第3話 騒動/野営

◇◇シア◇◇


――― System shift to a Combat mode.


 体内のCリアクターを定常出力ミドルパワーから戦闘出力コンバットパワーへ。

 身体能力を常人と同じ状態から常人の10倍まで引き上げる。

 そして、抱きついてきたオヂサンの腕と自分の身体との間に自分の腕を差し込み、左右へ一気に引き剥がす。


「うおぉっ?!」


 私の力が予想を遥かに超えていたのか、オヂサンは弾き飛ばされるようにして尻もちをつく。そこをすかさず、首を刈るように回し蹴りを叩き込む。


ベキィッ!!


「がふっ?!」


 オヂサンの首が横にくの字に曲がり、そのまま身体が横倒しに吹き飛ぶ。しばらく痙攣した後、オヂサンは動かなくなった。


「おい! どうした?!」


 騒ぎに気付いた別のオヂサンが船から出てきた。

 そういえば、アキラが前に教えてくれた事。見張りは普通二人一組。お手洗いにでも行ってたのかな?

 出てきたオヂサンは、動かなくなったオヂサンを見つけると、何かを確かめるように何度か触った後、私を睨み付けてきた。


「ビリーを殺ったのはお前か!?」

「はい。『黙って言う事を聞きやがれ!メスガキ!!』と言って、襲って、きたので、私の伴侶マイパートナーの、言う通り、殲滅、しました」

「何も殺す事はなかっただろうが!!」

「いいえ。『そんな輩は情けを掛けたところで同じ事を繰り返す。ならば、世のため人のため殲滅するのが最善だ。』と、私の伴侶マイパートナーが、言って、いました。それでは、さようなら」


 そう言い切って、私はその場を後にしようとしたその時、センサーが攻撃警告を表示した。


「このぁ!! ボブのカタキーーーっ!!」

「名前、変わってます」


パン! パン! パン!


 オヂサンが私に向かって拳銃を発砲してきた。でも、攻撃警告で分かっていた私は、銃口の向きで射線を推定。オヂサンの指が引き金トリガーを引く瞬間に、射線から身体が外れるように横に軽くステップを踏む。

 銃弾は掠りもせずに私を通り過ぎる。でも、銃声を聞きつけて、更に船から10人以上のオヂサン達が現れた。

 これも、アキラが前に教えてくれた事。見張りは15、6人が一つの班となって交代で行う。最初はそこにいなくても、何かあれば駆けつけられるようにしている。


「どうした?! 何があった?!」

「バラクがそこのガキに殺られた!!」

「なんだと?!」

「名前、また変わってます。しかも、少しヤバいです」


 私は"あの人"達を探したいだけなのに。でも、無視してもついてきそう。ここは殲滅すべきかな。


「全員、よく狙え!トピーンプのカタキを取るぞ!!」

「また名前…… ヤバ過ぎる、ので、消させて、もらいました」


 前後2列で横に広がって私に銃を向けるオヂサン達。仕方ないので、殲滅行動に移ろう。

 出てきた全員をエネミーとして識別マーキング。腰を落とし、しっかり地面を蹴られるように構える。彼我の距離は約10m。そして……


ダンッ!!


 激しく地を蹴る音と共に、列の真ん中、前に向かって銃を構えるオヂサンの、下から見上げた顔が目に映る。

 そして目の前の鳩尾に打ち上げるようにして拳を打ち込んだ。


ドスッ!!


「っ?!」「ぐぁっ?!」


 呻き声を上げる間もなく吹き飛ぶオヂサンその1。そして、その後ろのオヂサンその2も巻き添えで吹き飛ぶ。


ドンッ!!


「ぐほっ?!」「「「ぎゃぁ!!」」」「「「ぐわぁっ!!」」」 


 素早く拳を引き戻し、今度は向かって左隣のオヂサンその3の脇腹に手首まで埋まる程拳を打ち込んでから更に一歩踏み込んで、その向こうにいるオヂサンその他大勢を巻き添えにして吹き飛んでもらう。

