第4話 夜襲/寂夜

△△アイ△△


「おーい、そろそろ朝だから起きてくれー」


 遠くから起きるのを促す声が聞こえてくる。あれ? 私、男の人に起こされるようなところで眠っていたかな?


「ふわぁ…… ん~~?」


 寝ぼけまなこで身体を起こす。目の前には、小さいけどチロチロ揺れる焚き火の炎。その向こうには、小さい竈に薪をくべる赤い髪の男性の姿。

 そうだ。昨日、ゴブリンから助けてもらって、近くの岩山の上で野営したんだった。


「おはよう、アキラ……」

「あぁ、おはよう、アイ。手洗いの横に洗面台造っておいたから、顔を洗ってくるといい。その後、食事にしよう。昨晩と同じ物で申し訳ないが。ほら、タオル」

「ありがと。それじゃ、行ってくるね」


 私が顔を洗う為に立ち上がりかけたその時、隣から間延びした声が上がった。


「ふあぁ~~! よく寝たぁ……」

「スノウもおはよ。一緒に顔洗いにいく?」

「あ~~いくいく~~」

「ほら、スノウにもタオルだ」

「あんがと~~アキラ~~」


 スノウと二人で岩を回り込むと、お手洗いの横に岩を抉って洗面台らしきものが作ってあった。それも2つも。


「何でどうやったら、岩をこんな風に削れるんだろ?」

「少なくとも、剣や斧、ノミと金槌とかじゃないのは確かね。断面が綺麗過ぎるわ」


 ぱしゃぱしゃぱしゃ、きれいな水が気持ちいい。

 スノウと話しながら、顔を洗い、ついでとばかりに髪をすすぐ。汗と埃でぱさぱさになっていて気持ち悪いし。本当は水浴びくらいしたいけど、水場がないので諦めよう。

 と思っていたら、スノウが、岩の向こうのアキラに尋ねる為に、大声を上げた。


「ねぇ、アキラ!ここの水使って、身体拭いてもいいかしら?」

「あぁ、それならもう一枚ずつタオル渡すから、まだ脱がないでくれよ」


 少し待つと、アキラが追加のタオルを持って現れた。


「ほい、追加のタオル。二枚とも二人が持っていっていいからな。終わったら声を掛けてくれ」

「分かったわ。ありがと」

「あんがと、アキラ♪」


 私達のお礼に、背中越しに手を振って岩の向こうへと戻っていくアキラ。

 アキラが戻ったのを確認してから、私はローブを脱いで下着姿になった。スノウは上半身だけ脱げるけど、ローブはそうもいかないからなぁ~。

 そして、ブラを外して、胸周りと脇の下をを丁寧に拭く。年齢とし相応のボリュームの双丘がむにむにと形を変える。

 ふと隣を見ると、スノウの動きに合わせて、同い年とは思えない、たわわに実った果実が二つ、ばゆんばゆん揺れている。

 しばらく見つめてから視線を上にあげると、猫のような口と目になってるスノウと目が合った。

 あ、この顔。ろくでもない事企んでる時の顔だ……。


「ねぇ、ア~~イ~~? アンタ、前に見たときより成長したんじゃなぁ~~い~~?」


 むにゅう♪


「ひゃんっ?! いきなり何するのよ?!」

「感度も良くなったんじゃなぁ~~い~~?」


 むにゅむにゅむにゅむにゅ♪


「あんっ! ちょっと! やめて! ア、アキラに聞こえちゃうでしょ! やんっ!」

「どうせなら、アキラに大人にしてもらっちゃえばぁ~? きっと優しくしてくれるわよぉ~?」

「ななななな、何言ってるのよ?! わ、私は、アキラの事なんて何とも!」

「じゃあ、アタシがしてもらっちゃおうかなぁ~~?」

「それもダメーーっ!!」


 スノウ、言うに事欠いて何て事言うのよ!? そりゃあ、私から首席の座を奪った、血統ばかりいいガリガリメガネ君よりはアキラの方が何百倍もいいけど……


「おーい。仲睦まじい戯れ合いはそのくらいにして、そろそろ準備してくれ」

「「う……」」


 岩の向こうからの言葉に、私達は顔を赤らめながら服を着直した。さっきの会話が聞こえてたかと思うと、顔から火が出そうだ。


