第2話 依頼/捜索

◆◆アキラ◆◆


「とりあえず、そっちに行くから」


 そう声を掛けてから、俺は高さ20mはある崖から勢いよく身を躍らせた。


「「えっ? ちょっ?!」」


 高さ20mからの自由落下。普通なら自殺行為だろう。だけど俺の身体、普通じゃないしね。

 強化再精製体リフボディ。俺の遺伝子を元にして創られたその身体は、同じ年頃の人間の10倍の能力がある。

 筋力や知覚力が強化され、それを支える骨格の強度やそれらに指示を出す脳や神経系の情報処理・伝達能力も合わせて強化されている。

 だから、この程度の高さなら、普通の人間が2mの高さから飛び降りるのと大差ない。

 あぁ、でも、俺の身体が耐えられるだけであって、地面が柔らかかったりすれば、それ相応に突き刺さるので注意は必要だが。ま、岩場のすぐ近くだから、地面が柔らかいって事はないだろう。


ダンッ!!


 少し大きい音を立てて着地。勿論、何の問題もない。身体全体を使って衝撃を逃がして、スッと立ち上がる。

 少し離れた所に、唖然とした顔でこちらを見ている二人の女性がいた。

 あ……ちょっとやり過ぎたかな? 一応取り繕っておこうか。


「……すまんが、そんなにドン引かなでくれ。身体強化の魔法、使っただけだから。素早く動きたい時には【浮遊】よりは使いやすいしな」


 実は俺は魔法だの魔術だのは使えない。正確には、使えなくはないが実用に耐えない。だからこの言葉は嘘っぱち。だが、強化身体という存在よりはまだそっちの方が受け入れてもらいやすいと考えたのだが……


「「【身体強化付与フィジカルエンチャント】に【浮遊レヴィテーション】?! 高位魔道士!?」」


 あ、余計にはまったか? この世界では高等技術になるようだ。むぅ、どうするか……


「いや、俺は魔道士とかじゃない。その二つしか使えないしな。俺のいたところじゃ、それなりに普通だったんだが……」

「魔道士じゃないのにそんな高等魔術を!? それなりに普通に!? そんな事出来る筈が……」

「何でもいいわよ!! 強そうじゃない!! 助かったわ!!」


 暗いから色味までは分からないが、セミロングの髪の女性は訝しげに、前下がりショートボブの女性は喜色を浮かべて俺を見ていた。


「それで、どうする? 手を貸した方がいいか? およそ100mの所に人型の何かが8体。後、30秒くらいか?」


 俺のその言葉に再び驚きに目を見張る二人。そして、片方は益々訝しげに、もう片方は喜色満面でこちらを見た。


「何でそんなに細かく分かるのよ? それにその手に持ってるの、魔道士の杖じゃないの?」

「そんなに正確に気配を読み取れるなんて、アンタ腕利きなのね! 頼り甲斐がありそう!」

「これは"銃"という武器だが、知らないか? で、どうするんだ? 無駄にしていい時間はないと思うぞ?」


 俺の言葉に、顔を見合わせる二人。片方は難しい顔で、もう片方は明るい顔で。

 そして、


「自分で何とかするから結構よ!」「お願い!手を貸して頂戴!」

「……」

「「……えっ?!」」


 見事に意見が真っ二つだった。


△△アイ△△


「自分で何とかするから結構よ!」「お願い!手を貸して頂戴!」

「……」

「「……えっ?!」」


 スノウも当然、断ると思っていた。だって胡散臭い。

 確かに今までの一連の動きを見れば、私達なんかより余程手練れなのは分かった。

 だけど、その後の言葉に嘘があった。

 この人は身体強化の魔術を使ったと言ったけど、魔術なんて使っていない。

 魔術の行使には、魔力マナの素となる魔素エーテルを自分の周りに集めて魔力マナに変換するという行程が必要で、その状態は、駆け出しでも魔術士なら感知出来る。

 それが感知出来なかった。だから、この人の言った事は嘘になる。

 じゃあ、崖の上からどうやって降りてきたんだと聞かれると、私も答えに窮する。もしかすると、その方法が、公に出来ないものや言っても分からないものだから、納得してもらいやすい嘘をついたのかもしれない。

