なるべく早く帰ってくるから」
沢山シアの頭を撫でる。少し頬を紅くして嬉しそうな笑顔を見せるシア。俺のシアにも、こういう表情をさせてやりたいと思う。
俺のシアと別れて丁度丸一日。向こうだと3時間と少しというところか。おかみさん特製の晩飯食ってる頃だな。
そして俺はシアの頭にMISEを被せ、シアに使用させる為のコマンドを紡ぐ。
「コマンド。
自動でサイズが調整され、シアの頭にひったりフィットする。最初は耳に若干の圧迫感がある筈だが……
「うん、だいじょうぶ。どうしたらアキラとはなせるの?」
「もう出来てるさ。後は、"ハーフスクリーン"と言うと、右目だけが、"フルスクリーン"と言うと視界全部が、俺の見ているものと同じになる。試してみな?」
「うん! "ハーフスクリーン"! わっ!? かたほうのめだけ、ぼくがみえるよ! あははっ! おもしろーい!」
自分が手を振る姿を自分で見るのは面白いようだ。確かに、家電量販店とかでビデオカメラが展示してあって、自分の姿がテレビに映っていると、思わず手を振ってしまうよな。
ちなみに、今は俺とシアだけだから、フルスクリーン、ハーフスクリーンのコマンドだけで相手のカメラ画像を見られるが、3つ以上でやるなら、"リンク・登録名"を前に付けないと繋がらない。"リンク・シア・ハーフスクリーン"という感じだ。
「"フルスクリーン"にしてしまうと、自分の周りが見えなくなってしまうから、ベッドに寝そべるか座るかするようにな。それと……これでよし。シア、頭、触ってみな?」
「あれ?! さっきまでのがないよ!? でも、ぼくのかお、まだみえてる……どうして?」
「理屈はシアには難しいから、そんな事が出来るんだと思っててくれたらいい。俺のも普段は消してあるんだ。ほら」
アンタレスの頭部ユニットを量子化解除してシアに見せる。フルフェイスで外からは表情が見えない。
「あ! ぼうけんしゃのひとが、よくつけてるやつだ! アキラの、あかくてかっこいいね!」
「ありがとな、シア。で、俺の口が見えなくても、俺の声がはっきり聞こえるだろ?」
「ほんとだ! じゃあ、いつでもアキラとおはなしできるんだね!」
「そういう事。それじゃ、行ってくる。帰ったら一緒に寝てやるから」
「うん! いってらっしゃい!」
俺は窓をそっと開け、外を確認する。まだ夜も更けていないから、それなりに人通りがあるな。念の為、
「あ! アキラ、どこ?!」
俺を見失ったシアが大声を上げる。まぁ、まだ
「シア、静かに。"アンチステルス"って言ってみな?」
「うん! "アンチステルス"! あ! アキラ、いた!」
ガシッとしがみついてくるシア。
「だから、静かに。シア、もう少し小さな声で話そうな。隣の部屋の人や宿の人がびっくりして、部屋に入ってきてしまうぞ?」
「あ……ごめんなさい……」
「俺も急に消えて悪かった。ごめんな。でも、これで分かっただろう? いつでも、俺はシアと話が出来るんだ。どんなに小さな声でもシアの声は聞こえるから、安心しな」
「(小さな声で)うん! わかった! いってらっしゃい、アキラ!」
「行ってくるよ、シア。俺が出たら、窓を閉めておいてくれ」
「(小さな声で)うん! わかった!」
シアの頭を一頻り撫でてから、俺は自分が通れる程度に窓を開け、するりと外へ抜け出して、宿の屋根へと上がった。それと同時に、シアがそっと窓を閉める。うん、利口でいい娘だな、シア。
さて、どうするか…… まずはロイド達の反応を追ってみるか。
センサーでロイド達に付けた電波発信物質の電波を確認すると、意外に近い場所から反応があった。直線距離にして50m程か。俺達の宿は、中央広場から南に伸びる大通りから、一本横道に入った所にあるが、反応のあった場所は、中央広場から南に行ったすぐの大通り沿い。
よく確認すると、その反応のすぐ近くに、俺のセンサーに登録されている生体反応が2つ。スノウとアイだ。
という事は、あそこがスノウ達の言っていた
『アキラ! アキラのほうに、なんかまるいのでたよ?』
「それが、"見えなくても中に何人居るか分かる"って言っていたやつだ。丸の中心に俺がいて、丸の中の点1つが、人間と同じくらいの大きさの生き物を示しているんだ。ここは街中だから、その点はまず人間で間違いない。赤い点は俺が目印を付けた奴、青い点は俺に会った事がある人間だ。シア、"センサリング"って言ってみな?」
『うん! "センサリング"! あ、まるいのでた! まるいののまんなかに、きいろのてんがあるよ?』
「それは俺だな。俺が動くと……」
『あ! きいろのてん、うごいた!』
「味方として登録してあると黄色の点になる。これの使い方も、また練習させてやるからな」
『うん!』
俺が屋根を駆け、その宿の上へと辿り着いた丁度その時、ロイドともう1人が宿から出てきた。ナイスタイミングだ。そのまま移動先を観察する。尾行をする必要はない。反応は何時でも追えるのだから、態々気付かれる危険を冒す必要はない。
2人は、ど真ん中に誰かも分からない像の建つ広場を抜け、こちらとは丁度反対側にある建物に入った。広場に面しているが、宿屋という雰囲気ではない。なら、あそこが冒険者ギルトか?
