第5話 奮起/遭逢

◆◆アキラ◆◆


「さて、移動ルートを相談したい訳だが、俺は現在地も街の方向も分からない。だから、俺が二人を発見した時の状況と、観測によって得た情報を提示するから、そこから君らで街の方向を考えて欲しい」

「分かったわ」

「妥当な考えね」


 言うまでもなく、口から出まかせだ。街の場所は方向も距離も正確に把握出来ている。だが、今迄の話との整合性から、これを話す訳にはいかない。なので、それらしい情報を与えて、彼女達に考えてもらおうという訳だ。

 俺は岩にチョークでガリガリと図を書きながら説明する。


「現在地をこことして、昨日、太陽の沈んだ方向がこっち、今日、太陽が昇った方向がこっち。この地方でも、太陽の昇る方向が東、沈む方向が西でいいのか? 後、この横のラインに垂直に交わる、昼間に太陽が一番高く昇る方向を南、その真反対を北というのも?」


 頷く二人。この辺の認識が違っていたりすると洒落にならないので確認しておく。


「そうすると、二人は昨日、真北からここにやってきていた。そして、スノウより体力が低そうなアイがまだ動ける状態だった事を考えると、二人が逃げていたのは15分程度だと思われる。これらの事から、街があるとすればどの辺りになる?」


 俺の問い掛けに考え込む二人。互いに話しながら意見を詰めていく。


「確か、街から北に街道を3、4時間くらい歩いてから、東に向かって半日くらいだったよね?」

「そうね。そのくらいだったわ。とすると、街は……」


 二人は揃って図の左下、つまり、ここから南西の所を指差した。俺の把握している方向とほぼ一致する。


「なるほどな。今の話からすると、一番無難なルートは、まず真西に向かって街道に出て、それから街目指して南下する事だな。街道の方が視界も利いて歩きやすいし」

「そうね」

「私もそれがいいと思う」

「よし。ルートはそれでいいとして、後は装備の確認か。俺はまぁ、素手でも問題ない。二人の態度から、人前で光子剣フォトンブレードや銃は使わないようにする。面倒事は避けたいからな」


 俺のその言葉に、残念そうな顔をする二人。それらを使ってどう戦うのか見たかったのだろうが、だからといってこれ以上面倒事をしょい込んでやる義理は、俺にはない。

 それに、力とは必要な時に必要なだけ行使するものだと俺は思っている。無駄に力を誇示するのは不要な騒動を招くだけだ。


「二人は、武器と防具はいいとして、それ以外のものがない訳だな。なら、余分の雑嚢に毛布2枚と携帯食料2日分、水筒を入れて渡しておく。俺が気を配っておくからはぐれないだろうが、念の為だ」

「重ね重ねありがと、アキラ」

「感謝するわ、アキラ」


 二人がじゃれ合っている間に用意しておいた雑嚢をそれぞれに渡した。二人の生体反応は既に登録済。センサーの有効範囲である10km以内なら見つけられるのだから無用と言えるが、"ちゃんと気を配ってるから安心してくれ"と表現をする事で二人に信頼してもらおうという魂胆だ。


「それじゃ、さっさと街に向かおうか。日が暮れるまでには辿り着きたいからな」

「そうね。仕事の報告もしないといけないし」

「気が重いけど……」


 そりゃあそうだ。偵察に行っただけなのに、"調子に乗ったら仲間二人失いました。"とか報告したら、"無能"とか"役立たず"とか言われる事請け合いだ。冒険者としての評価もガタ堕ちだろうから、これからの仕事にも支障をきたすだろう。普通なら。

 ま、俺はそうならない事を知っている訳だが、今は話す気はない。説明が面倒な事になりそうだし、まだ続きがありそうだしな。

 今も、二人を捜索していると思われる、7、8匹のゴブの群れが数グループ、森の中をうろちょろしている。これから俺達が向かう方向にも1グループいるな。ゴブの7、8匹なんて、ちゃんとした戦い方が出来れば、二人でも楽勝なんだが。

