第6話 同行/戦闘/講義?

◇◇シア◇◇


「私に、アキラと同じ、強化再精製体リフボディの、身体を、下さい!!」


 これを逃したら、次はいつ出会えるか分からない。私やアキラと同様に、コウさん達も世界を護る為に時と世界を越えて戦っている。日時を約束して待ち合わせたとしても、それを守れる保証もない。だから、何としても今ここでアキラと同じ身体を手に入れたい。


「お願い、します! 私は、もっと、アキラと、身も心も、一緒にいたいん、です!!」


 私の懇願を見つめるコウさんの瞳の色が茶色ブラウンから深紅クリムゾンへと変わる。これはコウさんの、そして、アキラも持つ特殊能力、"未来視フューチャーサイト"が発動している時に起こる現象だ。

 "未来視フューチャーサイト"。これから起こりうる全ての可能性を視る能力ちから

 例えば戦闘なら、相手の動きを視てこちらの攻撃を必中させたり、相手の攻撃を完全回避出来たりする。

 また、行動の選択を迫られた時、選択によって未来がどう変わるのかも視る事が出来る。

 しかし、利点メリットが大きい分、その欠点デメリットも大きい。一瞬先ですら未来は無限に分岐している。その全ての情報を受け止める事は強化再精製体の強化された脳の処理能力ですら足りない。一瞬先ですらそうなのだから、もっと先の未来となると更に厳しくなる。下手な使い方をすれば、脳が負荷に耐えきれずに焼き切れてしまう。

 だから当然、絞り込みフィルタリングをする必要が出てくる。でも、絞り込み過ぎると見落としが出る。

 コウさんとアキラ、そして"アイツ"は、それを人物や一つの事象に絞る事で可能としている。

 そう"アイツ"はコウ=フジイのなれの果て、つまり、未来視が使える。

 それを相手に、アキラと私は2人の連携で勝利してきた。アキラが"アイツ"を引き付けて私へ未来視を向けさせないようにし、私が援護攻撃を行って"アイツ"に隙を作らせ、その隙を突いてアキラがトドメを刺す。私が自我に目覚めてからずっと、アキラのと2人の共同作業で乗り越えてきた。

 しばらくすると、コウさんの瞳の色が元に戻っていく。私の未来に何を視たのか、表情は険しい。


「シアさん。今一度君の未来を確認してみたが、前と変わっていない。だから、今は強化再精製体は渡せない。前にも言った通り、アキラ君と一緒に来てくれ」

「……そう、ですか。でも、何とか、ならない、ですか?」


 普段なら素直に引き下がる私だけど、今日は食い下がる。漠然とした不安。アキラが、私の知らない誰かに取られてしまうような。不安が焦りを呼び、焦りが固執を生む。


「どうしんだ、シアさん? 君らしくないな。アキラ君と喧嘩でもしたのか?」

「アキラと、喧嘩なんて、してません。でも……」


 自分の感じているものが上手く言葉に表せない。上手く伝えられない。それがまた焦りを大きくしていく。


「何とか、お願い、します! コウさん!!」


 コウさんは、軽く握った手を顎に当て、何かを考えている様子だ。強化された頭脳が、私の望みを叶えた上で、未来視で視た最悪の未来を回避すべく、フル回転で探してくれているのだろう。


「コウ、シアに一緒に来てもらえばいいんじゃないかな?」

「ん? それはどういう事だ、ミウ?」


 私に心強い援軍が現れた。彼女の名前はミウ。アキラにとっての私と同じように、コウさんにとってのパートナー。すらりとした体型に緋色のロングヘアーが魅力的な女性だ。

 あれ? でも、前に会った時、ミウの身長は私と同じくらいだった。でも今は、私より頭一つ高い。体型も、前は私と同じ、ほぼつるぺただったのに比べて、今は大きくはないものの、女性らしい柔らかな曲線を描いている。