 アキラと私の戦いは、その殆どが2対多数だった。

 私の役割は基本、アキラの援護。だけど、私とアキラを分断して各個に狙う相手もいた。

 だからアキラは、私にも一通りの戦闘技術コンバットスキルを身に付けさせてくれた。お蔭でこうして自分の身を守る事が出来ている。

 数瞬で仲間の半分を倒された残りのオヂサン達は、その光景を呆然と見ている。


「まだ、やりますか?」

「「「……。」」」

「それでは、急ぎますので。さようなら」 


 オヂサン達に背を向けて歩き出す私。でも、多分……

 センサーに攻撃警告表示。ふぅ、やっぱり。こんな事している暇はないけど全員殲滅しよう。

 そう決めて、動き出そうとしたその時だった。


「お前達!! 何をやっている!! これはどういう事だ?!」


 乗降口から声が掛かる。女の人の声だ。

 30歳半ばくらいの、いかにも女性の軍人といういで立ち。凛としていて格好いい。

 後ろに銃を持った女性兵士2人を引き連れ、自分も右手に拳銃を持ったままタラップを降りてくる。


「ミツルギ少佐殿?! これは……その……」

「軍曹! 言い訳はいい!! 状況を報告せよ!!」

「は、はっ! この娘がマドロック伍長を殺害! 以後も抵抗の意思を見せた為、制圧の為に応戦したであります!!」


 それを聞き、鋭い目で私を睨む女性軍人。


「こんな年端もいかない少女がか? だが、現状を見る限り、この少女以外いないのも事実……」


 "こんな年端もいかない少女"の部分にカチンときた。


「オバサン、それは失礼。私、結婚してる」


 そう言って、左手の指輪を掲げて見せる。


「オ、オバ?! け、結婚!?」


 その場にいる全員が驚愕の表情で固まる。


「それに、そこの人は、『黙って言う事を聞きやがれ!メスガキ!!』と言って、襲って、きたので、反撃、しました」


 ビリーだかボブだかバラクだかトピーンプだかの遺体を指差しならがそう伝えた。


「んっ! んんっ!! つ、つまり、正当防衛だと主張するのだな? セツナ中尉、至急確認を」

「はっ!」


 オバサンの後ろに控えていた内の一人が、私達から少し離れて、腕に着けた何かでどこかに連絡し始める。多分、警備担当に監視カメラの映像を確認させているのだろう。乗降口の前ならカメラもある筈。


「だが、貴女が私の部下を殺害したのも事実。確認が取れるまで拘束させていただく」

「嫌、です。私、人を捜して、急いでます。邪魔、しないで、下さい」

「あくまでも抵抗すると?」


 オバサンの目が剣呑な光をたたえる。だけど、こちらも引く気はない。


「はい。なぜなら、あなた方は、私の、脅威ではない、から。それは、そこに、倒れている、あなたの部下が、証明している」


 私の言葉に、にわかに緊張するオバサン達。一触即発の空気。

 だけどそこに割って入る者がいた。


「あー!! まてまてまてまて!! どちらも早まるな!! って、もうやっちまった後か……」


 私を追いかけてきていたのか、大将さんが間に入った。


「ミツルギさんだったか? 彼女はアンタが救援を依頼した"あの人"達の知り合いだ。もしここで彼女を傷付ければ、救援してもらえなくなるぞ?」

「そ、それは本当ですか?! だが、私の部下を殺害したのも事実。私はこの艦の責任者として対処しなければならない」

「十中八九正当防衛だろうさ。監視カメラくらい付いてるんだろう? さっさと確認してやってくれ。後な、シアさん。アンタの探してるアイツらは、今はここにはいない。そもそもここには、今、大型船3隻を停める余裕があるか確認しに、中型挺で来てたんだ。だが、この船の救援には大型船が必要って事で、一旦戻ったのさ。だから、待っていれば来ると言おうとしたのに、走っていっちまうから追いかけてきたのさ」


 そういえば微風亭を出る時に大将さんが、「あぁ、おい、待てって!」と言ってた気がする……


「少佐、確認が取れました。これを」


 どこかに連絡していた女性兵士が戻ってくると、私達の前の空中に何かを映し出した。多分、監視カメラの映像。


「……これを見る限り、マドロック伍長の方が先に手を出しているのは明白だな。それに、伍長を振りほどいて攻撃したのは回し蹴りの一回のみ。誰が見ても正当防衛だな。それを確認もせずに、素手の民間人相手に銃火器で攻撃。この少……女性が優れた能力の持ち主だったから良かったようなものの、間違いなく軍法会議ものだ。軍曹、申し開きはあるか?」

「……ありません」

「よし。ならば負傷者及び遺体を医務室へ搬送。完了次第、各員自室で謹慎。処分は追って通達する。復唱!」

「負傷者ならびに遺体を医務室へ搬送後、自室にて謹慎します!」

「よし、行け!」

「はっ!」


 すごすごと退散していくオヂサン達。最初からそうすれば痛い目に遭わずに済んだのにね。

 オヂサン達を見送ってから、オバ……ミツルギ少佐さんとセツナ中尉さん、そしてもう一人が振り返り、私に頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。部下の不始末は上官である私の不徳の致すところ。この通り、謝罪致します」