 ふむ。折角だから二人に戦い方でもレクチャーしてやるか。仲間を失った(と本人達は思っている)トラウマの克服も必要だろうしな。


「ほら、行くぞ。特にアイは不本意かもしれないが、しっかり摑まってろ、よ、っと!」

「えっ? ちょっ!? ひゃわあああぁぁぁっ!!」


 俺はアイを左、スノウを右で抱えて、ぴょいっ! と飛び降りた。森にアイの悲鳴を響かせながら。


△△アイ△△


「ううう…… 怖かった……」


 前を行くスノウの後をトボトボとついていく私。アキラが先頭、続いてスノウ、私がその後ろだ。

 アキラか掴まえてくれているから大丈夫だと分かっていても、あの落下中の、身体の内側が浮き上がるような感じは、何度経験しても慣れない。


「ほら、アイ。遅れてるわよ」

「あ、ごめん」


 いつの間にか、少しスノウとの距離が開いていたのを注意された。いけないいけない。まだ森の中なんだから、気を引き締めないと。


「ところで、アキラ。さっき降ろしてくれた時の抱き心地、アタシとアイのどっちが良かった?」

「ぶっ!? ちょっとスノウ! 何とんでもない事聞いてるのよ!」


 気を引き締めた矢先に、スノウの口撃。


「ふふ~ん♪ 身体に自信がないから焦ってるんでしょ~? 摘まめるものね、アンタのお・な・か♪」

「少しお肉か付いているくらいが、柔らかくて丁度いいのよ!」


 女の戦い、再び。バチバチと火花を散らす視線。アキラがどうとかじゃなくて、女として負けるのが悔しいから。本当よ?!


「二人共、ここはまだ森の中だからな? ガチガチに緊張されるのも困るが、もう少し気を引き締めてくれ。"お客さん"もいる事だし」

「「え?」」


 "お客さん"?


「進行方向正面。距離300。数8。大きさや配置から考えて、ただのゴブリンだな。こちらが風上だから、距離100くらいで気付かれるだろうな、匂いで。どうする?」


 ああん、もう! ゴブリンしつこい!

 あ、でも、アキラなら8匹くらい簡単に片付けられるよね!


「「アキラ!」」


 どうやらスノウも同じ考えだったみたいで、声がハモった。

 でも、当のアキラは、何かを考えている素振りだ。

 少し間を開けた後、アキラは口を開いた。


「スノウ。アイ。二人共、冒険者として、少しレベルアップしたくはないか?」

「「えっ?」」

「俺の見立てじゃ、二人ならゴブの7、8匹なんて敵じゃない。要は戦い方の問題だ。ここで俺が二人に逢ったのも何かの縁だし、少しレクチャーでもしておこうかと思ったんだが、嫌か?」


 アキラの意外な言葉に、私はスノウと顔を見合わせた。ゴブリンを素手で瞬殺出来るほど強いアキラに、"実力はある"と言われたのは嬉しい。

 でも、ロイド達が自らを犠牲にして逃がしてくれた光景が頭に甦り、身体が震えた。それはスノウも同じようで、迷いで瞳が揺れている。


「怖いのは理解出来る。だが、冒険者を続けたいなら乗り越えるしかないぞ?」

「それは…… 分かってるんだけど、ね……」

「どうしても、思い出してしまって……」


 目を伏せ、逡巡する私達。アキラの大きなため息が聞こえた。

 不甲斐ない。自分でもそう思う。折角アキラが私達の為に心を砕いてくれているというのに……


どんっ!


「わっ!?」「きゃっ!?」


 急に引っ張られ、何かに頭を押し付けられる。不意の出来事に思わず目を閉じ、悲鳴が漏れる。

 頭に、力強く、それでいて温かい感触がある。

 驚きが収まって目を開けると、頭に手を添えられている、目を丸くしたスノウの顔があった。


「目を閉じて、耳を澄ませるんだ」


 落ち着いた優しいその声に従って、私は目を閉じて耳を澄ませる。


ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……


「何が聞こえる?」

「アキラの、心臓の、音……」


 その声の尋ねに言葉を返して、それでようやく私は事態を理解した。

 私は抱き締められている。

 誰に?