 何か……すごく負けた気分……


「あの船の救援は急ぎよね? だから私たちもアキラさんを待っててあげる訳にはいかないけど、シアは私たちとここで別れてしまうと、次にいつ会えるか分からないのを不安がってるのよ。だから、シアの船をウィスタリアに収容して、アキラさんに向けてビーコンを発信し続けてもらうの。アキラさんなら、ビーコンが移動している事で、私たちに同行しているのは分かる筈。ビーコンを"アイツ"に察知されたとしても、4隻中3隻が集合してるこの状態なら、戦力的に充実しているから手は出してこないと思う。そして、アキラさんと合流してからシアの身体置換処置を行えばいいと思うの。どうかな?」

「なるほどな。アキラくんから来てくれればよし、アキラくんがビーコンを打ってきたらウィスタリアで迎えに行くのもよしって事だな。いい提案だ、ミウ。シアさん、それで良ければ君を受け入れるが、どうする? アキラくんと合流するまでの間、強化再精製体の知識を勉強しておけば、乗り換えも適応もスムーズに行えるだろうし」

「それで、問題ありません。よろしく、お願いします」


 私にとってこれ以上ない提案だ。持つべきものは親友。ミウに感謝しないと。


「シアの気持ち、私もよく分かるから。いつも一緒にいる人が少し離れるだけで不安になるものね。それに、アキラさんにもっと愛して欲しいんだよね。私も協力してあげる。いつでも私は貴女の味方だからね、シア」

「理解して、もらえて、嬉しい。本当に、ありがとう、ミウ」

「よし、話はまとまったな。なら、やるべき事をやろう。ウィスタリアの後部ハッチを開放するから、シアさんはシネラリアを1番ハンガーに入れてくれ。ミウはシアさんの面倒を見る事」

「了解♪ シア、ハンガーの準備して待ってるからね♪」

「分かりました。シネラリアを、移動して、きます」


 私は、足取りも軽く、中型駐機場へと向かった。


MISSION ”身体を手に入れろ” CONTINUED


▲▲スノウ▲▲


「よし。それじゃ、さっさと倒して街に向かうぞ」

「「はい!」」


 気合い入れていくわよ!


「それじゃスノウ。気配感知の訓練だ。今君が感知出来るのは100mくらいだが、やり方次第でもっと伸ばせる。まずは薄く広く、何かがいる事さえ分かればいい程度の感度で気配を探ってみるんだ。種類や数、距離なんて必要ない。自分からの方向さえ分かれば充分だ」

「分かった。やってみる」


 目を瞑り、感覚を研ぎ澄ます。何かがいる、その方向さえわかればいい。

 自分の正面よりやや右方向。本当に薄っすらとだけど、違和感のような、それと嫌悪感なようなものを感じる。もしかして、これが?


「こっちから嫌悪感を伴った違和感のようなものを感じるわ」

「よし。なら次は、それに絞って、それを確かめるように意識を向けるんだ。遠くの人影を確かめるのに目を凝らすような感じで」


 言われた通り、その違和感に意識を集中させる。全体的にもやっとしていた違和感が、いくつかの細かい違和感に別れているのが分かってくる。1、2……7? 8? いつもアタシが気配を感じるより3倍くらい遠い。


「違和感が7つか8つに感じられるわ。いつもアタシが感じるより遠くにある気がする。3倍くらいかしら?」


 目を開けてアキラを見る。アキラの口元に笑みが浮かんでいた。


「上出来上出来。アドバイスだけで一回で成功させるとはな。やっぱり天才なんじゃないか。普通は、"何かいる"くらいしか感じられないんだぞ? その感覚を忘れないようにな。これが出来るだけでも、生存率が格段に上がる。後は普段からしっかり訓練して、もっと速やかに読み取れるようにする事」

「分かった。ホントにいい事教えて貰ったわ。ありがと、アキラ」


 2日前にこれを知っていたら、ロイド達を犠牲にせずに済んだかと思うとやるせなさを感じる。でも、あの事がなかったらアキラに出会えてなかった訳で……運命って、酷よね。


「よし、相手の場所が分かったところで、どうやって戦うかだが、この場合、2つの戦術が取れる。1つは背後からの急襲。もう1つは誘き寄せての待ち伏せだ。急襲は、戦いの主導権イニシアチブを握りやすいく、短時間で片付けられるが、こちらから動くから見つかりやすく、罠などの場所に対する事前準備がやりづらい。一方、待ち伏せは事前準備をしやすいし、相手からの察知もされにくいから、比較的安全に戦えるが、場所を選ぶし、それなりに時間と手間も掛かる。今回は2人の安全を優先して、誘き寄せての待ち伏せをする。いいな?」