「ア、アキラ~! おわったわよ~!」

「分かった。そっちに行くが、下着の穿き忘れとかないよな?」

「「ないわよ!!」」


◆◆アキラ◆◆


「ひゃんっ?! いきなり何するのよ?!」

「感度も良くなったんじゃなぁ~~い~~?」


 あの二人、こんな場所で何やってるんだか……

 岩の向こうできゃっきゃうふふ♪している二人はおいといて、俺は昨晩の事を考えていた。


 二人が寝静まった後の真夜中過ぎ、岩山の下で動きがあった。

 ここから北に2km程のところにあった多数の生体反応。二人が言っていたゴブリンの巣とおぼしき場所から、10数体の反応がこちらに向かってきた。

 恐らくわざと逃がした3匹が戻り、仲間がやられた事を伝え、改めて二人を捕まえるべく数を増やして動き出したのだろう。

 だが、その行動自体がゴブリンらしくない。集落を襲うとかならまだしも、森の中で逃がした、たった2人の獲物を、わざわざ捜索までして捕まえるのは、面倒が多い割りに実入りが少ないという事を、ゴブリン程度でも知っている筈だ。

 なのにそれをしているのは、それをさせている奴がいるという事になる。

 その正体を探るべく、俺は岩山の上から南側に飛び降り、東側からぐるっと回り込んだ。

 南側に飛び降りたのは、万が一にも岩山の上に自分達がいるのを見られないようにする為。東側に回ったのは、そちらが風下だからだ。

 ちなみに、岩山の上には隠蔽領域ステルスエリアを展開する装置を置いてきた。熱光学遮蔽なので、二人が見つかる事はまずない。

 昨日ゴブリンを倒した場所に視線が通り、150m程離れたところに身を隠す。

 果たして、俺の考えは的中していたようだ。10数体の集団の後方に、ゴブリンより大きい反応が3つある。1つは人間よりも一回り以上大きい。そして、2つは人間と同等の大きさ。

 大きい方は恐らく、ゴブリンの上位種でホブゴブリンかと思われる。ゴブリンの上位種には人喰い鬼オーガもいるが、オーガはもっと大きい。

 残る2つは、人間もしくは人間と同じ形態の生物。何故なら、ゴブリンには人間と同じ大きさの奴はいないからだ。

 群れを統率出来るロード、リーダー、後、特殊な能力を持つシャーマン、メイジなども、大きさは普通のゴブリンと大差ない。そして、上位種のホブゴブリンやオーガは逆に人間より一回り以上大きいものしかいない。

 群れの動き方から見ても、統率しているのは2つの人間大の奴だろう。

 ふむ。どうせなら、ゴブリン共を目の前で潰してやって、反応を見てみようか。

 Rライフルを実体化させ、構えようとしてふと気付く。

 弾頭が時流凝結鋼クロノチウム徹甲弾のままだった……

 時流凝結鋼クロノチウムは時空間の歪みの強い場所で金属元素が変質して出来る金属の総称で、総じて元の金属よりも強靭になり、魔力マナの伝導率なども上がる。ファンタジーな例えだと、ミスリルやヒヒイロカネ、オリハルコンはこれになる。ミスリルは銀、ヒヒイロカネは鉄、オリハルコンは銅を元にしてクロノチウムになった物だ。

 Rライフルに装填されているのは、クロノタングステン(CW)製の徹甲弾。通常の物質ならほとんど撃ち抜く事の出来る弾頭だが、逆に貫通力が高すぎて、柔らかい目標だとぽすぽすと弾頭サイズの穴が開くだけでダメージが残りにくい。

 それに、あまり特殊な物をバラ撒いていきたくはない。回収・解析されて、世界に変な影響を残す可能性もあるからだ。ま、クロノチウムを解析出来る奴なんてそうそういないとは思うが……

 Cリアクターの出力を少し上げれば、元素変換でどんな物質でも作り出せるが、リアクターの修復が遅れるのは出来れば避けたい。

 Rライフルは斥力場で物体を加速して撃ち出す。だから、基本的には物体ならどんな物でも撃ち出せる。金属でなくとも、それこそ木や氷だって……氷?