 目の前にスノウがいたのだから、抱き締められるのは一人しかいない。


「「……」」


 少し前の私なら、「何すんのよ!!」と言って突き飛ばしていただろう。

 でも今は、アキラの鼓動の音が心地よく感じられ、離れたくないと思った。

 いつしか、恐怖に震えていた私の身体は落ち着きを取り戻していた。


「もう大丈夫だな。って、おいおい二人共……」

「「……」」


 落ち着いた私達を見て身体から離そうとしたアキラの、その背中に腕を回して無言でしがみついた。昔、小さい頃に怖い夢を見てお父様に慰めてもらった時のような安心感。出会ったばかりの、歳も然程違わない見ず知らずの異性にそんな気持ちを抱くなんて、私自身思ってもみなかった。私は三姉妹の次女で、上には姉しかいないけど、もし、歳の近い兄がいたら、こんな風にしてもらえてたのだろうかと思う。

 しばらく、私の頭を漉くように撫でてくれていたアキラの手が、アキラに押し付けているのとは反対側の肩をポンと叩いた。


「さて、もういいな? 甘えたいなら安全なところまで戻ってからにしてくれ。あぁ、街中は勘弁な。"リア充爆発しろ!!"とか言われたくないから」

「「??」」


 言っている意味がよく分からないけど、私達の緊張をほぐそうとしてくれているのは分かった。


「それじゃ、改めて、二人でゴブ8匹を撃退してみようか。大丈夫、戦い方はレクチャーするし、フォローもする。どうだ?」


 ここまでしてもらって"出来ません"なんて言えない。ううん、言う必要もない。アキラが出来ると言ってくれてるのだから。


「アタシはやるわ。ご褒美、先に貰っちゃったしね♡」

「私もやる。これ以上恥ずかしいところを見せたくないし」

「ご褒美って、また随分安上がりだな、スノウ。携帯食料しか分けてやれなかった詫びも兼ねて、食事にでも誘おうかと思っていたんだが……」

「じゃ、それも追加で~♪」

「ちょっとスノウ。流石にそれは現金過ぎるんじゃ……」

「構わないさ、アイ。元々そのつもりだったんだから。勿論、アイも一緒にだからな」

「あ、うん! ありがとう! それならお言葉に甘えさせてもらうね!」


 男の人と食事なんて、学生時代に家族で行った時以来かな。冒険者になってからは、私の顔と身体目当ての、下心見え見えなお馬鹿しか寄って来なかったし。


「えぇ~?! せっかく二人きりで食事して、その後、あんな事やこんな事しようと……」

「ちょっと! アキラに何する気だったのよ!」

「だから、二人共、そういうのは街に着いてから、俺のいないところでやってくれ」


 不味い。アキラが呆れ顔だ。スノウを見ると、"あ、やり過ぎた。"という顔になっている。


「ご、ごめんね、アキラ。アキラの方から抱き締めてくれたのが嬉しくて、つい調子に乗っちゃって……」

「私も、その、ごめんなさい」

「分かってくれればいい。それじゃ、作戦を説明するぞ?」


 真剣な表情になったアキラを見て、私も気を引き締める。スノウの顔もさっきまでとは違って真剣だ。


「と、その前に、ここから北西に200m程移動する。理由は言うまでもないかもしれないが、相手の風上から逃れる為だ。今は俺がいるから、索敵範囲はこちらが圧倒的に有利だが、二人だけだとスノウの気配感知が頼みの綱だ。昨日、出会った時の様子からして、スノウの感知範囲は100m程。風上にいてはこちらが気付くと同時に向こうも気付いてしまう。普段から、外を歩く時は、極力背中で風を受けないように注意するんだ」


 コクンと頷く私とスノウ。流石にそれが大事なのは私にも分かった。奇襲を受けたり先手を取られたりする可能性が低くなるのだから。

 私達はアキラに率いられながら場所を変える。


「よし、それじゃ、続きだ。数的不利な戦闘での基本戦術は、"分断"と"各個撃破"だ。全体では数的不利でも、局所的にそれを覆して一つずつ叩いていく。昨日、俺がやったのもそれだ」