「オッケーよ!」「分かったわ!」


 急襲と待ち伏せの利点、欠点は、アタシは故郷にいる時に学んだから知っていた。地方とはいえ領主の娘という、人の上に立つ立場なら学んでいて然るべきだ。でも、アキラと共通の認識を持てた事でとても安心出来た。


「それじゃ、次はアイに頑張ってもらおうか」

「うん! 任せて!」


△△アイ△△


「それじゃ、次はアイに頑張ってもらおうか」

「うん! 任せて!」


 スノウばかりにいい格好させないからね!

 何だって任せて! 空を飛ぶ以外は……


「アイ、大きな音や眩しい光を出す魔術はあるか?」

「【スタンボム】というのがあるわ。強烈な光と爆発音で相手の動きを止めるの。もちろん、光と音を感知出来る相手にしか通用しないけど」

「ナイスだ。射程は?」

「20mよ。他の射程のある魔術もそうだけど、魔力を余分に込めれば射程を伸ばせるけど、どうする?」

「ゴブにそこまでは必要ないな。よし、なら、魔術を撃ち込む場所を決めよう。アイ、君ならどこにする?」


 そう言われて辺りを見回してみる。ふと、一際幹の太い木が目に入った。これを障害物にすれば、ゴブを分断するのに使えるかも。


「この木の近くにするわ。障害物として使えば分断も出来るでしょ? この木の向こう側に【フレイムスプレッド】を撃ち込んで、バラける前に何匹かは焼き殺してあげるわ!」


 ふふ~ん! 完璧でしょ? 伊達に卒業生次席じゃないわ!

 アキラは軽く握った手を顎に当てて何かを考えてる様子だった。私の作戦が問題ないか検討してくれているのだろう。大丈夫、完璧だから!


「それでいってみようか。スノウ、アイの作戦を聞いて君はどう動く?」


 そうか。アキラは私達に自分で考えさせようとしてくれているんだ。確かに、ある程度は自分達で判断して動けないと。指示がないと動けないでは、いざという時に役に立たないものね。アキラって、個人でも凄そうだけど、リーダーとしても優秀そう。ここで出会えたのは僥倖だったのかもしれない。


「そうね……アイの近くの木に隠れて、アイが撃ち込むと同時に切り込むわ。こちらの人数が少ないから、近い方から順に始末する感じかしら。下手に離れて、アイがぶちかます前に見つかって、バラけられると面倒でしょ?」

「それなら私は、【フレイムスプレッド】を撃った後に、スノウの相手していない奴を魔術で牽制するわね。アキラ、こんな感じでどう?」


 2人でアキラを見る。私達の視線を受けて、アキラは頷いた。


「よし、それじゃその作戦を実行してみようか。実際には考えたように行かない事も多い。常に視野を広く持つように心掛けるんだ。全てが終わるまで気を抜くんじゃないぞ?」

「分かったわ」「了解よ」

「よし。なら、アイ。君の選んだ木のなるべく上の方に、【スタンボム】を、間隔を少し空けて2発撃ち込んで、奴らを引き付けるんだ。スノウは奴らの気配を探って、いつも感じる距離の半分くらいまで近付いたら、アイに合図を送るんだ」

「「了解!」」


◆◆アキラ◆◆


「よし。なら、アイ。君の選んだ木のなるべく上の方に、【スタンボム】を、間隔を少し空けて2発撃ち込んで、奴らを引き付けてくれ。スノウは奴らの気配を探って、いつも感じる距離の半分くらいまで近付いたら、アイに合図を送るんだ」

「「了解!」」


 さぁ、2人の思った通りにいくかな? アイが魔術の詠唱を始めた。


「大気に満ちし魔素エーテルよ! 我が意思に従い魔力マナと成りて、大いなる音と光の炸裂を! 【スタンボム】!」


 アイの持つ杖から、何か不可視の力場のようなものが撃ち出され、木の上の方へと飛んで行く。

 何で見えないのに分かるのかって?