 別に、嘘をついた事が問題なんじゃない。嘘をつかなければならない、得たいの知れない力を隠しているから胡散臭い。だから、関わらないように拒否したのだけど……


「何言ってんのよアイ! 二人で8匹のゴブリンなんて相手出来る訳ないじゃない! アタシが相手出来るのは3匹までよ。アンタ、残り全部一人で相手してくれるんでしょうね?!」


 スノウが凄い剣幕で詰め寄ってくる。確かにそう言われると、返す言葉がない。


「だ、だって、この人胡散臭いんだもの! 魔術使ったって言ってたけど、そんな様子なかったし!!」

「俺、"魔術"なんか使ってないぞ? "魔法"なら使ったけどな」

「なっ? えっ? ど、どう違うのよ!?」

「"魔法"は、予め術式と必要な魔力を精神領域内に書き込んでおいて、任意のタイミングで発動させる技能だ。書き込み時点で魔力もチャージされているから、発動時に改めて集める必要はない。メリットは隠密性に優れて発動も早い。デメリットは予め書き込んでおいたものしか使えない」


 な、なにそれ?! 私達の魔術と全然違うじゃない!! コイツ本当に何者?!


「そ、そんな技能、見た事も聞いた事もないわよ!!」

「勉強不足なだけだろ? 世界は広いって事だな」

「うっ……ぐっ……」


 あぁ~~!! なんかくやし~~!! 何も言い返せない~~~~!!


「ところで、だ。おバカな言い合いしてる間に、すっかり取り囲まれているんだが、どうするよ?」

「「えっ!?」」


 言われてようやく気が付いた私。木々の間からこちらを見る目、目、目。

 すっかり暮れた森の中、ゴブリンの目だけが不気味に光っていた。


▲▲スノウ▲▲


「ところで、だ。おバカな言い合いしてる間に、すっかり取り囲まれているんだが、どうするよ?」

「「えっ!?」」


 彼に言われて、自分の周囲への注意が疎かになっていた事に気付いた。改めて気配を探ると、彼の言う通り、すっかり囲まれている。

 あぁんもう!! それもこれもアイが馬鹿な事言うからだ! 助けてくれるって言ってるんだから、素直に助けてもらっておけばいいものを! プライドばっかり高いんだから!

 こうなったら、何とか彼を説得して戦力になってもらわないと!!


「巻き込んで悪いって思うけど、こうなったら手を貸して! お願い!! お礼もちゃんとするから、ゴブリン何とかするの手伝って!!」

「あぁ、何だ。お二人さんを追ってたのって、ゴブリンなのか。そういやさっき、チラッとそんな事口走ってたな」


 私の必死の説得を聞いているのかいないのか、彼は森の方を睥睨しながら呟いた。そして、ゴブリン達を見据えたまま、私達に言葉を投げかけてきた。


「"礼をする"という事は、依頼と取っていいな? 依頼内容は"二人のここからの無事な離脱"でいいか? ゴブリンの殲滅じゃなくて」

「え? えぇと、出来れば街まで無事に連れてってもらえるとありがたいんだけど……」

「分かった。"街までの護衛"って事だな? そっちのあんたもそれでいいんだな? じゃあ、こちらからの要求だ」


 その言葉にアタシ達はゴクリと唾を飲んだ。何を要求されるのか……


「事情は後で話すが、この辺りの地理や政治形態、貨幣や物流などの知識を教えて欲しい。平たく言うと、大まかでいいから地図と国の名前、貨幣の種類と一日に必要な金額、換金しやすい金属や素材などの話、だな」

「「ふへ……?」」


 思わず変な声を出しちゃったアタシとアイ。高額な金品やアタシ達の身体とかを覚悟してただけに、拍子抜けだわ。命の危険がある依頼の報酬としては安すぎる。


「ちょっとスノウ! やっぱり胡散臭過ぎるよ!!」

「じゃあどうしろって言うのよ?! もう逃げようもないわよ?!」

「そうだけど! そうだけど!!」


 またも言い争うアタシ達を見てため息をつく彼。アンタが変な要求したせいだからね?!