「もう、いいです。私も、やり過ぎたと、思います。ごめんなさい」


 私も頭を下げて返す。これもアキラが教えてくれた事。下手に出ると相手も強く言えなくなる。


「謝罪を受け入れて頂き感謝します。お詫びと言ってはなんですが、よろしければ、艦内でお食事でもいかがですか?」


 この船、"あの人"に救援お願いしてたよね? 遭難してるのに、そんな事させたら悪いよね。


「ええと、ご厚意は、嬉しい、のですが、少し、疲れた、ので、宿で休もうと、思います。ごめんなさい」


 私の言葉を、さっきのいざこざのせいと受け取ったのか、三人がバツの悪そうな顔をした。


「気が回らずに、申し訳ありません。そうですね、ゆっくりお休みになって下さい」

「はい。それでは、失礼します」

「それじゃぁ、行こうか。明日には"あの人"達も来てるだろうさ」

「はい」


 私は、大将さんと一緒に微風亭へと戻っていった。


MISSION "あの人を捜せ" CONTINUED


△△アイ△△


「ん…… あれ……? ここは……?」


 眠りの底から意識が浮かび上がってくると、パチパチと木の燃える心地よい音と、やんわりとした暖かさを感じた。


「目が覚めたか? 今、温かい飲み物を用意するから、もう少し横になってるといい」


 男の人の声。私を気遣う感じが伝わる、落ち着いた響きが耳に心地よい。

 薄っすらと目を開けると、オレンジ色の炎がチロチロと揺れていて、その向こうで誰かが大きめのカップにケトルから何かを注いでから、棒のようなものでかき混ぜているのが見えた。


「あ、そうだ。先に謝っておく。あのままだと起きた時に身体が痛くなるだろうと思って、焚き火の側に運ばせてもらった。何も変な事はしてないから安心してくれ。可愛い寝顔だったぞ」


 その言葉で、私の意識が急速に覚醒していく。

 そうだ! 私達は岩にもたれ掛かって休んでいた筈! それが寝かされているという事は、誰かが運んだという事で!!

 私は勢いよく起き上がって焚き火の向こうの彼を、プルプル震える手で指差した。


「ちょっ!! なっ!! あっ!!」


 あまりに気が動転して、「ちょっとっ!! 何なのよっ!! 貴方っ!!」と言ったつもりが、言葉にならなかった。

 そして、毛布を羽織ったまま彼にバッと背を向け、自分の大事な部分を確かめた。衣服が脱がされた感じも、身体に何かされた感じもない。ホッと息を吐いた。


「まぁ、ちょっと落ち着けって。だから最初に謝っただろう? それに、相手の同意もなしに手を出すなんて、男の風上にも置けないような事をする気はない。大事な依頼人クライアントだしな」


 私が自分の肩越しに彼を見やると、困ったような笑みを浮かべながら、まだカップの中身をかき混ぜていた。


「よしっと。後は、携帯食料バーを出してっと。」


 カップをかき混ぜるのをやめ、傍らにおいてある荷物から手のひらより少し大きい棒状のものを2本取り出すと、立ち上がって私の方へ近付いてきた。思わず毛布で身体を隠して縮こまる私。


コトン パサッ


 何かを置く音。そして遠ざかる気配。


「無理もないが、そんなに怖がらないでくれ。そこに飲み物と携帯食料を置きにきただけだからさ。」


 私が顔だけ振り返ると、彼は既に元の場所に座り直していた。

 視線を下に下ろすと、私と焚き火の間に、金属製のカップと紙のようなものに包まれた棒状のものが2本置かれていた。


「カップは金属製で熱いから、取っ手を持って、よく冷ましてから飲んでくれ。携帯食料は、真ん中の辺りから包み紙を破いて、片方だけ引っ張り抜いて齧りつくんだ。こんな風に。」


 そう言って実演して見せてくれる彼。私もカップを手に取ってみる。顔に近付けると、甘くて香ばしい香りが鼻をくすぐる。温かそうな湯気と香りに負けて、よく息を吹き掛けてから口をつける。