 力場というのは、空間に何かの作用を及ぼすものの総称だ。

 空間に何かが作用すれば、空間は大なり小なり歪む。

 空間が歪めば、それは重力波として俺のセンサーで感知出来るのだ。

 アイの放った謎力場が15、6m程の高さに到達した時、


バァンッ!!


 目に痛そうな白い光を炸裂させ、大きな破裂音が響いた。


「もう一発! 【スタンボム】!」


 バァンッ!!

 ほー。どうやら意識が魔術の発動状態を保っているなら、次は詠唱なしでも使えるのか。アニメ的な表現をするなら、手先に魔法陣を展開したままというところか。魔術士を相手にする時には留意しておくべき事柄だな。

 さて、ゴブ共はどうなったかな?


「! こちらに向かって動き出したわ! でも、そんなに速くないわね」

「それはそうだ。アイツらからしてみれば、不審な物音がしたから様子を見に行こうという程度だろうからな。今はこちらが風下だから、匂いも気付かれ難いし。ま、いいんじゃないか? もう一発くらい【スタンボム】撃ってから迎撃体制を取れば」

「そうね。じゃあ、もう一発! 【スタンボム】!」


バァンッ!!


 都合3発目の【スタンボム】。流石にゴブリン共も場所が分かったようで、こちらに真っ直ぐ向かってくる。


「こっちに向かってくるわ!」

「よし。後は2人で思う通りにやってみるんだ。フォローはするから安心してやるといい」

「「了解!」」


△アイ△△


 バァンッ!!

 3発目の【スタンボム】を放ってから、スノウの方を見る。


「こっちに向かってくるわ!」


 やっとゴブリンが誘い出されてくれたみたい。さぁ、ここからが本番ね!


「よし。後は2人で思う通りにやってみるんだ。フォローはするから安心してやるといい」


 アキラが見ててくれるなら、大丈夫、何も怖くない!


「「了解!」」 


 スノウと共に返事をして、予定通り、目標の木から15m程離れた木の陰に身を隠す。スノウはすぐ左隣の木だ。

 スノウが私に見えるように軽く右手を上げ、指を折り始めた。詠唱開始のタイミングを教えてくれているのだ。恐らく10カウント。親指から順に折られ、小指が折られて1秒後に、今度は小指が順に伸ばされていく。人差し指、親指と伸ばされた後、こちらを示すように、手首が軽く振られた。


「大気に満ちし魔素エーテルよ! 我が意思に従い魔力マナと成りて、焼き尽くす炎の炸裂を!」


 【スタンボム】と時と同じように、発動状態を保っておけば、後は名前を言うだけで撃ち出せる。

 スノウの手が再びカウントを始めた。今度はゴブリンが目標の場所に到達するタイミングだろう。

 5、4、3、2、1、

 スノウの手が振られたと同時に、木陰から身を乗り出し目標地点に向けて構える。私の目に、太い木の下で屯っているゴブリンの集団の姿が飛び込んできた。


「【フレイムスプレッド】!!」


 私の手先から撃ち出された紅き光弾。狙い過たず、木の根本より少し向こうに突き刺さる。


ドゴォォォン!!


「「グギャアアア!!」」


 炎に巻かれたゴブリン4匹が燃えながら転がり回る。よし、後4匹! 爆発の向こう側に1匹、手前に3匹。

 その手前の3匹へ、魔術の発動と同時に飛び出していたスノウが、刃が片側にしか付いていない、少し反りの入った剣を左右の手に持ち、裂帛の気合いで切り込んだ。


「はぁぁぁあああっ!!」


▲▲スノウ▲▲


「はぁぁぁあああっ!!」


 腰から2本のセイバーを抜き、気合いの声を上げながら3匹のゴブリンに肉薄する。


「はあっ!!」


 正面からぶつかるんじゃなくて、脇をすり抜けるような軌道で踏み込みながら、身体の捻りも加えて、右手の刃を1匹目に叩き込む。


「ッ!!」


 丁度良く首筋に入った刃が、ゴブリンの首を容赦なく斬り飛ばす。悲鳴を上げる間もなく宙を舞うゴブリンの首。まずは1つ!