「君ら、この仕事向いてないな。情報っていうのは、持ってないヤツからすれば金品より価値があるんだぞ? 偵察とか情報収集とかの依頼、やった事ないのか?」

「「あ……」」


 その仕事の最中に大ポカやらかして逃亡中だった。そんな事も気付かないなんて、冒険者として恥ずかしいわ……

 見るとアイも悔しそうに顔を歪めてる。頭の良さを売りにしてる魔術士がこんな初歩的な知識で突っ込み受けてちゃ、そりゃあ悔しいだろう。


「それで、どうするんだ? 依頼するのかしないのか?」


 それは間違いなく最後の確認。アタシ達が拒否すれば、この人はアタシ達を躊躇なく見捨てていくだろう。

 そしてアタシ達は、彼にそれを告げた。


◆◆アキラ◆◆


「それで、どうするんだ?依頼するのかしないのか?」


 それは最後の確認。拒否されたら無論、見捨てていく。死にたがりを苦労してまで助けてやる義理はない。

 数瞬の躊躇の後、二人は俺に頭を下げて言った。


「お願い。アタシ達を街まで連れてって」

「……お願いします」


 一人はすまなそうに、もう一人は不承不承といった感じで。


「分かった。なら、ここは任せて少し下がっていてくれ」

「えっ?! 一人で8匹相手にするつもり?! 無茶よ!!」

「折角だから、サービスで面白いものを見せようか。君らの今後にも役に立つだろうし」


 まぁ、確かに普通なら一人で3匹以上を相手にするのは無謀だが、俺の身体能力なら何の問題もない。

 でも、力に任せてというのも味気ない。なので、少し趣向を凝らしてやろう。


「いいじゃないスノウ。本人が言ってるんだから。お手並み拝見させてもらいましょうよ」

「でも!!」

「今はそっちのお嬢さんが正しいな。ま、見ててくれ」


 俺は二人に下がるように手で合図をして、手に持っていたRライフルを腰のウェポンラッチに付けながら一人前に出た。


「えっ? 素手でやるつもり?! 無茶よ!!」


 ショートボブの娘が何か言ってるがスルーだ。

 こちらに動きが出たからか、ゴブリン達が色めき立った。

 俺は軽く息を吐き、そして静かに息を吸った。


「〇△×〇□!! ※◇〇!△△×※〇〇△!! ×△〇×〇△×〇〇※△×※〇△!!」

「な、何? この言葉は?」


 俺の発した、人間のものではない言葉。セミロングの娘が困惑の声を上げている。へぇ、言葉なのは分かったのか。普通なら意味の分からない叫び声にしか聞こえないんだがな。なるほど、魔術士を名乗るだけあって、それなりに頭はいいようだ。


「△〇〇!! ××△〇△〇※!!」

「〇※! ×△〇△〇※×△△〇!!」

「△〇〇!!」


 俺が何かを言い終わると同時に、まず3匹のゴブリンが何かを叫びながら襲いかかってきた。そして遅れて2匹。残り3匹は粗末な武器を構えてはいるが動かない。


「「「〇×※!!」」」

「ふん! 遅い!!」


バキャッ!! ゴキャッ!! ドガッ!!


「×△〇!!」「△〇※!!」「××△!!」


 最初に突っ込んできた3匹に一瞬で踏み込んで、拳、肘、蹴りを叩き込んだ。吹き飛んだゴブリンは、2匹は木に叩き付けられ、熟したトマトを叩き付けたようになり、1匹は出遅れた2匹の内の1匹に激突し、その2匹とも動かなくなった。

 向かってきたゴブリンは残り1匹。そいつは気勢を削がれて腰が引けた。


ドンッ!! ドガンッ!!