 そういえばアイが、魔術がどうのこうの言ってたな。銃を見て杖だとか言ってたし。魔術があるって事は、攻撃魔術もある筈。だったら、尖った氷とか飛ばす魔術もありそうだ。よし、氷で弾頭を形成してみるか。水なら空気中に沢山あるから元素変換も必要ないし、形成するだけならアイドリング出力でも十分出来る。

 CW徹甲弾が装填されている弾倉を外して、空の弾倉に付け替える。そして、システムに弾頭形成の指示。しばらく待つと、<BULLTE RELOADED>と表示された。

 そして、弾速設定を3400mps(秒速3400m)から300mps(秒速300m)に変更。これは空気中を物体が音速を越えて飛行すると衝撃波が発生して大きな音が出てしまうからだ。出来れば、誰に何処からやられたか分からない内に始末してしまいたい。

 さて、やるか。


――― System shift to a Combat mode.


 システムを戦闘モードに移行。但し、装備はアンダーアーマー、Rライフル、Pブレードのみ。Pブレードは光の波長を調整して金属っぽく見えるようにする。接近戦をする気はないが、念の為だ。

 ライフルを両手で保持しながら、ゴブ集団のいる場所を中心に円を描くように東から北へ駆ける。まずはデカイのホブゴブリンを後ろから仕留める。

 10秒と少しで予定位置に到達。勿論、全力では走っていない。三割程度の力で十分だ。

 一旦、木の陰に隠れて様子を窺う。下生えがあってもホブゴブリンなら頭が見える筈。気付かれた様子はない。まぁ、150mも離れた夜の森の中ならまず見つからないが。

 暗視モードの視界で木陰からさっと身を乗り出し照準、そして撃つ!


バシュン!


 弾速を抑えたお蔭で発射音は然程大きくはない。これならいくら静かな森の中とはいえ、150mも離れていれば相手には聞こえまい。

 射撃から一瞬遅れて、目標が倒れるのが見えた。すぐさま元来た方向へ50m程走り木陰に滑り込む。

 センサーを通して、奴らが何事か叫んでいるのが聞こえる。ゴブリン語で「敵襲だぁ!」とか「集まれぇ!」とか言ってるな。密集してくれるなら射線を取り直す手間が省ける。

 木陰から素早く出て照準。今度は背の低いゴブリンだから下生えのせいで直視は出来ないが、センサーが得た情報から相手を仮想表示してくれるから問題ない。


バシュン! バシュン! バシュン!


 まるでVRのFPSをやっているかのように次々とゴブリンを撃ち倒してゆく。3射してから北に100m程走り、木の陰から待ち構える。恐らく、巣に向かって撤退する筈だ。戦力の要であるホブと雑魚ゴブ3体を倒されて、戦力的には30%以上損耗した。物を考えられる指揮官なら、普通は撤退する。

 果たして、俺の推測は当たり、集団は北へと移動し始めた。

 来る時には比較的統率のとれた動きをしていたが、今は我先にと逃げ帰ろうとしている。

 そしてその集団の最後尾は人間大の反応2つ。

 どれどれ、つらでも拝ませてもらおうか。


バシュン! バシュンバシュン! バシュン!


 ゴブ集団と平行に走りながら射撃し、どんどんその数を減らしていく。10数体だった集団は、今や2、3体になった。

 それにしても、人間大の2つは動きが遅い。それにセンサーがガッシャンガッシャンと大きな音も拾っている。かなりの重装備をしているのがいるな。

 ゴブを全滅させると、あの2つは別の方向に行きかねないから、残りはそのまま帰ってもらおう。

 俺は2つの反応を待ちつつ、弾倉を再び交換する。この弾倉に装填されているのは電波発信物質入り塗料ペイント弾。この塗料、普段は無色透明だが、紫外線ブラックライトをあてると青白く光る。

 相手の進行方向斜め前に位置取り、狙いを定めつつ姿を確認する。

 一人は明らかに重戦士風の格好をしている。フルフェイスの兜を被っているせいで顔は分からない。

 もう一人は飾り気のあるローブを着ている男。アイのローブには然程飾り気はなかったから、聖職者とかの類だろうか。年齢的には俺より上に見える。その顔には少なからぬ恐怖の表情が見て取れる。それはそうだろう。敵の姿も分からずに、一方的に攻撃されれば怖くもなる。

 俺は重戦士の兜のスリットの脇と聖職者の肩口を狙ってトリガーを引いた。


バシュン! バシュン!