「っ!!」


 甘い! 温かくて美味しい! 思わす二口三口と飲んでしまう。身体も温まるし、香りで気持ちが落ち着く。


「それは"ココア"という飲み物だ。カカオという豆を煎ってから粉にして、砂糖と一緒にお湯に溶かしたものだ。栄養価も高く、香りも良くて気持ちも落ち着くから、こういう時にはちょうどいい飲み物だ。携帯食料の方は、乾燥した果物と木の実を小麦粉の生地で固めて焼いたものだ。味は悪くないんだが、何分、携帯食料だから水分が少なくて、少し食べづらい。飲み物と交互に食べてくれ」


 言われて、まず一口齧ってみる。

 外側はクッキーのようにカリっとしているけど、中は干した果物と木の実がぎっしり詰まっていた。

 果物の自然な甘さと酸味、木の実の香ばしさと歯ごたえがバランスよく混ざっていて、これはこれで美味しい。

 量は多くなけけど、しっかり噛む為か、それなりに満足感がある。

 でも、彼の言う通り、水気が少なくて、口が乾く。なので、ココアとバーを交互に食べていたけど、1本目のバーを食べ終わったところで、ココアも飲みきってしまった。

 私のお腹的には、もう1本食べたい。でも、飲み物なしでは……

 そう思ってバー眺めていると、それに気付いたのか、彼がケトルを持って立ち上がり、焚き火を回り込んで近付いてきた。

 でも、私に手が届かない位置で膝をつくと、開いた手を私に伸ばした。


「カップを渡してくれるか? 申し訳ないが、2杯目からは白湯さゆにしてくれ。植生を見る限り、この辺りでカカオを栽培しているとは思えない。補給が見込めないなら、節約しないとな」


 私はカップを手渡した。彼はそれを受けとると、一度ケトルからお湯を注ぎ、カップをすすいだ後に捨て、もう一度お湯を注いでから、私の方に取っ手が来るようにカップの縁を持って差し出してくれた。

 そして、私がカップを受けとると、また焚き火の向こうへと戻っていった。


◆◆アキラ◆◆


 彼女のカップに白湯を入れ終えて、俺は自分の場所に戻った。今は下手に近付き過ぎない方がいい。これ以上彼女の警戒心を刺激するのは得策じゃない。

 自分のカップにも白湯を入れ、もう一本食料バーを齧る。それを見ていた彼女も、残っていたバーを齧り始めた。

 程なくして食べ終わった俺と彼女。


「白湯のお代わりはいるかい?」

「あ、はい。あ、私が貰いに……」

「いいさ。君は座ってな。今日は大変だったんだろうし」


 俺は再び腰を上げて、白湯を注ぎに行く。そして彼女の差し出したカップに、ぬるくなった白湯を注ぐ。

 彼女は受け取ったカップの中身を飲み干すと、コトリと地面に置き、そして深々と頭を下げた。


「ありがとう。そして、ごめんなさい。助けてもらっておいて、こんな気遣いもしてもらってるのに、私、失礼な言動や態度ばかりで……」

「それは気にしなくていい。見知らぬ人間を警戒するのは当然の事だ。むしろ安心したくらいさ。簡単に尻尾を振るようだと、逆に心配になる」


 俺のその言葉に、彼女は初めて笑顔を見せた。俺も笑みを返した後、話を続ける。


「スノウには話したが、俺はアキラ。アキラ・フジミヤだ。ハンターをやっている」

「私はアイ。アイ・ロスチャイルド。Eランク冒険者、です。ハンター? 狩人?」

「いや、そっちのハンターじゃなくて、遺跡に潜って、古代の遺物とかを拾ってくる方だ。俺達のところでは、"ルインハンター"とか"レガシーハンター"とか言うんだが、面倒だから"ハンター"と言ってる」

「だから、あんなに強いんですね。」


 俺の言葉に、アイが納得の表情を見せる。

 アイには申し訳ないが、これは俺の作り話だ。本来の目的は、時空ときと世界を越えて散らばっている"アイツ"を捜し出して殺す事。俺の前世である"あの人"が暴走した姿。世界を憎み、滅ぼそうとする者を。

 だが、そんな話をしたところで、頭のおかしい人扱いをされるだけだ。だから、相手が納得出来そうな設定をいくつか用意している。俺本人にしてみれば大した事じゃないが、あれだけの戦闘力を見せつけておいて、「俺、只の旅人です」と言っても信用されないだろう。

 もっとも、設定はそれなりに用意しているが、全ての世界でその設定が通じるとは限らない。今回は、彼女達に声を掛ける時、武装している事と、一人が杖らしき物を手にしていたのを確認したから、こんな設定にしてみた。まぁ、身体強化や浮遊が結構な高等技術だったのは微妙に誤算だったが……