 そこに神速の踏み込みで接近、回し蹴りで岩壁に叩き付けた。


「「「〇、×※△!!」」」


 それを見ていた動かなかった3匹が、悲鳴のような声を上げて森へと逃げていった。

 しばらく留まって戻って来ないのを確認して力を抜いて、二人の方に振り返った。


「さて、街に向かおうか。と言いたいところだが、夜の森の移動は危険だな。俺が運ぶから、そこの上で夜を明かそうか」


 そう言って立てた親指を崖の上に向けた。


△△アイ△△


「ひぃやあああっ! 飛んでる! 飛んでるぅ~!!」

「仮にも魔術士なら【レヴィテーション】くらい使えるんじゃないのか?」

「つ、使えなくはないけど、普段使う事ないから慣れてないのよ!」


 そう言って強がってはみたけど、実は使えない。制御が難しいんだもの、あれ。なので、彼の首にひしっとしがみついた。今私は、彼に横抱きにされて岩場の上に移動中だ。


「あらゆる技能は使いこなしてこそ意味がある。"使える"のと"使いこなす"のは違うからな?」

「そ、そんなの分かってるわよ!! それよりまだ着かないの?!」

「もう着いた。ほら」


 私の足をそっと降ろして立たせてくれる。ほっと一息つく私。


「もう一人を連れてくるから少し待っててくれ」


 そう言うと、ピョイっと崖下へと飛び降りていく。

 少し気になったから、膝をついて四つん這いの状態で崖の端まで行って下を覗きこんだけど、月明かりがあっても暗すぎて見えない。


「おぉい、危ないぞ?」

「っ!? うきゃあっ!?」

「ほいっと」


 急に後ろから声を掛けられて驚いた私が、手を滑らせて落ちそうになったところを、ローブの襟首を捕まえて止めてくれる。


「ちょっと!! 危ないじゃないの!!」

「俺、普通に声掛けただけだぞ。なぁ?」

「えぇ。普通に声を掛けただけね」


 彼の後ろにスノウもいた。もう親しそうに話している。


「ちょっとスノウ! 何でそんなに親しげなのよ! もう少し警戒したら?!」

「だって警戒しても無駄でしょ? アタシが見切れないくらいの踏み込みする人なのよ? だったら仲良くなっておくのが得策でしょ?」

「そ、そうかもしれないけどぉ……」


 私とスノウが何かしようとしたところで、一蹴されるのがオチなのは、さっきの戦いでよく分かった。だったら友好的に接しておくというスノウの考えは至極真っ当なものと言える。

 でも、底が知れないこの人の力に不安を覚えるのも真っ当な考えだと思っている。


「君らの考えている事は大体分かる。俺の事情も伝えたいから、少し話をしようか。だが、暖を取る為に薪を拾っておきたい。少しの間、そこの岩陰で風避けしていてくれ。これを渡しておくから、羽織っておくといい」