「あぁ。そういえば、アキラが何か叫んだら、アイツらバラけて襲いかかってきてたわね。何で?」

「そうね。アキラが聞き慣れない言葉で叫んだと思ったら、いきり立って突っ込んできたのと、少し遅れたの、そして、及び腰だったのに別れてた。もしかして、あれは"挑発"してたの?」

「アイ、正解だ。あいつらの分かりそうな言語で挑発し、威圧を掛ける事で、ゴブの性格差を利用して動きに時間差を付けさせて分断したんだ。それにしても、よく言語だと分かったな? それだけでも、アイの才能の非凡さが窺える。大したもんだ。」

「ほ、褒めても何も出ないわよ?!」

 

 口ではそんな事を言いつつも、内心は跳び上がらんばかりに嬉しかった。在学中、いくつかの教科で、学年首席のひょろひょろメガネ君に勝った時よりも嬉しい。


「それにしても、よくゴブリンの言葉なんて分かるわよね」

「偵察する相手の言葉が分からないでは偵察にならないだろう? "ゴブリン見つけました。○○匹でした。"では、子供のお遣いじゃないか。人間相手に使う方法を他に応用しない道理はない。ゴブなんてバカだから、見張りが集団の規模や統率している上位種の名前をべちゃくちゃ喋ってたりするぞ?」

「「う…… ごもっともで……」」

 

 これ以上ないくらいの正論だった。五感をフル活用して情報を得るのは偵察の基本中の基本。相手が人間じゃないからといってやらない理由にはならない。寧ろ、やらなかったから仲間を失う事態に陥ってる。どれ程自分達が未熟だったのか、改めて思い知らされた。


「今回、どうやって分断するかだが…… アイ、範囲攻撃魔ほ……じゃない、魔術は使えるな? 射程と効果範囲、準備開始から着弾までの時間を教えてくれ」

「うん。私が使えるのは【フレイムスプレッド】と【ブリザードエッジ】。【フレイムスプレッド】は射程約20m、範囲は半径約5m、詠唱開始から着弾まで約10秒。【ブリザードエッジ】は射程約30m、範囲は半径約10m、詠唱開始から着弾まで約25秒よ」

「見た目が派手なのは?」

「【フレイムスプレッド】の方ね」

「ならそれを、相手の動きに合わせて、射程ギリギリの木の根本や地面に撃ち込むんだ。」

「え?木の根本?!」


 攻撃魔術は普通、相手に向けて放つもの。関係ない場所を狙うなんて聞いた事もない。


「理由はいくつかある。まず、意思がある者は自分が直接狙われていると敏感に反応するが、そうでないなら警戒が薄くなる。"外れた"と思って気を抜くからな。だから、直撃を狙わずに効果範囲に巻き込むように使う方が当てやすい」


 なるほど!そんな発想はなかった!学校じゃ、"攻撃魔術は目標に当てる"としか教わらないし、的に当てる事だけを訓練する。


「他には、1発撃ったら反撃を受けない為に移動するが……」

「えっ?そうなの?」


 そんな事、教わった事ない……


「……するんだよ。弓や魔術で狙われたらどうするんだ? 最低でも、障害物や前衛の陰に隠れるようにはしろ。でだ、移動すると狙い直すのが大変だが、この方法なら相手との距離さえ測ってあれば狙わなくても効果範囲に巻き込める。逃げながらの牽制にも使えるな。俺の仲間なんて、振り返りもせずに腕だけ伸ばしてぶっ放して、相手集団の半分くらい吹き飛ばしてたぞ」

「嘘っ?! その人どんな大魔導師なの?!」

「俺だって、魔じゅ……魔法は殆ど使えないが、道具使って似たような事やるぞ? "ぽいっ、どかーーん!"って。そのくらい出来ないとハンターなんてやってられないのさ」


 そんな道具があったら、魔術士いらないじゃない……

 ぽいっ、なんて簡単に投げられる物なら、全力で投げれば数十mは届くだろう。魔術より射程が長くて同じ効果が得られるのなら、使い勝手はそちらの方がいいに決まっている。


「魔術士の存在意義が……」

「何を言ってる。道具は使えばなくなるし、持てる数にも限りがあるが、魔術なら精神力の続く限り使えるし、休めば精神力は回復出来る。継戦能力は圧倒的に魔術の方が上だぞ。アイやスノウの最も未熟な所は、固定観念に囚われ過ぎてるって事だ。柔軟な思考で臨機応変に対応出来なければ……」