俺は探索用ドローンを射出した。勿論、
ギルトの中には食堂もあるようで、夕食には遅い時間でも人の出入りはそれなりにあった。
俺は客が開けた隙にドローンを扉の向こうに滑り込ませ、ギルトに侵入させた。
ドローンが送ってきた映像は、俺の予想していた通りで、ギルトの受付カウンターと、その向こうに賑わっているテーブル席が幾つか見える。
2人の反応を追うと、階段を上って2階の奥へ向かっていた。こういう建物の一番奥には大抵偉い奴の部屋があるものだ。
俺はドローンを急行させる。出来れば部屋の中に侵入し、直接証拠となる映像を記録しておきたい。
ドローンが2人に追いついた時、2人は部屋に入り、扉を閉めるところだった。間に合うか?!
カッ!
ギリギリ隙間に滑り込ませるのに成功したが、少し扉を掠めて音が出てしまった。
『ん? 何ですか、今の音は?』
『誰だ!?』
ロイドが誰何しながら扉を開け放つが、当然、誰もいない。扉の陰も確認しても、当然、いない。
『【マナ・サーチ】。……近くに反応があるのはギルド長の持ち物だけですね』
ロイドの連れの奴が何か魔術を行使した。名前からして、魔力を検知するやつか? だが、当然引っ掛からない。ドローンは魔力を使っていないのだから。
『気のせい、か?』
『魔力の反応も、潜んでいる気配もありませんね。扉の建付けでしょうか?』
音の原因を特定出来ず、追究を諦めたようだ。危ない危ない。
『お前達、急にどうした? 誰かいたのか?』
『いえ、気のせいだったようです。魔力の反応もありませんでしたし』
『そうか…… では、扉を閉めろ。報告を聞く』
『はい』『おう』
扉を閉めて鍵を掛ける2人。そして奥の執務机に座る中年のおっさんの前に並んで立った。
『それで、お前達はゴブリン共に女を渡すだけの簡単な仕事すらしくじったと?』
『お恐れながら、ギルド長、彼女達に協力者が現れたようで。何でも、素手でゴブリン5匹を瞬殺したとか』
『素手でゴブリンを瞬殺?
『いえ、彼女達の話に因ると、【
『何だと?! 高位魔道士!? まさか本部の査察官か!?』
『ですが、その2つしか使えないとも言ってたと。どうにもちぐはくで判断がつきません。それと、その者に撃退され逃げ戻ってきたゴブリンに聞き、10数匹のゴブリンを連れて捜索に行った際、襲撃を受けました。夜の遠距離からの攻撃だった為、姿は確認出来ず、音もなくゴブリンを次々と倒され、自分達も攻撃を受けました。当たり所が良かったのか傷は受けませんでしたが』
『うむ……その襲撃者、2人の協力者と同じだと思うか?』
『分かりません。戦い方がまるっきり違いますので。ですが、もしそうなら、自分達も含め、現在ここのギルドにいる冒険者では相手にならないかと』
『……だが、ゴブリンの繁殖管理をやめる訳にはいかん。ゴブリンがいなくなれば、ここのギルドは干上がってしまう。何とかそいつの首に鈴を着けたいところだが……』
『2人の協力者は、明日、こちらに登録に来るようです』
『そうか。名前は?』
『アキラ、と言うそうです。歳は我々くらい。赤毛の青年だそうです。何でも、遺跡の魔術トラップに掛かり、強制転移させられてきたとか。戻る方法を探すべく、街で情報を集めると言っていたそうです。先程2人から聞き出しました』
『なら、暫く自重していれば去ってくれるという訳だな。よし、ゴブリン共に命じて、余計な襲撃をさせないようにしろ。お前達を含めて、この件を知ってる奴らでゴブリンに食料を運んで言う事を聞かせるんだ。いいな?』
『分かりました。他の奴らにも声を掛けておきます』
『よし。ならお前達は下がっていい』
『分かりました。失礼します。ロイド、行きますよ』
『ああ』
どうやら話は終わったようだ。俺の予想通り、組織的な謀略だったか。ゴブリンの数をコントロールして悪さをさせ、それを冒険者が退治する事で人々に冒険者と冒険者ギルドの必要性を認識させる。こういうマッチポンプは何処の世界でも度々見る。はっきり言って気持ちのいいものではないが、郷に入ればは郷に従えという言葉もある。俺としては、知り合いが巻き込まれなければ是でも否でもない。