 そう言って、私とスノウに毛布のようなものを手渡してきた。毛足は長くないけど、滑らかな手触りが心地いい。肩から羽織ると、とても暖かかった。


▲▲スノウ▲▲


「待たせたな。次は君だ」


 アイを岩場の上へと運んだ彼が戻ってきた。アタシが差し出された手を取ると、優しく引き寄せてくれて、スッとアタシの背中に腕を回し、身体を横抱きに抱えあげてくれる。

 力強い腕に抱かれ、彼の顔の近さも相まって、頬が上気しているのが自分でも分かる。

 暗くて良かったわ。

 フワリと浮き上がった二人の身体が崖上へと移動していく。アイはきゃあきゃあ言ってたけど、アタシは寧ろずっとこうしていたいとさえ思っていた。


「ね、ねぇ、よかったら名前、教えてくれない? 依頼受けてもらって、いつまでも"アンタ"じゃどうかと思うし」

「俺はアキラ。アキラ・フジミヤだ。君は確か、スノウと呼ばれていたか?」

「えぇ。スノウフラウ・ホリィツリーよ。だからスノウ。よろしくね、アキラ」

「あぁ。街までの間たが、よろしくな、スノウ」


 そうこうしている内に上に着いて、アキラはアタシをそっと降ろしてくれる。あぁん! もうちょっとこうしてたかったなぁ……


「ところで、アイツは何をやってるんだ?」


 アキラに言われてそちらを見ると、四つん這いになったアイが崖下を覗きこんでいる。


「おぉい、危ないぞ?」

「っ!? うきゃあっ!?」

「ほいっと」


 無造作に近付いたアキラがアイに声を掛けると、驚いたアイが崖から転げ落ちそうになった。

 でもアキラは、それを予期していたかのように、素早く踏み込むと、アイのローブの襟首を捕まえて止めてくれた。うぅん、やっぱり頼りになるわ、この人。


「ちょっと!! 危ないじゃないの!!」

「俺、普通に声掛けただけだぞ。なぁ?」

「えぇ。普通に声を掛けただけね」


 心外だとばかりにアタシに同意を求めるアキラ。アタシもそれには同意しておく。だって本当だし。


「ちょっとスノウ! 何でそんなに親しげなのよ! もう少し警戒したら?!」

「だって警戒しても無駄でしょ? アタシが見切れないくらいの踏み込みする人なのよ? だったら仲良くなっておくのが得策でしょ?」

「そうかもしれないけどさぁ……」


 まだ胡散臭いのは分かるけど、それを解消する為に話をしようと言ってきてるんだし、毛嫌いするのもね。


「君らの考えている事は大体分かる。俺の事情も伝えたいから、少し話をしようか。だが、暖を取る為に薪を拾っておきたい。少しの間、そこの岩陰で風避けしていてくれ。これを渡しておくから、羽織っておくといい」


 そう言って、アタシとアイに毛布のようなものを手渡してきた。早速羽織ると、とても暖かい。これだけでも風邪をひかずに済みそうね。


「薪拾いって、この暗さじゃ危険よ!」

「大丈夫だ。俺、夜目は利くからな。一晩分の薪を拾ったらすぐに戻るさ」


 アキラが薪拾いの為に飛び降りたのを見送って、アタシ逹はアキラに言われた岩陰に腰を降ろした。毛布は大きくて、肩に羽織っていても足首まであるから、お尻の下にも毛布がきて、地べたに直接座らずに済んでありがたい。

 傍らにはアキラのものと思われる荷物も転がっている。アタシ逹がよく知っている、厚手の布製の背負い袋ではなく、革とも金属とも違う材質の、大きくて箱状のものだ。背中に当たる部分や背負う為のベルトも、革や布製ではなく、クッションが仕込まれているようで、実に背負い易そうだ。