 アキラが言葉を切って私達を順に見つめた。真剣な眼差しと言葉が私達に突き刺さる。


「死ぬぞ?」


 私の背中を冷たいものが走り抜けた。厳然たる事実。やるべき事をやれなければ、待っているのは死。

 覚悟してなかった訳じゃない。でも、どこか甘く考えていた。

 だから、仲間を失う事になった。


「思い込みや固定観念を捨てて、少しでも知識を得、全ての手練手管を使って、隙なく立ち回れ。神にサイコロを振らせるな。生き延びて、未来を掴みたいなら、な」


 "神にサイコロを振らせるな。"

 その言葉は私の心に深く染み込んだ。運の介在する余地を完璧になくせれば、自分の想い描いた未来を引き寄せる事が出来る。

 それがどれ程困難な事かは想像に難くない。

 でも、やらなければならない。掛かっているのは自分の生命と人生なのだから。


▲▲スノウ▲▲


「思い込みや固定観念を捨てて、少しでも知識を得、全ての手練手管を使って、隙なく立ち回れ。神にサイコロを振らせるな。生き延びて、未来を掴みたいなら、な」


 "神にサイコロを振らせるな。"

 運に頼らず、己が力で未来を掴み取る。

 名言だわ。アタシの座右の銘にしよう。

 そして、その言葉をすんなりと言えるアキラに改めて瞠目した。きっと彼は、数え切れない程の困難を乗り越えてきたのだろう。それも、とんでもない身体を持つアキラですら、生死の境ギリギリのやつを。

 そして、その経験に裏打ちされているからこそ、アキラは強く優しい。いろいろ気配りも出来るし、アタシ達のトラウマを気遣って克服さてせくれようとしている。

 惚れない理由がない。アタシが今まで見てきたどんな男も、アキラの強さや優しさの前ではその足元にも及ばない。もしかしたら、アタシが敬愛してやまなかった父様よりも強く優しいかも。

 でも、今のアタシには、アキラが惚れてくれる理由わけがない。今回の事で、自分の心と身体の未熟さを痛感した。

 だったら諦める? 冗談! そんなの女の矜持が許さない!

 すぐには無理でも、いつかはアキラの隣に立つ!

 だったら、まずはゴブの8匹くらい屠ってやろうじゃないの!


「アキラ、アタシは何をすればいい?」

「スノウは、範囲攻撃で散った奴らを順に潰していくんだ。但し、撃破順序を見極め、全て倒し切るまで一時も止まる事なく切り伏せ、確実にトドメを刺せ。君は軽戦士だろう? 軽戦士が戦場で立ち止まるのは死ぬ事と同じだ。本当を言うと、利き腕じゃない方はバックラーとかの方がいいんだが、それは個人のスタイルにも因るからな。スノウは気配感知に天賦の才がある。それを生かして、全ての攻撃を避けまくれ。どんな攻撃も、"当たらなければどうという事はない"からな」


 て、天賦の才?! さっきアイの事も"非凡だ"と言って褒めてたけど、まさかアキラに"天才"なんてベタ褒めされるなんて……


「ア、アタシ、そんな……」

「いや、間違いない。実は、ここに来るまでの間に試させてもらった。俺はスノウがアイの方に振り返った時に、並みのハンターや冒険者なら見失うレベルでの【認識阻害アンチレコ】をしてみた。こんな風に」


 ん? 別に何も……


「えっ?! アキラ?! 何処?! スノウ! アキラがいない!!」


 急に声を上げるアイ。アキラ、目の前にいるんだけど?