「それで、そのハンターさんが、何故こんな何もない森の中に?」

「あ~~それは、恥ずかしながら、遺跡のトラップに引っ掛かってね。仲間もろ共転移させられた。その時に仲間ともはぐれて、気が付いたらここにいたという訳だ。幸い、荷物は背負ったままだったから助かったが」

「なるほど。だから、この周辺の情報が欲しい、と。納得、です。ところで、フジミヤ様はどちらから?」


 フジミヤ"様"って……


「アキラでいい、アキラで。"様"なんてガラじゃないし。スノウなんて速攻呼び捨てだったぞ? 俺はヤーパンという国のネイゴヤという街の出身だが、聞き覚えは?」


 ヤーパンもネイゴヤもでっち上げ。流石に同じ名前があるとは思えないが、あったりすると……困るな……

 でも、アイはかぶりを振った。一安心。


「少なくとも私は聞いた事ない、です。地図にもなかったような…… 学校の図書館なら、何か分かるかもしれないけど、です」

「あ~、取って付けたような敬語もいいから。そうか……方向も分からないでは、歩いて帰る訳にもいかないな。その、学校の図書館、というのは誰でも利用出来るのか?」


 利用出来たとしても、分かる訳ないんだけどね。でっち上げ国だし。


「学校の関係者や、学校関係者の紹介状を持つ人なら利用出来ます、じゃない、出来るわ」

「……それだと、俺は使えないな。こっちに知り合いなんていないしな」


 ん? 自身満々の笑顔で、アイが自分自身を指差してる。


「私、学校の卒業生♪ これでも去年次席で卒業してるわ♪」

「なるほど。でもまぁ、君にそれを依頼するとしても、それは君らを街まで無事に送り届けて、落ち着ける場所を確保してからの話だな」

「えっ?!」


 俺の言葉に、意外だという表情を見せるアイ。


「何だ、その"意外だ!"という表情は? 俺が何か変な事でも言ったか?」

「あ、いえ、遭難した割に冷静だな、と。少しでも早く帰りたいのでは?」

「それは逆だろう? 遭難した時こそ状況を冷静に分析して、安全確保を最優先にすべきじゃないか? 早く帰りたいのは確かだが、慌てたって事態は好転しないと思うぞ?」


 "アンタレス・ユニットの修復が済めば、すぐ帰られるしな"とは、流石に言わない。でも、これって正論だと思うんだが?

 そう思って彼女を見ると、俺を見る眼差しに尊敬の念が見て取れた。う~ん、尊敬される程の事でもないと思うんだが。


「あ、あの、やっぱりベテランの方は言う事が違いますね! BとかAランクの方だったりします?」

「ランク? 俺のところには、そんな制度なかったぞ。」

「そうなのですか? ランクは冒険者ギルドでの格付けで、入ったばかりの新人がFで、依頼の達成や素材の持ち込みでポイントが貯まり、E、D、C、B、Aと上がっていって、最高がSランクです。ランクが上がると、報酬の高い依頼を斡旋してもらえたり、ギルド提携の施設の料金や店舗での割引があるのです。」

「ふ~~ん……ランクはともかく、まずは君らを無事街まで送り届ける事が先決だ。依頼だからな。情報も、街に入ってからでいい。あぁでも、街に入る為の常識とかは先に教えておいてもらえると助かる。無用なトラブルは避けたいからな。あと、敬語禁止。大して年齢とし、違わないだろう?」


 最後の辺りで片目をつむり、右の人差し指を軽く立てながらそう言った。俺の見掛けは20代前半。だけど、本当の年齢は100や200じゃきかない。強化再精製体は能力も10倍になっているが、細胞のテロメアも10倍になっている。つまり、寿命も10倍。そして、最盛期の身体が維持される。ちなみに、幼い状態で強化再精製体になると、身体の最盛期までは普通の人間と同じように成長し、最盛期で成長が止まる。ファンタジーな設定を例に出すと、森の民エルフ人造生命体ホムンクルスみないな感じか。エルフは素手の一撃でゴブリンの頭を砕いたりはしないだろうが。