「うおっ?!」「がっ!?」


 二人から短い悲鳴を上げながら転倒する。いくらペイント弾だとはいえ、亜音速でぶつけられれば痛い。


「くそっ! 誰だ?! どこにいる?!」

「待ちなさい、ロイド。相手が遠距離攻撃なら、伏せていた方がいい」


 盾を構えて立ち上がりかけた重戦士を聖職者の方が制した。怖がっている割には、冷静で的確な判断だな。

 それにしても"ロイド"だと? 確かスノウがそんな名前を口にしていたな……


 そうか。そういう事か。


 俺はそれ以上追撃せずに状況を見守る。やがてその二人は、追撃がない事を確認するとそそくさとその場を後にした。


 さて、この事を二人にどう伝えたらいいものか……

 その世界にはその世界のやり方がある。少し寄っただけの俺がとやかく言うのは筋が違うし、俺の価値観の押し付けにもなる。

 かといって、一度助けた彼女らをむざむざ差し出すというのも面白くない。

 まずは街へ行って、状況を確認だな。

 そう結論をつけていると、岩の向こうから声が掛かった。


「ア、アキラ~! おわったわよ~!」


▲▲スノウ▲▲


「ア、アキラ~! おわったわよ~!」

「分かった。そっちに行くが、下着の穿き忘れとかないよな?」

「「ないわよ!!」」


 アキラの言葉にアイと二人で突っ込みを返した後、念の為に周囲を見回して確認する。大丈夫、落ちてたりはしない。

 少ししてアキラがやってきた。


「二人とも戯れ合いたいのは分かるが、まだ森の中だからな?」

「「はい……」」


 ちょっとやり過ぎた…… 恥ずかしさとバツの悪さで赤面してるのが自分でも分かる。


「それじゃ、向こうに行っててくれ。俺はここの後始末するから」

「後始末って、どうするの?」

「周りの岩壁を崩して埋める」


 ここをどうやって造ったかも興味があるけど、どうやって壊すのかも興味があるわね。


「それ、見てていい?」

「私も興味ある」


 どうやらアイも同じ意見みたい。


「見たいのか?」

「「見たい」」


 アキラはしばらく何かを考えている様子だったけど、顔をアイに向けて、ある事を訊ねた。


「アイ、こちらの魔術に、武器を作るようなものはあるか?」

「え? うん、あるよ。【武器精製】クリエイトウェポン。素材の知識が必要になるから、結構高度な部類になるわ」

「なら大丈夫か。今から使うのは、遺跡から見つけた武器なんだが、見せていいか迷っていたんだ」


 遺跡から見つけた武器? すごく興味ある!


「ねぇねぇ! どんな武器!? 剣なの!?」

「スノウ、えらく食いつくな。今から使うのは、光を集めて刃にする剣だ。フォトンブレードと言うんだが」

「「"光の剣"!?」」


 それって、物語とかに出てくるヤツよね。悪の魔王を倒す主人公が持ってたりするヤツ。


「もしかして、アキラって、"伝説の勇者"とかだったりする!?」

「しないしない。只のハンターだよ。俺達が潜っていた遺跡では、割とよく見る武器なんだがな。まぁ、俺のはその中でも、群を抜いて良いのを拾ったんだが」


 アキラが腰に手挟んでいた刀身のない柄だけの剣を抜いて軽く振ると、フォン!といった感じの音がして、ロングソードサイズの眩い光の刀身が現れた。


「「っ! ……」」


 無駄な力みも一切なく、片手下段に構えたアキラの、その隙のない立ち姿。その格好良さに、アタシは言葉を忘れて見惚れてた。


「ん? アイもスノウもどうした?」

「「っ!? ううん、何でもない……」」


 動きの固まったアタシを怪訝に思ってか、様子を伺う言葉を投げ掛けてくるアキラ。アキラの言葉で我に返ったアタシが、ふとアイを伺うと、頬を染めたアイがアタシを伺っていた。

 む? もしかしてアイも?