「何言ってるのよ、アイ。目の前にいるじゃない」

「何処に?!」

「何処にって、ここ」


 アイの手を持って、アキラに触れさせてあげる。


「え? あれ? ほんとだ……」

「という事だ。今は視覚と聴覚の認識だけを阻害した。俺の姿が目に入っていても、周りの風景と同じように認識し、音も同じように周りの雑音と同じ認識になる。だが、それだけだから、俺に触れれば認識阻害が解ける。普通ならこれだけで俺を見つけられなくなるんだが、スノウはその影響を受けていない。それはかなりとんでもない能力なんだ。君なら、しっかり訓練すれば、所謂"背中に眼がある"という状態にもなれる。心当たりがあるんじゃないか?」

「……ええ、あるわ。剣の修練中に背後から師匠に不意打ちを受けた時、気付いて受けて褒められた。もっとも、たまにしか出来なかったけど」

「なら、このゴブを修練のネタにしてしまえばいい。アイもいるし、必要なら俺もフォローする」

「そうね。分かったわ」


 何としてモノにして、少してもアキラに追いつきたい。アキラと共に歩めるようになりたい。

 もうゴブリンに対する恐怖は微塵もない。精々練習台になってもらいましょうか。


「よし。それじゃ、さっさと倒して街に向かうぞ」

「「はい!」」


◇◇シア◇◇


 目が覚めた。寝る前と何も変わらない、微風亭の一室。

 実は、"目が覚めると、隣にアキラの寝顔が……"というのを期待していたけれど、残念、アキラはまだ帰っていなかった。

 アンダーウェアの上にジャケットとショートパンツ、ブーツを実体化させていつもの格好になる。

 シャッ! ガチャ!

 カーテンと窓を開けて身を乗り出し、大型駐機場の方を見やる。昨日と変わっていない。"あの人"の船は、まだ来ていないみたいだ。

 窓をカーテンを閉め、戸締まりを確認してから部屋を出る。もうそろそろ朝食の時間。てとてとと食堂へ向かった。

 今朝の食堂は、いつにも増して混んでいた。

 昨日、ひと悶着起こした船の乗員みたいだけど、昨日のオヂサン達とは服装か違うし、女性も多い。きっと部署が違うのだろう。

 幸い、私とアキラがいつも座るカウンター席は空いていた。

 そこにちょこんと座り、改めて辺りを見回す。大将さんと女将さんがカウンターに出した料理を、メイド服姿の機械自動人形オートマタが忙しく料理を運んでいる。

 うーん、どうせアキラか"あの人"が来るのを待っているだけだし、お手伝いを申し出てみよう。アキラの妻として、家事の腕を鈍らせる訳にはいかないし。


「おはようございます、女将さん。中、何か、手伝いましょうか?」

「あ、おはよう、シアさん。そうだねぇ……手が足りてない訳じゃないけど、折角だからお願いしようかねぇ」

「ありがとうございます。準備、します」


 席を立ち、厨房の入口へと向かい、入口に用意してある自分用のエプロンと三角巾を身に付ける。このエプロンと三角巾はアキラが作ってくれたもの。私が料理に興味を持ち始めた時に作ってくれた。マイエプロン&三角巾は、ここ以外にも、シネラリアに載せてある外歩き用のバックパックと、アキラと私が普段住んでいる世界の、私達の家に置いてある。


「大将さん。食器、洗いますね」

「おお、シアさんか。すまないな。助かるよ」


 まずは食器を軽く水洗いしてから、桶の水に浸ける。積んであった食器を一通り水洗いしたら、今度はスポンジに洗剤を付けてしっかり洗ってから流し台の上に積む。桶の中の食器がなくなったら、桶の水を張り替えて、今度は洗剤の付いた食器をすすぐ。全ての食器をすすぎ終わったら、布巾で水気を拭いて食器棚へ。

 こういう決められた作業を素早くこなすのは得意中の得意。だって私、身体、機械だし。

 やがて洗い物として届く食器も少なくなった。


「シアさん、ありがと。助かったわ。手伝いはもういいから、シアさんも朝ごはん食べて?」

「はい。ありがとうございます、女将さん」


 エプロンと三角巾を外し、厨房を出て食堂に向かう。混んでいた食堂は、何人かが談笑しているくらいですっかり空いていた。

 いつもの席に座ると、女将さんが食事を乗せたトレイを置いてくれた。メニューは、ご飯、お味噌汁、焼き鮭、胡瓜の塩漬け、海苔。海苔の横には小皿に入ったショウユも添えられている。