「てやあっ!!」


 右手の剣を振り切った勢いそのままに、更に2匹目のゴブリンへと踏み込み、身体を回転させて、左手、右手と、剣を叩き込み、その向こう側へと駆け抜ける。


「グギャアアアッ!!」


 左手の剣がゴブリンの顔を、右手の剣がゴブリンの右肩を深く抉ったけど、倒すには至らなかった。すかさず切り返してトドメを刺しに行こうとしたその時、自分の斜め後ろから強烈な嫌悪感を伴った違和感を感じて、身を捻りながらその場から飛び退いた。その直後、さっきまでアタシのいた場所に、短剣を振り下ろしたゴブリンの姿があった。


「【アイスニードル】!!」


 そこに、アイの放った氷の針の魔術が着弾した。


「「グギャアッ!!」」


 上手い具合に2発共それぞれのゴブリンの頭に当たり、動かなくなるゴブリン達。


「ナイス援護、アイ! あと1匹!」


 体勢を立て直して、爆発の向こう側で生き残っていた最後の1匹に向かって駆ける!

 最後の1匹は弓を持っていて、焦りながらも矢を放ってきた。だけど、撃つところが見えてる弓なんて何も怖くない。もう1発撃ってきた矢を左手の剣で切り払いつつ接近、そして踏み込む。


「これで! 終わり!!」


 右手の剣を横に薙ぐ。宙を舞うゴブリンの首。

 美しくな~い!!

 両手の剣を振って刃に付いた血糊を飛ばしながら辺りを見回す。ゴブリン死屍累々。動くヤツはいなさそうだ。

 やった…… アイと2人で、これだけの数のゴブリンを…… やった!!


「やったわ! アイ! アタシ達2人で、8匹のゴブリン倒せたわ!!」

「やったわね! スノウ!!」

「これもアキラのお蔭……」

「スノウ!! まだだ!!」

「えっ?!」


 突如背後に湧き上がる違和感! 咄嗟に身を捻るけど、体勢が崩れたせいで避けきれない。焼け焦げたゴブリンが短剣を振りかざして迫る。妙にゆっくり見えるその刃が自分に突き刺さるのを覚悟したその時、


ドンッ!!


 さっきのアイの魔術のよりも、低くお腹に響くような破裂音がしたかと思ったら、ゴブリンの頭が何かに抉られたように吹き飛んだ。

 アタシは2、3歩後ろにたたらを踏んだけど、何とか持ちこたえてアキラ達の方へ振り返る。

 そこには、アタシと同じように驚いてアキラの方へ振り返っているアイと、右腕で長細い物を水平に持ち、紅く輝く瞳と共にこちらに向けているアキラの姿があった。


ドンッドンッドンッドンッドンッ!!