 あれだけ胡散臭いとか言ってたのに、現金よね。でも、先に仲良くなったのはアタシだからね!


「それで、こいつを使って岩を斬る訳だが、欠片が飛ぶと危ないから、少し離れててくれ」


 剣を携えたアキラがお手洗いに向かい、カーテン代わりにしていた布を取り外し、そして、脇構えから身体を回すように剣を横に振り抜いた。

 更に、返す刀で横に薙ぐ。それを数回繰り返した後、今度はお手洗いの左右の壁に、縦に何度か剣を振り下ろした。

 無駄のない、斬るべきところだけを斬る剣筋。どこかの流派とかいうのじゃない、実戦で磨きあげられた、流麗で強さを感じさせる剣筋。

 もしアキラが普通の身体で、アタシと同じ剣を使っていたとしても、アタシでは一合も打ち合えないと思う。

 憧憬。アタシもあんな風に剣を振ってみたい。

 壁に向かってひとしきり剣を振り終えた様子のアキラが、アタシ達をちょいちょいと手招きした。何だろう?


「折角だから、これ、振ってみるか?」

「えっ!? いいのっ!?」


 思ってもみなかったアキラからの言葉に嬉しさを隠しきれないアタシ。


「これ、私でも出来る?」

「あぁ。刃の部分に重さはないから、アイでも十分扱えると思うぞ?」

「じゃあ、やってみる!」


 アイも興味津々だ。アイは魔術士だけあって好奇心旺盛。剣を振れるからというよりは、手にとってじっくり見てみたいんじゃないかと思う。


「んーと、これでいいな。ほら、スノウ。片手でも両手でもいいから、柄を握って、柄の先に付ける刃を思い浮かべてみてくれ。普段扱えないような、長くてデカイのでも問題ないぞ。」

「ありがと、アキラ♪ う~~ん、どんなのにしようかなぁ~~?」


 うーん。せっかくだし、故郷くにで一番の豪腕だったアタシの剣の師匠のアレにしてみよう♪

 うーーん、イメージ、イメージ……


「出来た!」

「これは、斬馬刀? またゴツいの知っているんだなぁ……」

「えへへ♪ アタシの剣の師匠がね、使ってるんだ、斬馬刀。」

「スノウの師匠はオーガか何かか?」

「失礼ねーー! 確かにオーガ並みにごっつい体格だけどねーー」


 師匠を見た人は、十中八九オーガだって言うけどね。


「よし。それじゃ、岩を斬ってみようか。さっき俺が入れた斬り込みを繋げるように、上から下に斬り下ろしてくれ。そうすれば、切り離された岩が内側に崩れ落ちて埋まる筈だから」

「なるほど。任せて♪ せーの、てやっ!」


 ストン。そんな表現がピッタリくるように、何の抵抗もなく、光の刃は岩を切り裂き、アタシの足元近くの地面まで割ってみせた。

 すごい! 羽のように軽いのにこの切れ味!


「よいせっ! と、と、と、と!」


 地面から刃を抜こうとして力を込めたら、思いの他軽く抜けてしまい、勢い余ってたたらを踏んでしまった。


 ぽす。


「おいおい、気を付けてくれよ? そんなもの持って転んだら、大変な事になるぞ?」

「あ、ありがと、アキラ」


 そのアタシを、アキラが優しく抱き止めてくれた。

 むふぅ~♪ 役得役得~♪

 ふとアイを見やると、面白くなさげな顔でアタシ達を見ていた。そのアイに、アキラには見えないようにどや顔を返してあげると、あからさまに不機嫌な顔になった。アイからかうの面白い♪


「ねぇアキラ! 私にも早くやらせてよ!」

「あぁ、分かった。それじゃあ、スノウとは反対側の壁を頼む。」

「うん! 任せて!」


 アタシにからかわれたアイがブーたれ顔でアキラに催促した。

 ふふーん♪ アイのお手並み拝見♪


「アイはあまり剣とか握った事ないよな? なら、一緒にやってみようか。」

「あっ♡」


 あっ! ちょっとそれズルい! 柄を一緒に握ってもらうなんて、"二人の初めての共同作業"みたいじゃない!