 中身が気になる。何が入ってるんだろう? 開けたい衝動に駆られるけど、流石にそれはどうかと思って、触らずにおいた。

 アタシは岩に背中を預けて力を抜いた。疲れと毛布の暖かさもあって、気を抜いたら眠ってしまいそう。ちらりとアイの方を見ると、彼女も同じように休んでいる。

 少しの間、アタシ達の周りに静寂が舞い降りた。


△△アイ△△


「ねぇ、スノウ。彼の事、どう思う?」


 しばらく岩に背を預けて夜空を見上げていたけど、静かすぎて耳が痛くなりそうだったからスノウに話し掛けた。


「んあ? あ、ごめん。ちょっと寝てたみたい。何だった?」


 私は苦笑しながらスノウの方を見た。


「この状況でよく寝られるわよね。気を抜きすぎじゃない?」

「だって、ゴブと戦って、必死に逃げて、それでこんな暖かいものに包まれたら眠くもなるわよ。アンタはどうなの?」

「それは……私だって眠いけど、まだ貴女ほど気を許せないわ。それで、どう思う?」

「どう思う? って、アキラの事?」

「もう呼び捨てなのね…… そうよ。信用していいと思う?」


 私の問い掛けに、スノウは空を見上げて「ん~~」と考えてから、私の方を見て言った。


「依頼人と請負人という関係でなら信用出来ると思うわ。彼個人としては何とも…… まだ落ち着いて話してないしね。」

「結構隠し事してるみたいだけど?」

「それは誰だってあるでしょ。そんな事言い出したら誰とも組めないわよ? 少なくとも、言ってる事に矛盾はなかったし、正論だったわよ?」


 スノウは、一定の信用はしてもいいと思ってるみたい。後は話を聞いて、というところか。

 まぁ確かに、格安で、というか、殆どタダで助けてはくれた訳だし、感謝はしないといけないわね。


「分かった。私も、街まで護衛してくれている間は信用する事にする」


 スノウと意見をすり合わせられた事で少し安心した為か、睡魔が襲ってきた。少しだけ休もうと思い目を瞑った途端、私の意識は途絶えた。


◆◆アキラ◆◆


 俺が薪拾いから戻ると、二人は岩にもたれ掛かって寝息を立てていた。

 俺の目論見通りだ。

 長時間の緊張と疲労でいっぱいいっぱいなのは見てすぐに分かった。そんな状態で話をしても埒が明かなくなるのは分かりきってる。

 だから、心地よさと時間を与えて、休んでもらったという訳だ。

 その姿に愛らしさを感じつつ、二人を起こさないように気を付けながら、俺は焚き火の準備を始めた。

 やがて木を組み終わり、薪に火をつける。パチパチと音を立てながらオレンジ色の火が立ち上ぼり始めた。

 しばらく火が消えないように見守り、薪を追加した後、今度は竈を作る為に石材の切り出しに向かう。

 二人からは見えない位置に回り込み、量子化している武装を展開。実体化させたのは光子フォトンブレード(Pブレード)。光子を収束させ、物質化したこの刃は、三次元空間では最高の強度を誇る。これを使えば、まるで熱したナイフでバターを切るように岩を切り出せる。

 必要量の石材をサクサクと切り出して焚き火の側へと運び、竈を組み上げる。勿論、静かに。

 まぁ、竈と言っても、上に渡した棒にケトルを引っ掛けて、お湯を沸かすだけの簡単なものだ。人は温かいものを口にすると落ち着きやすいからな。落ち着いて話せる状況を作りやすくしておくという訳だ。

 竈の中にも薪を組んで、いつでも火が点けられるようにしておく。二人が目覚めそうになったら、焚き火から火種をもらって点火する。

 人間は寝入ると体温が下がり、起き始めると体温が上がる。センサーで二人の体温をモニターしておけば、起きそうかどうか分かる。

 準備を終えて、焚き火の前に座り、ふと二人を見た。

 あの体勢だと、起きた時に身体が痛そうだな。

 これ見よがしに放り出しておいたバックパックから残り2枚の毛布を取り出し、焚き火の側へ敷く。

 そして、起こさないように慎重に、一人ずつ敷いた毛布の上に寝かせてやる。

 アイと呼ばれていた娘は、余程疲れていたのか、俺が抱き上げても身じろぎせずに、くーくー寝息を立てていた。

 スノウの方は、抱き上げた時に少し呻いて、俺の首に手を回してきた。でも、起きた様子はない。多分、抱きつき癖があるのだろう。敷いた毛布に寝かせて、首に回した手を優しく外して、代わりに大きめのタオルを棒状に丸めたものを顔の辺りに押しつけてやると、それに抱きついて気持ち良さそうな寝息を立て始めた。

 一仕事終えた俺は、焚き火を挟んで彼女逹とは反対側に座り、焚き火が消えないように、少し余分に薪をくべてから物思いに耽る。

 銃を知らないところをみると、どうやらこの世界はあまり科学技術が発達してないようだ。ジェネシスは勿論、銃もあからさまに使うのは控えた方が良さそうだ。

 アイと呼ばれていた娘の言葉から、彼女が魔術と呼んでいた技術は、その性質上、使用を決めてから発動まてには多少の時間が必要そうだ。それなら俺にとっては然程問題にはならないだろう。モゴモゴやっている間に、踏み込んで殴りつければ済む話だ。