だが、今回、知り合ってしまったあの2人が巻き込まれている。だから、あの2人の事だけは何とかしてやろうと思う。
で、具体的にどうするのかというと、この映像を彼女達に見せ、この街から離れるように説得するのが一番穏やかなやり方だろう。彼女達も一所には居づらい身の上のようだし。
ただ、
それに、シアの処遇もある。何時までも部屋に閉じ込めておく訳にもいかないし、訓練もしてやりたい。
取り敢えず、宿に帰ってシアに添い寝してやるか。
▲▲スノウ▲▲
「はぁ~♪ 飲んだ飲んだ♪ みんなで飲むお酒は最高ね!」
「もう……スノウ、飲み過ぎよ?」
みんな無事再会出来た事を祝して、
「そんな事ないわよ! 生きて再会出来たお祝いなんだから!」
「それは、まぁ、そうね」
「これでアキラも居たら、もっと良かったのに……」
「それも……そうね……」
アキラとも飲みたかったわ……
「どこ行っちゃったんだろ? アキラ」
「分からないわ。アキラの事だから、この辺りの魔物にやられたりはしないでしょうけど……」
「縁起でもない事言わないの! アキラが負ける訳ないわ! だって光の剣を持った勇者だもの!」
「ちょっと! それ、誰にも言わないってアキラと約束したでしょ!?」
「大丈夫よ! だって誰も聞いてないし!」
「そんなに口が軽いと、アキラに嫌われるわよ?」
「そんな事ありませんよ~だ! アキラと先に仲良くなったのは、アタシですよ~だ!」
「あぁもう! さっさと部屋に行くわよ!」
アイに連れられて、アタシは部屋に戻った。明日はアキラと心ゆくまで飲むんだから!
△△アイ△△
飲み過ぎスノウを彼女の部屋に放り込んで、私は自分の部屋へと戻った。スノウとは一緒に仕事する仲だけど、部屋は別々に1人部屋を借りている。プライベートな時間も欲しいもの。
「ふぅ……やっとひと心地ついたわ。スノウのお酒好きにも困ったものね……」
仕事用の装備を脱ぎ、下着姿になる。鎧とかよりはマシだけど、ローブでも丈夫に作られているから、重くて肩凝るのよね。
この宿は部屋に水差しと水桶が用意されていて、食堂までいかなくても水が飲めるし、身体も拭ける。ちょっとした事なんだけど、部屋着で廊下をうろつきたくない女性にとってはありがたい配慮よね。
手拭いを水桶に浸してよく絞り、丁寧に身体を拭いていく。明日はまたアキラに会うんだから、綺麗にしておかないとね。スノウ、お酒臭い身体でアキラに減滅されるがよろしくてよ、おっほっほ!
まぁ、スノウの事は置いておくとして、問題はロイド達の方。スノウは気付いてなかったようだけど、ロイド達の装備、綺麗過ぎる。ゴブリン共を突破して街に戻っても、あの時間だと街には入れない。ロイド達が街に入れたのは早くて今朝の筈。そして、ゴブリン共に攻撃されて傷だらけになった装備が、半日くらいであんなに綺麗に修繕出来る訳がない。
という事は、ロイド達はゴブリンに攻撃を受けていない事になる。
それはどういう事か。私はこの街に来る前に噂で聞いた事がある。地方のギルドが運営の維持の為に、一般人や冒険者の女性を魔物に与えて管理している、と。
もしそうなら、早々にこの街から去った方がいい。ゴブリンの母親になるなんて御免被る!
そしてふと思い至る。
もしかして、アキラはロイド達の企みを知って、ロイド達に顔を知られない為に?
アキラとは短い付き合いだったけど、そういう事を見過ごせる人ではないと思える。何故なら、アキラは見ず知らずの私達を助けてくれた。最初、私達はアキラの存在に気付いていなかったのに、向こうから声を掛けてくれた。他人を見捨てられる人間が自分から面倒事に首を突っ込む事はしないだろう。
明日、アキラに会ったら、ロイド達に知られないように相談してみよう。アキラならきっと、何か考えてくれるに違いない。
身体を拭き終えた私は、手早く部屋着を身に着け、ベッドに入った。
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