「こう?」

「そうそう。そうやって構えて、剣身の形をイメージしてみるんだ」

「うーーんと、昔本で読んだアレにしてみるね! えいっ!」


 フォン! 現れた剣身は、いかにも"聖剣"といった形だった。


「いかにもって形の剣だな」

「私が小さい頃に読んでた、"腹ペコ騎士女王物語"って本の主人公、セイヴィアが持ってた剣なの」

「なるほどね。思い入れを利用するのも素早いイメージの手段としては有効だ。流石は魔術士だな」

「やた! アキラに褒められた!」


 顔を赤らめながら満面の笑みを浮かべるアイ。何かとても面白くない! きーーーっ!


「よし、それじゃあ、剣を振り上げてから近付いて、真っ直ぐ振り下ろしてみようか。タイミングは俺の方で合わせるから、思うようにやってみるといい」

「はい! 先生!」

「先生って…… まぁ、いいけどな」


 二人揃って光の剣を携えて岩壁に近付く。何か神聖な儀式っぽく見えて、すごく落ち着かない! 今止めないと、女として負ける気がぁ~~!


「ちょっ! 待っ!」

「行きます! エピースカリバァァァッ!!」


 振り下ろされた光の剣。それは狙い過たず、岩に縦一直線の斬れ目を穿った。


「やった! 私でも斬れた!!」

「……あーえーと、アイ? 今の掛け声は?」

「はい! セイヴィアが強い敵に向かって必殺の一撃を見舞う時に使うものなんです! 憧れてましたから、念願叶って嬉しいです!!」

「そ、そうか…… 剣筋も中々いい。スノウに頼んで、少し教えてもらったらどうだ? 魔術士だって護身用に短剣や小剣くらい扱えてもいいと思うぞ。生存率が格段に上がるからな」

「あ、そ、それなら、私はアキラに……」

「ちょーーっと待ったぁーーっ!!」


 それ以上先は言わせないわよ! アタシだって! アタシだって!!


「アイにはアタシが教えてあげるから! アキラ! アタシに剣を教えてよ! アタシが覚えれば、アイにも教えてあげられるし!」

「えぇーーっ?! 私もアキラから直接教えてもらいたいーー!!」


 女の戦い、勃発。ここで退いたら女じゃない!!


「「がるるるる!!」」

「おいおい、こんな所で喧嘩はしないでくれ。俺が二人共見ればいいんだろう? 分かったから。な?」

「「むう……」」


 む…… これ以上やるとアキラに嫌われるかもしれない。ここは、"話の分かる、物分かりのいい女"になった方が、好感度アップよね!


「ア、アキラが見てくれるなら、アタシはそれで……」

「わ、私も……」


 真似したわね、アイ。ちら見した視線が空中でぶつかり合い、見えない火花を散らす。


「それじゃ、向こう戻って、出発の準備だ。街へ戻るルートの相談をしないとな」

「そうだね。ところでアキラ。壁、崩れないみたいだけど?」

「二人の剣筋が良かったからだな。そういう時は、こうだ」


ガッ!


 アキラが岩壁に蹴りを入れた。すると、

 ズズッ、ズズズズズ、ガラガラガラガラ!