 勿論、この事を言う気はない。まず信じられないだろうが、信じられたら信じられたで"不老不死の研究だぁー!!"とか叫ぶ輩に解剖される事態に陥りたくはないからな。


「あ、それは当然伝えま……伝えるわ。私達だって、トラブルは御免だし」

「それじゃ、もうひと眠りするといい。ほら、まだ暗いだろう? 火の番は俺がしておくから」

「それだったら、私も交代で……」

「こういうのは、依頼した相手にやらせておけばいいんだって。あぁ、それと、"花摘み"に行きたくなったら、この岩を回り込んだところに場所を用意しておいた。必要な物もそこに置いてある。カンテラを渡しておくから、必要になったら焚き火の火を移して行ってくれ」

「分かったわ。何から何までありがとう。休む前に、早速使わせてもらうわね」


 アイはカンテラに火を移すと、岩の向こうへと消えた。

 程なくして戻ってきた彼女は、妙に興奮していた。


「何あれ!? 下手な安宿のより、余程綺麗じゃないの!!」

「待て待て、スノウが休んでるから静かにな。年頃の女性に使ってもらうんだ、多少は気を配るさ」

「それにしたって凄いわ!! 何を使ったの!? どうやったの!? もしかして魔法で!? アキラは何でも出来るの!? 料理とかも!?」


 注意したら小声にしてはくれたが、今度はやたらと近い。さっきまでの怯えた小動物のような態度は何処へ行ったのか。年頃の女性だから気を配って丁寧に準備したんだが、やり過ぎたか?


「近い近い。そう簡単には手の内は教えられないな。簡単なやつなら作れるが、何でも出来るなら、今頃帰ってるよ。さぁ、明日は歩かないといけないんだろう? もうひと眠りしておいてくれ。話なら、道すがらでも、街に着いてからでも出来るからな」

「……分かった。お言葉に甘えて休ませてもらうわね。アキラ、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみ、アイ」


 そう挨拶すると、アイは毛布に潜り込んだ。俺はケトルに水を追加して竈に掛け、アイの様子を見守りながら薪を継ぎ足す。

 薪の燃える心地よい音だけが辺りに響く。10分もするとアイの体温が徐々に下がり始めた。

 俺はココアを用意しながら、更に10分程待ってから声を掛けた。


「もう寝たふりしなくてもいいみたいだぞ、スノウ」


▲▲スノウ▲▲


「もう寝たふりしなくてもいいみたいだぞ、スノウ」


 アキラのその声に、アタシはむっくりと身体を起こした。どうやらアキラにはバレバレだったみたい。


「結構前から起きてたみたいだが、俺がアイと話す時間を取ってくれたんだろう? 感謝するよ」

「ありゃあ……全部お見通しだったって訳ね」


 実は、アイが「ちょっ!! なっ!! あっ!!」とか言ってた辺りから意識はあったんだけど、警戒しっぱなしのアイと打ち解けてもらおうと思って、アタシはワザと寝たふりしていた。


「スノウにもココアと携帯食料だ。大したものがなくて申し訳ないが」


 アキラがカップと棒状のもの2本を持ってアタシの隣にやってきた。そして、アタシが取っ手を持ちやすいようにカップを差し出してくれる。

 甘くて香ばしい薫りが鼻をくすぐる。2、3回息を吹きかけてから一口飲む。アタシ、飲み物やスープはアツアツが好みなのよね。


「ほんとに美味しいわ! あの娘がものも言わずに飲んだのもわかる!」

「これも食べておいてくれ。体力を回復しておいてもらわないとな」


 アキラが包み紙を半分取り除いて、空いている手の方へ食料バーを渡してくれる。せっかくだから一口齧ってみると、アキラがアイに説明していた通り、確かに味は悪くはないけど口が乾くような味の濃さだ。


「白湯が必要なら行ってくれ。まずは腹ごしらえだ。話はそれからにしよう。」


 アキラは静かに立ち上がると元の場所に戻って、自分のカップにも白湯を注いで飲み始めた。


カリッ モグモグモグ ゴックン ゴクゴクゴク


「ふぅ~~。一心地着いたぁ~~。ごちそうさま♪ 特にココアが絶品だったわ♪」

「聞き耳立てていたのら分かっていると思うが、俺も絶賛遭難中だからな。こんなものしか出せなくてすまない」

「いいって事。助けてもらった上に食料も分けてもらって、これで文句言ったらバチが当たるわよ」

「そう言ってもらえると助かる。それで、アイが寝入るまでわざわざ待っていたのだから、アイには聞かせたくない話をしたいんだろう? 話せるものなら話すが、話せないものは勘弁してくれ」