 昨日の夕食に引き続いて、アキラの好きなタイプの食事だ。そういえば、食器洗いをしていた時の食器もこれと同じ物だった。もしかして、あの船の人達は、アキラの故郷と似た世界から来たのかもしれない。

 アキラの故郷。私はそこを知らない。

 その世界は、"アイツ"によって消滅させられたとアキラから聞いた。

 その時、アキラを救ったのが"あの人"で、「最後まで俺の故郷を救おうと力を尽くしてくれたから、"あの人"に協力している」とアキラが言っていた。

 その後、アキラは"あの人"の開発した、常人の10倍の能力を持つ身体、強化再精製体リフボディへと身体を乗り換え、数百年の間、時と世界を越えて"アイツ"と戦い続けている。


ピピピッ!


 朝食を食べ終わったちょうどその時、シネラリアのセンサーが大型艦船3隻の反応を捉えた。


「女将さん。ごちそうさま、でした。"あの人"が、来たみたい、なので、私、行ってきます」

「気を付けて行っておいで。停まりきるまでは駐機場に入らないようにね」

「はい」


 私は大型駐機場へと向かった。女将さんに言われた通り、駐機場へ降りる階段の手前で、3隻の船が降りてくるのを見守る。

 3隻は、薄紫色の船を先頭に、薄いオレンジと薄蒼色の船2隻が横並びで続く逆V字の隊形で進入してきて、駐機場上空で薄紫の船を真ん中にピタッと横並びになり、3隻一緒に降りてきて着陸した。一糸乱れぬ操船で、とても美しい。

 私は階段を一足で飛び降りると、薄紫の船へと駐機場を駆ける。

 その途中、3隻の船首下方が下へと大きく開き始めた。あれは格納庫へと通じる物資搬入用の大型ハッチだ。私は慌てて速度を緩めて様子を見る。

 やがてハッチが開ききると、それぞれ中から大型の作業車が出てきた。薄紫の船から出てきた車には、大型の装置のようなものか載せられている。

 あれは、Cリアクター? でも、私の知っているものとはかなり違う。

 ああ。あれはきっと魔素魔力変換器エーテルマナリアクターだ。Cリアクターよりも制作が簡単で、周りに魔素エーテルのある空間ならCリアクターよりも動作限界が高いから、出力源としては使いやすい。

 もっとも、出力的にはCリアクターに比べて一桁以上劣るから、時空を越える事は難しい。

 これは、取り敢えず浮いてくれればいい程度の応急処置で、後は3隻で囲んで次元遷移領域内に取り込んで曳航していくつもりだろう。

 3台の作業車は、昨日の船の乗降口の少し手前で停まり、運転席から誰か降りてきた。

 視覚センサーをズームして確認。間違いない! あの後ろ姿は"あの人"だ!

 一瞬、駆け出しそうになって思い留まる。

 以前アキラに、「他の人と話してる最中に割り込むのはマナー違反」と注意された事があった。

 "あの人"は今から、ミツルギ少佐さんと話すのだろうから、それが終わって、船に戻る時に声を掛ければいいかと思い直して、私は薄紫の船の開放されたハッチの前へ移動した。

 しばらくして、昨日の船からミツルギ少佐さんとお付きの2人が現れた。

 どんな事話すのだろう? 少し興味が湧いたので、聴覚センサーの感度を上げてみる。


「フジイ殿。救援、心より感謝申し上げます」

「ミツルギ少佐。それは無事帰ってからで。では、早速修理に取り掛からせます」

「よろしくお願いいたします。ところでフジイ殿。フジイ殿に謝意をお伝えしなければならない事があります」

「謝意?」

「はい。昨日、私の部下がフジイ殿のお知り合いの女性に狼藉を働こうとしまして、幸い、その女性の方の技量が頗る高かったお蔭で事なきを得たのです。部下の不始末は上官である私の責任。罪は私が負いますので、どうか部下逹だけは故郷に帰して頂きたく……」

「ふむ。その女性の特徴は?」

「髪は銀色の短髪で瞳は赤、小柄でお若く見えますが、ご結婚されているとか」

「ああ。彼女か」


 その言葉と共に、"あの人"、コウ=フジイはこちらにちらりと視線を送った。アキラと私の個体識別反応は彼のセンサーに登録されているから、思い付いてセンサーで検索すれば居場所はすぐ分かる。