 さっきと同じ破裂音が、今度は連続で5回。その音が1回する度に、首を飛ばした2匹とさっき吹き飛んだ1匹以外のゴブリンの死体の頭が吹き飛んでいく。

 それが終わると、アキラはその長細い物の先を足元の地面に向けつつ、空いている左手で何かをした後、自分の腰の後ろへと取り付けた。


「スノウ! 何処も怪我はないな?」


 そして駆けつけてきて、アタシの身体にペタペタと触れながら、怪我の有無を確認してくれる。

 普通の男なら、どさくさ紛れに胸やお尻に触るのだろうけど、アキラはそんな事はしなかった。こういう真摯な態度もポイント高いわよね。


「大丈夫、アキラが助けてくれたから。ありがと、アキラ」

「無事ならそれでいい。戦闘前にも言ったが、全てに確実にトドメを刺すまでは気を抜くな。つまらない事で死にたくはないだろう?」

「それは、ごめんなさい。これからは気を付けるわ。アキラに心配掛けたくないし」


 上手く出来たと思ったんだけど、最後にケチつけちゃったな……

 アタシが肩を落としてると、アキラがその肩に手を置いて励ましてくれる。


「そんなに悄気しょげるな。最後以外は完璧だった。過ちは繰り返さなければいいんだ。良い勉強になったと思えばいいのさ」


 アタシは顔を上げた。そこには笑みを浮かべたアキラの顔があった。

 優しげに細められたアキラの眼がアタシの視線を捕らえて離さない。

 もっと見詰めていたい……もっと見詰められていたい……

 でも、そんな時間は不意に終わりを告げた。アキラがアタシを正気に戻すかのように、ポンっとアタシの肩を軽く叩いた。


「それじゃ、街に向かおうか。今日は出来ればベッドで寝たいからな」

「えっ? えぇ……そうね。アタシもゆっくり休みたいわ」


 あぁん! 残念! でも、街に落ち着けば、ゆっくり話す機会もあるでしょうし。

 あれ? そういえばさっきアタシを助けてくれた時紅かった瞳は、元の濃い茶色に戻っていた。あれは何だったんだろう?


「あ! アキラ! 少し待ってもらっていい? ゴブリンは常時討伐対象の魔物だから、討伐証明部位をギルドに持っていくと報酬が貰えるのよ。ゴブリンの証明部位は耳だから、耳を切り取らせて?」


 アイに言われるまで忘れてた。高くはないけど、バカにもならないから重要よね。


「分かった。皆で手分けして、手早く済まそう。すまないが、ナイフを1本貸してくれ。Pブレードなんかで切ったら断面が滑らか過ぎて、面倒事になりかねない。街に行ったら、適当な武器を調達しないとな」

「じゃ、アタシの剣一振り使って。アキラなら扱えるでしょ?」


 アタシのセイバーの1本を抜いて、柄をアキラに向けて差し出す。

 アキラは剣を受けとると、剣身を暫く見つめてからアタシに言葉を掛けてくれる。


「いい剣だ。剣身の歪みもなくてバランスもいい。手入れもしっかりされている。これからも大事にするといい」

「ありがと♪ 自分が生命を預けているものを褒められると嬉しいわ♪」


 3人でやったら、部位の回収はすぐに済んだ。アキラに出してもらった小袋に入れてから、アタシの雑嚢に仕舞う。


「それじゃ、街に向かおう。夕方迄には着いておきたい」

「えぇ」「そうね」


 アタシ達は再び歩き出した。


◆◆アキラ◆◆


「「……」」

「……」


 腰に突き刺さる視線が痛い。

 スノウを助ける為とはいえ、Rライフルを使ったのはまずかったか?

 あの距離で俺の身体能力なら、一瞬で踏み込んで蹴り飛ばす事も出来たが、そっちの方が衝撃的かと思ってやめた。

 う~ん……Pブレードと同じように、説明して納得してもらっておいた方がいいな。

 もうすぐ街道に出るが、それまでにはどのみちライフルを片付けなければならんし。


「……あ~そろそろ昼だから、休憩にしようか。こんな所に竈作る訳にもいかないから、水と携帯食で軽く済ませよう」

「えぇ」「分かったわ」


 手頃な木陰を見つけて腰を下ろす。その際に腰からライフルを外すと、2人の視線がロックオンしていた。


「分かった分かった。食事を済ませたら、コイツについて説明するから、無言の圧力掛けるのはやめてくれ。でも、Pブレードと同じで、他言無用で頼む」


 俺の一言で途端に笑顔なる2人。今、2人の頭の上にビックリマーク出てたな……

 早く話を聞きたいのか、やたらと食べるのが速い。そんなに急いで携帯食を口に放り込むと喉に詰まる……


「「~~っ!」」


 言わんこっちゃない。胸をドンドンやっている2人に水を飲ませてやる。


「ぷはぁ~~!」「助かったぁ~~!」

「2人共、ちゃんと説明するからそんなに慌てるな。美人が台無しだぞ?」

「「び、美人?!」」


 今度はモニョモニョと何事かを喋りながら身体を捩りだす2人。まぁ、ウチのシア方がもっと美人だけどな、ハッハッハァー! と思ってはいても流石に口には出さない。

 食事を済ませて、軽く荷物の整理をしていると、またもや2人からの視線を浴びせられる。そんな、ご飯や散歩が待ち遠しいポメラニアンみたいな顔してるんじゃないよ。すぐ済むからさ。