 対人交渉に慣れてるわね。最初に釘を刺されちゃったわ。まぁ、普通に考えて簡単に手の内をバラしたりはしないわよね。


「分かった。それでいいわ。じゃあねぇ、まず、身体強化とか浮遊の魔術、じゃない、魔法だっけ?あれ、嘘よね?」


 いきなり核心を突いてみた。さぁ、どう答える? 心の中でニヤニヤしながら待ってみる。


「へぇ、よく分かったな。どこでそう思ったんだ?」


 あっさり認めちゃったわ。はぐらかすかと思ったんだけど……


「動きが自然だったもの。一時的な強化だと、普段と違う感覚で動くから、勢いあまったりして動きに無駄が出るわ。でも、アンタにはそれがなかった。普段からその動きに慣れてるって事よね」

「大したもんだ。アイより余程、冒険者って仕事に慣れているんだな。そう、俺の身体は特別製なんだ。普通の人間の10倍の能力、強度がある。勿論、普段は普通の人間程度に抑えているけどな」


 隠していた事を見破られたのに、見破った相手を褒めるなんて、アキラ、懐が深いわね。それとも、そこまで大切な情報じゃなかったのかしら?

 それにしても、普通の人間の10倍の能力?! とんでもないわね…… そりゃあ、ゴブリン素手で倒せるわけだ。


「もっと見破られた事を驚くかと思ったんだけど……」

「充分驚いてはいるぞ? だが、君の眼力に素直に感心した。だから、思った通りに言ったんだが…… 気に入らなかったのなら謝るよ。ただ、他言無用にしてくれると助かる。捕まって解剖とか願い下げだからな」

「気に入らないって訳じゃなくて…… んもう、アンタには勝てそうにないわね。分かってる。誰にも、アイにも言わないわ」


 アキラにべた褒めされて、何だかお尻がムズムズするわ。それに、こんな大変な秘密をあっさり教えてくれるなんて、もしかして、アキラって、アタシに気があるのかしら?


「すまないな。そうだ、俺からも聞かせてもらっていいか? アイも君も、何で冒険者なんで浮草稼業をやっているんだ? 二人共それなりに地位のある家の生まれじゃないのか?」


 ギクッ! ど、どうしてそれを!? ど、どう言ったものか……

 そうだ! さっきのアキラの真似させてもらおっと♪


「バレちゃあしょうがない。アタシはここから二つほど離れた国の、一地方の領主の娘よ。アイは……仲間とはいっても、勝手に他人が喋っていい事じゃないから、本人に聞いて。冒険者やってる理由は、自由になりたかったから。領主の娘なんて、政略結婚の道具だしね。アタシ、結婚するなら、自分で"この人だ!"と思った人とがいいの。アイも結婚とかじゃないけど、似たような理由だったわよ。それにしても、アキラこそよく分かったわね」

「君と同じさ。動きにガサツさがなかった。きちんと教育され、訓練された動きだった。だから、そういう教育を受けられるような身分だろうと思った訳だ。なるほどな。定職を持つと場所を知られた時に困るものな。冒険者なら、他所の街に移動してもおかしくないし、依頼をこなしたり素材を売ったりしてれば生活は出来るか。家名が偽名なのもその為か」


 え? ちょっと待って!!


「な、何で家名が偽名だって分かったのよ?!」

「"ホリィツリー"なんて呼びにくい家名を貴族が付ける訳ないだろう? 貴族になる前の元々の家名がそうだったとしても、貴族になった時に改名する筈さ。威厳を出す為に"○○バーグ"みたいに濁点入れたり、呼びやすいように長音で終わらせないようにするとかな。でも、偽名としてのセンスは中々いいと思うぞ? "魔除けの木"なんて家名、冒険者受けはいいだろうな」


 う…… 油断してないつもりだったけど、アキラを甘くみてたかも。貴族の慣習や"ホリィツリー"の意味なんて知識を持ってるとか、一体どういう出自なの? でも、貴族って感じはしない。そんな雰囲気は纏ってないのは間違いない。胡散臭くはないけど、得体が知れないわね。


「ま、いいんじゃないか? 家のしきたりに従うのも、自由を求めるのも、どちらが良い悪いなんて話じゃない。スノウの人生はスノウが決めればいいのさ」

「あ、うん、ありがと。理解してもらえて嬉しいわ。あ、アタシの事も他言無用でね?」

「勿論。秘密がある者同士、"二人だけの秘密"にしておくさ」


 ふ、"二人だけの秘密"…… いい、かも♪

 そうか、アキラもアタシの秘密に気付いてたから、あっさり自分の秘密を教えたのね。

 頼りがいもあって頭も回る。アタシの好みかも♪


「……ねぇ、アキラ。良かったらアタシ達と組まない? アンタが手伝ってくれたら、ロイド達の敵も取れる。その後、アンタがやりたい事の協力もするから」

「ロイド? スノウ達の仲間か?」

「えぇ。アタシ達、依頼でゴブリンの巣の周辺調査に来たんだけど、調子に乗って巣の中に入ってしまって、それでゴブリンに囲まれて、ロイド達が囮になってアタシ達を逃がしてくれたの。ロイド達は恐らくもう…… だから、せめて敵を……」