 岩壁が崩れ落ちてお手洗いが埋まった。


◇◇シア◇◇


ひゅーー ぽて


「……」


 用意してもらった部屋に戻った私は、ダブルベッドに腰掛けてから、そのまま横に倒れ込んだ。

 私の身体は機械。だから、眠いとか疲れたとかは感じない。Cリアクターを戦闘出力まで上げたけど、ごく短時間だったので大して負担は掛かっていない。夜に寝る、つまり、リアクターを待機出力にして休ませれば、明日の朝には完調に戻っているだろう。

 もうすぐ夕食の時間だ。私の身体はCリアクターで動いているので食べ物でエネルギーを摂る必要はないけれど、アキラ曰く、「人間ひとが何に喜びを感じるのか分からないと、人間ひととして生きられないだろう?」という事で、五感を与えられている。

 だから、食べ物を食べれば味が分かるし、アキラに抱き締められれば、アキラの温かさ、感触、匂いも分かる。

 私が必要のない食事をするのは、アキラに食事を作ってあげる時のデータサンプルを取る為。アキラが「美味しい」と言って笑顔で沢山褒めてくれるのがとても嬉しい。

 しばらくベッドに転がっていた私だったけど、夕食の時間になったので、てとてとと食堂へ向かった。

 夕食の時間とはいっても、早い時間だから食堂はがらがらだ。私とアキラは人混みがあまり好きではないので、いつも食事は一番早い時間に訪れている。


「あ、シアさん、相変わらずいいタイミングね! 今日は、ブリの照り焼きに肉じゃが、小松菜の煮浸しにご飯とお味噌汁だよ!」

「ありがとうございます、おかみさん。アキラが、好きそうな、ご飯です」

「アキラくんに作ってあげたいんだろう? だったらあたしも協力してあげるさね」

「とてもありがたい、です。ありがとうございます」


 アキラは"ショウユ"、"ミソ"という調味料を使った料理が好き。勿論、他の料理も食べるけど、その二つを使った料理を食べている時が一番嬉しそう。だから私も、それらを使った料理を覚えるようにしている。


「いただきます」


 しっかり手を合わせ、他の生命をいただく事に感謝してから箸を手に取る。"いただきます"の意味や箸の使い方もアキラが教えてくれた。

 茶色いタレの絡んだブリの身を箸で一口サイズに切ってから口に運ぶ。ふっくらした身に香ばしいタレが絡んでとても美味しい。このタレ、他の食材でも合うと思う。

 肉じゃがは、ダシがきいた優しい味の汁で、素材を生かした味付け。小松菜の煮浸しは更に薄味で、ブリの照り焼きで濃くなった口の中をさっぱりしてくれる。


「どうだい? 作れそうかい?」

「焼き加減とか、難しそう、です。でも、頑張って、練習します。ごちそうさま、でした。美味しかった、です」

「お粗末さま。好きな人の為に頑張りな」


 おかみさんが頭をわしゃわしゃと撫でてくれる。アキラの、優しくて温かくて大きな手も大好きだけど、おかみさんの、美味しいや嬉しいをたくさん生み出せる手も、私は大好き。


「はい。ありがとうございます、おかみさん。頑張ってみます」


 食事を終えた私は、部屋に戻るとシャワールームへ向かった。私は汗をかく事はないけど、埃や汚れは付く。アキラの為にもいつも綺麗にしておきたいから、出来る時は毎日シャワーを浴びるようにしている。

 服を脱ぐ必要はない。ジェネシスに登録されたものは全て量子化して収容出来るので、今着ているアンダーウェアとジャケット、ショートパンツも量子化してしまえば裸になれる。

 逆に言うと、一糸纏わぬ姿からでも、瞬時に服を着て、装備を付けられる。

 服や装備の汚れや破損は量子化した時点で修復されるので洗濯も必要ないけど、著しい破損は修復に多少の時間が必要になる。

 シャワーを終えて、アンダーウェアを着直した私は、また広いベッドに横になる。


 ……


 このベッド、こんなに広かったんだ。

 いつもはアキラと一緒に眠っている。優しく抱きしめてくれるアキラの温もりと弾力、そして匂いが、私は何よりも大好きだ。

 でも今日はそれがない。これまでも時たまそんな事があったけど、毎回思う。

 寂しいな…… 早く帰ってきてくれないかな……

 私は頭をプルプルと振った。アキラだってきっと同じだ。だから私も我慢しないと。

 その代わり、いつもより沢山抱きしめてもらおう。

 そう思いながら、私は眠りに就いた。


 MISSION ”あの人を捜せ” CONTINUED

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