「はいはい、お待たせ。それじゃ、説明するぞ」

「「……(ワクワク)」」

「これは、所為、"銃"と呼ばれている武器だ。原理としては簡単で、長い筒の中に弾……やじりのような物と、それを弾き飛ばすものを入れて、目標に向かって鏃を飛ばして攻撃する。弦のないクロスボウのようなものだと思ってもらって差し支えない。まあ、弾速……鏃の飛ぶ速度は、弩とは比較にならないくら速いが」


 ガチャリと弾倉マガジンを外して2人に見せる。中には通常のライフル用フルメタルジャケット(以後、FMJと表記)弾頭が装填してある。それを2つ取り出して2人に手渡す。


「見た目の割に重いわね。鶏の卵と同じくらいかしら」

「鉄……じゃない? アキラ、これは何で出来てるの? 見た目は銅だけど、銅はこんなにも重くないし」


 ほー。アイは金属の知識もあるのか。まぁでも、鉄製の武器防具がある世界だ。鉄製品があるのなら、銅、錫、鉛くらいは当然知っているだろう。魔術があるくらいだから、もしかすると時流凝結鋼クロノチウムもいくらかは知られているかもしれない。流石にクロノタングステンはまずないだろうが。それに思い至ったから、弾頭を氷から通常の物に戻したのだ。氷だと音速を超えた時に砕けそうだし。


「この弾頭は鉛を芯にして、銅と錫を混ぜた物で覆っている。わざわざそうしているのは、金属の防具とかを撃ち抜けるようにする為だな」

「「へぇ~~」」

「逆に、そういう防具を着けていない相手なら、鉛だけを使った方が効果は高い。当たった時に大きく潰れて、より広い範囲の肉を抉り取れるからな」

「「抉り……うえぇ……」」


 剣やら魔術やらで抉りまくっている冒険者が何言ってるんだか……

 2人に弾頭を返してもらおうとしたが、断られた。記念に欲しいらしい。うーん……弾頭だけなら問題ないか。他の人間が見ても、銃の弾頭だなんて分からないだろうし。


「それで、これを銃に取り付けて、銃を目標に向けて、ここの引き金トリガーを絞ると、銃身、この筒の中に押し込まれ、筒内に施してある物同士を反発させる力、斥力によって前へと押し出され続けて、銃口、筒の先の穴から飛び出していくんだ」


バシュン!


 発射された弾頭が少し離れた木に命中する。


「あれ? さっきアタシを助けてくれた時は、もっと大きな、お腹に響くような音がしなかった?」

「あぁ、それは、今は飛ぶ速さを抑えたからな。弓でもそうだが、強い弓で速く矢を飛ばした方が威力が出るよな?」

「確かに。アタシの師匠も、アタシが引けないすんごい弓使ってたけど、威力も半端なかったわ。結構な太さの木が抉れて倒れたもの」

「やっぱりオーガなんじゃないか? スノウの師匠は。さっきスノウを助ける時は、確実にゴブの頭を吹き飛ばす為に弾速を上げたんだ。今は試しに見せる為だったから抑えたのさ。街道も近いしな。音が聞こえて騒ぎになると困るし」


 俺の言い分に納得顔の2人。


「ねぇ、アキラ。それ、光の剣みたくアタシにも使える?」

「あ、私も触ってみたい!」


 うん、そう言うよな。絶対そう言うと思った。音が出にくいように亜音速まで落とした弾速なら大丈夫か。


「なら、俺の指示に従ってくれ。危ないからな。2人共、クロスボウを撃った事はあるか?」

「ないわ」「アタシはある。修練でだけど」


 これも予想通り。それならまたスノウからだな。


「じゃあスノウ、大型のクロスボウを撃つ時みたいに構えてくれ。トリガーにはまだ指を掛けるなよ。危ないから」


 そう言ってRライフルをスノウに渡す。勿論、これにも個体識別によるロックがあるが、一時的に解除してある。


「分かった。……こんな感じ?」


 修練しただけあって様になってるな。


「そうそう。それで、クロスボウなら矢が見えているから狙いが分かりやすいが、銃は弾が筒の中だから見えない。だから、銃身にある2つの突起を使って狙いを付ける。ちなみに、銃の先端にある突起を"照星フロントサイト"、手前にある突起を"照門リアサイト"と言うんた。照星の凸の先が照門の凹の間にくるように合わせると、銃が狙いの方へ向く訳だ」