「そうか…… 少し考えさせてくれ。どの道、君らは一度街に戻らないとな。まともな準備もなしに、三人で4、50匹のゴブリンを相手にするとか、無茶だろう」

「4、50匹? そんなにいる?」

「巣を構えているゴブリンが追撃部隊を出す時は、全体の一割から二割が普通だ。君らを追ってきたゴブリンは8匹。そうすると、単純計算で40から80匹って事になる。下手すると100匹以上いるかもな。それに……」

「それに?」

「恐らくリーダークラスがいる。さっき逃げてもらった3匹、同じ方向に逃げてただろう? 普通なら巣の場所を知られない為に散るんだよ。それをしなかったって事は、巣に戻れば頼りになるヤツがいると思ってるからだ。リーダークラスのいる群れはかなり面倒だぞ? 罠張ったり連携取ってくるからな。君らも嵌められたんじゃないか?」

「そういえば、狭い通路で挟み撃ちにされた……」

「だから、1パーティーで突撃とか、無茶なんだ。悪い事は言わないから、街に戻って、ギルドに報告して、何パーティーかで退治した方がいい。もう、ゴブリンなんかに遅れは取りたくないだろう?」


 全く、アキラの言う通りね。それにしても、さっきの戦闘だけでそこまで分析出来るなんて、アキラ、冒険者……ハンターだっけ? の知識と経験も豊富なのね。アイとの会話で、アキラの地元じゃランク制度がないって言ってたけど、最低でもBランク、もしかしたらAランク相当の実力なんじゃないかしら。

 

「やっぱりアキラにはアタシ達と組んで欲しいわ」

「熱烈なラブコールは嬉しいが、街で情報収集するまで回答は保留させてもらうよ。行商人とかから聞けるかもしれないからな」

「そっか。そうよね。いい返事を期待しながら気長に待つわ」

「そうしてくれ。それじゃ、君ももう一眠りするといい。火の番は俺がしておくから」

「ありがと。お言葉に甘えさせてもらうわ。と、その前に、アタシもちょっと花摘みにっと」

「アイの傍にあるカンテラを使ってくれ。」


 言われた通りにカンテラに火を移して、岩をぐるりと回り込む。


「え……?」


 そこにあったのは、入り口がカーテンのようなもので仕切られた部屋。

 突然現れた場違いな光景に、アタシはカンテラを落としそうになった。


「お、お邪魔しま~す……」


 恐る恐るカーテンを避けて中を覗いてみると、岩をコの字にくり貫いた部屋に、石の便座がしつらえてあった。

 便座の横には水の入った桶に柄杓ひしゃくが突っ込んである。これで流すのね。

 そして、便座を挟んで桶とは反対側に、これまた岩壁を削り出して、きれいな水を張った手洗い台が。ちゃんと手拭きタオルまで置いてある。


「……」


 カーテンを閉めて振り返ってみる。間違いなく森の中だ。

 もう一度カーテンの中を見てみる。きれいに整ったお手洗いだ。


「……」


 なるほど。さっきアイが騒いでたのはこれか。

 何を使ってどうやれば、こんなものが短時間で作れるのか。

 戻って問い詰めたいところだけど、もう限界だったから、ありがたく使わせてもらう事にした。

 野営とは思えない快適なお手洗いを堪能して焚き火のところへ戻ると、アキラが立ち上がって、星の降る夜空を見上げていた。

 焚き火に照らされたその横顔は、どことなく寂しさを感じさせた。


「ん? どうしたんだ、スノウ。用は済んだか?」


 その横顔に見とれていたアタシの気配に気付いたのか、アキラは顔をアタシに向けた。


「え、えぇ。ありがたく使わせてもらったわ。いろいろ突っ込みたい事があるけど、今は休ませてもらうわね」

「あぁ、そうしてくれ。おやすみ、スノウ。」

「おやすみ、アキラ。また明日お願いね」


 アタシは毛布に潜り込んだ。

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