 「艦が無事なところを見ると、彼女の旦那は近くにいなかったようですね。幸いな事に」

 「幸い、ですか…… こちらの不始末とはいえ、部下が十数人死傷しているのですが……」

 「もし、彼女の旦那がいる時に、他人が彼女に触れようものなら……」

 「触れようものなら?」

 「艦ごと全員消滅させられてますよ、旦那に」

 「っ! そ、それが本当なら、幸い、だったのでしょうね……」

 「彼女だけでも、本気になれば1個艦隊程度なら渡り合えます。その被害なら、自分に攻撃意思を示した相手にだけ、最低限の反撃を加えただけでしょう。彼女自身が許しているなら、自分からは何も要求はありません」

 「……本当に、不幸中の幸いだったのですね……」

 「そういう事です。それでは、自分はこれで。修理が完了したらご報告します。ベネット。お前が指揮して修理を開始してくれ」

 「了解しました。作業を開始します」

 「よろしくお願いします、フジイ殿」


 話を終えたフジイさんがこちらに真っ直ぐやってきた。


 「久しぶりだね、シアさん。アキラ君は……"アイツ"の置き土産の処理でもしてるのかな?」

 「お久しぶり、です、フジイさん。アキラは、フジイさんの、言う通り、です」


 コウ=フジイ。アキラの前世にあたる人物で、生体工学バイオテクノロジーの神と言ってもいい人。そして、全ての世界を滅ぼそうとしている"アイツ"を産み出してしまった人でもある。


 世界は無数にある。

 世界は突如一点から始まり、様々な条件分岐を経て現在いまがある。

 所為、それはまるで大樹の枝の如く。

 樹の枝が別れても普通は朽ちて落ちたりはしないように、世界が分岐したとしても世界がなくなったりはしない。

 世界の理により、その枝にいる者は他の枝を見る事が出来ないが、確かに存在している。

 その無数に枝分かれした世界の一つで、ある時事故が起こった。

 コウ=フジイが、その才能と技術の粋を集めて開発した身体再精製機構、Refinedリファインド-Bodyボディ-Systemシステム、RBSの最終試験中、彼の最愛の婚約者が帰らぬ人となった。

 そこで、ある最悪の分岐が起きた。

 婚約者の喪失に耐えられなかった彼は、所属していた企業のとある部署が研究していた時間遡行の技術を使い、過去の自分にこの事を伝えたのだ。

 それにより、婚約者は試験に参加せず、事なきを得た次の瞬間、世界が崩壊を始めた。

 因果律崩壊タイムパラドクス

 原因と結果の繋がりが混乱し、世界そのものが保てなくなる事象。

 結局、彼と彼の婚約者は世界と共に消えた。

 だけど、事態はそれで終わらなかった。

 死んだ彼の魂が別の世界で生まれ変わった時、前世の記憶を持ち、その中に、理不尽な運命を背負わせた世界そのものに憎しみを抱き、全てを滅ぼそうと考えた者が現れた。

 そう、それがアキラや私達が"アイツ"と呼ぶ者。

 そして、前世の記憶を受け継ぎ、"アイツ"が現れる事を予測し、その凶行を阻止せんと立ち上がったのが、目の前にいるコウ=フジイやアキラだ。

 世界が無数にある以上、"アイツ"もまた無数に存在し、それに対抗する者も無数に存在する。

 時と世界を越えて続く終わりなき戦いの旅。それが私達の使命。


「シアさん、"フジイさん"と呼ぶと、ミウやアリシア達も"フジイさん"になってしまうから、名前で呼んでくれないか?」

「分かりました、コウさん」

「ところで、一悶着起こしてまで大型駐機場をうろついてたという事は、俺を捜していたのかい?」

「はい、そうです。コウさんに、お願いが、あって、捜して、ました」

「お願い? 何だい?」

「私に、アキラと同じ、強化再精製体リフボディの、身体を、下さい!!」


MISSION UPDATE "身体を手に入れろ" START

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