 今日戦ったゴブリンは、俺が以前立ち寄った世界で出会ったやつと大差なかった。ただ、最後の3匹の逃げっぷりから、それなりの強さのリーダー格のやつがいそうだ。統率されていないゴブリンは、逃げる時は蜘蛛の子を散らすようだが、あの3匹は同じ方向に逃げた。つまり、それなりに統率された集団にいたという事だ。

 ともかく、明日二人と話をして、もう少し情報を得る必要があるな。

 今日得た情報を頭の中で整理し終わって、俺も少し休む事にした。何かあっても、センサーが覚醒信号を送って起こしてくれるしな。

 薪の燃える音を聞きながら目を閉じる。となりにシアがいないのが寂しい。

 そうして夜は更けていった……


◇◇シア◇◇


 "あの人"たちを追って微風亭を飛び出した。

 でも、そこには既に、"あの人"たちの姿はなかった。注意深く辺りを見回しても、それらしい人影は見当たらない。

 少し考えてから、私は駐機場へと向かった。

 微風亭の駐機場は、やたらと広い。

 微風亭のあるこの世界には、自分から訪れる人や船の他に、事故などで流れ着くものも多い。その時に、停める場所がないと困るから広く取ってあるという事みたい。

 前にアキラから聞いた話では、ここの世界の半分が駐機場。その片隅に微風亭。それらの周りを森が囲んでいるという。

 その広い駐機場を、大型、中型、小型の順に見ていく事にした。

 大型駐機場は全長50mを超える船を停泊させる場所だ。

 前に"あの人"と会った時は、ここに停める、薄紫色の大きな船で来ていた。花の名前の付いた、綺麗な船。

 その記憶を頼りに探してみる。でも、それらしい船は見当たらない。あるのはグレーの船一隻だけだ。

 一応、確認の為にその船の横を通り過ぎながら中型駐機場へと向かう。


「おや? お嬢ちゃん、どうしたんだい? 迷子かい?」


 乗降用タラップの前を通り過ぎようとした時、警備をしているいかついオヂサンが声を掛けてきた。正直、アキラやその知り合い以外と話すのは面倒。だけと、無視するとアキラが馬鹿にされたりするので、最低限の対応だけはするようになった。


「こんにちは。違います。知り合いを、探しているだけ、です。ここにはいない、ので、中型駐機場に、行きます」

「それならおじさん達が手伝ってあげよう。お嬢ちゃんはおじさん達の船で待ってるといい」


 そう言って私の背中に手を回そうとしてきた。

 それに気付いた私は、その手をスッと避ける。


「いえ、大丈夫、です。失礼、します」


 そう言って立ち去ろうとした私の行く手を、そのオヂサンが遮ろうとしてくる。


「何の、つもり、です? 邪魔、しないで、下さい」

「まぁまぁ、おじさん達に任せておきなって! ほら、船に行こう!」


 今度は両手で私を押さえようと迫ってくる。それを私は後ろに軽く跳んで避けた。たたらを踏むオヂサン。


「他の道から、行きます。さようなら」


 付き合っていられない。私は踵を返して立ち去ろうとした。その時、オヂサンが私の後ろから組み付いてきた。


「黙って言う事を聞きやがれ! メスガキ!!」


 あぁ、なるほど。これがアキラが言っていた"幼女偏愛者ロリコン"というヤツですか。アキラが「ロリコンに人権はない!!」と言っていたので、殲滅しておく事にする。


「私の、伴侶パートナーが、言ってました。『ロリコンに人権はない!!』と。なので、殲滅、します」


――― System shift to a Combat mode.


MISSION "あの人を捜せ" CONTINUED

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