「なるほど、こうね」

「そうそう。それで、ここの安全セーフティレバーを上げてトリガーを引けば弾が撃てる。弾が銃の先の穴、銃口から飛び出す時に、銃自体が上に跳ね上がりやすいから注意してくれ」

「クロスボウでも、強弓のはそうなるわよね。分かったわ。撃ってみていい?」

「なら、あの木を狙って見ようか」


 30m程離れた、結構太い木を指差して教える。あんまり近いともし跳弾した時に危ないからな。


「オッケー♪ いくわよ!」


 ……。

 しばらく狙いを付けた後、スノウがトリガーを引いた。


 バシュン!

 ガッ!


 幹のど真ん中に当たった。FMJ弾とはいえ、亜音速まで落としてるあるからこんなものだろう。


「結構な力で跳ね上がるわね。両手でしっかり持ってないと危ないかも」

「銃の一番後ろの部分、銃床を肩の少し下辺りに付けて3箇所で支えれば、もっと楽に撃てるぞ」


 バシュン! バシュン! バシュン!


「なるほど。ありがと♪ 面白かったわ♪」


 どうやらスノウは満足したようだ。次はアイだな。


「アイ、スノウがやっていたみたいに構えてみてくれ」

「こ、こう?」


 スノウをがやるのを見て勉強していたのか、結構様になってるな。


「そうだ。そして、この先の出っ張りが、手元の2つの突起の間にくるように狙いを付ける。そうそう。それでトリガーを引けば弾が狙った所に撃てる。銃身が跳ね上がるのに注意だ」

「よし! アキラの言われた通りにやってみる!」


バシュン!


「っ!」

「おっと。大丈夫か? アイ」


 反動で転びそうになるアイを受け止める。スノウの「あ~~っ! またっ!?」という声はスルーだ。筋力はスノウの方があるだろうし、仕方ないだろう。


「結構キツいのね。スノウ、よく撃てたよね」

「身体の鍛え方がアンタとは違うのよ! ちょっと! もういいでしょ?! 離れなさいよ、アイ!」

「はいはい、分かったから叫ばないで。アキラ、ありがとう。いい体験させてもらったわ。凄い武器よね。沢山作って売れば、お金持ちになれるわよ?」


 アイは銃の有用性に気付いたか。誰でも多少訓練すれば高い攻撃力を与えてくれる銃。魔物なんていう人の天敵のような存在か跋扈するこの世界では、身を守る為の心強い武器になるだろう。だが同時に、それは人に向けても使う事が出来る。そうなれば戦いはより殺伐としたものになり、最悪、人同士が共倒れになり滅亡するだろう。だから、俺はこれを広めるつもりはない。


「アイがこれを見て研究するのは止めないが、この武器の功罪をよく考えるんだな。最悪、人間が滅ぶぞ? 誰もが安易に力を手にする事が出来る状態にするのは、はっきり言って勧めない」

「ほ、滅ぶって、そんな大袈裟な…… うぅん、そうでもないか。魔術だって、習得や使用に厳しい決まりがあるし、それより簡単に力を得られてしまうのは問題ね。ゴブリンの頭が吹き飛ばせるなら、人間の頭だって吹き飛ばせる。分かった、約束通り他言しないわ」

「過ぎた力は不幸しか呼ばないしね。アタシも約束は守るわ」


 どうやら2人共、俺の思った以上に賢明なようだ。


「それじゃ、コイツはバックパックに仕舞っておいて、街に向かおう」

「そうね」「行きましょう」


 バックパックに仕舞う振りをして、銃を量子化して収容する。

 そして俺達は歩き出した。

 程なくして街道に出た俺達は街へと向かった。

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